12月13日(土)
午前
~Craze動画事務所~
「それでは皆さん、お疲れ様でした」
『お疲れ様でした!』
安藤家の5人と一緒に、年末のCステージ出演者が集まっての打ち合わせ。
俺はウィリアムさんとの試合後なので、当日の体調によって出演するかしないかが決まる。
どちらになっても対応できるように、綿密な打ち合わせが行われた!
「フゥ……」
「お疲れ、アンジェリーナちゃん」
「ん」
出演者の1人として立派に参加していたけれど、大勢の大人に囲まれ緊張していたのだろう。アンジェリーナちゃんの顔には、特に疲労の色が見られる。
「おっつかれー」
「お疲れさまです、又旅さん」
動画投稿者であり、今年のCステージの司会を務めることになった又旅女史が、軽い足取りで近づいてくる。
しかし彼女は妊娠中。それも前より確実にお腹が目立つようになっているので、あまり軽やかに動かれると心配になる。
「そんなに動いて大丈夫かって顔だね?」
「ばれましたか」
「皆もそういう顔をするからさ。気にかけてくれるのは嬉しいけど、妊婦だって適度に運動しなきゃいけないし、歩くくらいはできるんだから。生まれてくる子のためにもね」
そういう彼女の雰囲気は以前よりも丸く、温かいものに変わっている気がした。
「それはそれとして……ハロー、アンジェリーナちゃん。さっきの歌は凄かったね」
「ありがと……」
アンジェリーナちゃんは、照れて俺の後ろに隠れてしまう。
「おやおや、ちょっと内気な子なのかな?」
「ええ、そんな感じです」
「歌ってる時は凄い迫力と言うか、圧倒されっぱなしだったのに、こうして見ると普通のかわいい女の子だね。いや、このかわいさを普通と言っていいものか……てか、家族全員美形揃いだよね、安藤家の人たちって」
そう言いながら又旅さんが視線を向けた先では、エレナやカレンさんが打ち合わせに来ていた男性動画投稿者に話しかけられ、ジョージさんが目を光らせている……が、そのジョージさんにも女性の動画投稿者が話しかけられていた。
ロイドはオタク系動画投稿者やスタッフさんたちと、ひたすら機材の話で盛り上がっているようだけど……服装と髪型を何とかすればイケメンになりそう。元はいいんだよな……
「日本では葉隠君の関係で急に注目が集まった印象が強いみたいだけど、そうでなくても時間があればいつかはメジャーになってたよね」
「だからこそ代役として提案できました。Craze事務所の皆さんには無理を言ってしまいましたが……」
「ううん、年末の試合はうちの事務所より先に決まってたことだし、試合で怪我でもしたら出られない可能性があるのは事実。前日に突然キャンセルされるよりよっぽどマシだって、むしろ褒めてたよ。アンジェリーナちゃんたちは確かに動画投稿を始めて日が浅いけど、話題性や実力は十分だしね」
「がんばる」
話は聞いていたようで、俺の後ろから顔を出して宣言するアンジェリーナちゃん。
それを見た又旅女史はからからと笑った。
「本番では何万人もお客が集まるけど、怖くないかな?」
「大丈夫」
「ははっ、歌う時は結構強気なんだね。頼もしいよ!」
本当に、アンジェリーナちゃんは普段は内気だけど、特定の物事では積極的になるなぁ……
と思って見ていると、何か勘違いしたのか、
『こわくない。街中にシャドウがあふれた時よりぜんぜんいい』
「!」
こんな声が頭に送られてきて、笑いかけた。
別に疑っていたわけではないけれど……確かに、アンジェリーナちゃんも夏休みの事件を乗り越えた仲間だ。あれで変な度胸がついたのかもしれない。
「分かってるって」
「ん」
俺も負けてはいられないな……
アンジェリーナちゃんのやる気を感じた!
