人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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260話 ステージの後

 岳羽ゆかり視点

 

 ~月光館学園・休憩所~

 

 体育館を出た私たちは、校庭に作られた休憩所を訪れた。

 テーブルと椅子を並べただけで、風が冷たい。

 だけど暖かい飲み物や食べ物を扱う模擬店が沢山あるし、ほどよく体を冷ませて気持ち良い。

 さっきの気だるさももう殆ど感じない。

 

「岳羽、調子はどうだ?」

「だいぶすっきりしました。やっぱり熱中症か酸欠だったんですかね?」

「分からないが、その様子なら大丈夫そうだな」

「はい! ところで久慈川さんは……相変わらず?」

 

 彼女はさっきからずっとうつむいている。

 体調が悪いわけじゃないらしいけど……

 

「は~……よし! 落ち込みタイム終了!」

「りせちー? 急にどうした?」

「伊織先輩、それに他の皆さんにも迷惑かけちゃってごめんなさい。でも大丈夫、復活したから」

「復活?」

「落ち込みタイム、って言ってたよね」

 

 風花の言葉にちょっと苦笑いをした久慈川さんは、脈絡無くこんな事を聞いてきた。

 

「今日の葉隠先輩のステージ、皆見てどう思った?」

「それは……」

 

 立派だった。

 よくわからないけど凄かった。

 パワーを感じた。

 皆そんな感じのあいまいな答えを返す。

 すると彼女も納得するように頷いている。

 

「私も同意見。それも、前回の文化祭の時と比べて、大幅に進化してた」

「おっ? やっぱりせちーから見てもそうなん?」

「自信喪失しそうになるくらい、ね。……いつの間にかダンスだけじゃなくて歌も歌い始めてるし。しかもクオリティーめちゃくちゃ高いし。合間のトークもウケが良かったし。しかも何あの衣装!」

「衣装って、ジャージの事?」

「そう! 山岸先輩の言うとおり、あれただのジャージでしょ? 衣装や舞台上の演出って、ライブじゃとっても大切な盛り上げるためのポイントなの。豪華な衣装を着たり、派手な演出をしたり……私たちにとっては大切な武器!

 ……なのに先輩ってば、ジャージとスポットライトだけで出ちゃうし。それでいてあれだけ人を惹きつけて会場を盛り上げるし。……狙ったのか偶然なのかしらないけど、今回のステージは純粋にダンスと歌の技量だけで結果を出したっていうか、歌で言えばアカペラみたいな感じっていうか……う~! もう何て言ったらいいかわかんないけど、なんか悔しいの!」

「おお……りせちーが荒ぶっている……」

「何バカ言ってんの。でもそっか」

 

 久慈川さんって葉隠君にライバル宣言してたもんね。

 敵情視察に来るくらいだし、仲は良いけど対抗意識もしっかりあるんだ。

 で、葉隠君の成長具合を見て自分を比較したってわけね。

 

「その気持ちは分かるぞ、久慈川」

「真田先輩?」

「俺もアイツには土をつけられているからな……それも2回もだ」

「あっ、そっか、確か真田先輩と葉隠先輩って」

「芸能活動と格闘技。違いはあれど、俺とお前は葉隠に負けた者同士というわけだ」

「ま、まだ負けてない! 今はただちょっと凄いな……って思わされただけ! これからもっと練習して、突き放してやるんだから!」

「おや、どうやら心配はいらなかったようですね」

「えっ?」

 

 久慈川さんの後ろから、朗らかな言葉が聞こえてきた。

 いつの間に立っていたんだろう?

 そこにはしっかりスーツを着込んだ、雰囲気のあるおじさんが立っていた。

 

「あっ、近藤さん!」

「近藤さん?」

「お久しぶりです。皆、彼が葉隠のサポートを担当している方だ」

 

 面識のあった桐条先輩が間に入ってくれて、挨拶とお互いの紹介がスムーズに済む。

 

「近藤さんはどうしてここに? 先ほど心配と言っていましたが」

「久慈川様にこれを」

 

 手渡されたのはビニール袋いっぱいに詰まった……カレーパン?

 

「あっ、それ影虎の舎弟2人のクラスで売ってた奴じゃん」

「高等部の文化祭で人気を博した江戸川先生監修の特製カレーパン。その再販に伴い新たに追加された“特製カレーパン・激辛健康増進風味”です」

 

 葉隠君が舞台上から落ち込んだ様子の久慈川さんを見たらしく、何かあって動けない自分の代わりに、カレーパンを買って届けてほしいと近藤さんにお願いしたそうだ。

 

「あのステージ上から見てたんだ……でもなんでカレーパン?」

「久慈川さんは辛いものが好きで、気分が落ち込んだ時には辛い物を食べてやる気を回復するから……と、彼は話していましたね」

 

 へー、そうなんだ。

 

 私がつい口にした疑問にも、律儀に答えてくれた近藤さん。

 だけど、今度は久慈川さんが新しい疑問を抱えたみたい。

 

「どうしたの?」

「私、確かに辛い食べ物が好きだし、テンション落ち目の時にやる気を回復するのに食べたりもするよ? だけど……先輩にそれ話したことない。ていうか両親くらいしか知らないはず。何で話してもいない事知ってるんだろう?」

