「以上をもちまして、打ち合わせを終わります」
「では皆さん、撮影開始まであまり時間がありません。次回までに役作りをお願いします」
「お疲れさまでした」
『お疲れさまでした!』
顔合わせと打ち合わせが終わった。
ドラマの放映が来年4月からなので、もう来月から撮り始める。
監督さんたちの言う通りあまり時間はない。
しかし幸いと言っていいのか、初回で俺が演じる役柄の役作りはそれほど難しくない。
少しばかり性格を調整する必要はあるけど、ポイントは“情報通の生徒会長”という点。
これだけなら俺も良く知る月光館学園の現生徒会長がまさにその通りの人物だ。
イメージはもうできているし、彼女を参考にすれば上手くいくと思う。
しかし……
「葉隠君、おつかれっ」
「あ、お疲れさまでした」
「お疲れさまでーす」
「おつかれー」
IDOL23の皆さんが退出。それとほぼ同時にBunny'sの男子たちも席を立つが、
「んじゃまたな、虎」
「ああ、またいつか。……」
一足先に立ち上がった磯っちが、俺にひと声かけて部屋を出ていく。
その際胸ポケットを軽く叩かれたが……その瞬間に紙きれを忍ばせていった。
気にはなるが、あの様子だと他人にばれたくない事なのだろう。
後で確認しよう。
「さて、俺たちも行こうか」
「あ、はい!」
俺が声をかけると、与えられた台本に熱中していた久慈川さんが慌てて支度を整える。
「今から緊張しすぎじゃないか?」
「だって、まさかこんな役に抜擢されるとは思わなかったんだもん! それに、すっごい期待されてるみたいだし……」
「まぁ、それはなぁ」
Bunny'sとIDOL23で良い役はほぼ独占される。
業界の力関係もあり、それはまず変わらないはずだった。
そこに俺と久慈川さんがねじ込まれたのは、オーディションの結果。
あのオーディションで撮った映像を見た監督や脚本家が、俺たちの演技を絶賛したのだ。
つまり本当の意味で“実力で勝ち取った”わけだけれど……
「なにも顔合わせの場で言わなくたっていいじゃん……」
「ああ、それは俺も考えた。あちらは純粋に褒めてくれただけなんだけどな……」
それを聞いている周囲の雰囲気が悪いことこの上なかった。その大半はBunny'sの子たちなんだけれど、雰囲気に巻き込まれたのかIDOL23の一部も少し気分を害していた。
俺たちだけ“実力で選ばれた”みたいな褒められ方をしていたら、自分は何なのかと思うよな……
「これから撮影現場で会うの、超気まずい」
「まぁ、あれだ。IDOL23の人はだいぶ冷静な人が多かったし、大丈夫だと思うよ」
今更だけど芸能活動というのは通常個人で行うわけじゃない。
俺も近藤さんたちがいるし、芸能人の大半は事務所に所属してバックアップを受けている。
自分を売り込むにも、仕事を1つ取るにも、事務所が積み重ねた信頼やコネを使っている。
そして今回のドラマは特に事務所の力が関わっている。
それをちゃんと理解していると感じた人ほど、平然としていた印象を俺は受けた。
「IDOL23には理性的な人が多かったし、中でもリーダー格の人は俺たちを認めてくれていたよ。だから大丈夫」
「先輩、そんな会話誰とも話してなかったのに何その自信……でもいつもの事か。……うん! 考えてても仕方ないしね」
気持ちを切り替えたのとほぼ同時に仕度が終わり、共に部屋を出る。
するとそこで待っていたのは近藤さんと井上さん。
そしてなぜか、Bunny's事務所の木島プロデューサーまでいた。
「お久しぶりです、木島プロデューサー。今日は付き添いですか?」
それにしてはアイドルの姿が見えないうえに、オーラが異様に暗い。
「確かにそれもあるけれど、今日は葉隠君と久慈川さんに謝罪をしに来たんだ」
彼はそういうと深く頭を下げ、
「Bunny'sに所属する若手アイドルたち。特に佐竹と光明院の2人の非礼の数々、大変申し訳ないッ!」
「彼は先ほどから我々にもこの調子なのです」
近藤さんがそっと教えてくれた。
「なるほど……頭を上げてください、木島プロデューサー。あなたの苦しみは理解できませんが、あなたが本当に後悔している事は分かります。その謝罪が本心であることも」
人のオーラが見えるようなってそう長くも無いけど、ここまで深い後悔の色は滅多に見ないと断言できる。
「しかし、いや、重ね重ね申し訳ない。急に頭を下げられても戸惑ってしまうか」
その目は俺でなく、久慈川さんの方を向いていた。
確かに彼女は戸惑っている。
「久慈川さんも落ち着きなよ」
「逆になんで先輩はそんなに冷静なの」
「偉い人なのは知っているけど、それ以上に本気で謝りに来てるから。むしろ思い詰めすぎてないかの方が心配になる」
本当に、これまでのBunny'sの対応と全く違いすぎて……確認したい。
木島プロデューサーの気持ちは受け取るけれど、それは事務所としての謝罪だろうか?
