人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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73話 取引

 5月29日(木)

 

 夜

 

「皆忘れ物はないわね?」

 

 Be Blue Vでのバイトを終え、昨日話した通り歓迎会をしてくれるという皆さんと店を出る。

 

「さぁ、行きましょう。お店はすぐそこだから」

 

 戸締りを済ませたオーナーが指し示すのは、本当に目と鼻の先にある“シャガール”

 魅力の上がるフェロモンコーヒーでおなじみの喫茶店だった。

 

「Closeの札がかかってますよ?」

「大丈夫よ。ちゃんとお願いしてあるから」

 

 そう言いながらすでに半分店に踏み込んでいるオーナーと、後に続く先輩店員三名。

 約一名姿が見えないけどついて来ているはず……

 

「いらっしゃいませ」

 

 オシャレな店内から渋い声で出迎えられた。

 声の主は少なくとも五十は超えている男性だ。

 

「葉隠君だね? 私はこの店でマスターをしている者だ。マスターと呼んでくれたまえ」

 

 柔和な笑顔と共に伸ばされた手に握手をして、こちらも自己紹介を行う。

 だが、それが終わるとマスターは顎に手をあてて俺を観察するように見始めた。

 

「どうかしましたか?」

「……おっと失礼。ちょっと気になったものでね……君はなんだろう? 他の人とは何かが違うようだ。魔術師としてのカンがそう言っている」

「……魔術師?」

 

 この人も魔術師なのか?

 

「ん? まさか一般人だったかね? オーナーの店で占い師までやっているから当然知っていると思っていたが」

「魔術については知っています。ただマスターが魔術師とは聞いてなくて」

「そういえば私は言ってなかったかも……皆は教えてなかったの?」

 

 オーナーの質問に三田村さんと棚倉さんが首を振る。

 というか二人も知ってたのか。

 

「私は霊媒体質ですし、弥生ちゃんは霊を祓えますし、花梨ちゃんは幽霊そのものですから。いまさら誰が魔術師かなんて気にしませんでしたね」

「オーナーの知り合いだし、同じモールの中で働いてるからな。長く働いていれば、紹介されなくてもいつかは顔を合わせただろ。お前も店じまいの後に残ってなんかやってるしさ。そういう奴ばっかりうちの店に集まってんだよ」

「君の所は霊能力や魔術を知る人間ばかりで経営されているからね。アルバイトでもそういう人間でないと長続きしないんだろう。さて、そろそろ席に案内しよう」

 

 話をまとめたマスターが、表からは見えにくい位置の席へ案内してくれた。

 そこには俺たちの分だけテーブルと席が用意され、まずは軽食とコーヒーが運ばれてくる。

 

「これ、もしかしてあのフェロモンコーヒーですか?」

「その通り。当店自慢のフェロモンコーヒー、楽しんでくれると嬉しいね」

 

 ちょっと感動しつつ、一口。

 砂糖やミルクを入れずに飲んだのに、苦味が少なくまろやかだ。

 そして鼻を抜ける香ばしさが普通のコーヒーよりも強く感じる。

 

「美味しい」

 

 本当に美味しいコーヒーだ。

 しかし、魅力が上がったような気分はしない。

 

「フフッ。君はうちのコーヒーにどんな噂を聞いていたんだい?」

「魅力が上がると」

「ほぅ……実感はできなかったようだね」

 

 そうだと答えると、マスターは当然だと言った。

 

「これは飲んだ者に少々他人の視線を集め、他人の視線に気づきやすくする。そういった効果を美味しいコーヒーに付け加えているだけなんだ。人前に出る前に身だしなみを確かめるような些細な改善を、人目を意識させることで促す。

 変化を感じるのは些細な事から改善し、努力し、自分を磨ける人。変化を起こすのも本人の努力や意識。コーヒーはそのきっかけを与えるだけにすぎないんだ。だから決して飲むだけで異性にもてる飲み物じゃないし、劇的な変化を感じるはずもない。しかしそれでも人を幸せにする手伝いができる。魔術にはこういう使い方もあるのだよ」