「言われてみれば……葉隠と話していると、たまにそういう事があるな」

「桐条先輩も?」

「ああ。以前、私の誕生日に土偶をプレゼントされたことがあってな」

『土偶!?』

「土偶ってあれですよね? 歴史の教科書とかに載ってる」

「それ以外ないよな? 天田っち」

「本人にも言ったが、一般的に女性へのプレゼントとして選択する物ではないだろう? しかし私は非常に気に入った。まるで私の好みを知っていて、狙いすましたかのようだと思わないか? 本人は占いの結果だと話していたが、少なくとも奇をてらった選択ではなさそうだった」

「た、確かに……つか、先輩の好みの方が謎なんすけど……」

「美鶴の独特な感性に合うプレゼントなんて、それなりに長い付き合いの俺でも難しいぞ」

「理解してやってるようにも見えるが……偶然じゃねぇのか?」

「……違うと思う」

 

 ここで荒垣先輩に反論したのも久慈川さん。

 

「伊織先輩。私の事りせちーって呼ぶけど、それ葉隠先輩に聞いたのいつ?」

「え? ん~……はっきり覚えてねーけど、だいぶ前だな。りせちーって事務所公認の呼び方なんだろ? その時からじゃね?」

 

 すると彼女は黙って首を横に振る。

 

「それ、絶対違う。だって公式発表されたのって“3日前”だもん」

「うぇっ!? 俺が聞いたの最低でも1ヶ月は前だぜ!?」

「うん、私も最初に先輩本人の口から聞いたのは先月。“将来的にそう呼ばれるよ”って……。だからその後でマネージャーに聞いた時すごく驚いて、いつから決まってたのか聞いた。だけど、先輩本人から聞いた時点ではまだ事務所の人も候補にすら挙げてなかったらしくて。事務所の人も私の話を聞いてすごく驚いてた。ストーカー並のファンでも、内部の人間でも。その時点で無い情報は掴めるはずがないのに……って」

「何それ怖っ!?」

「まぁ、彼ですからね」

 

 多かれ少なかれ皆驚いているのに、平然とそう言った近藤さんに注目が集まる。

 

「近藤さん?」

「そうですね……人目がない訳ではないので、あまり多くは語れませんが……彼は“常人には見えない物を見て、知れない事を知る”……そういった事ができるようです。身体能力を見込まれてスカウトされた彼ですが、超人プログラムの研究チームはそちらにも注目していますよ」

 

 常人には見えない物を見て、知れない事を知る。

 あっさりと言われたその言葉が、私の耳に強く残る。

 

「彼、まさか本物の超能力者だったりするんですか?」

 

 思わず口に出た言葉。

 自分でも何を言ってるのか。どんな返答を期待しているのかわからない。

 だけど、ばからしいとは思えなかった。

 

「……超能力、と言って良いものかどうか。しかし彼は先日行われた医学的かつ科学的な検査で、非常に興味深い結果を出しています。今お話できるのはここまで。葉隠様の“能力”に興味のある方は、ぜひとも11月16日放送のヘルスケア24時をご覧ください」

「へ?」

「先週の撮影内容だからこれ以上は言えない、って事ですか? 近藤さん」

「天田君、正解です」

 

 あ、そっか。先週の撮影って聞いてたじゃん、私……

 

「付け加えるとすれば、私の所見ですが……彼は好き好んで人を傷つけるようなでたらめを口にする人ではありません。また、他人の秘密を勝手に吹聴するような人でもありません。少々不思議な人ですが、あまり気にする必要はないでしょう」

「……確かに害はないよね」

「あるとしたら本人にだろ。これまでの事から考えて」

「ふっ、荒垣の言う通りだ。変なことに巻き込まれる姿が想像できる」

「なんだかんだと言いながら、割とお節介なところがあるしな」

「先輩方もそう思うんですね」

「も、ってことは風花もだろ?」

「さすがに僕もフォローできませんね」

 

 自然と笑いが広がっていく。

 皆、近藤さんの言葉に納得したみたい。

 

 そうだよね。信じても、いいんだよね? 

 

 ……

 

「では、私はこれで。まだ仕事が残っていますので」

「あっ、カレーパンありがとうございました!」

「葉隠君の良きライバルとして、これからもよろしくお願いします」

 

 そう言い残した近藤さんが去って、

 

「うん、うん……辛いっ! でもおいしい! ………………ふぅ。

 よし……先輩たち、ごめんなさい! 突然だけど私、帰るね。今からならまだ暗くなるまで時間あるし、事務所に行って練習する」

「今から?」

「今日は葉隠先輩にビックリさせられちゃったけど、今度は私のステージで先輩を驚かせてやる! って気分になってきたから」

 

 激辛カレーパンを食べた久慈川さんが、元気になって帰ることに。

 

「……俺も帰る」

「何だ、シンジもか?」

「用は済んだからな」

「そうか、なら俺も帰ってトレーニングでもしよう」

 

 1人、また1人と帰ることになって、最終的に今日の集まりは現地解散になった。

 

 順平はまだ時間つぶしてくみたいだけど、私はどうしようかな……

 もう一通り文化祭は見終わったけど、さっきの話のせいか微妙な気分。

 もうちょっと風にあたってようかな……

 

「岳羽、少し時間はあるだろうか?」

「桐条先輩? 時間はありますけど……」

「そうか。なら、体調は? 問題が無ければ、少し話をさせてもらいたい」

「話……!!」

 

 もしかして、それって……

 

「何ですか? 急に改まって。なんか、緊張するじゃないですか」

「すまない。むやみに緊張させるつもりは無いが、真面目な話なんだ」

「……分かりました。移動しますか?」

「助かる」

 

 少ない言葉を交わして、私たちはその場を離れた。


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