あまり期待せずに聞くと、やはり彼は申し訳なさそうに口を開く。
「これは私の個人的な謝罪だよ。本当はもっと早くに来るべきだったと思っている。遅くともあんな記事が出回る前に……いや、それ以前から光明院君たちは君をずっと敵視していたと聞いた。
その段階で指導ができていればここまで大事にはならなかったはずだし、君たちを不快にさせる事もなかっただろう。目と指導が行き届かなかったこちらに非がある。……それを棚に上げて一方的に抗議文を送り付けるなんて、いくらなんでもおかしいと私は思う」
それを聞いて、顔を見合わせた俺と近藤さん。
“この人は話ができる”
視線が交差し、意思疎通が完了。
「無理もないと思います。木島プロデューサーはお忙しいですからね」
「いや、それを言い訳には」
ここで近藤さんが前に出る。
「木島様。失礼とは思いましたが、我々はBunny's事務所やその関係者。主に光明院君たちのグループとその周辺を調査させていただきました」
「なっ!? ……いや、葉隠君が目の敵にされていれば警戒くらいはするか」
「ご理解ありがとうございます。付け加えるならば、我々はこの国や芸能界では新参者。まずは情報を集め、地盤を固める必要がありました。
そして得られた情報を統合し分析した結果……木島様は実質的に、彼らのプロデュースから外されている。あるいはそこまで行かずとも、問題からは遠ざけられている。我々はそう考えていますが、違いますか?」
すると彼は明らかに動揺した様子で、何故かと問いかけてくる。
近藤さんはさらに追撃。
「木島様が担当しているグループの現在の仕事は大きく分けて2つ。1つは認知度を上げるための地方でのライブ活動。もう1つは大手雑誌社やテレビ局での取材やロケ。
そして必要に応じて他のスタッフも動員されているようですが、基本的にアイドルへの付き添いは木島様とマネージャーの2人だけ。さらに木島様はプロデューサーとして、主により参加人数の多い地方に。大手雑誌社やテレビ局には、グループの中でもメディアへの露出が多く注目度も高い佐竹君や光明院君、その他数人をマネージャーが引率している。
これが最近のパターンで間違いありませんね?」
「その通りです。いったいどこから……」
「ネットの公式サイトを見ればライブの場所や日程は把握できます。さらにファンのサイトやSNSを追えばより細かな現場の状況や街中での発見報告があることも。熱心なファンになるとアイドルだけでなく、プロデューサーやマネージャーの顔を把握している人もいるのです」
そういった1つ1つの情報を重ね合わせることで、誰がいつどこにいるかを大まかに推測できる。そう語る近藤さんを、木島プロデューサーは愕然として見ていた。
「尤も騒ぎの場には大抵私もいましたので、そこまでせずとも木島様がいなかったことは分かっていますが。確認のために」
「それに先ほど木島プロデューサーは“個人的に”謝罪に来たと言いましたよね? 会社は非を認めずに抗議までした相手に対して。……この時点で“会社と足並みが揃っていない”というのは特にそういう知識のない僕でも感じましたよ」
俺の言葉がトドメになったのか、プロデューサーは力なく笑いながら両手を上げて降参のポーズをとり、自嘲するように話す。
「まいったな……情けない話だが、概ねそちらの予想通りだよ。かろうじてプロデュース業からは外されていない。けれど上からの指示で思うようには動けない。特に光明院君や佐竹君とは関わりを持たせてもらえないんだ。プロデュースの方針だけ用意して、あとはマネージャーに任せろという感じさ。彼ら以外の子を蔑ろにするわけにもいかないが……本音を言えば、今の会社はおかしいと思っているよ」
自分の置かれた状況と考えを述べた彼は何かを決心したように、自然と下がっていた視線を上げた。
「謝罪に来てこんな事を言うのはあつかましいと思ういますが、お願いがあります。光明院君の事を見ていてもらえないでしょうか?」
そう口にしたオーラはやや暗い青の混ざった紫。
「もちろん現場が重なった時だけで結構。このままでは、そう遠くないうちに彼は芸能界を去ることになる……彼には才能がある。そして努力家だ。今チャンスをつかめれば彼は必ず飛躍できる!」
現状で自分は満足に光明院君のフォローができない。
しかしプロデューサーとしての熱意もプライドもあるのだろう。
自分で責任をまっとうできない悔しさもある。
だけど少しでも状況が良くなることを願って。
何より光明院君の、所属するアイドルのために。
そんな真摯な願いが伝わってくる……
「木島プロデューサー。安心してください。少なくとも僕は光明院君との関係を改善したいと思っています。そしてそれは近藤さんも理解して、協力してくれています」
