11月10日(月)
朝
~講堂~
月曜の朝。
週一の全校集会でまたしても壇上に立つことになった。
“一昨日の文化祭で歌った4曲のサイン入りCDが完成した”
“学校のファンクラブ会員には、(今後のためにも)特典として1人1枚無料で配布する”
という連絡は受けていたが、学校にきたらそれを壇上で言えと……
近藤さんが連絡ミスをするとは思えないが、とにかくそうなってしまったので仕方ない。
「これからも応援よろしくお願いします!」
『オー!!!』
口々に叫ばれる応援の言葉……言われた事をやり切った!
「おつかれさま~」
「宮野先生。お疲れ様です」
壇上から降りると、担任でアフロの宮野先生が舞台の袖に立っていた。
「いやー、今更だけど、入学当初の君と比べたら一目瞭然だ。全校生徒を前にした君は、微分方程式のように堂々としていて立派だったよ」
「ありがとうございます?」
褒められているのだろう。
“微分方程式のように堂々と”の意味はよく分からないけど。
「しかしその成長に全く貢献できていないのが、担任教師として少々残念だねぇ……」
言われてみれば、担任の先生なのにほとんど話した気がしない……
「おっと、こんなことを言われても困るよね。ごめんごめん。ところで今後の芸能活動はどうなりそう? 学校には来れるかな?」
「今週は毎日通学できます。出演依頼も増えてきていますが、基本的に土日。平日は放課後~夜の間に撮影できるよう調整していただくようにお願いしています」
学業、部活、バイト(技術習得)、芸能活動。
それらを両立していくため、今後の放課後はこれまで以上にスケジュールを詰めていく。
「よく分刻みのスケジュールとか言うけど、大丈夫かい?」
「流石にそこまでは」
脳内で整理してみると、だいたい一日を11分割。
1.早朝 :ランニング&勉強(一日の予習)
2.朝 :朝食&通学+可能であれば読書など
3.午前 :授業
4.昼休み:昼食&生徒会の仕事など
5.午後 :授業
6.放課後:部活動 or バイト
7.夕方 :仕事 or 自習
8.夜 :仕事 or 自習
9.深夜 :外出 or 自習
10.影時間:タルタロス
11.就寝前:バイオリン&勉強(暗記物)
合間に時間もあるし、休憩も取れる。
学校で授業を受けている間も体は休める。
自習は基本的に技術を磨くつもりだが、これも必要なら休息に当てられる。
近藤さんが言うにはプロジェクトの正式発表や先日の検査結果、その他の活躍で業界に良いコネが作れたとか何とか……着実に地位を築き上げている彼のサポートもあるし、何とかなるだろう。
しかしあの人は俺の知らない所で、どんなコネを作ってるんだろうか?
マジで頼りになるけど、改めて考えると謎な人だ……
「プロジェクトの都合上、健康を第一にやっていきますので、その辺りは大丈夫だと思います。それに一昔前までは学業を犠牲にして芸能活動をする学生タレントも普通だったそうですが、昨今では学業と芸能活動を両立するのが主流になっているようで、仕事先の方々も理解がある感じです」
「なら良かった。……実は君が世間に出てから、学校の資料請求が増えていて、来年の入学希望者も少し増えてきてるみたいなんだ。それでと言ってはなんだけど、君の活動には学校も協力する方針だからね。あまり無理はしないように」
宮野先生から応援をいただいた!
……
…………
………………
放課後
~部室~
「準備はいいか?」
「ウッス!」
「はい! 先輩」
「ストップウォッチと、ドリンクもOKだよ!」
「ヒヒヒ、今日はいつも以上の熱気ですねぇ」
江戸川先生の仰る通り。
なにせ今日は久しぶりに部員が全員揃ったのだ。
「いつ以来ですかねぇ?」
「高等部の文化祭あたりじゃないですか?」
「俺の撮影の関係もあったしなぁ……」
「先輩の方がひと段落したら、今度は俺らが実行委員で」
「絶妙にタイミングが合わなかったっすね」
しかし! それも今日までだ!
「なら早速ランニングから行くぞ! 今日は久しぶりだし、どのくらい動けるかテストしてみよう」
「「「はい!」」」
「わ、私も頑張る!」
「怪我の無いよう、ほどほどに……何かあれば私の出番ですが。ヒッヒヒヒヒ……」
そして体力テストを行ってみた結果、
「体が鈍ってるかと思ったら、そうでもないな。むしろちょっと鍛えられたんじゃないか?」
「文化祭の準備期間は荷物運びばっかで。それに毎朝の走りこみと基礎練は欠かさなかったっす!」
「一日休むと取り戻すのに三日かかるって言いますからね!」
「……お前らさ、本当に
サッカー部だった頃の名残だろうか?
この真面目さを勉強でも発揮すればそれなりに優等生になりそうなのに。
「俺としては天田先輩の方が驚きですけど」
「そうっすよ! しばらく会わない間にめっちゃ体力ついてるじゃないっすか」
「そうだよね。私もびっくりしちゃった」
「へへへ……」
天田は……俺としてはタルタロスでの活躍を知っているので特に驚きはないが、小学生が中学生や高校生の全力疾走に、それもちゃんと鍛えている相手についていける段階ですごいのは確かだ。小学生と中高生では肉体の発達上、普通はどうしても筋力などに差が出てしまう。
「天田は年齢制限が無ければ超人プロジェクトのメンバーに入れても良い、とコールドマン氏に言われてたしな」
というか俺と一緒にトレーニングできる時点で、こいつも確実に常人離れしてるんだよなぁ……
「マジっすか!?」
「先輩パネェ!!」
ああ……なんだかこの難しく考えない感じ、久しぶりで落ち着くわ。
!!……思った瞬間、また痛みが襲ってきた。
幸い天田に注目が集まっていて気づかれなかったけど……部活?
