人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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30話 辰巳博物館(後編)

「すみません、遅れました!」

「時間丁度だから大丈夫だよ。それと、お疲れ様」

 

 作業部屋に戻った俺に、原さんはそう言ってくれた。

 さらに他の学芸員の皆さんも何故か優しい目で俺を見ている。

 

「君、さっき館長に捕まってたでしょう。邪馬台国のブースのところで」

「私たち、さっき君と館長を見かけたのよ」

「館長って良い人だけど、特定の話になると長いんだよなぁ……」

「しかも同じ話を何度も繰り返すから疲れるしな……」

「僕たちは皆最低一度は館長の話を聞いているからね。熱が入った館長は引き止められることもあるし、そういう事情なら多少遅刻しても怒るつもりはなかったよ」

 

 優しいな……いや、これは被害者同士の共感か?

 とりあえず、ギリギリに来たけど問題ないようだ。

 

「さぁ、作業を始めよう。葉隠君はこっち、僕の隣に座って」

「はい」

 

 床に敷いたシートの前に座る原さん隣に座り、渡された手袋をはめて午後の仕事が始まった。

 

「まずは土器の破片を適当にシートに並べて、よく見えるようにする。大抵はここに来る前に汚れが落とされてるけど、もしゴミが付いていたら手元の刷毛(ハケ)で傷つかないようにそっと表面を掃いて落としてね。まずはそこまでやろう」

 

 指示に従い、一つ一つ丁寧に破片をシートの上に並べていく。

 

「そういえば葉隠君、眼鏡かけたんだね」

「細かい作業をするときは、たまに」

 

 嘘だ。俺の視力は両目ともに2.0、眼鏡をかけたことはない。

 なら原さんは何でそんな事を言ったのか?

 それは、俺の顔に黒縁眼鏡に変形させたドッペルゲンガーがかっているからだ。

 

 “土器の修復は破片をよく見て”

 

 館長のアドバイスを聞いたら周辺把握が役に立つかも、と思ったので試しにトイレの個室で装着してきた。ペルソナを昼間に召喚できるのも、周辺把握が使えるのも確認済みだったしな。攻撃や回復のスキルさえ使わなければ倒れることも無い。

 

 道中の展示室で監視カメラの位置や向きを知覚できた事で周辺把握の効果は再確認してあるし、今もこの部屋に監視カメラなどが無い事は分かる。桐条グループにばれる事もないだろう。

 

 桐条系列の病院でペルソナ使いの適性が調べられる事は知っているが、いくらなんでも桐条グループ傘下の企業全てでそれができるとは思えない。グループの手があまり入っていない企業だってあるだろうし、調べるには何か検査的な物が必要だと俺は考えている。

 

 もし特定の検査を必要とせず、ただそこにいるだけで測定できる道具があるなら適性を持つ人がもっと見つかっていてもおかしくない。そうだとしたら、少なくとも俺の適性はとっくに見つかっているはずだ。

 

 なにせ桐条グループは病院に行った山岸さんから適性を見つけた。それが気まぐれに検査してみた時に偶然適性を持った人が来ていて発見されるなんて、実現する可能性がどれほど低いか。常時その検査をして人を探し続けていると言われた方が自然に思える。

 

 そんな連中の手に検査不要で適性を見つける方法があれば使わない理由が無い。病院だけじゃなく街中でも、手が届きやすい俺達の学生寮でも確認されているはずだ。

 

 向こうが俺を知っていながら放置している可能性も無いことはないけど、ぶっちゃけどこにメリットがあるかわからない。黒幕の幾月だって最終的に全部の大型シャドウを倒させるのが目的なんだから、可能性があれば取り込んでおきたいだろう。

 

 結局何が言いたいかというと……こっそりならペルソナ使っても良いんじゃない? って事だ。

 

 せっかく役立てられそうな力があるんだし、戦闘だけじゃなく以前山岸さんの落としたお金を拾ったときのような使い方もあっていいと思う。

 

 まぁ俺のドッペルゲンガーみたいな変わり種じゃないと大っぴらに使えないのかもしれないけど……

 

「よし……葉隠君、そろそろ次の作業に進もうか」

「はい」

 

 原さんの声がかかったのは、目の前のシートに青灰色の破片がある程度広く並べられた頃だった。

 

「ここからいよいよ本番、接合という作業に入る。適当な破片を手にとって色、形を参考に繋がる破片を探していくんだ。破片を見てもらうと、小さな文字が見えると思う。それはここに来る前に書き込まれた破片のデータだから、それも参考にしてね。地道な作業になるけど、頑張ろう」

