人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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44話 アナライズの真価(中編)

 バイトの先輩と衝撃的なファーストコンタクトの後、俺は驚きを押し殺してオーナーに言われるまま店の奥で用意を整えた。といってもワイシャツを用意された淡い青色のシャツに着替えて髪を整え、メンズアクセサリーの指輪をはめただけだが。

 

 聞けばBe Blue Vでは勤務中は私服でもかまわないそうだ。

 さすがに学校の制服はどうかと用意していただいたようだが。

 

「それならそうと言ってもらえれば自前のシャツを……」

「人の服やアクセサリーを見繕うのは私の趣味なのよ。強制じゃないけど、任せてくれるとうれしいわ」

「あ、そうでしたか」

「昔はそうでもなかったんだけど、無頓着な弥生ちゃんに店長権限で押し付けてるうちに楽しくなってきちゃって……ウフフッ」

「棚倉さんに?」

「ええ……弥生ちゃんはね、昔から花梨ちゃんと同じ存在が見えていた子なの。それで学校では孤立してたから、あまり気にしてなかったのね。でも元はいいからもったいなくて。

 ……それにしても葉隠君、貴方意外と鍛えられた体をしていたわね……服の上からは分からなかったけど、筋肉が引き締まっていて……シンプルな清潔感を全面に押し出してみたけれど、これならもう少し腕や筋肉を出す服を用意すべきだったかしら?」

「露出はほどほどにお願いしますね」

 

 オーナーは本当に人の服を選ぶのが好きなようだ。

 俺もあまり詳しくはないので、ありがたくはある。

 

「それではオーナー着替えも終わったことですし」

「あら、それもそうね。それじゃ後のことは弥生ちゃんに聞いてちょうだいね。頑張って」

 

 オーナーから言葉をいただき、店に出る。さぁ行くぞ!

 

「……フツーだな」

「棚倉さん、第一声がそれですか?」

 

 気合を入れた俺を出迎えたのは、棚倉さんの気の抜けた一言だった。

 

「すまん、それ以外に感想が出てこなかった。パッとしないけど清潔感はあるし、顔のバランスは整ってる方じゃねーの?」

 

 うわぁ、超お世辞くさく聞こえる。

 

「まぁ特に悩みもないので、顔の話は別にいいんですが」

「そうか。だったら人のいない今のうちにまずレジ打ち教えっから。その後在庫の場所と店頭での補充の手順とか、とりあえず明日を乗り切るために最低限必要なこと優先で叩き込むぞ。わかんない事あったらすぐ聞けよ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 こうして新人研修が始まった。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 二時間後

 

 レジの説明をドッペルゲンガーで記憶し、一度の説明で教えられた操作は間違うことなく行えるようになった。商品の在庫の場所と補充手順の説明を受け、これまた説明された内容は記憶した。

 

 俺の仕事は基本カウンターの中でレジに待機し、支払いをするお客に対応すること。ショーケースの中身を手にとりたいと言われたら取り出して見せること。そして売れたら、できるだけこまめに棚の下部から売れたアクセサリーを補充することだ。

 

 補充はショーケースや棚に空きが目立たないうちにできればベストだが、お客をレジで待たせたり商品を見る邪魔になったりしないように注意して行う。

 

「ありがとうございました」

 

 教えられたことを記憶し、棚倉さんの監視の下でお客様を相手に反復して実践してみた。

 レジでの作業を終えたら、他にお客様もいないので今のうちに在庫を補充しておく。

 

 そしてカウンターに戻ると、棚倉さんが満足そうにしている。

 

「けっこう手際いいじゃんか。どっか別の店でバイトしてたのか?」

「いえ、こういうお店は初めてです」

「そうか? そのわりに動きが慣れてるっつーか、手順を思い出すために止まったりもしねぇんだな。在庫の発注はオーナーがやるし、値札付けも大体終わってるし、聞かれやすい質問の答え方も説明したよな? オーナーも裏に居るなら……これなら明日一日くらいは何とかなるか。覚えが早くて助かるよ、花梨も褒めてるぜ」

「香田さんがですか? ……申し訳ありませんが、どこに?」

 

 褒められていると言われても、声も姿も見えないのでどうも……アナライズで見つけられないか? と、思ったけど反応なし。

 

「店の入り口に立ってる」

「あっちですね。ありがとうございます、香田さん」

「今はお前に向けて手を振ってる」

 

