「ヒィー……ヒィー……」
「笑いすぎだろ。何がそこまで面白いんだ?」
「笑えるだろ! だってお前最初から知ってたんだろ? ってことは
「当然知ってるよ。クレイジースタッブスの連中は自分らの評価を知ってて、アジト襲撃なんて大胆な行動すると思ってないだろうから逆に狙うんだってね。申し訳ないけど完全戦闘態勢で待ち構えてるはず。ついでに多少の罠も用意して」
「ぶはっ! ……あいつらさ、全然気づいてなかったぜ? 俺らと打ち合わせして別れる前に、俺らがお前さえ抑えとけば確実につぶして来るって……うはははは! 金で力貸してもらってる分際でカッコつけやがってさ、ダセェ奴らだと思ってたんだ。それが作戦バレてて罠張られてるって、これで笑わずにいられるかよ!?」
あー……相当大口叩いてたのかな?
客観的に見るとちょっとコントっぽくなるかも?
「話を戻すが、儲かるのか? こんなに集めて」
「こいつらの一部は分け前なしでもいいからお前と戦いたいって、自分から志願した連中だ」
「なるほどね。よく見たら地下闘技場で見た覚えのある奴が混ざってるな。金流会のメンバーだったのか」
「はっ! お前何も知らないんだな!」
「あの闘技場を開いてるのが金流会なんだよ!」
「まぁ運営は傘下のグループがやってるけどな!」
「あー、そうなんだ」
飛んできた野次で理解した。
前にあそこで騒ぎを起こすと面倒だとか言われたけど、ここらで1番でかいチームに目をつけられるって意味だったんだ。それもヤクザみたいなチームだしな……
「納得したけど、それじゃ結局戦うしかなくない?」
元からやる気がないのに、これまでのやり取りでさらにやる気を失った様子の男に聞いてみると。
「俺たちの仲間になれ」
「……は?」
「うちのカシラからスカウトして来いって言われてんだよ。お前、闘技場で散々暴れただろ? あそこは金流会に入る資格がある奴を見つける場所でもあるんだよ」
「なるほど」
自分の所のメンバーが何人もいる闘技場で金を稼いで、勝ち抜ける実力者がいたら引き抜きを行う。こいつらはそれで戦力を増強してきたってわけか。
「そっちにもメリットはあるぜ? ここで無事に帰れるのは勿論、こういう仕事の他にもクラブや盛り場の用心棒とか色々仕事あってさ、うちのメンバーなら面接なしで即採用。楽に稼げるぜ」
「ますますヤクザっぽいな……だけどまぁ、確かに普通に不良をやっていくよりは楽だしメリットも多そうだ。ましてや今は見ての通り、これだけの数に囲まれた状況だ」
「そうだろ? 分かってくれたか」
「ああ、理解した。……だが断る」
その瞬間。やる気なさげな男の笑顔が固まり、周囲が殺気立つ。
「……本気か? 金流会は」
「君たちは大きな思い違いをしている。1つ、俺はこの辺の不良の力関係に興味が無いし、この辺で偉ぶろうとも思わない。2つ、金にも困っていない。儲かるに越したことはないが、仕事は別にあるしね……だから金流会に入るメリットはほぼ無いに近い」
「断ったらどうなるか……分かってんだろ?」
「……3つ、俺が闘技場に行った目的は小遣い稼ぎと強い奴との試合を求めて。……さてここで質問です。強い奴と戦うには、金流会に入って仕事を貰う。今この場で喧嘩を売る。どっちが早いかな?」
なんなんだろうか……やけに気分が高揚してきた。
考えるよりも速く、煽りが込められた言葉が次々と口を出ていた。
魔術で肉体の強化まで済ませると、なぜか集まった男たちの腰が引けている。
魔術に気づいた?
これだけ人がいれば1人くらい魔力を感じる奴がいるかもしれない。
しかし、どうやら全体的に俺を警戒しているっぽい。
「噂で少しは聞いてたけどさ、マジの喧嘩馬鹿かよ……お前らビビるな! この人数で本気で笑えるわけねぇ! ハッタリだ!」
苛立ちを隠さずに叫びながら、男はナイフを抜いた。
そして俺も言われて気づく。
どうやら俺は笑っていたようだ。
「ふふふ……」
「もう囲んだ! あとは潰すだけだ! いくぞ!」
先に動いたのは進行方向にいたガチムチ男。
部下を引き連れて一気に距離を詰めてくる。
やる気なさげな男と話していたため、背後から襲われた状態になるが……
「ハハッ!」
「なにぃっ!?」
周辺把握のある俺には行動が丸分かり。
振り返りもせずパンチを避けて、そのまま路地の壁へ飛び上がった。
適当な凹凸を引っつかみ、壁を蹴り、反対側の壁へ飛び移るを繰り返す。
魔術によって上がった身体能力を本能的に活用。
道を封鎖していた不良の頭上を飛び越えるのはほんの一瞬だった。
「追えっ! 逃がすな!」
「はい! っ!?」
俺を追えと指示を受けた男たちが追おうとするが、その足が止まった。
「何してんだ! 追え!」
「い、いえ……追うも何も、逃げないんで……」
男たちは俺の行動を見て戸惑っている。
「なんだ、逃げないのか」
「逃げるのは簡単だけど、
クレイジースタッブスだけなら準備があるから何とかなるだろうし、あいつらにもプライドがあるっぽい。向こうは鬼瓦たちに自分の力で何とかさせるとしても、こいつらは俺が受け持つべきだろう。
「君たちも向こうへの協力は依頼されてないみたいだし、こっちはこっちでやろう。ついてきなよ」
戸惑う男たちを眺めながら、感じるのは謎の高揚感。
どこかで感じた覚えがあるが、どこでかが思い出せない。
少し不思議に思いはしたが、まあいいか、と暗い路地へ飛び込む……
……
…………
………………
~路地裏・広場~
「ここらでいいかな」
いつだったかな?
