人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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310話 誤算

 霊が光となって消えた瞬間。

 体の芯に流れ込むのは熊に殺された人々の最期の想い……

 1つ1つは小さなものだった。

 だけどそれらは積み重なった。

 

 苦痛、怨嗟、悲観、憤怒……

 そういった負の感情も初めは1人分だった。

 それが10人、20人と集まって、大きな流れを作り上げてしまった。

 わずか一滴の雨粒が集まって川になるように。

 無数の霊は1つになり、負の感情に満ちた魔力が更なる霊を蝕んで。

 引きずり込まれた霊は負の感情に囚われて、この世のこの場にも囚われる。

 そしてまた新たに人を誘い込んでは殺し、流れに取り込むための力となる……まさに負の連鎖。

 

 それを今ここで断ち切ることができた。

 悪霊からその根幹となる人々の想い(MAG)を吸い取り、淀んだ魔力を切り離した。

 一瞬のうちに流れ込んだ人々の記憶であり最期の想いの奔流。それが穏やかに抜けていく……

 

 直感的に邪気の左手を使用したことは間違いではなかった。

 

『悪霊の反応が消滅!』

「!」

『やったね先輩!』

「ああ……」

 

 何だ?

 久慈川さんの言葉からして、悪霊を倒した直後。まだ数秒程度だろう。

 ずいぶんと長く感じた……!

 

「皆無事か!? それと熊は!?」

 

 皆は要救助者3人を含めて壁際に。熊は、視界の範囲にはいない。

 

『安心、とは言えないけどとりあえず大丈夫。熊は来た道をゆっくり逆走中。先輩に何度も転がされたし、仲間っぽかった悪霊の無差別攻撃も受けてたからね。逃げることにしたみたい。それよりアスカちゃんたちの体力がマズイよ!』

「皆様、息はありますが衰弱しています……」

「体も冷たくて」

 

 近藤さん、それに井上さんも辛いようだが、それを堪えて彼女たちの状態を教えてくれる。

 急いで駆け寄り、指輪に残った魔力で回復魔法をかける。

 

「どうだ?」

『……魔法はちゃんと効いてる。体に怪我を負っているわけじゃないし、なるべく早く病院に連れて行けば大丈夫だと思う。できれば体を温めてあげるか、毛布か何かあるといいと思うけど……』

「そうか」

 

 保温くらいなら残った魔力と生活魔術で何とかなる。

 あとは久慈川さんたちにもう少し頑張ってもらって、早く全員で脱出を……

 

 と、考えていた時だった。

 

『嘘っ、何でこんなタイミングで!?』

 

 突然の久慈川さんの叫び声。しかも怒りを含んでいる?

 

「何があった?」

『撮影のスタッフ! 駐車場待機の人まで全員集まってこっちに向かってきてる! このままだとトンネルの入り口あたりで熊と鉢合わせしちゃう!』

 

 ああ……なるほど、理解した。

 

「待機してろって言ったのに何やってんだあの連中。まさかまだ霊に憑かれて」

『ううん、それはない。ただあの富岡さんってスタッフが、本来真面目な人だったみたい。行方不明者を出したのも自分だし、責任があるとかなんとか呟きながら歩いてて……この現場の責任者だし、言いたいことも分かるけどタイミング最悪っ! あ……』

「久慈川さん!?」

「りせちゃん……!」

 

 声を荒げた久慈川さんのペルソナが突然消失。

 本人は操り人形の糸が切れたかのように倒れかける。

 急いで支えたので転倒はしなかったが、顔色が悪い……

 

「りせちゃん、大丈夫かい?」

「大丈夫……ちょっと疲れただけ……」

 

 ……無理もない。久慈川さんは今日がペルソナの初召喚。それも通常空間での召喚は影時間やテレビの中よりも負担が大きいはず。むしろこれまで良く頑張ってくれた。

 

「協力してくれてありがとう。後のことは任せて休んでくれ」

「うん……先輩……よろしくね」

 

 彼女は力なく呟くと、静かに目を閉じる。

 体内の気の流れは、消耗しているが正常だ。

 

「疲れて眠ったみたいです。井上さんも辛いと思いますが」

「大丈夫、りせちゃんのことは僕が見ておくよ」

「私もいます。葉隠様は撮影スタッフを」

「行ってきます」

 

