この話が三話目です。
到着したのは一軒のアパート。
駐車場に車を止め、別行動の専務と部長の合流を待って社長が情報を共有。
「えー、本日のお宅はここの1階。すぐそこに見える101号室です。この駐車場から玄関まで遮蔽物もないので、荷物の搬出について特に注意はありません。ご依頼主様が近くのお部屋の方に駐車場の使用許可をとって頂けたとのことで、夕方5時までは部屋の前に止めていて大丈夫です。
そして今回、室内にあるものは基本的に全て廃棄。リサイクルが可能なものがあれば、全てこちらで買い取らせていただくということで――」
続く説明によると、依頼主はこのアパートの大家。
他の部屋の住人から悪臭が酷いと苦情が来て、部屋を訪れると内部はゴミ屋敷。
部屋の主を探すと恋人と同棲中。実質的に退去して部屋には帰らなくなっていた。
重要書類や必要なものは全て持ち出した後なので、中を空にしてほしい。
室内には不要なブランド品が多く残っているらしく、その買い取り金は依頼主へ。
清掃と修繕費の支払いで、前の住人とは話がついたらしい。
依頼内容の話が終わると、次はこの地域のごみの分別、そしてごみの回収を頼んだ業者の来る時間。作業の分担。そして改めて室内の荷物の処遇(廃棄、取り置き、現金化)を作業の前に全体で確認することで作業を円滑に、迷いなく進められるようにするのだそうだ。
重要なポイントはドッペルゲンガーで脳内にメモを取っておこう……
※片付けのコツその1 地域のゴミ分別、回収日、出し方をまず確認しよう!
作業中に迷う時間の無駄がなくなるし、手が止まる理由の排除にも繋がるぞ!
「では、皆さんよろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
作業開始の挨拶と共に動き出す一同。
俺は室内での作業担当を任された。
変装の要領で全身にドッペルゲンガーを纏い、その上から手袋とマスクを着用。
夜にヒソカの皮をかぶるのと同様、自分で自分の皮を被るのだ。
これで俺は汚れを気にしなくて済み、なおかつ他人にはばれない防護服の完成。
ペルソナの使い方としてはちょっと間違っている気もするが、やっぱり便利だ。
「うっ!?」
「おぉー」
「こーれーはー……中々ですなぁ」
異臭の不意打ち!
社長が開けた部屋の扉から、鼻を突き刺すような臭いが流れ出てきた。
しかしプロの皆様は平然としている……
「葉隠君大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと驚きましたが。皆さんは平然としてますね」
「こればっかりは慣れだよ」
「でも初回がこれって葉隠君、災難だな。社長、恒例の社長チェックは?」
「入口でこれだから……10段階中の8ってとこかな。中の状況によっては10行くかも」
その数値に不安なものしか感じないが、プロの皆様は平然と笑っている。
いや、達観しているのだろうか?
「まずは玄関どうにかしないとね」
社長の言葉で気づいたが、玄関にはなぜか棚らしき物が置かれていて、本来あるスペースを半分ほどに狭めてしまっている。しかも開いているもう半分のスペースにもゴミ袋が胸の高さに積み重なっていて、中に入ることができない。
「奥はどんな感じ?」
「廊下の突き当たりまでビッチリこれと同じ棚がありますね。反対側に扉が2つ。開きっぱなしで、ゴミで埋もれてるのが見えます。突き当たりの先はリビングでしょうか? 見える範囲だとここもゴミ袋ばっかりみたいで、テレビの上が少し出た状態で埋まってます」
「よく見えるね!?」
室内はカーテンが閉め切ってあり電気もついてない、ほぼ真っ暗な状態。
暗視と望遠能力のある俺は普通に見えるが、普通の人には見えないのか。
「目は良い方なので」
「そういや葉隠君はなんか凄いらしいっすね、体がマジの超人レベルとか」
以前の番組で紹介されたこともあってか、特に怪しむ様子は無いようだ。
そのまま玄関の片付けを始める。
幸いと言っていいのか玄関にあるゴミはある程度袋にまとめられていたので、全員でリレーして運び出していく。
「適当に詰めてるだけっぽいから後で分別、ちょっと置いといて」
