人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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219話 二度目のスタジオ

 新番組・アフタースクールコーチングの収録が始まった。

 スタジオのセットに関しては前回とほぼ同じ。

 番組タイトル部分を変えただけで、それ以外は使い回しだ。

 

 放送される内容は全部で4つ。

 

 ドッキリを最初に、IDOL23所属、右手・左手コンビのテニス。

 Bunny's事務所所属、光明院光のセーリング。

 そして無所属、俺のダンス。

 

 時間配分は1・3・2・4くらいの割合で俺が最も長く、光明院君のがドッキリを除いて最も短い。

 自分の番が来るまでは、他の出演者のVTR鑑賞と求められた時はコメントに集中。

 前回の特番と違い動画の合間が短いので、コメントも簡潔にと意識する。

 

 そして今、

 

「光明院君、ありがとうございました~」

 

 拍手と女性の黄色い声の中。

 ヨットに乗って海を颯爽と滑る姿が切り出された画像で、彼のコーナーが終わった。

 

「次の課題はこちらです!」

 

 “ダンス”

 

「はい、皆さんご存知の方も多いんじゃないかと思います。本日最後の課題は葉隠君のダンスです! えーこの件に関してはね、派手に発表してネットでもぎょうさん騒がれてたんでね。まぁ結果は知ってる方もいるかと思います。なので今回は密着取材。彼が発表会までどんな練習をしてきたか見せていただきましょう!」

「葉隠君、お願いします!」

「VTR、スタート!」

 

 画面に大写しになった俺の合図で一旦カット。初日と二日目のVTRが備え付けのモニターに流れていく。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「前回に引き続きまたコイツかい」

「新人アイドルが飛び入り参加ですか。たいしたものですね」

「可愛いね」

「葉隠君は変わった縁がありますね」

「文化祭と同時進行がきついな~」

「ウマッ!? このカレーマジ店出せますよ!」

「ヒヒヒ……ありがとうございます」

 

 司会者やひな壇の芸人さんから、所々に挟み込むための短いコメントをいただきつつ、先生のカレー提供やVTRの鑑賞が終わりに近づく。

 

『私、今“負けたくない”って思ってる……こういう時、本当だったら頑張ったね! とか、すごいね! とか言うべきだと思うけど、それが正直な気持ち。私、アイドルとして先輩に負けたくない。それが、今日まで先輩の練習と結果を見た、私の正直な感想。

 …………ちょっ、笑わないでよ先輩!?』

『ごめんごめん、でもあんだけ堂々と言い切った後にうろたえるから、おかしくて……』

『むー!』

『悪かった。それにしても、まさか宣戦布告されるとは……それだけのダンスになっていた。そう思ってくれたんだな』

『! そう! それは間違いなく、私の正直な気持ちだもん!』

『未来のスーパーアイドルがそこまで言ってくれるなら、何よりも嬉しいほめ言葉だ』

 

 

 久慈川さんから評価を聞いた時のやり取りが多少編集され、感動的な青春ドラマのような仕上がりになっていた。観客席とひな壇の一部に目を潤ませている人までいる。

 

 その直後、

 

『これが青春……!! 葉隠君もりせちゃんも、ナイスなハートよッ!』

 

 アレクサンドラさんが乱入し、アンコールに応えて俺たちがアイドル的なダンスを踊る姿。

 よりにもよって女の子がやれば可愛らしいポーズを取っている姿が大写しになり。

 笑いの渦中でVTRが終わった……

 

 

「お疲れ様でしたー。葉隠君、大丈夫ですか?」

「恥ずかしい……何でよりによってこんな部分を。もっとこう、練習中の爽やかな所があったでしょうスタッフさん!」

『ワハハハハ!!』

「でもええやん。これはこれで。確かに最後はハチャメチャやったけど、お客さんは楽しんでくれたんやろ?」

「そうですね。それは……拍手と楽しかったとのお言葉を沢山いただいて。ダンスをやって良かったなと思いました。後悔はないです」

「それが一番や。あと、俺も見てて感動した! ひたむきに練習して、最後の最後まで腕を磨いて。ほんで結果もしっかり残して。感動しましたよ本当に。久慈川さんは一週間近く君の成長を見続けたからこそのコメントやったね。

