前回の続きは一つ前からです。
11月5日(水)
午前
~スタジオ~
今日は始めてのボーカルレッスン。
先生が来る前に、発声練習と機材を使って数回歌ってみる。
さらにヨガと
……足音が近づいてきて、スタジオの扉が開いた。
「おはようございます!」
「おはよう。レッスン受けるのは君ね」
「はい。葉が」
「自己紹介は結構。アレクサンドラから聞いてるし、毎日ニュースくらい見てるから。あと自分が誰に教わるかも調べてない訳ないよね? 準備できてる?」
「はい! いつでも始められます!」
「じゃもう始めるよ。時間は有限、1分1秒も無駄にできないからね」
挨拶は一言、自己紹介も省いて練習が始まった。
ボイストレーナー、
聞きしに勝る気難しさだが、彼もエリザベータさんと同じくプライドの高い紫色のオーラ。
突然の依頼か、ずぶの素人への指導か、何かが原因で不機嫌な部分もある。
しかし、指導内容に間違いはないだろう。
「まず一曲でいいから歌ってみて。課題曲あるでしょ。踊りながらやるみたいだけど、まずは歌だけ」
「はい!」
……
指示に従い、現時点で発揮できる全力で歌った!
しかし先生の反応はない。
「……んじゃ次、同じ曲をもう一回。今度は踊りながらやって」
「はい!」
……
踊りながら歌った!!
「……やっぱり素人だね。ダメ」
最初の評価はよろしくないようだ……
「踊りはアレクサンドラが例の番組で仕込んだんだろうけど、演劇も経験あるでしょ? 文化祭でやったとかじゃなくて、ちゃんと指導受けてる。だから発声とかリズム感とかは悪くない。ダンスと演劇の基礎を応用してそれっぽく仕上げた感じ。
確かに歌手から女優に転向したり、歌を出す女優もいる。技術的に近い部分もある。だけどそれは“近い”のであって“同じ”じゃない。わかる?」
「歌としての基礎はできていない、ということで間違いありませんか?」
「部分的に合格の部分もあるよ。さっき言った発声とリズム感、後は声量も十分といえば十分。だけどその声量を出すにも歌には歌のやり方ってものがあるの。
例えば今の君は十分に声が出ているけど、それは技術よりも力技。今の歌い方だと何曲も連続して歌うライブだと体力の消耗が激しいの、分からない?
特にこの曲はロックで大声を出すことも多いし、今なら若さに任せてなんとかなるとしても、アーティストとしての寿命は短いよ。加齢、怪我、病気。理由は何でも体力が落ちたら歌えなくなるって言ってるのと同じなんだから」
ひとまず声について、プロからみれば不要な力が入っているようだ。
「……とにかく回数を重ねるよ。足りない部分は1回ごとに指摘していくから、その都度改善すること。いいね」
「はい! よろしくお願いします!」
指導の雰囲気は初対面の印象通り、エリザベータさんに近い。
しかし彼は指導者としての経歴も長く、教え方は具体的で理解のしやすさは歴然。
多くの問題点の発見とその改善により、濃密な練習が行われた!
……
…………
………………
午後
~アクセサリーショップ・Be Blue V~
「葉隠君、下から在庫とってきてくれるかしら」
「了解です!」
「あ、葉隠君。次のポップカードの内容、まとめておいたから」
「ありがとうございます。三田村さん。そこ置いておいてください。戻ったら書きますから」
裏方で働くが、いつもよりお客様が多いようだ……
Be Blue Vでのバイトに精を出した!