瞬く間に玄関のゴミ袋が取り除かれ、足の踏み場ができた。
「こっちの棚は、専務ー!」
「なんだい?」
玄関に詰まった棚を開けると、中身はブランド物と思われる靴の箱で一杯だ。
家主はブランド品だけは大切に保管していたのか、棚の中だけ妙に整理整頓されている。
「あー、これは結構あるね。見た感じ一回も履いてないのかな? 綺麗だし全部査定対象で。あとこの棚もしっかりしてるし、リサイクルできると思う」
「ならとりあえず全部運び出しましょう」
「棚ごといける?」
専務が処遇をすばやく判断し、社長が棚を持ってみる。
どうやら重過ぎるので中身を出してそれから棚を出す、という結論を出したようだけど……
「すみません。僕がやってみてもいいですか?」
この程度、強化魔術を使えば朝飯前だ。
中身入りの棚の扉を体で押さえ、軽々と持ち上げてみせる。
「おー!」
「すごいすごい! 力あるねー!」
「流石は超人だねぇ」
と一通り賞賛を受けた後、
「それでは葉隠君。その力を見込んで、君には特攻隊長をお願いしよう! とりあえず我々全員が中に入って作業できるように、君のパワーで道を切り開いてくれたまえ!」
「了解しました! これよりゴミの山に特攻します!」
無理やり上げた謎のテンションに任せて作業再開。
俺を先頭にゴミ袋はリレー。足場ができたら棚を抱えて買取のトラックへ。
この繰り返しで廊下のゴミを一掃した!
※片付けのコツその2 動線の確保!
歩くのも困難な場所では作業効率が落ちる! 可能であれば作業スペースを広く使おう!
最低限移動に使う道は用意しておかないと少しの移動で疲れてしまい、非効率的だ!
「社長! 道が開けました!」
「ご苦労! えー、隊長が道を切り開いてくれたので、ここからは分かれて作業! 新たにお風呂場とトイレ? に入れるようになったので、そこは部長と係長! 1人ずつ担当で」
「「了解!」」
「あと廊下に元から備え付けてある棚にもブランド品があるので、そこは専務。廊下から一旦外に出したゴミの分別は課長にお願いしようかな。」
「「了解です」」
「平と隊長は僕とリビング、その先にあるらしい台所を攻めましょう!」
「「了解!」」
「分担は以上。手の空いた人は手の足りないところにフォローに入って。ここからが本番。頑張りましょう!」
『はい!』
割り振られたリビングは玄関よりも強力な悪臭が漂い、袋詰めされていない多種多様なゴミが折り重なっている。そんな一見しただけで戦意を失いそうな中で声をかけ合い、気合を入れながら作業に取り掛かる。
「葉隠隊長、ここでもまずは動線の確保から。自分の動く範囲を決めて、その中で動きやすいように場所を整えるんだ。とりあえず3人で担当する場所がかぶらないように、広がろうか」
「了解。僕、身軽なんで奥へ行きます。猫又さんも廊下のその位置から撮れると思いますし」
だいぶ前の動画で面識があり、サポートしてくれるのは非常に助かるけれど、こんな所に来ることになった上に目立つこともなく、撮影メインでも掃除にしっかり参加している。
……なんだか申し訳ない気がする……後でしっかりお礼しよう。
「隊長、これパス」
「はいっ!」
「こういう掃除はまず大きい物から片付けていくのが鉄則なんだ」
※片付けのコツその3 分別は大きく楽な物から!
細かい物で時間を取られると掃除が嫌になるぞ!
大きい物が片付けば結果が分かりやすく、モチベーションが維持しやすい!
細かい物はある程度片付いてから、箒とちりとりで一気に集めて分別すれば効率的だ!
「空いたダンボールとか容器はそのまま分別に使えるしね」
※片付けのコツその4 ダンボールや大きな容器類はすぐに捨てず、分別に利用!
掃除は“同じ種類の物を一箇所に集める”とGood!
ゴミなら分別。必要な物ならそれだけで整理されるぞ!
分別用の袋はあらかじめ多く開いて用意して、手元の近くに置くべし!
「あ、こっちの棚はそんなに中身ないや。全部出せばこれも外に出せるね」
※片付けのコツその5 不用品を室外に出せるなら出し、作業スペースを広くとるべし!
コツその2と同じく、動きやすい環境で作業するほうが楽になる!