 この調子で今後もがんばってくれるそうだね?」

 

 ここでアシスタントから視聴者への説明が入る。

 

「今回こうしてダンスで結果を残してくれた葉隠君ですが、実は今後、ある企画に挑戦していただくことになっています。その企画とは」

 

 “葉隠影虎、プロ格闘家への挑戦!”

 

『エー!!!!』

 

 ババン! と派手な効果音を伴い、メインモニターに企画のタイトルが映し出された。

 観客の驚愕の声を受けながら、島幸一氏が司会者席から前へ歩み出る。

 

「皆さん、この番組の事情をご存知でしょうか?」

 

 急にレギュラー番組になることが決定したため、準備期間が短かった事。

 人気のある芸能人は多忙で、一週間のロケはスケジュールの都合がつかない事。

 スケジュールの都合をつけて貰うにはあまりに急すぎた事。

 

 司会者の口から番組の裏事情が赤裸々に語られていく……

 

「そしていざ撮影ができても面白くないとか、お蔵入りになる可能性が常にあるんです。ヤラセ無しでやってるからこそ、危ないんです! 放送できる内容のストックがもうこの時点でカツカツなんです!

 そこでスタッフは考えました。少しでも“撮れ高”を確保するために、前回の特番で良い結果を残した人を起用しようと。その結果がこちら」

 

 俺たち受講生の席が写される。

 

「本日の受講生3組中、2組が2回目の出演。何度でも言います。もうギリギリなんです!」

『ハハハハ』

 

 軽い笑いが巻き起こった。

 

「前回と今回で良い結果を残した葉隠君は、格闘技に興味がある。番組制作側は番組に穴を開けないように取れ高が欲しい。そこで利害が一致したんですね」

「ただ他の撮れ高が十分だったら、撮っただけで放送はされないと。その場合は年末にダイジェストで放送はするの?」

「それも含めて状況しだいだそうです」

「ということは完全に無かったことにされる可能性もあると。……“葉隠君、よくそんな仕事引き受けたね”」

 

 来た! この一言が、鶴亀への対策を始める合図。

 ここからが俺にとってもう一つの本番だ。

 

「聞けばギャラも安いらしいやん。交通費と牛丼が食えるくらいとか」

「その分、色々なことを学ばせていただけるので」

「撮影もキツくなるって話やし、そのモチベーションの源って何なん?」

 

 前回の撮影でも少し話したが、改めて幼少期に怖い夢を見たと語る。

 もちろん話せる部分を選んだ上で、より詳しく。

 さらに自分が死ぬと思っていたことも告げる。

 

「そんなのただの夢だろ、と思うでしょう? 僕も誰かに話したら、おかしなこと言い出したと思われる自覚はあったんです。だから誰にも話さずに、だけど心の中ではずっと気になっていました」

 

 スタジオの空気が変わっていく。意図的に変えていく。常識的な人なら一笑に付す、あるいは聞き流すような話題をまっすぐ受け止めてもらえるように。怪しげな雰囲気に一匙の真実味を加えよう。

 

「不安が拭えなかったのには、その夢があまりにリアルだったり……いくつか理由があったんですが、一番の理由は夢の中で見た名前ですね」

「名前?」

「毎日同じ夢を見ていて、何度も目にする学校があったんです。気になってその学校名をネットで検索したら、実在してたんです」

『エー……!』

「それは怖いなぁ、どこの学校?」

「今通ってる学校ですね。私立月光館学園」

「えっ!? え? 今通ってるとこ? 何で?」

「葉隠君が知っていたからそこを選んだんですか?」

「最終的に選んだのは自分ですが、最初は候補にも入れていませんでした。でも去年の受験前に親父の海外転勤が決まって、それで一緒に海外についていくか、親戚が近くにいて学生寮もあるこの学校に通うかの二択になったんです。こちらから今の学校に行きたいと働きかけたことはありません。学校側には全く問題ない話ですが、むしろ敬遠していたので」