……
…………
………………
夜
~バックヤード~
「皆お疲れ様」
『お疲れ様です!』
終業時間を迎えたところで、オーナーが大きなケーキを持って現れた。
両手で抱えられるサイズだけれど、ウエディングケーキのように三段重ねになっている。
「うわっ、大きいケーキ」
「誰かの誕生日ですか?」
「シャガールのマスターからの頂き物よ。急に注文がキャンセルになったらしくて、捨てるのも勿体無いから内緒で処分してくれ。だそうよ。お紅茶もあるし、今日は珍しく皆揃ってるからどうかしら」
オーナー、棚倉さん、三田村さん、岳羽さん、島田さん。
霊体のため食事のできない香田さん以外は乗り気なようだ。
しかし、
「申し訳ないんですが、俺は紅茶だけで」
「あれ? 葉隠君、ケーキ嫌いだっけ?」
島田さんが首をかしげる。
「嫌いじゃないけど、明日の昼に胃カメラの予定が入ってるから」
「あそっか。ヘルスケア24時の撮影してるんだっけ」
「そうそう。だから液体はいいけど固形物は明日の昼まで駄目なんだ」
尤もその分だけ昼は食べたし、今回は残念だけど皆さん遠慮なく楽しんで欲しいと伝える。
「だったら紅茶もいつもより良い葉を使いましょうか。確か頂き物の高級茶葉が棚の奥にあったはず……」
と、言いながら給湯室へ戻っていくオーナー。
「そういや葉隠。ちょっと相談なんだけどさ」
おや? 珍しいな、いつもハッキリ物を言う棚倉さんの歯切れが悪い。
「サイン、とか書いてもらえるか?」
「俺の?」
「そりゃ他に誰もいないだろ。実はさー、大学で先輩から貰えないかって相談されちまったんだよ。アタシと葉隠が同じバイトだって知られてさ」
「あ、そういう相談なら私もあるよ~? 私の場合は後輩とお母さんだけど。ゆかりちゃんときららちゃんは~」
「え、私達? ……ない、よね? でも葉隠君の事を聞いてくるクラスメイトとかどんどん増えてるのは間違いないよ。特にこの前の記者会見以来」
「私たちは同級生っていうか、月高の生徒なら同じ学校なわけだし? 見かける機会もそれなりにあるから。あ、あと公式ファンクラブがきっちり規制してるから、あんまりガツガツはきてない感じですね。でもその分、ファンクラブは着々と入会者が増えてるらしいよ?」
……公式ファンクラブ、あったなぁ……
「そういえば色々やってきたけど学校はあまり変化なく平和だったし、ちゃんと機能してたんだなぁ……」
「何をのんきな事言ってんの。先輩達が大真面目に問題起こさないようにって抑えてるんだからね」
岳羽さんにジト目で睨まれた。
「今度また何か差し入れよう……ってかファンクラブ向けにも何かするかな……近藤さんに話しておくよ」
「そうしときなさい。ってか葉隠君、ぶっちゃけヘルスケア24時の撮影の他に何やってるの? クラスメイトのみんなからめちゃくちゃ聞かれるんだけど。私は秘書じゃないっつーの」
「話せる範囲で言うと、健康診断。それから中等部の文化祭のステージの準備だな」
超人プロジェクト経由で新曲を4曲用意して貰った事。
おなじみのMs.アレクサンドラに振り付けを依頼した事。
さらに今朝はボイストレーニングを受けてきた事も話す。
「文化祭のステージでは踊るだけじゃなくて歌うからな」
「楽しそうだね~」
「三田村先輩、それだけ……?」
「葉隠君がガチでアイドル路線に進みつつある件」
「つーか、たかが中学校の文化祭にどんだけ力入れてんだよ。よくそのプロジェクトの責任者もそんなに手を貸してくれるな?」
「活躍すればプロジェクトの宣伝にもなるという事で、色々と柔軟に対応していただいてます」
「そうなのか……って、サインの話は」
おっと、そもそもの話を忘れていた。
だけど俺、自分のサインは用意してない。
前に文吉爺さんにも言われたけど、流してたし……
「一応芸能事務所に所属してない“素人”なもので」
「テレビに出てるし、これからも出るのに?」
「そのあたりの線引きが微妙なんですよね……サポート責任者の方にも聞いてみます。OKが出れば書きましょう」
サイン。改めて考えると少々気恥ずかしいけれど……
バイト仲間と交流を深めた!
……
…………
………………
深夜
~病室~
Be Blue Vでお茶を楽しんだ後、大量のノートを受け取って帰宅?
ノートのほとんどは島田さんや西脇さんから、一部順平たちのもある。
内容は今週の授業のまとめだ。
授業に出ていない分の勉強も進めておかないと、後々面倒だ。
ノートをとっておいてくれるのは実にありがたい。
手当たり次第に内容を脳内に叩き込む。
……ノートのまとめ方って性格が出るなぁ……特に高城さん、マメだな……
……宮本の現代文は解釈がちょっとズレている部分があるように思える。
付箋……あった。注記を入れて後で確認してもらおう。
事前に記憶した教科書や参考書とノートの内容を同期させて内容を整理。理解を深めていく。
そして何よりも!
「これが一番助かる」
“授業中の先生の雑談・豆知識メモ”
月光館学園の先生方は授業内容以外にも、授業中に話した事柄をテストに出すことが多い。
そしてそれは教科書に載っていない内容もあるので、授業に出ていなければ予想できない。
何よりもこれをしっかりメモしておいてほしいと頼んでおいて良かった!
「念には念を入れて、近藤さんに関連資料を用意してもらおうかな」
ドッペルゲンガーにサポートチームの学習サポートが加われば鬼に金棒だ。
「勉強はこれでいい。後は……」
オーナーから例の計画について、状況報告と確認だ。
オーナーがあの魔術を使えた。ならもっと安全に……
準備が着々と進んでいる!
……
…………
………………
影時間
~病室~
「……効率は落ちるけど……安全を考えると許容範囲だな」
計画のための実験を行った!