 これで最後にする。

 強化魔法で速度を上げて、暗いトンネルを一気に駆ける。

 明かりの魔術の効果は消えてしまったが、俺一人であれば問題ない。

 既にトンネルの入り口を視界に捉えている。

 

「!」

 

 悲鳴が聞こえた。スタッフが熊と遭遇したようだ。

 もっと早く。脚に力を込めて入り口を封鎖している金網の穴へ飛び込む。

 

「ぁ、あ……」

 

 その先にはあの霊に憑かれていた男性を押し倒し、その喉へ噛み付こうと牙を剥く熊の姿。

 

「させるかァッ!!」

 

 

 跳躍とともに左腕の筋肉を絞り、気を集中。

 ねじ込むように、寸でのところでスタッフの首もとへ腕を差し入れ、熊の牙を受け止める。

 

「アガッ、ウゥッ!?」

「ぐっ……!」

 

 牙が腕へ食い込む。

 しかし鉄頭功を習っていて良かった!

 万力で締め付けられるような圧迫感と痛みこそあるが、出血はないし耐えられる。

 そして何よりも、左手に食らいついているうちは頭がそこにある。

 

「は、葉隠──」

 

 一体ドウシテこんな状況になっているのか?

 心霊番組のロケに来たからだ。

 ロケ地がここだったからだ。

 ここに幽霊が出るという噂があったからだ。

 実際に幽霊がいたのは、こいつが人を食い殺していたからだ。

 つまり、こいつが全ての元凶。

 

 湧き上がる怒りとともに一撃。

 気を集中させた右の人差し指を、無防備な熊の左目へ深々と突き立てる。

 

「──!!!!!」

 

 さすがに眼球を抉られるのは効いただろう。

 熊は声にならない悲鳴を上げ、大きく仰け反る。

 結果、無防備に晒された喉へ、解放された左の貫手。

 さらにがら空きの胴体に頂肘(ヒジ)

 それぞれが急所を狙った渾身の一撃。

 

「ガフッ、ハッ」

 

 それらを纏めて受けた熊の吐息には、獣特有の臭気に鉄錆の臭いが混ざる。

 そんな熊に対して、更なる追撃。

 

 ──この熊はこのままここで仕留める──

 

 トンネルの中にも外にも人がいる以上、中途半端に追い返すだけでは被害者が出かねない。

 これが最善。合理的な思考。だがそれ以上に、衝動に駆られて。

 

「シャアァッ!!」

 

 雨のように繰り出した拳が牙を折り、鼻を潰し、顎を砕く。

 全身を使った鞭のような連撃が、熊の頭部を左、右、左、右と交互に振り向かせる。

 ほどなくして熊は勢いに押され後ろ足で立ちかけ、力尽きたように倒れてきたが……

 

 その巨体をさらに殴る。棒立ちの体を殴る! ひたすらに殴る!!

 

「ッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!!」

 

 殴り続けた結果、熊の巨体が連続攻撃で支えられた。

 さらに徐々に押し戻し、直立状態。

 巨体の重心が後ろへ傾く瞬間に背後へ回り込み、自然と倒れる力を利用。

 強化した全身の力を加えて熊の体を一回転させ、頭から地面へ叩き付ける!

 

「うわっ!?」

「ひぃっ!」

「マジかよ!?」

 

 もはや抵抗無く投げが決まった瞬間。

 熊の巨体ゆえに起きた地響きはまだ近くにいたスタッフにも届いたようだ。

 

 そして訪れる沈黙。

 

「……怪我人は、いませんか?」

 

 周囲を見渡せばこちらの様子を伺っているスタッフは何人もいる。

 だけど何を言えば良いのかが分からない、といった雰囲気だ。

 誰もが熊と俺を交互に見て、黙り込んでいる。

 

 仕方なくこちらから声をかけると周囲からスタッフの返事が聞こえてきた。

 どうやら怪我人はいても慌てて転んで手や足を擦りむいた程度で、問題ないらしい。

 

「間に合ったなら良かった。だけど悠長にしている時間もありません」

「そうだ、葉隠君! 他の方々は!?」

「トンネルの中にいます。全員怪我はありませんが、IDOL23の2人とマネージャーさんは意識がありません。救急車を3台。あと警察にも連絡を。トンネルの奥には……この熊に襲われて亡くなった方の遺体があります」

 

 俺の言葉に息をのむスタッフの方々。

 彼らは顔をこれまで以上に青くして、それぞれ手持ちの携帯電話を取り出す。

 後は近藤さんたちを連れ出して病院へ。熊の始末は警察に任せ……?