 

 魔術の道を探求する若者に、お節介な種明かしだとマスターは笑い、料理を用意するといってバックヤードに入っていく。

 

 その後は歓迎会らしく料理とコーヒーを味わいながら質問を受けたり、逆にこちらから話を聞いたりして時間を過ごした。

 

 職場の先輩との距離が少し縮まった気がする。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~駅前広場はずれ~

 

 雀荘の前で座禅を組んで待つこと数十分。

 

 来たか……

 

 立ち上がって人の存在を感知した路地へと体を向ける。

 暗視と望遠で確認するが、間違いない。タカヤだ。

 俺は向こうからも見えやすい位置に歩み出る。

 

「お待たせしましたか?」

「こちらが呼びつけたんだ、気にしないでくれ。それより今日は君一人か?」

「ジンとチドリは別の仕事ですよ」

「忙しい時に頼んでしまったか?」

「どうでしょう? 私は気分しだいで参加を決めますから、気にする必要はありませんよ」

「それでいいのか……?」

 

 と思ったが、積極的に働かれるよりはいいのかもしれない。

 

「誰かを殺してくれ、懲らしめてくれ、何かができないようにしてくれ。どれもこれも新鮮味に欠けているのでね。……それはさておき、依頼をしていただきありがとうございます。まさか提示した四枚を全て注文されるとは。

 以前お金に困っていた記憶がありますが、用意はできていますか?」

 

 オーナーから受け取った七十万に、奨学金の残りと俺の貯金を加えた封筒を手渡す。

 

「失礼します……………………確かに。ではこちらを」

 

 金を確認したタカヤが封筒をこちらによこす。中身は先日も見た茶色い四枚のカードだ。

 

「……使い方は?それに何も書かれていないが、判別はどうする」

「カードに触れてください。ペルソナ使いであれば自然とそれが何のカードかは理解できます。新しいスキルを得る時と同じですよ。受け入れる意思があればスキルを習得し、無ければ確認だけです」

 

 ためしに一枚触れてみると、ローグロウのスキルが“そこにある”と感じる。

 少し手を伸ばせば手に入ると確信できた。

 他のカードも間違いなく注文の品だ。

 

「確認した」

「取引成立ですね」

 

 そう口にしたタカヤはそれ以上何も言わず、帰ろうともしない。

 荒垣先輩とのように、取引の後はすぐ帰ると思っていたが

 

「何か用があるのか?」

「用というほどでもありませんが、少々聞きたい事が……貴方は何者ですか?」

 

 意味がわからない。

 

「ペルソナ使いじゃないのかね?」

「貴方は不思議な人だ。思えば初めて会った時から……ペルソナに目覚めたばかりだと話しながらも、貴方は影時間に馴染んでいた。今と変わらず、我々のように自由にこの時間を生きている。

 そして怪しい人間である我々と交流を持ち続け、当たり前のように言葉と取引を交わす。貴方は最初からそうだった。我々を復讐屋と看破したように、まるでこちらの事が見透かされているように感じる時があるのです」

 

 変なところに目をつけてきたな……

 

「付き合いや取引は生きるために割り切っているだけさ。独自に調べるか、君たちの話から推察した事しか知らんよ。見透かすというほどではない」

「ほう……その推察、よければ聞かせてもらえませんか? もし正解なら、認めましょう」

 

 だいぶ突っ込んでくるな……無理にごまかすより一歩踏み込んでやる方がいいか。

 

「そうだな……この影時間という時間帯、ペルソナという能力、そして君たち。その全ては桐条グループと深い関係がある。違うか?」

 

 タカヤの目に光が宿る。

 

「聞かせていただきましょう」

「君たちはこの前、私も戦った二人から身を隠していただろう? あの二人組の内、男は高校生ボクシング界で有名な“真田明彦”。そして女はあの桐条グループの令嬢“桐条美鶴”。少し調べたら簡単に素性が分かったよ」

