9月19日(金)
朝
~講堂~
「このような連絡をしなければならないのが非常に残念だ」
臨時の朝礼。
昨夜校内への無断侵入と泊まり込み未遂があった、と全校生徒に伝えられた。
「文化祭はもう明日に控えている。今回は幸い大きな問題なく事が収められたが、ヘタをすれば文化祭そのものが中止になっていた可能性もあり得る。自分の担当する出し物をより良いものにしようと思うのは結構なことだ。しかし節度と規律を守ることも忘れないでもらいたい。私からは以上だ」
険しい表情の桐条先輩からの言葉は、大勢の生徒の心に刺さったようだ。
昨夜の活動の疲れが完全に抜けていない。
もう何事もないことを切に願う。
「ねぇ、聞いた?」
「聞いた聞いた、怖いよね」
「なに? 何の話?」
「学校に忍び込もうとした人たちの話。見つかった時、校門前に並んで眠ってたんだってよ」
「お化けを見たとか言って、錯乱してた男子もいたんだって」
「何それ……お酒とか飲んでたの?」
「違うみたいだけど、疑われてたらしいよ。病院まで連れてかれたって。なにもなかったらしいけど」
「下手したらマジ文化祭終わってたかもね」
……噂話に興じる女子を見て、不安になった……
……
…………
………………
午前
~講堂~
「今の感じ! 今までで一番良かった! 今の感覚を忘れないで! もう一度!」
衣装着用の上、ステージを利用しての練習が行われた!
……
…………
………………
午後
~生徒会室~
「コーヒー飲むけど、いる人ー?」
会長の呼びかけに、続々と手が上がる。
「はい、おまちどうさま。こっち武将に渡して」
「ありがとうございます。副会長、どうぞ」
「いいタイミングだ」
「美鶴のはこれね」
「ありがとうございます、会長」
「いいって、皆には頑張ってもらってるし。ようやく落ち着いてきたしね」
確かに。
「忙しいことは忙しいが、要望や問題の数は減ってきたからな」
「計画性のなさそうなクラスは事前に注意しましたからね」
「でもゼロにはならないんだよねー」
「ちょっとした事なのが救いですよ」
久住先輩と久保田先輩がコーヒーをすすりながらぼやく。
そういえば、結局昨日はどうなったのだろうか?
流れに乗って、聞いてみる。
「幽霊が出たとか、変な噂もありましたけど」
「一体どこからそういう情報は漏れるのだろうな……幽霊は別として、噂は概ね事実の通りだ。学校への侵入を画策した生徒は全員校門前で発見・保護された。そしてそのうち14人は校門前で眠っていた」
その点については、
“学校への侵入を試みたものの、予定していた手段が使えず失敗。どうにか侵入する方法を探して付近をうろついていると、疲れて眠り込む生徒が出てしまった”
ということになっているそうだ。
迷い込んだ生徒は少し疲れを感じる程度で済んだらしく、今朝も無事に登校していた。
入院する必要もなく済んだのは、回復用シャドウでしっかり治療をしたからだろうか?
「んー……確かに夜遅いし、連日の疲れもあるだろうけど……」
「少しばかり苦しい言い訳じゃないか?」
「当事者の証言なので、私に言われても……」
桐条先輩は若干厳しい表情で、それ以上語らなかった。
オーラも神経質そう。かなり意識していることは間違いないだろう。
真田の方はどうか……今聞くのはやめておこう。
……
…………
………………
放課後
~部室~
プチソウルトマトとカエレルダイコンが収穫可能になっている!
「今回も良い感じだな……おっ」
収穫した作物を厨房へ持っていくと、江戸川先生とE組の生徒が料理の練習をしていた。
「ヒッヒッヒ、皆さんだいぶ慣れてきましたねぇ」
「毎日練習してますからね!」
「これならちゃんとしたお料理をお客様に提供できそう……」
木村さんと山岸さんは満足そうだ。
「あっ、葉隠君。よかったら食べていく?」
練習用のカレーとカレーパンを頂いた!!
体力がそこそこ回復した!!
