人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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262話 掲示板の反応とある観客の再起

 薄暗い部屋の中。1人の男子がパソコンに向かい、とあるネット掲示板を閲覧していた。

 

『本日の特攻隊長。

 以前のアイドルトーク23での発言通り、月光館学園中等部の文化祭でステージに上がる』

『報告乙』

『“超人プロジェクト”発表後の記者会見以来、公の場に出るのは初めてだな』

『プロジェクトの発表が自他に与える影響を考えたんだろう。ある程度時間が経って落ち着くまで身を隠したのは正解だよ。記者会見で説明義務は果たしてたし』

『その辺はもう前やその前のスレで散々話したし、今日何があったかが聞きたい』

『激しく同意。興味あるけど、気軽に見に行けるほど月高近くないし暇もない』

『プログラムのトリで特攻隊長登場

 歌って踊ってトークする

 予想以上に神ってた』

『予想以上にってどれくらい?』

『どの程度を予想してたかがわからん』

『実際に見てきた俺的には、神ライブで納得。具体的には40分程度で5曲披露。内1曲はアフタースクールコーチングの初回で流れた曲とダンスだけど、残り4曲は完全に新曲&新振り付け。本人がステージ上で語ってたけど、例のプロジェクトのコネを使ってわざわざ文化祭ライブのために用意したらしい。

 ちなみに4曲全部神曲。ライブ後にCD欲しくなって、検索しても曲名、アーティスト名、何一つヒットしない。出てくるのは似た名前の別物ばっか。サンボマスターってどこのバンドだよ』

『アイドルトークでもそんな話してたけど、マジで作ったのか。しかも4曲も』

『あの超人プロジェクトって芸能事務所みたいなこともするの?』

『スポーツ選手の育成がメインだけど、メディアへの露出や情報公開は積極的に行っていく方針みたいね』

『プロのスポーツ選手ならスポンサー契約の話が来たりもするだろうし、最近はタレント化したスポーツ選手なんて珍しくもないじゃん』

『野球の金剛山選手とか試合よりテレビに出てるよな。スケジュールも練習時間より移動と撮影の方が長そう』

『タレント化は別にいいけど、本当にそれだけの価値が特攻隊長にあるのか? それが問題だ』

『禿同。あんなの何処にでもいる高校生でしょ。運動能力は確かに高いのかもしれないし、器用なのかもしれないけど、別に顔が良いわけでもない。テレビにはヤラセや演出がつき物だしね』

『そればかりはライブを見ろとしか言えない』

『正直俺も本当はたいしたことないだろう、的な気持ちで見に行った。でも違ったよ。会場はめちゃくちゃ盛り上がったし、俺も気づいたら心から楽しんでた。興奮が抑えきれなかったんだ。興奮しすぎて倒れた奴も何人かいたらしい』

『は? 急病人じゃなくて?』

『それはさすがに嘘だろw』

『たかが高校生のライブで失神とか、いくらなんでも話盛りすぎ』

 

 その後暴言や擁護が飛び交う様子を無感動に眺める彼。

 しばらくしてその状況に変化が訪れた時、瞳に淡い光がゆらめく。

 PCからの光が映っただけではあるが、彼はうたた寝から急に目を覚ましたように変化した。

 スクロールさせた画面の隅々に目を配り、マウスを操る。

 

『特攻隊長のライブ映像が動画サイトにうpされてるぞ!』

『マジか!?』

『マジで見つけた! 例のプロジェクトの公式動画っぽい』

『採用者のプロフィール紹介、隊長のページにも繋がってるな。経歴というか、こいつはこんな活動もしています、って感じ』

『情報サンクス!』

『どんなもんか見てやろう』

 

 そして段々と

 

『見てきた。正直、驚いた』

『普通に神曲www』

『会場が滅茶苦茶盛り上がってる』

『うーん、やっぱ動画より生のがいいな……動画は動画でありがたいけど』

『ライブ感ってのはあるよね』

『スゲー、なんかパワーがある』

『特に生き死にに関わる歌詞が出る時は特に凄い迫力』

『自分が死ぬかもとかいう話。ネタやキャラ付けじゃなくて、本人的にはガチなんだなぁ

 ってふと思った』

 

 書き込みに良い評価が増えてきた頃、

 

『曲はどこかのだれかに依頼して作ったんだろ。特攻隊長が凄いわけじゃない』

 

 衝動的に書き込んだ。

 直後に思う、これは嫉妬丸出しの稚拙な書き込みであると。

 それに対する書き込みが自覚した彼にさらに追い討ちをかける。

 

『嫉妬乙w』

『曲を外注したのは本人がそう話してるし、曲と歌詞に関してはその通りだろう。

 でもそれをあの舞台上で歌いこなしたのは特攻隊長。これも間違いない』

『この手の奴って自分では出来ないくせに、文句だけは偉そうに言うよな』

 

 相手の顔が見えないネット上で、容赦ない言葉の刃が心を抉る。

 彼はPCの前から離れないが、次第に画面から目を背ける事が増えていく。

 そしてそんな彼の目が、不意に部屋の隅へ向く。

 