「表の世界では有名人ですからね」

「二人はペルソナを使う時、常に拳銃の形をした道具を使っていた。桐条は影時間でも動く機械を所持していたのも確認している。そんな装備をどこで手に入れたのか? 装備を用意するには影時間についての知識を要するだろう。そして私は君たちが知識を持っている事を知っている。だが……君たちは彼らとの関係を避けている。力を貸すとは思えない。よって彼らに手を貸す、知識を持った何者かがいるのは確実だ」

「……では我々と桐条グループの関係は?」

「あの二人を避けているくらいだ、まず単純に不都合があるだろう。それに私は君たちから、彼らには気をつけろと忠告されている。だからまず敵対関係かそれに近い関係はあると考えた。

 そしてあの二人の後ろにいる有識者だが、それはどうやって影時間やペルソナの知識を得たか……実践の中でか、理論によってかはわからないが、知識を得るために相応の研究が行われたはずだ。そのために必要な道具、人材、それらを集めるための資金……それらを併せ持ち、新たな技術を生み出すことが可能な組織力。最も有力と考えたのが桐条グループだったというわけだ」

「国家機関とは考えないのですか? 法に照らし合わせれば、私たちの行動は犯罪者、そう考えるのが自然ではありませんか?」

「……私が知る中で組織と言えるのは君たちと彼らだけだ。そして彼らの言動から繋がりがある可能性が高いと判断した。それに適性を持てる人間は本当に少ないんだろう? 私は影時間に君たちが知っている人間以外を見たことがない。警官もな。私のような無所属の個人ならともかく、いくつもの組織が乱立して縄張り争いをしているとは考えにくい」

 

 一息入れて、しゃべり続けた喉を休めて黙り込むタカヤを見る。

 

「だから私は考え方を変えた。君たちと桐条グループ、知識の出所は同じなのではないか? とね。君たちが持つ制御剤一つとっても薬の研究には動物実験や被験者が付き物だ。そしてペルソナは強力な武器になる。

 研究が秘密裏に行われていたとしら? それが非合法に行われていたら? 被験者の人権を無視するような非道な実験だったら? ……このあたりは空想に近い。しかしそう考えると繋がるのだよ。二人の装備も、君たちの知識や対応も、全てが」

「クッ、クククク……素晴らしい想像力です」

 

 タカヤは怪しく笑い始めた。

 

「貴方の想像の通り、我々は桐条グループによって行われた実験の被験者でした。実験の目的は適性の無い者に適性を与え、人工的にペルソナ使いを生み出すこと。もっとも我々は貴方やあの二人のような天然物と違い、制御剤がなければペルソナに殺される“失敗作”ですが」

「……そんな事を話していいのかね?」

 

 原作キャラにとっては、最後の決戦で判明する事実のはずだが?

 

「構いませんよ、我々にとってはただの事実。それにしても……やはり貴方は一般人にしては事情を知り過ぎているように思います。しかし……貴方は常識とも言える事すら知らず我々から話を聞いていた。あれが嘘とも思えない。関係者にしては無知……私には貴方が分かりません。だからこそ面白い」

 

 タカヤは満足気に踵を返す。

 

「今日のところはこれで失礼します。話に付き合っていただいたお礼に、またスキルカードを仕入れてみましょう。それから貴方の買った“ローグロウ”。使い方には十分気をつけなさい。

 私と同じく人工ペルソナ使いの被験者になった者の中には、グロウと付くスキルを持つ者が何人かいました。しかし彼らは皆、命を落としています。自身の成長を過信してね……貴方が死んでも我々は責任を持ちませんよ」

「……忠告、感謝する」

「それも話のお礼ということで。それでは」

 

 それ以降タカヤは一言も語らず、振り返りもせず立ち去った。




影虎は歓迎会に出た!
シャガールのマスターと知り合った!
職場の先輩と仲良くなった!
影虎はタカヤと取引をした!
スキルカードを四枚手に入れた!
タカヤは影虎を観察しているようだ……

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