いや、タイミング的に和田と新井か……どうやら彼らも俺のコミュ対象らしい。
あと痛みの少なさからして、このコミュは2人で1つのアルカナかもしれない。
……痛みの違いを判別できるようになって来たのがなんだか悲しい。
……
…………
………………
部活後(夕方)
~部室~
「今日はこれ、時間が許す限り撮ろう」
「歌ってみた、だね。でもこの曲……洋楽を和訳したの?」
「ステージで歌った曲の英語版とか、その他もろもろ。元々アメリカに住んでる日本人とか、趣味で音楽活動している人から楽曲募集したみたいで」
嘘だけど、そういう設定で曲の出所をカモフラージュ。
「とにかく数だけは膨大にあるから」
仕事の迎えがくるまで、山岸さんと投稿用の動画を撮影した!
……
…………
………………
夜
~巌戸台某所~
今日からアフタースクールコーチングの撮影が再開、するのだが……
「はい! 皆さんこんばんは。葉隠影虎です! 今回は珍しく街中からのスタート。これまでの放送ではVTRが始まるこの時点で、既に練習場には着いていたのですが……一体どうしてでしょうか? 今回の課題も何も聞いていないのですが……もう少し歩く? 分かりました!」
そして歩いていくと……?
「あ! ここですね! 間違いなく!」
目的地とされた建物には、
“MMA(総合格闘技)鴨山ジム”
と書かれた看板がかかっている!
ここでADの丹羽さんから今回の課題発表。
「葉隠君は年末に、プロの総合格闘家と試合をしていただきます。そして試合をするためには体と技を鍛えることも大切ですが、それだけではなく総合格闘技のルールや試合で相手が使ってくるであろう技、さらに定石などを知らなければなりません」
「ということは」
「今回はここ鴨山ジムで、総合格闘技を学んでいただきます!」
今回の課題は“総合格闘技”だった!
「そしてさらに!」
「えっ?」
「今回からもう一つ、葉隠君には本筋の課題とは別に! サブの課題を用意しています」
「サブの課題?」
「葉隠君が優秀なのはいいんですが、もうちょっと面白みをプラスしたいなと」
「いや面白みって……」
「お願いします!」
「ねぇ聞いて!?」
俺の声を完全に無視して、丹羽ADの合図でジムから恰幅の良い中年の男女が出てきた。
「こちら、このジムを経営しておられる鴨山夫妻です」
「あっ、こんばんは! これから一週間お世話になります!」
「話は聞いてる。よろしくな」
「頑張りましょうね」
夫婦揃って俺の手や肩をガッシリ掴み、フレンドリーに声をかけてくれたが……
「サブ課題の件は?」
「はい、私です」
「葉隠君。こちらの鴨山婦人は7年前、百人一首で日本一に輝いた方なんです」
「百人一首で日本一!? それは普通にすごい方じゃないですか」
……ってことはもしかして?
その想像はすぐに正解だと告げられた。
「葉隠君のサブ課題は、百人一首で奥様に勝つ! です」
「分かりました! 分かりました、けど……1つ良いですか?」
「なんでしょうか?」
「……この番組大丈夫? 何か迷走というか、無理してません?」
総合格闘技のジムに来て、百人一首をする意味が分からない。
課題と言うなら全力でやるけど番組的に……あ、それ以上言わないでって笑顔が返ってきた。
……そっとしておこう。
……
…………
………………
深夜
~廃ビル(
昨夜思いついたことを実行すべく、鬼瓦にメンバーを集めてもらった。
「よし、皆集まったな? もう聞いてると思うが、俺らはヒソカから喧嘩のやり方を習うことになった」
「よろしくな」
『ウッス……』
気さくに軽く話しかけたつもりなのに、反応が悪い。
ウッス、というより“鬱”っす、みたいな感じ……
こいつらも俺を頭がおかしい危険人物と思っているのだろうか? 失礼な。
「そんなに構えなくても大丈夫だ。痛めつけたり無茶な練習を指示するつもりはない」
「……こいつは俺らを強くしたいらしい。何が目的かはあえて言わないが。実際今はクレイジースタッブスの襲撃に備える必要もあるし、こいつが強いのは今更言うまでもないだろう」
鬼瓦の言葉で、先ほどよりも強い返事が返ってきた。
「で? 具体的に何をするんだ? わざわざ全員召集させたんだ、何かあるんだろ?」
「とりあえず各個人の力量を把握したい」
つまり1人ずつ俺と戦ってもらう。
誤解のないように、こちらからの攻撃は当てないことを約束する。
「その代わり全力できてくれ。俺を殺す気で構わない。……なんだったらほら、我慢してる不満でも何でも思い切りぶつけて来なよ。鬼瓦の顔を立てていても、ポッと出てきた俺に命令されて気に食わない、なんてこともあるだろ?」
集まった男たちの一部に動きがあった。
「面白ぇ。正直ムカついてたんだよ俺はさぁ」
「最初は君かな?」
リーゼントに革ジャン。これはまた典型的な格好の不良が出てきたな。
不満は当然あるだろうし、ヤンキー相手だ。“親父式”で対応しよう。
「マジで殺るぞ、いいんだよな?」
「いいとも。こんな所で不良やってるんだ、そもそもお行儀良く他人やルールに従う人間じゃないだろ。自分が認めて従うと決めた相手ならともかく」
「違いねぇ」
男はニヤリと笑い、拳を振り上げ向かってくる。