 

 月が雲に隠れたのだろうか? 急に目の前が暗くなった。

 上を見てみると、月は出ていた。しかし全体的に薄暗い。

 

 ……違う。

 薄暗いのではなく、どんどん暗くなっている。

 そう気づいた時には既に……目の前は真っ暗になっていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 周りは真っ暗で何も見えないが、この感覚にはもう慣れてしまった。

 どうやら俺の体は意識を失ったらしい。

 

 ……慣れるほど意識を失っているのもアレだけど……今回はどうしたのだろうか?

 冷静に倒れる前の状況を思い出してみると、原因は疲労?

 

 それにこの夢と現実の狭間にいる感覚。

 また走ってベルベットルームに行く必要があるのかと思いきや、今回は動けない。

 というか体の感覚がない。

 とりあえず死んではいないと思うので、焦ることもないけれど……困ったな。

 

 打開策もなく、何もできないまま時間だけが過ぎていく。

 

 しかし、状況の変化は割と早いうちにやってきた。

 

「バイオリンの音……ってことはトキコさんか?」

 

 そういえばまだトキコさんを預かったばかりの頃にもこんな事があったな……

 あの時は突然預けられて、ベッドの下にしまいこんで置く以外に何もできなかった。

 それが夢でバイオリンを弾きたい、弾いてほしいというメッセージを受けて。

 実際に弾き始めて、指導を受けて、動画投稿まで……思えば色々あったなぁ……

 

 思い返していると、聞こえてくる音がより鮮明になってきた。

 同時に、トキコさんの意思が伝わってくる。

 

 ……だいぶ怒っているようだ……

 

「あー……っと……申し訳ないけど何に対して?」

 

 “無茶をしすぎだ”と彼女は言いたいようだ。

 どうやら俺が悪霊に対して最後にやった行為。

 あの除霊方法が思ったよりも俺に、特に精神面へ負荷をかけていたらしい。

 

 トキコさん曰く、あれは自分の体をフィルターにして毒を取り除くような荒業だったと。先に悪霊を弱らせていなかったら悪いエネルギーで体に害が出るし、逆に霊に精神を乗っ取られたかもしれない……とのこと。

 

 言われてみれば最後に熊と相対した時には必要性以上にどこからか(・・・・・)湧き上がる感情があったし、実際にこうして意識が体から離れている。

 

 どうやら俺は自分で感じていた以上にヤバイ状態だったようだ。

 

 やるなとは言わないが、やるならやるで相応の準備をしておけと……返す言葉がない。

 

 え? 霊の影響なので多少フォローもできたけど、完全には無理?

 目が覚めたら覚悟しておいた方が良い?

 

「分かった。というかトキコさん、そんな力あったのか。あとさっき除霊全力でやったけど巻き添えにしたんじゃ……あ、伊達に長年幽霊やってないと。あとバイオリンが本体だから、なるほど」

 

 そういえば元々は悪霊扱いされてた霊だった。

 旅行先まで勝手についてくる謎のバイオリンだし、力はあったのだろう。

 その力を俺を助けるために使ってくれた。

 

 最初はやや押し付けられるような形だったけれど、今は彼女の思いやりを感じ……!!

 

 トキコさんと(刑死者)のコミュが上がった!

 そして新たなスキル……“鎮魂の音色”? を習得した!

 “鎮魂の音色”なんてスキル原作には無かったはずけど……ん?

 

 だんだんと視界が明るくなってきた。

 体の感覚も戻ってきた気がする。

 これはそろそろ目が覚めるか?

 

 ……

 

「……です」

「先生……の容態は」

「彼が一番……」

 

 病院の一室。

 カーテンで仕切られたベッドの横に、医師と看護士。

 その2人から話を聞いている制服姿の警察官。

 そして、ベッドの上で横たわる“俺自身”の姿が俯瞰で見える。

 

 ……なるほど。幽体離脱か。




影虎は熊を倒した!
しかし意識を失った!
除霊が心身に予想以上の負担をかけていた!
幽霊のトキコがフォローに入った!
刑死者のコミュが上がった!
“鎮魂の音色”を習得した!

影虎は目覚めた……と思ったら幽体離脱していた!

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