 とりあえず手を振り返してみる。

 

「……お前、それ一人でやってるとこ他人に見られたら変なやつに見られるから気をつけろよ」

「あっ、はい。分かりました、気をつけます」

「……まぁ、花梨の事を真面目に受け止めてくれるのはいいんだけどな」

「いろいろ経験したことで一概に否定もできないって感じで……実はまだ幽霊って半信半疑なんですが」

「それでも居るように振舞ってくれるだけでいいよ。……店長が言うには、幽霊にも人に見えやすい奴や見えにくい奴って個性があるらしくてさ、花梨は特に見えにくいんだってさ。香奈、もう一人のバイトの事だけど、その子は輪郭しか見えてない。

 普通のバイトは霊感があるって自称する奴でも信じないか怖がって拒絶すっから。花梨や花梨と普通に接するアタシらを気味悪がって長続きしねーし」

「それでアルバイトがたった三人なんですか」

「そういうこと。だから今度の新人はこっち側(・・・・)の人間だって聞いてたけど心配でさ。どんな奴かと思ってたけど葉隠で良かったよ。仕事の覚えも早いみてーだしな」

 

 ペルソナで一発記憶してますから。

 というか、俺ってもう完全にオカルト関係の側に認定されてるんだな。

 ルーン魔術を自発的に学び始めたからもう否定できないけど。

 

「棚倉先輩もやっぱりオカルト的な知識か技術を?」

「アタシは小さいころから幽霊が見えてさ、周りから変な目で見られて不良やってたんだ。そんな時にオーナーと会って世話になったからな。ちょっとした悪霊なら祓える。

 花梨ともう一人も、ここで働き始めた理由は似たようなもんさ。見た目と雰囲気が怪しさバリバリだけど、いい人なんだよあの人」

 

 ここは一種の駆け込み寺なのかもしれない、と思ったときに疑問が。

 

「そういえば香田さんのお仕事って?」

「そっか、それ教え忘れてた。花梨は店の警備担当。店の品物盗もうとした奴は祟るから、人が倒れたら急病人ってことで奥に運ぶように。あとはオーナーが適当な理由つけて通報か解放するから」

「自分の能力を活かして働いているんですね」

 

 なんかもう慣れてきた。

 

「おっと、いらっしゃいませ!」

 

 男性のお客様が入ってきて一直線に一つの棚に向かい、棚の前で急にうろたえる。

 

「葉隠、レジ頼むな。……いらっしゃいませー、何かお探しですか?」

 

 棚倉さんが男性客に近寄りながら声をかけると、男性客が口を開いた。

 

「あの、ぼ、僕彼女とさっきこのお店に来たんです。その時はよってみただけなんですけど、この指輪を人差し指にはめてじっと見てたからデートの記念に買ってあげたくなって。……だからまた来たんですけど、サイズが分からないことに気づいて……どうにかなりませんか?」

「それでしたら大体の大きさのリングを買っていただいて、サイズが合わなければ後日交換できますが……」

「それはちょっと、ピッタリのサイズのが欲しいんです、サプライズで贈ったら合わないって、なんかかっこ悪いでしょう?」

「サイズ違いは良くあることなので、そんなことはありませんよ」

 

 棚倉さんがそう話すも、男性はぴったり合うサイズが欲しいと言って聞かない。

 話し方からして気弱そうな男性だが、デートで神経質になっているようだ。

 しかも抜け出してきたらしく、早く戻らないといけないと焦っている。

 

 しかしここに居ない人の指のサイズは……

 

 何かの助けになるかとアナライズの記録をあさってみる。

 見ていた、ってことは、あの棚の前に居たんだよな?

 ……おっ、見つけた。レジ打ちを教わってた時に来ていたようだ。

 あの男性と赤いワンピースを着た女性の姿が棚の前に居る映像が視界に映っている。

 静止画も連続して見ると動画になるので、まるでパラパラ漫画かビデオを巻き戻したり早送りしている感じがする。

 しかし映像だけじゃサイズはわからないな……と思ったら、その女性の指の形が分かった。

 周辺把握! 常時発動してるスキルだから情報が一緒に記録されていたのか?

 理由はともかく、これならいける。

 

 カウンターの中からリングサイズゲージを取り出す。

 これはサイズの違う輪の束で、指を入れることで指輪のサイズを測れる。

 指輪のサイズは聞かれやすい質問だからと教えてもらったが、この輪と周辺把握の情報を合わせれば……これか。人差し指なら十一号。

 

 ……よし!