こうしてコツを学び、処理を続けながら最適な動きを探す。
だいぶ物が減ってくると、中腰よりも膝立ちの方が楽になった。
膝立ちで体を安定……百人一首の経験をここでも使えそうだ。
周辺把握とアナライズも活用しよう。
対象のゴミと対応するゴミ袋の位置を瞬時に判断し、最短距離、最小の力で分ける!
紙、缶、ペットボトル、プラスチック容器、ビニール袋、缶、缶、ペットボトル、缶、缶、ネックレスの箱は紙……
「っと! ネックレス出てきました!」
「あー、あるある。食事のゴミばかりで飯ゾーンだと思ってたのに、急に高価な物出てくるとか普通にある」
「危うく捨てるとこだった……」
「あ! こっちからも指輪出てきた。小銭と一緒にしとこう」
どうやら片付くにつれて、ゴミの下に埋もれていたものが出てきたようだ。
しかしここで、出てきたアクセサリーに社長が疑問を抱いた。
「……これ何かの粗品とか景品の箱だよね? さっきのブランド品は丁寧にしまってあったのに、なんでこれはこんな箱に入ってゴミの下にあったんだ……?」
「たぶんそんなに価値がないからじゃないでしょうか? 少なくともネックレスは安物だと思います。石もイミテーション(模倣宝石)ですし」
「そういうの分かる方?」
「バイト先がアクセサリーショップなもので」
たわいもない話も交えつつ作業を進め、ほどよい所で休憩を挟む。
※片付けのコツその6 適度に休憩と水分補給を!
寒い冬でも暖房や乾燥、水分不足で熱中症になる可能性があります!
疲れも作業効率を落とす原因になるので、意識して休憩を取りましょう!
こうして作業は着実に進み、リビングの床が見えた頃……
「お疲れ様。こっちは終わりました」
「加勢に来たよ。まだ手をつけてないところは、台所?」
表で作業をしていた専務と課長がやってきて、リビングに隣接した台所へのガラス戸を空けた。
瞬間。室内に充満する段違いの悪臭。
さらに背中へ氷を突っ込まれた様な寒気を感じ、ふとそちらを見れば、
『……』
『……』
……うっわ……
そこはまた一段と酷い状態の台所で、少々ヤバげな霊が2人もいる。
「うっはー……」
「ここはまた一段と酷いな……ん? 葉隠君どうした?」
「黒いアレでも見つけた?」
Gの方がまだマシだ。
「社長さん。ここって事故物件だったりします?」
『えっ?』
室内の空気が凍りついた。
「信じないかも知れませんが、ちょっとあんまりよくなさげな姿が見えてます」
「まさかの、そっち系?」
「ちょっとやめてよ~。俺そういうの駄目なんだよ~」
「どんな姿? ねぇどんな姿?」
「平!? お前何でそんな嬉しそうなんだよ!?」
「俺結構そういう話好きなんで。課長はビビリすぎっすよ」
皆さん笑っているが、台所には2人。
片方は首を吊ったスーツの男性、もう片方はテーブルに肘をついて頭を抱えている女性。
どちらも割と洒落にならない気配を感じる。
正直、今すぐにでもオーナー呼びたい。
どうして今まで気づかなかったのか?
……そういえば気配を感じたのは扉を開けた瞬間だ。
集中するとほのかにエネルギーを感じる。
「その扉に何かないですか?」
「扉? ……」
「専務?」
「お
『……』
さらに見に行くと部屋の隅にも汚れたお札が貼られていた。
それらからも同じ魔力を感じたことからして……
おそらくお札とこのガラス戸で結界のようなものを構成していたのだろう。
謎は解けた! ただし状況が改善したわけではない。
さらに残念ながら先ほどの予感は正しく……
「ウェッ……」
「どうした?」
「いや、なんか、急に気分が悪いというか、息苦しくて……」
「課長さん一回外に出ましょう。あと台所の掃除は交代させてください」
体調を崩した課長を介抱し、オーナー直伝の護符(護身用)を作って渡しておく。
これで少しは悪霊に憑かれにくく、影響も軽減できるはずだ。
そこからの作業は集中力勝負。
ちょっかいをかけてくる霊と静かな戦いを繰り広げながら掃除を行う。
自分一人なら無視するが、スタッフの皆さんは護符だけで霊的な防御が心もとない。
一気に祓えたら楽だが……
対幽霊の優先度を低く見て、そこまで勉強していなかったのが仇になった。
「っ!?」
「平さん? 大丈夫ですか?」
「大丈夫、ちょっと立ち眩みがしただけで……いつもはこんな事ないんだけどな?」
「今度は平か」
「本当にマズいのかな、この家」
とか言いつつも作業は止めないプロ根性に脱帽だ。
おかげでなんだかんだと言いながらも部屋のゴミは減っていき、とうとう全ての家具とゴミが撤去された。
「ここからは部屋を可能な限り綺麗にしていくよ」
「了解です」
「まずは高いところから順に埃を落としていく。これをちゃんとやらずに水や洗剤を付けてしまうと、埃が固まってへばりついて、逆に取りづらくなるから注意ね」
※掃除のコツその1 掃除は上から下へ!
