考えてみれば当然のことだった。
この世界はペルソナ3の世界であり、それと同時に今の俺の現実である。
原作キャラの経歴はゲームの設定と変わらない。
だが、彼らはゲームキャラではなく一人の人間だ。
彼らを取り巻く人間関係や個人の感情、事情が存在する。
その中で葉隠影虎という人間は何者か?
原作には登場することのない一人の人間だ。
それが原作にかかわればどうなるか?
影響の大小は別として、その時点で原作から乖離するに決まっている。
原作を原作のまま進めたければ、何事にもかかわらないという選択肢しかなかったんだ。
親父達と来年海外に渡る事に決めていれば、きっと俺はここに居なかった。
地元の高校で未来に目をつぶり、全てを無視して終わりを待つ。
そうすれば、行き着く先は完全な“原作”だったんだろう。
しかし、俺はもうここに来てしまった。
原作キャラとのかかわりも作ってしまった。
これ以上のかかわりを持たなければ、これ以降は変わらないかもしれない。
しかし、保障も確証もない。もう手遅れなのかもしれない。
それに俺は、何もせず時を待とうという気にはなれない。
だったら、どうするか?
原作は参考程度に、覚悟を決めて不測の事態に備えるしかない。
結局、やる事は変わらな
「悩み事ですかぁ?」
「わっ!?」
給湯室で湯を沸かす俺の眼前に、突如江戸川先生の顔が割り込んできた。
いきなりはなしでしょう……しかも近い。
「また上の空、今日の影虎君は様子がおかしいですねぇ……いえ、おかしくなったのはさっきの事件から。もしや荷物運びの疲れで体調が悪く……これはいけない、早速薬を飲んでもらい」
「待った! 体調は別に悪くないです!」
「……そのようですねぇ。分かっていましたけど」
「分かってたんですか……」
「私は保険医ですよ? 当然です。それで体調が悪くなければ悩み事かと思いましてねぇ、ヒヒヒ。こんなものを持ってきました」
江戸川先生が白衣のポケットから取り出したのは、紫色の布に包まれた長方形の何か。受け取った手触りからして布の材質は絹のようだ。
「開けても?」
「もちろんです」
おそるおそる包みを開く。
「……タロットカード?」
「ええ、悩み事がある時は、タロットでのリーディングが役に立ちますよ」
そこで先生に相談しなさい、ではなくタロットが出てくるのが江戸川先生らしい……
「ところでタロットの使い方は知っていますか?」
「はい、一通りは」
「流石は影虎君、話が早いですねぇ」
ペルソナとタロットは切っても切れないので予習済みだ。何が流石なのかは知らないが。
「そのタロットは差し上げますから、好きに使ってください」
「え、いいんですか? これ結構古そうなのに綺麗ですけど」
「古くはありますが、特別なものじゃありません。綺麗なのは使ってないからです。私には普段使いの物があるので、戸棚で埃をかぶり続けるより影虎君が使ったほうが良いでしょう。今日の手伝いのお駄賃と言う事で」
「そういうことなら、いただきます」
「ええ、どうぞ遠慮なく。タロットとは自身の内面に問いかけ、運命を探るための道具。そして運命とはその人の未来や様々な出来事とのめぐり合わせです。これらは常に不確かで、事前に知ることは困難ですが……タロットを上手く使えばより良い人生を探り、歩むための指標になるでしょう。
例え悪い結果が出たとして、それを踏まえてどうするか。生まれながらに定められ、人の手では変えようのない宿命と言うものもありますが、未来は定まっていません。ゆえに、今の行動や考え方によっては変える事もできるのです。
悩みの早い解決を願っていますよ」
「はい……」
そのまま立ち去ろうとした江戸川先生が、給湯室の出入り口で振り返った。
「忘れるところでした。影虎君、今日は帰る前に一度私の部屋に寄ってください。せっかくですからこの機会にタロットなどの本を数冊差し上げます。
実はオーナーの所で買った物を置くために整理していたら、いくらか本棚に収まらない本が出てきましてね……ただ処分してはもったいないので、そっちも貰ってください。それでは」