「何も言ってない、何も知らない両親がピンポイントで……怖っ! 今めっちゃゾクッとした!」

 

 事前に大体の段取りをプロデューサー経由で整えておいたため、司会者やアシスタントさんも流れに乗ってくれる。会場は怪談話を聞いたような空気に包まれた。

 

 さらにダメ押してもうひとつ。このままこの場の空気を俺の望む色へ一気に染め上げよう。

 

「よく通う気になったねぇ」

「悪夢はこちらの事情で、学校には何の罪もないので。それに僕としては“とうとう来たな”という感じでした。実は夢の中で、もし本当に何かが起こるなら今頃の時期だろうという大体の目安はあったんです」

 

 会場全体からの注目を感じる。

 

「夢はよくわからない何かに追われて、僕が逃げ続ける。それだけですが、逃げる自分の体が成長していたんです」

 

 小学校低学年から、小学校高学年へ。小学校高学年から中学生へ。中学生から高校生へ。

 

「そして大学生になった自分は、一度も見ることができませんでした。だからこう思ったんです。“大学生にはなれないのか”と」

 

 だから何かが起こるなら、高校時代だと考えていた。

 実際先月は追われて撃たれて死にかけた。

 淡々と口にすると、誰かが息を呑んだ音が鮮明に聞こえる。

 

「全てはあくまで僕の直感でした。何の証拠も無い。でもそんな事のために、僕は日々のトレーニングを続けてきました。辞める事ができませんでした。若輩者ですが、若輩者なりに人生の全てを注ぎ込んできたと思っています」

 

 その過程で沢山の物を犠牲にした。

 迫りくる死に対抗するために力をつけるため、友達との付き合いを捨てた。

 

「だから小学生時代は嫌われ者でしたよ。それでちょっかいを掛けてくる子もいましたが、それすら相手にしている余裕もなく。喧嘩をふっかけられれば追い返して、不満を募らせた大勢に袋叩きにされたりもしました。……あの時の子たちには申し訳ない」

 

 当時の俺は弱かった、何もかもが。

 肉体的な強さがあれば囲いを飛び越えて逃げるなりなんなり、お互いを傷つけず対処できた。

 精神的な強さがあれば、相手の不満を汲み取って和解の道を探れただろう。

 成長した今ならばそう思える。

 

「それに文化祭のステージでも言いましたが、本当に強くなることばかり考えていたんです。たとえば勉強。高校からは難易度も上がったので少し頑張っていますが、実は中学まではほとんどやってません。幸い暗記が得意だったのでほどほどに成績は良くて、問題になることはありませんでしたが……

 そんな感じで、自分は何をしてきたのか? ということを夏休みに死にかけてから考えることが増えたんです。僕は強くなろうとするあまり、将来の事も考えていない。まず高校の卒業、生き残らなければ何にもならないと。これまでは余計なことに割いている余裕は無い、そんな気がしていました。

 ……それが実際に死を感じると、もったいなく思えました。やりたいことがわからない。今でも強くはなりたい。だけどもっと沢山の事にも挑戦してみたい。そんな欲望も沸いてきました」

 

 だから今回の依頼は渡りに船だった。

 

 たくさんの格闘技を経験させてくれる事はもちろん、それ以外でもダンスのように新しい事を学ぶ機会を与えてくれるこの企画とスタッフさんには、ギャラ以上に感謝している。

 

 紛れもない本心で語る。

 すると会場の空気が和らいだ。

 