「そうなのか……良かった」
「しかし現状ではあまり彼の力になれているとは言えませんね」
近藤さんの言う通り。
昨日の抗議もあってか、今日は近づくことすら拒絶されていた。
関係改善には、なんらかの“きっかけ”が必要だろう。
それを掴むためにも、プロデューサーには協力を願おう。
「僕たちはBunny'sからすれば部外者で、業界では新参者。知識や権力もまだまだです。彼の悩みを理解してどこまで力になれるかわかりません。でも僕たちには彼と会う機会があります」
「木島様のお力を貸していただければ、我々が彼の力になれる可能性も高まると私は考えます」
「……分かりました」
2人で頼み込むと、プロデューサーはあっさりと首を縦に振る。
「担当するアイドルのためになるなら、プロデューサーの私が協力しないわけにはいきません。他人に任せて終わりでは無責任でしょう。私はもう、そんなことはしたくない」
まだ後悔はあるみたいだけど、少しだけ希望が出たようだ。
「っと、まずい。そろそろ行かなければ……」
どうやら携帯に呼び出しのメールが入ったようだ。
とりあえずプライベートな連絡先を交換。
ついでに現状で光明院君があんなにピリピリしている原因を聞いてみる。
「プロデューサーの視点で見て、思い当たることはないですか?」
「おそらく、焦っているんだと思う。……実は最近、グループのメンバーが急激に力をつけているんだ」
それはもしや、例のアクターズスクールに通っている子だろうか?
「そんなことまで知っていたのかい?」
「調べてみると割と有名ですよ? Bunny'sのアイドルが大勢通っている、って」
「ネットの口コミやスクールの実績で広まっていますね」
「便利だけど恐ろしいな、技術の進歩は……とにかくその通り。そのスクールに通い始めた子がメキメキと実力をつけていて、光明院君もグループの全体練習を通してそれを感じているはずだ」
そんなに急激に実力が身につくスクールなのか?
そもそも事務所のレッスンを受けなくていいのか?
「事務所でダンスレッスンを受けて微妙だった子が、スクールに行き始めたらメインで踊れるくらいになったんだ。指導力は確かなんだろう。私も最初は事務所でのレッスンを勧めていたけれど、その結果を見たらあまり強く言えなくてね……最近の事務所ではむしろそのスクールに行くことを奨励しているが、効率を考えればその方がいいのかとも思い始めているよ」
なるほど……俺は最初から怪しいというイメージで見ていたけれど、確かに普通は実力がつきやすくなるならその方が良い、と考えるか。
「ああ、ただ気になることはあった」
「それは?」
「ダンスでも歌でも、指導を受けた子はみんなリズムに忠実になるんだ。音に合わせて綺麗に踊れるけど、表現力に欠けるというか、ロボットのような? 個人差はあるけど、スクールに通った子は全体的にそんな印象を受けるんだ。まぁ、リズムを大切にするのがスクールの指導方針かもしれないけどね」
レッスンを受けると上達する代わりに、ロボットのようになる……
木島プロデューサーの主観としても、気になる意見だ。
そのアクターズスクールの場所は分かるし、今夜にでも探りを入れるか?
まず近藤さんに話して道具の用意を……
「申し訳ないけど、流石にもう行かないと」
「あっ、呼び止めてしまってすみません」
「いや、最初に呼び止めたのは私の方だ。それに、君が本当に光明院君の事を考えてくれているのが伝わったよ。ありがとう」
木島プロデューサーはもう一度深く頭を下げ、だいぶスッキリした顔で立ち去った。
……さて、俺たちも帰ろ……あっ。
「葉隠先輩? さっきから私たちの事忘れてない?」
そういや久慈川さんと井上さんもいたんだった!
「あーっ! 完全に忘れてたって顔してる! もう!」
「……待ってたの?」
「お先に~とか声かけられないくらい真剣に話してたから……勝手にいなくなるのも失礼でしょ? あと、正直話の内容も気になったし。私にも完全に無関係ってわけじゃなさそうだし」
確かに光明院君の敵意を受けていたのは久慈川さんも同じだ。
木島プロデューサーは久慈川さんにも謝りに来ていたし。
……途中から話の流れで放置してたけど……
「で、先輩? 私、事情がよく分かってないことがあるんだけど」
この後、放置されてへそを曲げた久慈川さんに機嫌を直してもらうため、話せるだけの説明を行った。
影虎は打ち合わせを行った!
影虎は磯野から1枚の紙をこっそり受け取った!
影虎と久慈川は木島から謝罪を受けた!
Bunny's事務所の木島プロデューサーが協力者になった!
木島によると、アクターズスクールの指導力は確からしい……
ただしロボットのようになるらしい……