深夜
~自室~
部屋で体を休めていると、携帯が鳴った。
「? 通話じゃなくてアプリ? なんだろう……」
――グループ名:影虎問題対策委員会――
宮本 “影虎、起きてるか? もし起きてたら生徒会の人も。夜遅くにすみませんけど”
会長 “起きてるよーん”
副会長“同じく”
桐条 “私も起きている”
先輩方からの書き込みもあった。そのせいか宮本がいつもより丁寧だ。
影虎 “どうかしたのか?”
宮本 “ちょっと確認。なんですけど、文化祭準備のための泊まり込みは禁止でしたよね?”
桐条 “その通りだが”
宮本 “……今、部屋の前で学校に忍び込むとか話してた生徒がいたんで”
桐条 “なんだと!?”
会長 “えー、それちょっとまずいなぁ……”
副会長“どこの誰かわかるか?”
宮本 “そこまではわかんねぇっす。扉越しで着替えてたんで”
影虎 “それ、忍び込もうって相談してるだけ? いつ?”
宮本 “もう行動に移してるっぽかった。12時近くなると警備員も帰るとか、他のグループはもう向かってるとか何とか。誰かが怖気付いてるのを何とかしようとしてる、みたいな言い合いだったからな”
まずい……時計はもうとっくに11時を回っている。12時もそう遠くない。ここから学校へ行くなら、徒歩だと微妙なところだ。もしその生徒たちが学校に侵入成功していたら……
影虎 “桐条先輩、どうしますか?”
桐条 “学校の警備に連絡する。それしかない。今我々が動けることはないだろう。点呼をとろうにももう夜遅い”
副会長“その代わり、明日は全校生徒に厳重注意だな”
会長 “宮本くん、連絡ありがとね。後はこっちで対応するよ”
話はそういうことでまとまったが……問題はその生徒の安否。
アプリを閉じて、電話をかける。
『はい、もしもし』
「天田、アプリ見たか?」
『見ました、男子寮の生徒が、学校に忍び込もうとしてるみたいですね』
「そうなんだ。悪いけど、今日の探索は中止にする。今回の件は桐条先輩の耳にも入ってる。もしかしたら真田を連れて様子見に来るかもしれないからな。まだ天田のことは知られたくない」
『わかりました。先輩は?』
「俺は万が一に備えて、様子を見に行くよ。杞憂ならいいんだけどな……」
『気をつけてくださいね』
「ああ、終わったらまた連絡する」
天田との連絡を終えて、探索の準備に取り掛かる。
……
…………
………………
影時間5分前
~校門前~
「おい、急げよ」
「待ってくれよ、今のぼ、うわっ!?」
「あぶなっ! 気をつけろよ」
「お前らもっと静かにやれよ。人がきたらどうすんだよ」
校門を乗り越えようとしている男子生徒4人を確認。
何とか止めなければ……!
ドッペルゲンガーで姿を偽る。
いつか姿を借りた中年男性の姿に。
服装は以前、黒澤巡査から職質を受けた時の記憶を頼りに警察官に。
「君たち、そこで何をしているんだ!」
『ッ!?』
作り上げた野太い声で、背後から怒鳴りつける。
「い、いつの間に!?」
「おい、ちゃんと見張ってろよ!」
「警備員じゃなくて警察!?」
「君たち、そこで何をしているのかね」
「お、俺らはその……」
「通報を受けてきた。学校に無断で侵入しようとしている生徒がいるとね。君達の事か」
もう時間がない。逃げるならそれはそれでよし、有無を言わさぬ圧力をかける。
ただし、
「学校に入り込もうとしているのは君達だけか」
「そ、そうです!」
「え? 僕ら以外にも……」
「バカ!」
「まだ誰かいるようだね?」
「いや、そんなことは」
「嘘をつくな!!」
『ヒィッ!?』
こんなに恫喝するような過激な捜査は違法になるかもしれない。
けれども俺は警察官ではないので、知ったこっちゃない。
「通報を受けたと言っているだろう? 見え透いた嘘を言うな! 見苦しいッ!」
『すみません!』
「本当のことを話しなさい」
「えっと、僕ら、目立たないようにすこしずつ分かれて寮を脱出したんです」
「俺たちが最後らしくて、先に二組、8人が先に来てるはず……」
「あ、でも女子寮からも二組来るって話です! そっちは6人」
「つまり、14人? もう中にいるのか?」
「ど、どうだろう?」
「何?」
「ヒィ! すんません!」
「僕ら女子とは連絡とってなくて! 本当に知らないんです!」
「でも男子で先に出た二組からは、侵入成功の連絡が来てましたッ!」
最低8人。影時間まであと2分。力づくでも回収しきれない。
……クソッ! とりあえず、この4人が巻き込まれるのは確実に防ぐ。
「……分かった。君たちは帰りなさい」
「えっ! いいんですか……?」
「補導されて親を呼ばれたいか?」
「いえっ!」
「ありがとうございます!」
ぺこぺこと頭を下げながら離れていく四人。
もう一回、ダメ押ししておくか。
ドッペルゲンガーを変色させ、膝から先を背景に溶け込ませる。
すると一人が変化に気づき、その顔からサッと血の気が引いた。
「お、おい」
「なんだよ。さっさと行こうぜ」
「あ、あの人、足が」
「足? それが……」
『……』
全員が気づいたところで、さらに全身を消す。
「うわぁああああ!?」