……
…………
………………
夜
~ダンススタジオ~
「今日はこのメンズと一緒に練習するわよ」
「よろしくお願いします!」
練習最終日にして、6人の男性ダンサーを紹介された。
明日の本番では俺のバックダンサーとして踊っていただけるそうだ。
「フォーメーションは心配しなくていいわ。練習したダンスの動きを覚えていれば、細部は今日だけでも十分あわせられるからね」
途中左右の男性の立ち位置が入れ替わったりもするけれど、俺は中心で踊るのであまり影響はないようだ。というよりも、そうなるように考えて振り付けされていたんだろう。
立ち位置を中心に。ダンサーの方々とぶつからないように。
気をつけるべき点として、最初に伝えられたのはそれだけだ。
「習うより慣れよ! 早速練習を始めましょう」
練習が始まるが、今日も特には問題ない。
一緒に踊る人数が増えたと言っても、自分のダンスが変わるわけではない。それにペルソナを発動していれば、周辺把握や距離感といったスキルのおかげで、周りの人の位置や動きは目で見るよりも詳しく分かる。だからぶつかる心配もなく、動きを合わせることにも大いに役立った。
さらに多くのプロダンサーの動きを参考にできる。
そして自分の動きがさらに磨かれていくのを感じる!
……
…………
………………
練習後
「というわけで、これで既定の七日間が終わりました!」
「今日までの練習……最初から最後まで、本当によく頑張ったわね。覚えが良くて、先生としては教えていて面白くもあり、物足りなくもあり。不思議な感覚ね。ただひとつ言えることは、楽しかった! まだまだ教え足りないくらいよッ!」
「俺も楽しかったです。日に日に技術が身についてくる喜び、そして単純に体を動かすだけではない奥深さ。これまで格闘技一辺倒だった生活ではできない経験でした」
「フフッ、それじゃあその経験。練習の成果。明日は全部まとめてズコンと発表しなさいよ!」
「全力で、踊らせて頂きます!」
俺の宣言から2秒後、
「カット!」
と、このスタジオでの、最後の撮影が終わった。
周囲からの応援の言葉にお礼をしていると、
「チェックOKです! お疲れ様でした!」
『お疲れ様でした!』
撮り直しは必要ないようだ。
……残すところは明日の本番のみ。
つまり文化祭の当日で、演劇の本番でもある。
いよいよ大詰め、そしてここしばらくの忙しさが明日で終わる。
……今更バタバタしても仕方がない、腹ごしらえでもして帰ろう。
帰り支度を整えて、夜の商店街へ足を向ける。
……
…………
………………
~鍋島ラーメン・はがくれ~
「いらっしゃい! カウンターどうぞ!」
おじさんの威勢のいい声で案内される。
あれ?
「荒垣先輩。真田先輩も。こんばんは」
「「……誰だ?」」
前にもこんなことあった気がする……
まぁ今回は俺が変装してるせいだろうけど。
「俺ですよ」
少しだけ変装を解いてみせると、やはり勘のいい荒垣先輩が先に気づいた。
「葉隠か」
「何? 良く見れば確かに……なんだその格好は」
「まだ素顔で歩くといろいろ声かけてくる人がいるんですよ。特にこの辺りは」
商店街特有の気安さと言うかね……
「なんだ、お前影虎だったのか」
水を運んできたおじさんも気づいたようだ。
「お疲れ様です」
「おう、何にする?」
「今日は……トロ肉醤油ラーメンで」
明日は舞台とダンスの発表だ。ゲン担ぎに魅力を上げておこう。
「あいよっ! ちょっと待っときな」
注文を聞いたおじさんは立ち去る。
「それにしても、奇遇ですね。こんなところで会うなんて」
「確かにな」
「こんな時間に何をしてんだ? お前の寮はポートアイランドだろ」
「仕事帰りですよ。それより荒垣先輩と真田先輩は?」
「俺はアキに呼ばれただけだ」
「近況報告みたいなものさ、たまにはこうして飯を食うのも悪くない」
「なるほど」
もしかすると……
「荒垣先輩、文化祭はどうされますか」
「俺は休学中だ。参加しねえよ」
「来校者として楽しめばいいじゃないですか」
「葉隠の言う通りだ。シンジもくればいい」
「顔見知りも多いから面倒なんだよ。特に教師。それにお前らはお前らで忙しいだろ。俺にかまってる暇なんかあるのかよ」
「確かに忙しいことは忙しいですけどね。昨日なんか学校に忍び込んで泊まり込もうとした生徒もいたみたいで」
俺の言葉に、二人のオーラが反応した。
「おまちどう!」
おっ、来た来た!