不良だったころの和田と新井たちに案内され、親父と喧嘩した広場に到着。
路地と違って広さがあるので戦いやすい。
ゾロゾロとついてきた金流会のメンバーも散会し、改めて俺を取り囲む。
「始めようか? そっちの好きなタイミングでいいよ」
「舐めやがって!」
囲いの中から1人が鉄パイプを振り上げた。 が、遅い。
振り下ろす前に無防備なわき腹へ蹴り込む。
「っ!?」
「一人で行くな! まとまってかかれ!」
たまらず地面を転がる男を見た誰かが叫んだ。
「うぉおおおお!」
「死ねぇ!」
背後から掴みかかる1人を八極の肘で倒し、突き出されたナイフには八卦掌の円運動で対応。
襲い掛かるタイミングを見計らっていた数人はこちらから急襲。
縦横無尽に腕を振り、遠心力も加えた劈掛掌の一撃はその体を大きくのけぞらせた。
倒されていく仲間を見て、動けなくなったやつらは狙い目だ。
翻子拳の連続攻撃で反撃を許さず潰して行く。
さらに太極拳、形意拳、カポエイラ、空手、軍隊格闘術、鉄パイプを奪って槍等々……
これまで学んできた技術を最大限に発揮する。
「この、野郎!」
「まだ動けるか! いいぞ!」
自分でも話していたが、こいつらは不良にしては強い。
喧嘩慣れしている奴もいれば、ちゃんと格闘技を習っていそうなのまで様々だ。
すぐに終わらない。一度倒したのに起き上がってきた奴がいる。
「でらぁっ!?」
頭スレスレを角材が通り、ぞっとする様な風が頬を撫でる。
……やけくそ気味だが、今の一振りは良い。
当たっていれば綺麗に頭を割られていただろう。
おっと、今のナイフも払い落とさなきゃ腹に刺さってた。
躊躇なく振るわれる拳や武器の数々。
油断して受ければ一撃で形勢逆転、それどころか命を奪われるかもしれない。
恐ろしい。避けるべき。逃げたい。安全なところへ。
そう考えてしかるべき状況……にもかかわらず、
「楽しい……楽しいなぁ……」
そう、楽しいんだ。
うわ言のように、口から漏れるほどに。
抗いがたい幸せが心の奥からあふれてくる。
今まさに命の危機に瀕していると言ってもいいのに、おかしいな?
でも楽しさの原因はこの攻防だ。
怪我を考慮しない攻撃を防ぐ。襲ってきた敵を倒す。その度に感じる快感。
襲ってくる相手に敵意はなく、むしろ感謝すら感じるのはなぜだろうか?
「このっ! さっさと死ねよ!」
その一言で直感する。
相手の攻撃を防げた、つまりその攻撃で死んでいない。
襲ってきた相手を倒した。襲ってくる相手がいなくなる。
それはつまり、生き延びたということ。
時間にして一瞬、たった一回の攻防であっても、間違いなく生き延びたんだ。
そして今も戦い続けている俺は? 生きている。
……生きている!
「ハハッ!」
“生の実感”
本能的に感じていたそれを理性で理解した瞬間、一際大きな喜びを感じた。
そうだ! 生きている。俺は生きている!
「楽しいなぁ!」
もっとだ、もっと楽しもう。
早く来い、俺はまだ生きている。
……? 攻撃が減ってきた。
「どうした!? もう終わりか!?」
もっとだ、もっと……
「もっと来い! 俺はまだ生きてるぞ! もっと、もっと、もっと、モット!」
「ヒィッ!?」
「なんだよこいつ!?」
「ガチでマジのキチガイじゃねぇか!?」
「こ、こんな奴とやってられるか!」
逃げ出そうとした男を認識した瞬間。体がそいつを追った。
終わってしまう。もう終わり。それは嫌だ! と心が叫ぶ。
「ドウシテだ……俺もお前も、まだ動けるのニ……」
「た、助けてくれ! 金が欲しかったんだ! でももういらねぇ! っ、そ、そうだ、金を払う! 今の有り金全部! だから見逃してくれ!」
「金は、必要なイ」
「なら何か別のものでも良い! 時間をくれたらできるだけ用意するから! 欲しいものはないのかよ!?」
「……」
その言葉はやけに心に響いて、自然と口が開いていく。
「ある……」
「! なんだ!? 何がほしい!?」
「……イノチ、がホシイ……」
「はぇ?」
シニタクナイ。
イキテイタイ。
ダカラ……命が欲しい。
男の首へそっと手が伸びる。
……待て、俺は今ナニをしてる?
何を、しようとしている?
「……」
そう思った瞬間、先ほどまでの興奮が夢ように消え去った。
男の首に添えられた手を呆然と見ている事に気づき、そっと引き戻す。
静かに凪いだ心とは対照的に、その手はまるで痙攣したかのように震えていた。
俺は……
「そこまでになさい」
「!」
場違いな声を聞き、全ての注意が声の聞こえた方へ向かう。
「タ、カヤ……」
「お久しぶりですね。まだ理性は残っていたようで何よりです」
「しばらく会わんうちに、随分おかしくなっとるなぁ」
「……最後に会った時から、少し変な感じはしてた……」
まるで忽然とそこに現れたかのように、ストレガの3人が立っていた。
おや? 影虎の様子が……
ストレガが現れた!