「……」

 

 無意識に歯噛みした。

 乱雑に置かれたボクシング用のグローブとリングシューズ。

 そして普段から防寒用として使っているロングコートと“爆竹”。

 

 さらに彼は後悔し、過去を思い返す。

 自分が何故今このような事をしているのかを。

 何が悪かったのかを。

 

「……なんで……」

 

 苦悶の声を漏らした彼は、目立たない子供だった。

 幼い頃から率先して人前に出るような性格ではなく、部屋にも篭りがち。

 勉強は比較的得意な方で、幼い頃から“真面目な子”という評価を受け続けた。

 実際に彼の生活態度は真面目であり、裏で悪事を働いているわけでもなかった。

 

 本当に、ごく普通の、真面目な子供。

 

 そんな彼は公務員の両親の下、特別貧しくも裕福でもない生活を送りながら成長した。

 何事もなく。健やかに。ただひたすら将来に向けての勉強を続ける日々。

 家と学校と塾を往復するだけの生活。それに不満があったわけではない。

 

 ただ、ほんの少し退屈だった。

 

 そして彼が中学生になった時、その退屈を紛らわせる興味の対象が現れる。

 入学直後からクラスメイトの間で“真田明彦”という名前を頻繁に聞く。

 聞くつもりがなくとも、ボクシング部の先輩でとても強いことは知った。

 彼は自分にはまったく縁の無い物だと感じたが、だからこそ(・・・・・)興味を持った。

 興味を持って話を聞こうとすれば、クラスメイトからいくらでも聞けた。

 人付き合いが比較的苦手であった彼としては、都合の良い共通の話題でもあった。

 そんな彼が真田のファンになるまでに、多くの時間はかからなかった。

 やがて時が経ち、高等部へ進級する頃には自らボクシング部への入部も決めた。

 

 そして新学期……

 念願のボクシング部に入部した彼は、荒れていた。

 強い憧れから入部したものの、彼自身はまったくの未経験者。

 しかも元々スポーツをしていたというわけでもなく、体も出来ていない。

 

 故に課せられる練習内容はひたすらに地味で地道な基礎の積み重ね。

 初心者同士で試合をするも泥仕合の連続。

 特に体格の差がある相手や他スポーツ経験者には運動能力で明らかに劣る。

 練習内容の違いもあり、真田とは同じ部でも接点がなく遠くから眺めるだけ。

 生来の真面目さから不満は口にせず練習は続けていたが、憧れとは程遠い状況だった。

 

 おまけに中等部からの変化を所謂“高校デビュー”としてからかわれる始末。

 全ての不満と苛立ちは、軽い気持ちでからかったクラスメイトやその周囲へ向かう。

 それを諌めようと中等部からの友人が声をかけるも、反発を受けて匙を投げる。

 やがて完全に孤立した彼を仲間として扱ったのは、部長率いる先輩部員らのみ。

 

 そして彼は増長し、無自覚に学校全体を揺るがす騒動の引き金となる。

 

『特攻隊長のライブ動画、リンク貼っとく』

『感謝!』

 

 掲示板に貼られたURLの上をマウスのポインタが行き来する。

 見るべきか、見ざるべきか。彼は今日一番の苦悶の表情を浮かべていた。

 

「うっ、ううっ……」

 

 彼の生活は事件を起こした事を気に、その変化が加速した。

 

 始まりは唯一の居場所であり理解者だと思っていた部長と先輩部員らからの暴行。

 理解者面をしてパシリとして程々に使っていただけ。

 ひ弱な少年が空回りする姿を嘲笑って楽しんでいただけ。

 口々に放たれる無慈悲な言葉と怪我をその身に刻み、彼はまた1つ居場所を失う。

 

 翌日に発覚した怪我は治療を要するもので、その際の証言により親が呼ばれた。

 それまでの自分の行いには自分でも思うところがあったのか、彼は親に多くの事を隠していた。

 高校入学からの素行、変えた髪型等々。

 全寮制で親元から離れていたため隠し通せていた事実が露見し、彼は叱責を受ける。

 その激しさは彼にとって、また叱責する側の両親にとっても初めて。

 両親にも大きな動揺を与え、さめざめと泣く母を見た彼の心はさらに荒れていく。

 

 だが状況はまるで崖から転げ落ちるように留まることはない。

 調査が進み、彼には怪我の治療期間と等しい謹慎処分が課せられた。

 中学の生活態度を考慮して、更生の余地ありと学校側が判断した結果である。

 しかしそれで生徒が納得するかといえば、別問題。

 謹慎が明けて登校した彼を見るクラスメイトの視線は一様に冷ややかなものに他ならない。

 ボクシング部の問題とその解決までの経緯に注目が集まっていたことが幸いだろうか?

 粘着質ないじめに発展することは無かったが、再びクラスに受け入れられることはなく。

 全寮制故に逃げ場もなく、彼を気遣った僅かな声にも反発してしまう始末。

 改善の兆しが一向に見えないまま、鬱屈とした生活が続く……

 

 それに対して、影虎の活躍はどうだろうか?