「いただきます。……うん! 今日も美味い!」
「当たり前よ!」
何も知らないふりをして、ラーメンに舌鼓を打っていると、
「葉隠、その話なんだが」
真田の方から話を繋いできた。
「無断侵入の件ですか?」
「ああ、それから何かあったか? 生徒会で」
「何かと言われても……この件は基本的に桐条先輩が処理してるんで、詳しいことはわかりませんね……こちらとしても手伝えることがあればいいんですが、どうも一人で抱え込んでる感じで。基本、生徒の間で噂になってることくらいしか知りません。幽霊が出たとか、発見当時は校門前で14人が寝ていたとか……
やっぱり学校の都合もあるんですかね……責任問題とか色々あるんじゃないかと思いますけど、いつもより立ち入れない雰囲気で。やっぱり出資者の娘って微妙な立場のせいで大変なんでしょうか……二人こそ何か聞いてませんか?」
ラーメンを食べながら、それとなく二人に話す機会を作る。
するとやはり先に口を開いたのも真田だった。
「俺もそれ以上は知らん。俺達にも美鶴は何も言わない……ただ気になることはある」
「おい、アキ」
荒垣先輩が小声で止めようとするけれど、
「校門前で人が寝ていたという話。似た状況に心当たりがある」
「心当たりとは」
「一学期の話だ。俺が不審者にやられて試合に出られなくなったこと、覚えてるか?」
「ありましたね。そんなことも。確かロードワーク中、不審者に遭遇したんでしたっけ?」
「ああ。その時、そいつはサラリーマンの男性を襲っていた。校門の前でな」
「……」
襲ったんじゃねーよ。助け出して治療してたんだよ。
チャーシューを頬張り、口を閉じて冷静を保つ。
荒垣先輩も無言を貫いている。
「……で、今回もその不審者がやったことだと?」
「わからん。だが、いくら疲れていたからと言っても、野外で何の準備もなく寝るか? しかも1人や2人ではなく、14人だぞ」
確証は無いようだけれど……確信に近い感情があるのか?
オーラが炎のように燃え盛っている。それほどあの時の結果が悔しかったか。
「考えすぎじゃないですか? 生徒は全員無傷だそうですし、不審者がいたならもっと悪い事態になるのでは?」
「お前もシンジと同じ意見か」
「同じ意見と言うか、真田先輩はその不審者を意識しすぎてる気がするんですよね……リベンジマッチがしたいのでは?」
「!! ……そう見えるか。あの時の屈辱を晴らしたい、という気持ちは確かにある」
真田は痛いところを突かれたようで、少し声の勢いが落ちる。
オーラも熱が冷めて複雑な色になり始めた。
「……そういうことならまた試合でもしますか?」
「何?」
「ストレス発散くらいにはなるでしょう」
地下闘技場は最近輪をかけて苦戦しなくなったし、たまにはそれなりに強い相手とも戦っておきたい。……その一点で考えれば、真田はいい相手だ。
あと、
「真田先輩もファンクラブの公式化、やりましたよね?」
「ああ、アレか。特に何も変わった感じはしないが。何かあったか?」
「……会員からのメッセージが生徒会室に届いてて、要望が出てたんですよ。前回の試合がすごかった、再戦希望! とか、今度こそ邪魔の入らないフェアな試合で! とか……文化祭優先なんで処理は後回しになってますけど、まとめてある中に先輩宛のもありますよ、きっと」
俺も気は進まないけれど、ファンクラブ会員の適度なガス抜きのため、多少ファンサービスをしてくれると助かる、と桐条先輩に言われている。
「なるほど。要望通りに試合をして、それをファンサービスにしてしまおうという魂胆か」
「おい葉隠。こいつにそんな提案したら、これ幸いにと飛びついてくるぞ。いいのか?」
こちらに利益がないわけでもない。
「桐条先輩は今回の件にあまり生徒は関わらないで欲しそうでしたし、放っておいて勝手に夜に見回りとかされると、こっちの仕事まで増えそうですし。試合一回で解消できるなら構いませんよ」
タルタロスから目先を逸らせればなお良し。
「随分角が取れたな。お前がいいなら構わないけどよ」
「なら、いつにする?」
「早くとも文化祭の翌日以降ですね。それまではどうしても忙しくなるので。コンディションを整える時間もあった方がいいでしょうし、また撮影するならそっちの手配も必要です……そういえば海土泊会長が試合するならまた協力してくれるとか言っていた気が」
「よし、だったら美鶴にも話を通した方がいいな」
「じゃあ桐条先輩には任せます。会長には俺の方から連絡しておきますよ」
真田と再戦の約束をした!
臨時の朝礼が行われた!
全校生徒に注意が促された!
うわさも流れている!
影虎はまた疲労になっていた!
桐条は神経質になっているようだ……
真田はイレギュラーシャドウ(誤解)との関連を疑っている!
影虎は真田の目先を逸らそうとした!
影虎は近々試合をする約束をした!