先生はそう言い残して今度こそ立ち去った。何か変な物を押し付けられそうだが、俺はそんな事よりも頭に残った先生の言葉が気にかかる。
運命や未来は不確定、だから変えられる。
変わる、ではなく、“変えられる”
言われてみれば、今回俺は知らずに原作を変えたのかもしれない。
しかし、言い換えれば俺が自分の意思で変えられる事もある、という事じゃないか。
それなら、原作を変えて俺が生き残る道も確実性はないが、可能性はあるだろう。
………………決めた。今日からはその可能性も探るとしよう。セーブもロードもない一発勝負。どのみち、もう後戻りはできないんだから。
決意したその時、給湯室に火にかけたやかんの音が鳴り響き、沸いたお湯でお茶の用意を始める。しかし頭の中は依然としてどう原作に介入するかが大半を占めていて、お茶の用意が終わる頃には手始めに一つ行動を起こす事に決めた。
用意したお茶をお盆にのせ、一緒にタロットカードの包みものせて部屋へ戻る。
「お待たせしました~」
「あっ、葉隠君」
「はいどうぞ、お茶です」
「ありがとう」
「いただこう」
「すみませんね、ほっといちゃって」
「かまわないさ、私は彼女から有意義な話が聞けた」
「話? 何の話ですか?」
「学校で聞く噂話だ。私の耳には報告として入ってくる事が多いからな。逆に噂話などはほとんど入ってこない」
「今話そうとしていたのは、二年生の真田先輩の話なの」
あの脳筋の話?
「真田先輩ってボクシング部の? この学園に来て日が浅いけど、名前はよく聞く」
「真田先輩は有名だからね。ちょっとしたことでも話題にのぼるね。例えば昨日は病院で真田先輩を見かけたって人が居て、今日は怪我で学校を休んでるって。あとは次の公式戦に出られないって噂もあるけど、これは欠場がほぼ確定みたい……」
「もうそこまで詳しい話が流れているのか?」
「真田先輩は公式戦無敗で注目を集めてますから、学園の掲示板には頻繁に情報が上がります。今はまだ不確定情報として大騒ぎしないように自粛している状態ですけど、やっぱり?」
「ああ、次回の公式戦は休場することが決定したそうだ」
「ロードワーク中に変質者に襲われて液体窒素をかけられたって聞いてますが、本当なんですか?」
「待った、何その話、どんな状況だよ」
山岸さんの質問に思わず突っ込んでしまった。
桐条先輩も目を丸くしているが、山岸さんにふざけている様子は無い。
「噂だと真田先輩の怪我って凍傷らしいの。あと病院で先輩を見かけたって言ってる人が、次に会ったら必ず倒す、とか呟いているのを聞いたって話もあって。……本気かどうか分からないけど、一部では先輩に怪我をさせて出場できなくさせる相手選手の陰謀論を唱える人が居たり、犯人を探し出そうって声もあるの」
「うわぁ……」
すごい話になってるなぁ。犯人探しをしようって人が居ても、影時間には象徴化してるだろう。俺は高みの見物でいいが、桐条先輩が頭を抑えてしまう。
「明彦め、不特定多数の人目がある場で不用意な発言を……山岸君、その件はまだ伏せていて欲しい。明日にでも正式な発表がある」
すぐに山岸さんが了解を示すとそこで話が終わり、沈黙が流れる。
よし、ここで話を……
「そうだ二人とも、まだお時間あります?」
「ああ、さっきも言った通り今日の仕事は終わっているからな」
「私も、もう寮に帰るだけ」
「そうですか、なら占いでもしてみませんか?」
俺はタロットカードの包みを机に押し出す。
「占い?」
「実はさっき江戸川先生からタロットカードを貰いまして、相手を知る機会にもなるかと」
「……何故パルクール同好会でタロットなのかは疑問があるが、そうだな、たまにはそういうものを試すのもいいだろう」
「さ、賛成!」
江戸川先生の事を考えたのか、桐条先輩の顔はピクリと動いたが、特に反対されることは無かった。山岸さんは沈黙より話題が合ったほうがいいと思ったのか即賛成。もしかすると桐条先輩は山岸さんの気まずさを酌んだかもしれない。
とにかくこれで占いをする、と言う話に持っていけた。問題はここからだ……
「それで? タロットカードでの占いはどうやる?」