「わかりました。ところで、この破片はなんという土器なんですか?」

「ほとんど須恵器(すえき)だね」

須恵器(すえき)……すみません、詳しくお願いします」

須恵器(すえき)っていうのは古墳時代から平安時代までの間生産されていた土器で、朝鮮半島が起源とされる土器だね。

 有名な縄文土器などが粘土を積み上げて作る輪積みという技法で作られているのに対し、須恵器(すえき)はろくろを使って作られる。また、それまでの土器が釜を使わない野焼きで作られていたのに対して、須恵器(すえき)は釜を使って高温で焼き上げられている。それによってこの特徴的な色と硬さがでるんだ。

 野焼きの土器は酸素が土器の鉄分が結合して赤みがでるし、焼くときの温度が低くて脆いんだね」

「なるほど。なら、この色が違う破片は別の土器ですか?」

「それは土師器(はじき)かな? 須恵器(すえき)と同時期に作られていた素焼きの土器だよ。土器として有名な埴輪(はにわ)の仲間だね……これはおそらく器とか生活に使う実用品だろう。こういうのは破片が多いと難しいよ、形状が似通っている同種の土器の破片が複数……今回はまず確実に混ざってるからね。これが火焔土器だったらもう少し簡単だと思うけど……」

 

 また新しい土器の名前が出てきた。けど、これはどこかで聞いた気がする。

 

「火焔……もしかして教科書に載ってる土器ですか?」

「そうそう。国宝になってる物もあるからね。火焔土器は縄文時代の中期に突然生まれて消えた謎の多い土器で……煮炊きに使われていたと考えられているんだけど、装飾が多くて接合の手がかりは多いんだ。形もだいたい決まってるし」

「なるほど……とりあえず土師器(はじき)の破片だけ集めてもいいですか?」

「いいよ、君には土師器(はじき)の修復をお願いしよう」

「ありがとうございます」

 

 作業に集中しはじめたのか心なし口数が減ってきた原さんに許可をとり、俺は赤褐色の破片だけを近くに集めて並べて破片に集中。すると周辺把握は視覚よりも多くの情報を俺に伝えてくる。

 

 ……むしろ多すぎ? 目の前にある全部の破片の形状がまとめて頭に入ってくるけど、普段タルタロスで使うよりもゴチャっとしている印象だ。

 

 だったら絞ってみるか。

 

 逆さまにした二等辺三角形に近い形で大き目の破片を左手に持ち、その断面に合いそうな真っ直ぐに割れた破片を探すと候補が四つ見つかった。

 

 破片の上は器のふちの様に丸くなっている。割れていない。同じくそういう部分を持つ破片を探すと、候補が一つに絞られる。合わせてみると……

 

「原さん、これで合ってますか?」

「ん? おっ、幸先がいいじゃないか。合ってると思うよ」

 

 よし成功!

 

「合う破片を見つけたらテープで仮止めをして、チョークで印を書いてつなぎ目を分かるようにしてから次の破片を探すんだ。この調子でよろしく頼むね」

「はい!」

 

 言われた通りに処理をして次の破片を探す。今見つけた破片は元の破片と上をそろえて右側に着いた。その結果右上から左下に向かう真っ直ぐな割れ目と、いびつな弧を描いた割れ目が合わさった破片の右下に生まれる。

 

 そしてそこに合いそうな破片を探すと、さっきの候補の中に該当する破片があった。

 

 弧の部分は無いけどふちが合ってるし、これだよな? さっきと同じようにテープでつけて、印を描く。それを繰り返す。

 

 ……続けるとだんだん理解できてくる。

 まず、始めは周辺把握で全体の破片の形状が分かっている状態。

 その中から一つの断面の情報を探すと、該当しそうな形状を持つ破片が瞬時に分かる。

 分かる、というよりも該当しない破片がふるい落とされていくようだ。

 残った破片とその位置は分かるので、該当する破片はすぐ手にとれる。

 正しい破片が組み合わさると、新しい断面が生まれるか情報が増える。

 そこに該当する破片を探し、また同じように正しい破片が見つかる。

 

 欠けや該当する破片が無い時は、諦めて別の断面を探せばいい。

 一点が見つからなくても他の断面に合う破片を見つけていけばだんだんと形になる。

 それがさらなる情報になり、欠けている部分を埋める破片が見つかる。

 最初は見つけた破片を手にとってから合わせて確認していたのに、もう手に取るより先に判別できるようになってきた。

 動き出した手は止まらない。

 

「原さん」

「何か分からない所でもぉ……」

 

 声をかけられこちらを向いた原さんの目が見開かれる。

 視線の先には俺の手元と、テープで繋げられた土器の破片の塊。

 所々に欠けはあるがどれも小さく、立派な器の形を成している。

 

「……一つ完成してしまいました」

 

 所要時間は約十五分。

 テープや印で余分に時間がかかったが、それがなければもっと早くできた。

 もう少し慣れれば、破片をあわせて確かめる工程も要らなくなりそう。

 ……とても口には出せない。やった自分でも驚きの結果が出てしまった。




影虎は修復作業にドッペルゲンガーを使った!
ドッペルゲンガーは役に立ちすぎた!

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