……
…………
………………
午後
~部室~
「そこまで! ペンを置いてください」
「ふぅ……」
センター模試までに残された時間は、今日を含めてあと2日。
マークシートに慣れるため、本番と同じ形式で一昨年の試験問題を解いてみた。
「お疲れ様。割と余裕そうだったね」
「記述式と違って、文章を書く必要はないからね。ただ、チェックのズレには気を使うよ。それにまだ詰めが甘いと感じる部分もあったし……」
山岸さんから受け取ったハーブティーを飲んで休憩。
その間に桐条先輩が採点をしてくれる。
「採点が終わったぞ」
「どうでした?」
「残念ながら、目標には僅かに届いていない。尤も、勉強期間を考えれば十分すぎる成果だと思うが……A判定にはぎりぎり届かずと言ったところだ」
先輩が返してくれたテスト用紙を確認すると、やはり先ほど考えていた場所で点を落としている。
「今日明日で何とかもう少し詰めるとして……世界史と現代社会に重点を置くべきでしょうね」
「ああ、幸い全教科を通して1、2年の範囲はカバーできているようだし、数学に至っては満点が取れている。あとは3年の範囲に関する設問や時事問題が鍵だろう」
「時事問題は何が出るか……センター試験の時事問題は常識で解ける傾向があるとは言いますが、最近はそれが変わって来ているとも聞きますしね……」
「そうだな。より論理的に、それまでの学習の成果を試される設問へと、年々変わってきていると私も聞いている。現代社会は過去の事例と流れを見直して、確実に把握すべきだろう」
最近は妨害の気配もしているが、あと2日で模試があり、試験期間でもある。
気合を入れていこう。
「ところで葉隠、じつは1つ占って欲しいことがあるんだが……」
ほう……“自分を成長させるために、良い経験ができる場所”。
影時間のことを隠すために曖昧な言い方をしているけれど、事情を知っていれば目的は明らか。超ストレートに聞こえる。
「具体性に欠けますが……“先輩の望む何かがある場所”で占ってみますか」
何も知らないふりをして、“辰巳ポートアイランド駅前”と答えておいた。
……
…………
………………
夜
~アクセサリーショップ・Be Blue V~
オーナーと共に、地下倉庫の整理を行うが……
「オーナー。この惨状は一体……」
「師走だから……」
年末年始は仕入先もお休みのところがあるので、今のうちに在庫を補充しておくのはまだ分かる。
だけど、オーナーの趣味の品々、もとい何の霊も憑いていないガラクタまで大量に運び込まれているのはどういうこと!? と言いたいが、そんなことを言っても始まらない。
「……オーナー、とりあえず在庫とコレクションとそれ以外の判断をお願いします。運搬と分別は俺と召喚シャドウでやりますから。」
「分かったわ。それから葉隠君、ゴミの処分なんだけど……裏でリサイクルショップを始めるのよね?」
「はい、不良に指示を出してですが」
「年末までに大きなものだけでも処分できるかしら? あともう2回、どっさり来るそうなのよ」
「ご依頼ありがとうございます」
……
…………
………………
深夜
~辰巳ポートアイランド・某所~
オーナーから相談を受けたので、金流会に状況を問い合わせると、“ちょうど店舗が用意できた”と返事があり、そのまま店舗を見に行くことに。
すると金流会のリーダーのデブが自ら案内をしてくれたのだが……
「……そこまで怯えなくても、敵対しなければ別に殺そうとも思わないのに」
金流会のリーダーは、常に顔を青くして、滝のような脂汗を流していた。
……まぁ、決戦の時は多少狂気に取り付かれていた気がしないでもないし、仕方ないか。少なくとも反抗する気配はないし、いいだろう。
「あ、あの……どうでしょうか?」
「店舗としては十分だと思うよ。広いというか建物丸々1つなんて、よく用意できたね。ちょっと寂れてるけど、道路に面していて普通に営業できそうだし」
「いやぁ……元権利者にはかなり金を貸してたんで……」
「ふーん……倉庫も見ていいかな」
「どうぞどうぞ! こことは別に、港に大型の倉庫も契約してありますんで、それなりにモノは置けると──」
俺の反応が良いと感じたのか、ここぞとばかりに売り込んでくるデブの話を聞きながら、店を隅々まで確かめた!