「色々あったんやねぇ……そういえばお父ちゃんも元ヤンとかで、風当たりも強かったんちゃう?」

「確かにそういうこともありましたね。親の教育がなってないからだとか、親がろくでもないから子供もあんな暴力的になったんだとか。そういうことを親御さんが話していたようで、わざと聞こえるように言ってくる子もたくさんいました」

 

 でも、それについては何とも思っていない。

 

 俺にとっては父親だ。 一生懸命働いた金で俺を養ってくれた。悪夢に悩み苦しんでいた時には、恥も外聞も気にせず病院へ連れて行ってくれた。言いたいことがあれば肉体言語でも構わないと、徹底的に聞いてくれる。ここでは言えないが、暴走しかけたルサンチマンを前に、自分の身を削って俺を止めてくれた。

 

 そんな親父の姿が、頭を流れていく。

 

「親父の事をどうのこうの言う人には逆に聞きたい。あなたの真面目なお父様は、うちの元ヤン親父のように、本気でぶつかってくれるのか? どこまでも粘り強く理解しようとしてくれるのか?

 親父がヤンキーだったのは事実。きっと多くの人に迷惑もかけたんでしょう。だけど俺にとってはただの父親です。“元ヤン”ではなく“父親”として、親父は俺の自慢です。引け目を感じたことはありません」

 

 少々挑発的に、だけど譲れないことをストレートに言い切る。

 

 

「……よう言った! ええ子やないの。今時こんな風に、親父を自慢って言える子おらんよ! その調子でまっすぐ、頑張って欲しいね。俺も応援してるから」

「ありがとうございます」

 

 司会の島さんの援護もあり、最後は穏やかにまとまった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 収録後

 

 ~楽屋~

 

 ふぅ……

 

 撮影が無事に終わり、ご協力いただいた司会者やアシスタントさん、プロデューサーたちへのお礼も一通り済んだ。これで俺の役目は一段落だ。

 

「お疲れ様でした」

「近藤さんも、そちらで色々と動いていただいたようで」

「折を見て局の方々、そして木島様とも少々お話をさせていただきました。得られた情報は後日、書面にまとめて用意いたします」

「ありがとうございます」

 

 ひとまず俺にできることはやれたと思う。

 

 鶴亀の記事のポイントは3つ。

 

 一つ目は過去の喧嘩。

 二つ目は中学時代と今の成績の差を比べての不正疑惑。

 そして三つ目が親父について。

 

 ニュースになるほどではないが、確実に世間へ俺のマイナスイメージを植え付ける内容。

 今回は対策として、正しい情報を会話の中に盛り込み印象操作を試みた。

 

 例えば周囲との不和や喧嘩については、反省の言葉と“大勢に囲まれた”という事実を。

 テストでの不正疑惑は真面目にやっていたか否かの違いということにしてある。

 親父についてはほとんど悪口に近いものだった。相手にする気にもならない。

 

 必要であれば追加で詳細説明を行う用意もあるが……まあ必要に応じてだ。

 少なくともこの収録で鶴亀の誇張や曖昧な点へ、疑念を持てるような情報を出せたと思う。

 

 昔の悪夢や自分の死期を感じていた等、ちょっとオカルトな発言もしたが……

 俺が占い師をしていることは周知の事実。

 なかなか当たるという評判もあるし、そちらの方向でキャラにしてしまえばいい。

 

 ただ“死期が近い”という点でストレガに正体を気づかれる可能性がある。

 けれど探りも入れられずに悩むより、いっその事バレていると考えたほうが楽だ。

 お互いに知っていて、知らないふりを続ける。こう考えればいい。

 

 俺にストレガと敵対するメリットがないように、彼らにも俺と敵対するメリットはないだろう。

 彼らが俺たちの情報を桐条に売れば、俺達もストレガの存在を伝えられる。

 戦力的にも情報などの取引にも、デメリットの方が大きいのだから。

 

「葉隠様、車の用意が整いました」

 

 とりあえず、今日は帰ってゆっくり休もう……




影虎は収録を行った!
過去の出来事を“正しく”語った!
印象操作を試みた!

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