 

「お話中すみません、その彼女さんは赤いワンピースを着たお客様ですか?」

「葉隠?」

「えっ、あ、はい、そうですけど、どうして?」

「先ほどご来店いただいた時の事を思い出しました。確証はありませんが、おそらくこのサイズだと思います」

 

 俺は話に加わり、そっと十一号の指輪を手に取る。

 

「本当ですか? どうしてこれだと?」

「その指輪を付けて、棚に戻したところを思い出しました。それからこの棚の商品はそれ以降売れていませんし、商品の補充もしていませんから。間違いないと断言はできませんが、置かれた場所にあったこの指輪が合う可能性が高いと思います。間違っていた場合は交換でいかがでしょう」

 

 そう伝えると男性は悩むそぶりを見せた。

 

「……他に手がかりもないし……元はといえば僕が悪いし……間違ってたら交換できるって言うし………………それを買います」

「よろしいですか?」

「できるだけ早く彼女のところに戻らないと……ああ! お願いします! 早くお会計!」

「! はい、ただいま!」

 

 彼女を待たせていることを思い出した男性の剣幕に押されてカウンターへ飛び込み、手早くレジを打つ。

 

「八」

「八千円ね!」

 

 金額を言うより先にレジの表示を見た男性が叫んでお金を置き、袋に入れた商品を差し出すとひったくるように受け取って店を出て行った。

 

「ありがとうございましたー……」

「またのお越しをお待ちしてますーって、ありゃ聞こえてねーな」

「すごい勢いでしたね」

「記念とか言ってたし、きっと初デートなんだろうな。完全にテンパってる。つーか葉隠、お前よく覚えてたな?」

「たまたま目に付いていたのを思い出したんですよ。記憶力には自信があるほうですし、今日は初仕事でお客様に過敏になっていたんでしょうか?」

「なんにしても助かった。客の前じゃ口が裂けてもいえないけど、あの客みたいにサイズが分からないけどピッタリ合うサイズが欲しいってのはマジ困る。

 サイズ直しや交換で納得してくれるなら何の問題もないんだけどさ、なんの情報もなしに断固として合うサイズが欲しいって粘られてもな……」

「お客様の指のサイズを店員が把握してるわけないですよね。常連のお客様ならまだしも」

「でもお客様だから納得してくれるまで説明しないといけねーし。こればっかりは我慢だな」

 

 お客のいない店のカウンターで、和やかに話しつつ時間が過ぎていく。

 棚倉さんは元ヤン、香田さんは幽霊だけど、職場の雰囲気は悪くない。

 特に棚倉さんは常識もありそうで話しやすい。

 失礼だけど、ちょっと男らしく感じるのも理由かもしれない。

 

「葉隠は高校生だったよな? 来たとき月高の制服着てたし」

「はい、今年から月光館学園の高等部一年になりました」

「江古田ってまだ教師やってるか?」

「居ますけど、棚倉さん江古田先生を知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、アタシ元月高の生徒だし」

「そうだったんですか?」

「一昨年卒業して今大学生。月高にいた頃は一年から三年までずっと担任が江古田でさぁ、ウザくてたまんなかったよ。アタシみたいなのは目の仇にされてたし。そうでない生徒からも嫌われてたけどな」

「今でも江古田先生は嫌われてますよ、イヤミ田なんてあだ名つけられて」

「変わってねーな、アタシもそう呼んでたよ。ほかにもえこひいきのエコ田とか、自分勝手なエゴ田とか、色々呼ばれてたぜ。成績がよくて外面のいい奴ばっか贔屓して、自分の評価を上げようとしてたからなぁ……今もそんなやり方続けてんの?」

 

 それは初耳だ。

 

「初耳ですね、入学したばかりでクラスも違いますから。でもいじめを見て見ぬ振りしたり、不登校の生徒を病欠にしたりするとは何処かのうわさで聞いた気がします」

「ああ、あいつ嫌味言って煽るくせにビビリだからな。ちょっと強くでるといっつも、そんな言い方しなくたっていいじゃないか、って言って黙り込んでたし……そうだ葉隠、ちょっと耳かせ」

「? 何ですか?」

「あいつの弱みをいくつか教えてやるよ。アタシにゃもう使いどころがねーしさ」

 

 ! 江古田先生の弱み!?