 たまたま出たテレビ番組で良い結果を残した。それは別によかった。

 夏休みに銃で撃たれたという話を聞いたときには驚きもした。

 だけどいつの間にかヒーローのような扱いを受けていた。

 帰国後はさらにテレビへの露出が増えた。

 

 月曜、火曜、水曜、木曜、金曜、そして土日まで。

 毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日。

 寮で、通学中で、教室で、街中で……“葉隠影虎”の名前と人気を耳にしない日がなくなった。

 

 トドメに発表された“超人プロジェクト”。

 海外の大富豪から、明らかに特別な扱いを受けて大事業に関わる男子高校生。

 

 あいつと自分の何が違うのか?

 同じ歳の同じ学校の生徒で、自分と同じように地味で目立たないと評価されていた。

 なのに今のこの差は何だ?

 

 やがて諦めにも近い感情は、やり場のない憤りへと変わる。

 逆恨みだと諌めても、日を重ねても鎮まることなく、むしろさらに激しさを増すばかり。

 

 彼は良くも悪くも、根が真面目だった。

 真面目さは美徳にもなるが、些細な問題も重く受け止めてしまう悪癖にも成り得た。

 そして原因は自分だと言い聞かせるたびに、彼の心は磨耗していく。

 

 そして今日……

 

 “なあ、今日中等部の文化祭行かねー?”

 “特攻隊長のステージだろ? 行く行く”

 “俺も。先月のは見逃してたんだよなー”

 

 部屋の外から度々聞こえる話を避けるあまりに寮を飛び出した彼は、その先で在庫処分と銘打ち売られていた花火の山を見かけ、衝動的に爆竹と別売りのライターを購入。その足で彼は中等部の体育館を訪れた。

 

 “今更何をやったって……”

 “どうせもう……”

 

 脳内を巡る思考に突き動かされ、彼は混雑を掻き分け前へ前へと進む。

 

 限界だった。

 全ては自分が行ってきた事の結果。

 その自覚はあれど、周囲から向けられる視線は痛い。

 担任教師は“反省してやり直せ”と言うが、もはや周囲とは関係改善の余地が感じられない。

 

 “自分がこんな思いをしているのに”

 “許せない”

 “滅茶苦茶にしてやったら面白い”

 “いっそ全部終わらせてしまえばいい”

 

 弱まる理性。加速する思考。止まらない体。

 とうとう彼は最前列まで躍り出て、たまたま空いた適当な席を確保。

 爆竹とライターを懐に隠し、影虎のステージが始まるのを待つ。

 

 そして影虎が出てきた瞬間。

 

「……」

 

 彼は動きを止めた。

 それまで抱えていた不満や憤りが、一瞬にして掻き消える。

 まるで魔法にかかった(・・・・・・・)かのように、彼は眼前のステージに釘付け。

 気付けばステージは終わり、呆然と涙を流す自分。不思議と心は穏やかだった。

 

「……っ」

 

 思い出した拍子に力が入り、URLがクリックされた。

 再生された動画を目にして、ライブの記憶が再び引き出される。

 

「! ……う、うあっ……」

 

 画面に映る影虎は輝いている。

 派手な衣装も演出もなく、ただ楽しそうに、明るく、力強く。

 その一挙手一投足が今の彼には眩しく見えているようだ。

 

「何で、だよ……何でだよっ」

 

 クラスメイトの揶揄を受け流せればよかった。

 意固地にならなければよかった。

 ボクシング部の先輩らの甘言に乗らなければよかった。

 

 自分の何が悪かったのか?

 どこで道を間違えたのか?

 

 幾度となく自問して、もう大抵の反省と答えは出ている。

 だがそれとは別に、

 

 “自分もあんな風に……”

 

 そもそもの根底にある1つの“憧れ”が捨てきれない。

 “憧れ”を言い換えるなら“理想”であり、現実を直視すれば理想との乖離に悩み苦しむ。

 彼にとって、今まさに画面の中で輝く影虎は否応無くそれを自分に突きつける存在だ。

 

 今すぐに消してしまいたいと思う反面、一度目の衝撃を思い出した彼は、再び映像に熱中。

 

『つらい事があった時、もう一度言い聞かせて、諦めず前へ進んでいけるように!』

「! ……」

 

 やがて流れる歌を聴き、彼は涙と言葉を溢す。

 

「俺だって、諦めたく、ない……! もう一度っ、やり直したい、なぁっ」

 

 暗い部屋に響いて消える嗚咽。

 本心からあふれ出したそれは、やがて小さな決意へと変わる。

 憧れを抱いて道を誤った彼は、憧れを目指して道を正す事を決めたようだ。

 

 果たしてその決意を貫き、実を結ぶことができるのか? それはまだ誰にもわからない。

 

 彼、青木の物語はここから始まるのだから……




影虎のステージはネット上でも高評価だ!
楽曲への注目も集まっている!
青木はもう一度やり直すことを決意した!

青木の話は今後本編に大きく関わる……ことはありません。

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