……
…………
………………
影時間
~辰巳ポートアイランド駅前~
影時間になる前から駅で待機し、特別課外活動部の戦闘訓練用にシャドウを召喚。
本日の相手は笑うテーブル、炎と氷のバランサー、鋼鉄のギガスを模した3体だ。
待ち構えているようでは不自然なので、適当にその辺を徘徊させて待つと、だいぶ遅れて3人がやってきた。
「うっわ、なんかゴッツイのがいる……」
「待て……近くにまた別のもいるぞ。2体だ」
「集まってくると面倒かもしれんな。1体ずつ倒していこうと思うんだが」
「同感です」
「それがいいだろう。なら今のうちに目の前のを……行くぞ!」
目で合図をし、速やかに鋼鉄のギガスもどきに襲い掛かる3人。
「へぇ……」
その戦い方は、明らかに先日とは異なっていた。
前衛は真田。誰よりも早く、そして前へ出る。
続いて岳羽が後方から、ペルソナではなく弓矢による攻撃。
桐条は岳羽の傍でペルソナを召喚し、速やかに情報解析。
岳羽の遠距離攻撃で先制して、怯んだ隙に真田が畳み掛ける。
接近戦を挑む真田が隙を作り、岳羽が矢を打ち込んで援護。
桐条は情報支援を主に行いつつ、臨機応変に魔法で攻撃。
……ってところか。
それぞれ役割を分担して、自分の役割を意識して動いている。
“チーム”としての動きが先日とは明らかに変わっていた。
「スレッジ、ハンマー!!」
「イオ!」
「ペンテシレア!」
「グ!? ォオオ!?」
真田が大技を放ってシャドウから距離を取ると同時に、岳羽と桐条の波状攻撃。
そして倒れた隙をついての総攻撃でトドメ……タイミングもピッタリだ。
この様子だと、特別課外活動部は原作よりも強くなるかもしれないな……
良い傾向だろう。現実で命がけの戦いをするなら、強いに越したことはない。
チームワークが良ければ原作開始からがより安全になる。
もし協力、あるいは利用するにしても、その時になって役立たずじゃ意味がないしな……
ま、それはなさそうだけど……シャドウ相手なら天田の方が強いかな……
駅の屋根から、3体のシャドウを倒す様子を見物しながら評価を下す。
さて、討伐は終わったし帰ろうかな。3人ももう帰るみた……ん?
「美鶴? どうした?」
「いや……気のせいか? 一瞬だけ、索敵機材に強い反応があった気がしたんだ」
「敵ですか?」
「反応はないが……ちょっと待て、データを確認してみる」
……もしかして俺の話か? バレた?
「……あった! ほんの一瞬だが、間違いなく何か大きなエネルギーを感知していたようだ」
「大きなエネルギー? シャドウじゃないのか?」
「おそらくシャドウだと思うが……感知したのも一瞬だったようだし、よく分からないな。向こうの方角。距離は直線でおよそ900mというところだろう」
いま指し示された方角で900となると、駅前広場はずれを超えた路地裏だ。…
となると俺のことじゃないな……じゃあ何だ?
「そのくらいの距離なら、一応確認してみないか?」
「そうですね。シャドウだったら倒した方がいいだろうし」
「……私も正直、気になる反応だ」
どうやら3人は様子を見てから帰るようだし、俺もそうしよう。
そうと決まれば一足お先に!
3人にばれない様にその場を離れ、強化魔術で機動力を強化。
ビルに登って飛び移り、すっかり慣れた高速移動。
……おっ。
ビルに登ったら、路地裏にストレガの連中がいるのが見える。
しかもジンはなにやら慌てた様子で、胸を押さえて苦しむタカヤを立たせようとしている。
その横でチドリがペルソナを出して……そういえば彼女のメーディアは探査妨害できたな。
……って、これやばくね?