人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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247話 痛みの正体

 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

 行く手を阻むオーロラの壁。

 その前に立ち、呼吸を整える。

 

「……!!」

 

 一撃。

 渾身の力で打ち込んだ崩拳が壁にめり込み、大きな波紋を生む。

 しかしながら貫通はせずに元の状態へ戻った。

 

 同じことを二度、三度と続けて技の習熟を計る。

 

 残り数ミリ。あと僅かで貫くことができそうでできない。

 しかし落ち着いた状態で放つ一撃の威力は確実に以前よりも増していた。

 以前はチャージを使って今と同等の威力だった事を考えると、大幅なパワーアップだ。

 

「ふぅ……」

「あっ、終わりました? 飲み物いりますか?」

「ありがとう、貰うよ」

 

 天田から“特製レモネード”の入った水筒を受け取り、冷たい中身を喉へ流し込む。

 爽やかな酸味と甘みが美味しく、口から鼻へ抜けるレモンの香りが非常に心地いい。

 

「2人の方も終わってたか」

「はいっ、だいぶ慣れてきました」

「ワン! ワンッ!」

 

 俺が壁に黙々と打ち込んでいる間、天田とコロ丸は召喚したシャドウを相手に訓練している。

 なぜなら既にタルタロスのシャドウでは練習にならなくなってしまったから。

 仲間内で組手をするか、シャドウを呼び出すかするのが一番練習になる状態だ。

 前々から思っているが、なんとかこの壁をぶち抜いて上に進めるようにしたい。

 

「もう少しで破れるんじゃないですか? 見てたらもう少しでしたし」

「うん。俺もそう思う。だけどその少し、あと一歩がまだ足りない感じだよ」

「ワフゥ……ワンワン!」

「わかってるわかってる、諦めずに頑張るから」

「僕たちはあせらずトレーニングしてるからいいよね、コロ丸?」

「ワン!」

 

 天田とコロ丸は気長に待ってくれるようだ。

 ……楽々この階層まで登って来られるようになって、少し自信がついたのだろうか?

 最近、天田の焦りが落ち着いてきているように感じる。

 まだまだ先は長いけれど、悪い傾向ではないかな?

 

「ところで先輩、さっきのはどうやってたんですか? 威力が普段と段違いだった気がします」

「やってることは気の流れを意識して、今日から習い始めた形意拳の打ち方で、一発一発丁寧に打ち込んでるだけなんだけどね……」

 

 内家拳の練習を始めてから、徐々に気を操りやすくなっている気がする。

 正しい訓練方法を教わって何かが噛み合いつつあるような感覚だ。

 

「こう、体の中に流れる気を、攻撃の瞬間に拳に集める感じ。拳を引くときに流れは体に戻って、また打つときに拳に流れる。そういう波がある感じで、タイミングが合うとかなり威力が出てるな。自分でも力が通ってるのが分かって気分もいいし。残念ながらまだ片手ずつ、集中も必要だし実戦で使えるレベルじゃなさそうだけど……」

 

 それでも可能性を感じる。

 乱戦の中でこの威力を出せるようになれば。

 そして連打もできるようになれば、弱点だったパワー不足は大きく解消に近づく。

 さらに“チャージ”と組み合わせれば上の階でも通用するはずだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月28日(火)

 

 午前

 

 ~部室~

 

 近藤さんが楽曲制作用のソフトを持ってきてくれたので、説明書を見ながら曲を打ち込む。

 どの曲を打ち込むかは誰にも相談できない。

 俺以外の誰も、俺の前世の曲を知らないから。

 相談するにしてもまずソフトで入力し、記憶からアウトプットしなければならない。

 というわけで今回は完全に俺が好きだった曲で、盛り上がりそうなものを選ぶ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 探り探り、黙々とパソコンに記憶に残る曲を入力して数時間。

 一度操作を覚えれば作業は単純だった。

 脳内で再生した曲と重なるように画面上の譜面に楽器の音を入れていく。

 間違いやズレがあれば修正。それをひたすら繰り返す。

 そして出来上がった曲は元となった曲にかなり似ている。

 

 ……だけど微妙に違う気がする……

 

 どこが違うのか。修正しようにも問題点がわからない。

 近藤さんの話ではここからプロに渡して調整してもらえるように依頼するそうだけど……

 なんだか不安だ。

 

「……腹減ってきたな」

 

 一旦中断して飯を食おう。

 

「ヒランヤキャベツ……手軽に済ませたいし、焼きそばにしてみるか」

 

 麺を打ち、母直伝の焼きそばを作る。

 

 昨日のロールキャベツは火が入りすぎてキャベツが柔らかくなりすぎた。

 ……このキャベツ 、苦味は強いけど葉は薄く柔らかくて生でも食べやすい。

 加熱で栄養を壊すと先生も言っていたし、入れるタイミングを最後にしてみよう。

 

 ……

 

「完成! さて、どうかな……!」

 

 悪くない。キャベツの苦味がソースの味と合わさり、深みが生まれている?

 いや、まだちょっと苦味が強いか?