「私もタロットカードは知ってるけど、占い方はしらないよ」
「その辺は大丈夫です。前に江戸川先生から教わったので、俺が二人を占います。どっちから先にやりますか?」
そう言うと二人はおたがいに譲りあい、最終的にじゃんけんで山岸さんが先に占う事に決まる。しかし……桐条先輩がじゃんけんとは珍しい物を見たな。本人もめったにやらないんだろう、手の動きがたどたどしかった。
「では山岸さん、このカードを好きなだけ混ぜてから一つの山にしてください。今回はとりあえず金運や恋愛運などではなく、総合的に見たその人の運命や状況を占います」
「はい……これでいい?」
「次はその山を好きなところで三つに分け、好きな順番で一つの山に戻してください」
「……できました」
「次はその山を縦にして、どちらが上になるかを決めてください。タロットカードには書いてある絵柄や文字が普通に読める正位置と逆さまの逆位置があり、正位置と逆位置ではカードの意味が変わるので、間違えないようにここではっきり決めておくんです。
専門の占い師だとどっちが正位置とか決めてる人も居るみたいですが、俺はそういうの無いんで」
「じゃあ、こっちが上で」
「了解。俺が見やすいように、俺から見て上になるよう置きますね」
俺はカードの山を受け取り、敷物代わりに敷いた紫色の布の上で滑らせるようにカードを広げる。……ちょっと歪んだしカードの間隔がバラバラだけど、まぁよしとする。
「この中から七枚のカードを選んでください」
山岸さんがゆっくりとカードを選び、俺はそれを選ばれた順に並べていく。
まず一枚目から三枚目を上、右下、左下と三角形に配置。続いて四枚目から六枚目を下、左上、右上と逆三角形に配置。最後にその中心に一枚配置してヘキサグラム・スプレッドと呼ばれる配置の完成。
タロットカードの並べ方はスプレッドと呼ばれ、占う内容や目的に合わせて沢山あるスプレッドを使い分ける。そして配置するカードの位置にそれぞれ意味があるが、今回のヘキサグラム・スプレッドでは一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が未来。そして四枚目が環境や周囲の人々、五枚目が無意識の望み、六枚目がとるべき方法や避けるべき事柄。最後に七枚目が総合的な結果や問題の核心を表す。
そして山岸さんのカードは……
一枚目、魔術師の逆位置
二枚目、隠者の逆位置
三枚目、搭の正位置
四枚目、剛毅の正位置
五枚目、愚者の正位置
六枚目、月の正位置
七枚目、女教皇の逆位置
「なるほど……」
「えっと、どうなのかな?」
「全体的に見て、悪い」
「はうっ!?」
「ふむ、どう悪いのかを説明してもらえるか?」
言われなくともそのつもりなので、一つ一つ説明していく。
「まず一枚目と二枚目、これは過去と現在を表すカードです。正位置ならば魔術師は変化や好奇心、隠者は解明などの意味を持つ良いカードなのですが、この二枚は逆位置。そうなると魔術師は優柔不断ですとか、保守的な意味合いになります。
隠者の逆位置にも内向的な意味合いがあるので、おそらく山岸さんは過去から現在に至るまで、内気であまり積極的になれないところがあるのではないでしょうか? ……そしてそれに自分でも嫌気がさし始めている」
「……当たってると、思います。どうして?」
「隠者の逆位置にそういう意味もあるのと、五枚目のカード。ここはその人の望みを表す位置で、そこに転機や新しい始まりといった意味がある愚者の正位置があったので。
他には……そうだな、四枚目に出た剛毅の正位置。この場所は環境や周囲の人々を表し、カードに書かれている文字はストレングス、つまりは“力”。危険に立ち向かったり、強い意志や潜在能力といった意味がある。
環境や人間関係を表す場所である点を考えると、力関係のある人とのかかわり、あるいは支配。……親御さんが厳しいか、望まない進路を押し付けられている、って感じかな?」
「すごい、当たってる!」
当たり前だ、俺は原作を知ってるんだから。