 

「おっ、目の色変わったな。なんかあいつに言われたのか?」

「いえ、俺じゃなくて友人がちょっと……」

「ダチのためか。ならどうしても我慢ならなくなったら使え。いいか? まず軽いのからいくぞ?」

 

 山岸さんの問題解決の手札になるかもしれない情報。

 一言一句聞き逃さないように傾聴し、ドッペルゲンガーでも記録の用意をする。

 

「……江古田はヅラだ」

「ぶふっ!?」

 

 一度ためてからの発言に、思わず噴出してしまった。

 いやこれ卑怯だって! 重要そうな雰囲気からヅラって!

 しかもドッペルゲンガーで記録してたせいで、“江古田はヅラだ”の一言が視界に飛び込んでくるんだもの……聴覚と視覚のダブルパンチをくらった……

 

「失礼しました、ていうか、えっ? 江古田先生ってカツラなんですか?」

「マジだよ。今は植毛かもしんねーけど、あたしが卒業するときは見事なツルッパゲだったぜ。卒業式の体育館裏で焦ってたんだよ、接着剤がどうだの、せっかく特注したのにとかぶつくさ言いながら。

 アタシは卒業式の日に遅刻してさ、この目でしっかり見てこの耳で聞いたんだ。そのせいで式の最中、壇上に立ったあいつを見るたび笑いがこみ上げてきて……大変だったんだからな? 式が終わっても呼び出されて卒業式に遅刻したあげく笑うとは何事か! とか原因(江古田本人)に嫌味言われたんだぞ? 教室に呼び出されて」

「そ、それ……その最中は?」

「当然笑ったさ! 式の途中でもないから声上げて思いっきり笑ったら顔真っ赤にして怒ってよ、先生のヅラが取れた姿が笑えたって言ったら一気に血の気が引いて黙り込んで、最後にお前はもううちの生徒じゃないんだから早く帰れ! って怒鳴って教室でてった」

「……!!!」

 

 腹が、痛い、なにそれ……

 

「でもその反応ってことは」

「あの時ヅラだったのは間違いねーよ。あのときの顔は今思い出しても笑える。で、次の弱みは……」

 

 そう言いかけたところで店の扉が開いた。

 

「いらっしゃいませ! っ!?」

 

 反射的に言葉は出たが、その相手は先ほど店に来た男性だった。

 今度は赤いワンピースの彼女も連れて……

 

「あっ、さっきはどうも」

「ご来店ありがとうございます。あの、もしやサイズが違っていましたか……?」

「違います違います! サイズはピッタリでした! 本当に!」

 

 間違えたかと思ったが、そうではないようだ。よかった……でも、だとするとどうして?

 そう考えていたら、彼女が一言。

 

「すみません。この人が買った指輪と同じデザインで、この人の指のサイズの物が欲しいんですけど、ありますか?」

「彼女、僕と一緒の指輪をつけたいと思ってくれてたそうなんですよ~。だからサイズはピッタリだけど、一つじゃ意味がないっていわれちゃって~」

 

 デレッデレだな、おい。

 

 口には出さないけど、この舞い上がりっぷりだとたぶん言っても気を悪くしなさそうだ。

 

「かしこまりました。サイズのほうは……」

「あ~ごめんなさい、僕のも分からないです~」

「では、こちらの道具で指輪をはめる指のサイズを測らせていただけますか?」

 

 デレッデレの男の人差し指のサイズを測り、該当する指輪をドッペルゲンガーで探して速やかに引き渡すと。男はデレデレのまま会計をすませ、女性と腕を組んで店を出て行った。

 

「さっきは無茶なこと言ってすみませんでした……でもあの時教えてもらえて助かりました! またアクセサリー買うときはここに来ます!」

 

 最後にこんな言葉を残して。

 

「またのお越しをお待ちしています!」

 

 色々変なところはあるが、Be Blue Vでのバイトは幸先のいい滑り出しだと、俺はひそかに感じていた。




棚倉弥生は月光館学園の生徒だった!
江古田の弱みを一つ握った!
アルバイト代3500円を手に入れた!

桐条美鶴の誕生日が近づいている……
しかし遮光器土偶は手に入っていない。

アナライズの機能が拡張された!
+連続する画像の動画化
+周辺把握から得た形状の記録




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