 

「ソースをもっと濃くすべきだったかも……」

 

 まだ食えるし、作り直してみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「お疲れ様です」

「あ、葉隠君だ。やほー」

「今日は来ていたのか」

「たった今来たところです。できるだけ出席はしておこうと思うので……今日は会長と桐条先輩だけですか?」

「他の皆は部活仲間や友達とご飯だよ。私と美鶴はちょっと打ち合わせをね」

「もう10月も終わりが近いからな。11月になれば3年生は修学旅行。年末もそう遠くはない。忙しくなる前に少しずつ、できることは済ませておきたくてな」

 

 相変わらず仕事熱心な人たちだ。

 

「ではそんなお二人に差し入れです」

 

 持っていたビニール袋を差し出す。

 中身は特製の“ヒラン焼きそば”をパンに挟んだ、“ヒラン焼きそばパン”。

 苦味に負けないようソースの味を濃くした結果、ソースと苦味がうまく調和。

 代わりに味の濃い焼きそばになってしまい、焼きそばパンの具に丁度良くなった。

 

「ほう。これは焼きそば単体で食べるのとはまた違った趣があるな」

「あいかわらず……むぐっ……よく考えるね?」

「趣味であり仕事の一環でもあるんで」

「仕事といえば、調子はどうだ?」

「おかげさまで」

 

 そうだ。近藤さんから連絡が入ってるかもしれないが、一応今月末からの話をしておこう。

 

「ああ、その話なら聞いている。一週間頑張ってくれ。理事長も応援していると言っていたぞ」

「学校でマスコミ対応しなくていいから上機嫌だったよね」

 

 焼きそばパンを食べながら、和やかに情報交換を行った!

 

 

 …………

 

 ………………

 

 放課後

 

 本日のメニュー:四川風地獄麻婆豆腐

 

 今日のメニューは昨日の坦々麺より刺激が強そうだ……

 調理中、風下にいたスタッフさんが匂いだけで涙目になっている。

 

「昨日は形意拳と薬膳に深く関わる五行について話したね。今日はそれをもっと掘り下げていこうか」

 

 大汗をかきながら薬膳の更なる知識、

 そして五行思想を元に組み立てられた、形意拳の戦術理論へ理解を深めた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ベルベットルーム~

 

「やっと来たか」

 

 今日は月に一度の新月の日。

 俺が唯一ベルベットルームに入れる日。

 そしてドッペルゲンガーと直接情報交換ができる貴重な日だ。

 

「……また鎖が減ってるな」

 

 船の側面に繋がっていた細い鎖が前回から一本減っている。

 1ヶ月に一本のペースで切れていくなんて、カウントダウンでもされているみたいで不気味だ。

 

「と言うかこの鎖、本当に何なんだ?」

「さて、そこは俺にも分からんよ。あの神の仕業だってこと以外はな」

「ろくでもない物ってことは」

「ああ、それもあったか」

 

 ドッペルゲンガーは苦笑いをしている。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

 何をいつ話すかが決まっていないので、とりあえず最近始まった痛みについて聞いてみる。

 

「最近は割と順調っつーか穏やかだし、やっぱそうなるよな。あれはお前も薄々感じてる通りだよ」

 

 薄々感じている通り……なら、

 

「痛みが出る時はいつも、誰かと関わってその思いを感じたり、相手を理解した気がした時だった。……痛みの正体は“コミュ”って事で間違いないか?」

 

 ペルソナで、人間関係が与える影響といえばこれしかない。

 

「十中八九そうだろう。ただ痛みの原因はおそらくあのクソ神の仕掛けだ」

 

 詳しく聞くと俺があの痛みを感じるたびに、ドッペルゲンガーは痛みだけでなく“軋むような音”を聞いていたらしい。

 

「ほら、あの鎖をよく見てみろよ」

 

 船の甲板に立つドッペルゲンガーは、ダルそうに自分の背後を指し示す。

 そこには相変わらず船首から伸びている太い鎖があるけれど……?

 

「これ……」

 

 よく見れば、鎖の表面に傷? ヒビのような線が目に付いた。

 

「忌々しいことに……どうも俺らが力をつけないようにコミュが封印されてたっぽいな。それがぶっ壊れかけて、そっちにもこっちにも影響を及ぼしてるみたいだ。まあ全部俺の感覚と想像なんだが、間違ってるとは思わねぇ」

「じゃあそれが完全に解ければ?」

「ん~……なんつーか、今はコミュの力を無理やり押さえつけられている感じだ。それが今は不完全で、はっきりしないが微妙に気配が漏れてるような……お前も感じただろ? 痛みがあった時に何かか身に付いた感覚。だけどそれが何かはわからない」

 

 確かにあった。あの感覚はそれでか……

 

「俺たちの力になる何かってことは間違いなさそうだ。痛みはするけど、結果を見ればそう悪くない」

 

 はっきりとは感じないが、力がそこにある。

 コミュの力に押されて鎖にヒビが入ったとしたら、コミュを築く事で鎖が切れるかもしれない。

 

「そうだ。痛みは不快だけど、これは大きな進展かもしれない」

「誰かと仲が深まるたびに体が痛む……正直嫌だけど、我慢するしかないか。ところでその封印が壊れかけたのはやっぱり」

「ああ、あの霧谷と握手をした時。コミュを築いた時だな。あいつが何かやったのか、それともこれまで築き上げたコミュがあって、封印で抑えられる限界に達したのか……何にしてもあいつが切っ掛けになったのは間違いない」

 

 いったい彼は何者なのだろうか?

 

「“全ての幻想を破壊する右手”とか持ってたりしてな」

「……ああ! あのラノベか! 懐かしっ……一瞬何の事か分からなかった」

「まぁそこまで都合良くはいかないだろうけど、あいつとの付き合いは続けたほうがいいな。でも気をつけろよ」

「分かってる」

 

 痛みの正体が、コミュとそれを抑える神の仕掛けだと判明した!

 さらにその後も文化祭のステージ、音楽、エネルギー回収と。

 時間の許す限り、俺とドッペルゲンガーは話を続けた……




影虎はオーロラの壁を使って練習をした!
もう少しで壁が破れそうだ!
影虎は楽曲の再現を始めた!
影虎は昼食がてら料理研究を行った!
影虎は薬膳と形意拳の戦術理論を学んだ!
影虎はドッペルゲンガーと情報交換を行った!
謎の痛みの正体が判明した!


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