タロットカードの解釈は一枚につき一つではない。いろいろな解釈があり、他のカードとの組み合わせで内容を解釈するのが本来の占い、リーディングになる。
しかしいま俺がやっている事はその逆。出たカードの複数ある解釈から、俺が知っている過去や未来へ繋がりそうな意味合いを選んで抜き出して伝え、さも占いで当てたかのように見せているだけ。使用するカードも解釈の幅を広げるため、詳細な意味のある小アルカナのカードは初めから抜いて大アルカナしか使っていない。インチキのようなものだ。
「あとは三枚目の搭、六枚目の月、七枚目の女教皇の逆位置ですが、どれもあまり良くない意味になります。搭があるのは未来を表す場所、未来になんらかの問題が起こると考えられる。月がある場所はすべき事、避けるべき事を表しています。カードの意味が曖昧なので内容も曖昧ですが……不安定だったり、臆病になったり、悪意を向けられたりするかもしれません。他人をそうするのが良いとは思えないので、これは避けるべき事と解釈します。
七枚目の女教皇の逆位置は不安や耐える……山岸さんの占い結果を総合すると、未来に問題が起こる可能性あり、忍耐が重要。特に人間関係に注意です」
そういうと山岸さんは心なしか落ち込んだようだ。
「まぁ、あまり気にし過ぎないように。未来に問題が起こるとして、それは明日かもしれないし来年かもしれない。でも、これから先の未来がずっとそうではないと思う。五枚目の道化師が表した通り、自由や転機を望んで実現するかもしれないし、四枚目の剛毅が示しているのは未来に意志の強い人や隠された力を持つ人に囲まれると言う内容かもしれない。
タロットカードの解釈は色々あるから俺の占いが間違っている可能性もある。というかそっちの可能性のほうが高いだろうし、本当になにか問題が起こって耐えなければならない事になっても、それは一人で黙って耐えないといけないわけじゃない」
「そうだな。悩みがあれば周囲の友人や家族に相談しても良い。生徒会も相談は受け付けている。何かあれば、君も相談に来るといい」
桐条先輩から山岸さんにそう声がかけられる。そしてそれを聞いた俺は、心の中で手ごたえを感じていた。
よし! 無事にその言葉を引き出せた、これでひとまずは目的達成だ。
占いの結果という不確定かつ曖昧な情報だが、それをたたき台として山岸さんが人間関係で問題を抱えた場合を考えさせ、その流れで桐条先輩から相談にのるという言葉を引き出せた。
これで実際に山岸さんへのいじめが起こればどうなるか?
素直に彼女が相談して勝手に解決するかもしれない。
そうでなければ、俺が今日のことを持ち出して先輩に相談する事もできる。
原作を知っていても、おれ自身が持つ学校や生徒への影響力は皆無と言っていい。
そんな俺が一人でいじめ問題のために動いたところで、できる事は少ないはず。
しかし、それが桐条先輩なら話が変わる。先輩が動けば周囲も無視はできない。
また、先輩もいじめという問題に対して無視をするとは考えにくい。
上手くことが運べるかは不安だったが、言質をとれた。
これは山岸さんへのいじめに対して、大きな切り札となりえるだろう。
特別課外活動部へ影響は気がかりだけど、あとは状況しだいだ。救出イベントが潰れても別の方法で仲間になるかもしれないし、必要なら俺が彼女を影時間に放り込めばいい。
もし原作より早く山岸さんを仲間になったとしても、桐条先輩は警戒心が強い。タルタロスに踏み込むには戦力不足と考えているはず。
……未来がどうなるかなんて分からない。しかし、俺は俺なりに道を探ると決めた。
だから、これはそのための第一歩だ。
自分の意思を再確認しながら、並べたタロットを一度片付ける。
最後に手元に残ったカードは隠者。
ドッペルゲンガーのアルカナであり、正位置の意味は思慮、質問、結論、内面や真理の探求。
思わぬ結果に悩む事もあるだろうけど、それでも前に進もう。
俺は隠者をカードの山に戻した。
今度は桐条先輩にインチキ占いをしかけるために。
葉隠影虎は原作へ介入する覚悟を固めた!
影虎は少しだけ積極的に動くようになった!
真田明彦の無敗記録がストップした!