水拭き、洗剤拭きの前にしっかり埃を落とそう!
「それから使う洗剤は基本的に中性洗剤で大丈夫。だけどアルカリ性の汚れには酸性洗剤、酸化した汚れにはアルカリ性の洗剤。汚れの性質によって効果的な洗剤が違うから注意ね」
※掃除のコツその2 汚れと洗剤の性質を知ろう!
日常でよくある汚れの内、ほとんどは中性洗剤でOKだ!
それでも落ちにくい頑固な汚れには酸性洗剤やアルカリ性洗剤を使おう!
酸性の汚れは“黒ずみ”、“カビ”、“皮脂や油”など。これらにはアルカリ性洗剤が効果的!
アルカリ性の汚れは“水垢”、“黄ばみ”、“尿石”など。こちらは酸性洗剤が効果的だ!
汚れと洗剤、それぞれを合わせて“中和する”と考えよう!
※注意!! 酸性・アルカリ性洗剤の同時使用はNG!
危険なガスが発生する可能性もあるので、使用上の注意をよく読み正しく使ってください!
「あとはこれ、コンロの油汚れとか、洗剤だけじゃなかなか落とせないからね」
※掃除のコツその3 掃除道具の活用!
歯ブラシ、タワシ、スチールウール、プラスチックのヘラや高圧洗浄機等々。
頑固な汚れには物理攻撃も効果的だ!
強力な物ほど素材を傷めてしまうけれど、そこに注意できるなら大丈夫!
程度を見極めて道具を最大限有効に活用しよう!
掃除のプロから様々なコツを教わり、実際の作業を通して実践。
一部床の腐敗など、どうしても掃除では対処できない損傷もあったが……
「作業完了!!」
その他の部分は、新築に近い輝きを取り戻すことができた!
「!!」
体の奥底に、新しい力を感じる……
スキル“不浄の手”、“整理整頓の心得”、“清掃の心得”を習得した!
「お疲れ様、葉隠君」
「お疲れ様です、社長さん」
握手をしようとして、自分の手袋の中にまで汚れが染みていた事に気づく。
一瞬握手をためらったが、彼はそれを気にすることなく、力強く俺の手を握り締めた。
「葉隠君はよくやってくれたよ。この手はその結果。みんな同じなんだから気にすることないさ」
そう言って笑った彼はさらに、俺がここまで働くとは思っていなかったと謝り、アルバイトを雇ってもすぐにやめてしまうなど、仕事の性質上仕方がないといえば仕方がない悩みを打ち明けてくれた。
彼らとの関わりはまだほんの数時間。年齢も一回りは離れている。
だけどそんなことは関係なく、俺たちは仲間になった。
そんな気がした……
「ん?」
「うっ、ぷ……」
げっ! いつの間にか霊に憑かれてる!
「葉がくれ、くん」
「社長っ!?」
「うっ――」
「ダアァーーーーッ!?」
霊に憑かれて体調不良を起こした社長。
その正面に立っていた俺。
そして霊に気を取られたのがマズかった。
「うわっ!? 社長!?」
「葉隠君大丈夫!? モロに……」
「はい、大丈夫です……」
コミュは無いけど、社長がリバース状態。
……もうちょっとさ、綺麗に終わらせられないものかな……?
あとそこの悪霊は笑うな。
影虎はプロから掃除の手法を学んだ!
“不浄の手”“整理整頓の心得”“清掃の心得”を習得した!
影虎は“疲労”になった!