「オバケェエええええ!!!」
「見た! 見ちまったぁ!?」
「た、たす、おいてくなよぉ!?」
よし。これで彼らはもう戻ってこないだろう。
逃げ出した彼らの背中を眺めながらそう考えたところで、世界が塗り変わる。
「後は巻き込まれた生徒の捜索……俺が行ける階層にいてくれよ……」
願いながら、今日もタルタロスへ踏み込んだ。
……
…………
………………
~タルタロス・2F~
「ギヒィッ!?」
「まず一匹……」
消えていくマーヤから吸い上げたMAGを用いて、新たなシャドウを召喚する。
今日の目的は迷い込んだ生徒の救出。
その為にはまず生徒を発見しなくてはならない。
まず必要となるのは、探索能力だ。
「召喚!」
MAGとエネルギーが人型を成す。
俺の忍者スタイルに合わせて忍者姿をと思ったが、姿はあまり重要でもない。
それだけ集中していなかったからか、コナンの犯人のような全身黒タイツになった。
ただし目元には仮面がついている。
そのせいで“Fate/zero”の“アサシン”のように見えなくもない。
忍者要素は腰の小太刀のみだ。
「まぁいいや……能力は使えるな?」
人型のシャドウは無言で頷き、その姿を消した。
隠蔽と保護色のスキルを与えた、偵察用シャドウ。
周辺把握では捉えられるが、姿は完全に消えている。
能力に問題はないようだ。
「よし。ついて来い」
少し歩いてT字路に。
「俺はこっちに行く。戦闘は避けて、そっちを探してくれ。人を見つけたら接触せずにこの場に戻れ。後で案内してもらう」
シャドウは再び頷いて、左に駆けていく。
ゲームで言うところの“散開”。
必要なのはスピード。
時間をかければかけるだけ、タルタロスに慣れていない生徒は体力を消耗する。
シャドウに襲われる危険も高まる。
そして刈り取る者が出現する可能性も高まる。
時間をかけて良い事は何もない。
「ギャウァ!?」
「もう一匹、召喚!」
可能な限り、効率的に。
使えるシャドウを増やしながら、生存者の捜索を続ける。
……
…………
………………
一時間後
~タルタロス・15F~
次の階はもう行き止まり。
捜索するならここが最後の階になる。
ここまでで保護できた生徒は男子6人、女子4人。
どうやら校門前で聞き出した生徒は全員侵入していたようだ。
残る男子2人、女子2人を足すと、計14人でピッタリ計算が合う。
『偵察部隊、散開』
合図と共に、8体の偵察用シャドウが周囲へ散る。
さらに後ろには保護した生徒を背負う10体の搬送&回復用シャドウ。
その周囲には戦闘用シャドウを12体、護衛として配備した。
そのために犠牲にしたシャドウは三倍以上。
エネルギーの問題で、ここまで多数のシャドウを一度に召喚したことはない。
そのため若干不安もあったが、召喚したシャドウは制御できている。
少なくとも勝手に暴れ出すことはない。
命令しないと援護もしてくれないけれど。
散開、集合、警戒、待機、戦え、逃げろ、ついて来い。
全体を一度に操るには、単純な命令が最も効率が良かった。
数が多いので、それぞれに細かい指示を出そうとすると時間がかかってしまう。
いつかボンズさんに指揮について相談してみるといいかもしれない。
……偵察用シャドウが2体戻ってきた。発見したようだ。
『案内を頼む。他はついて来い』
偵察用シャドウに導かれ進む。
道中に見かけるシャドウを狩り、搬送&回復用シャドウを増員。
既に周辺把握でも捉えた。
「うう……」
『お疲れ様』
倒れていた女子生徒と、その傍らに立つ偵察用シャドウ。
女子生徒は増員したばかりのシャドウに背負わせ、直ちに回復魔法で負担を軽減。
そばで待機していたシャドウにはねぎらいの念を送っておく。
しかしまだ生存者はいる。
もう1体の偵察用シャドウの案内で、さらにもう1人。今度は男子を保護。
さらに元の場所に戻ってみれば、また別の偵察用シャドウが帰還していた。
「今度は2人同時か!」
これでこの階での救助者は4人! 合計で14人!!
侵入した生徒を全員救助できた!!!
「よかった……」
全員探索できる範囲内にいてくれて……
いや、もしかして探索できる範囲にしか遭難者はいないのかな?
ゲーム的に言えば、行けない階層に遭難者を配置しても無意味だし。
リアルに考えると、探索者を阻む行き止まりが遭難者も阻む、とか?
……今考えなくてもいいな。とにかく救助はできた。とっとと脱出しよう。
……
…………
………………
~タルタロス前~
一度16Fまで上り、転移装置でエントランスに帰還。
そのまま無事に脱出できたところで、救助した生徒を一箇所に集める。
『全員集合!』
整列する34体の人型シャドウ。改めて見ると壮観だ。
しかし……こいつらこの後、どうしよう?
前にマーヤを脅して従えたときは解放したけど、こいつらはタルタロスのシャドウじゃない。
タルタロスにリリースして大丈夫かな?
生態系を壊す外来種みたいなことにならないだろうか?
でもタルタロスに置いておいたら何か変化があるのか? 興味もある。
……悠長に考えている暇はなさそうだ。バイクの音が聞こえてくる。
『偵察部隊はスキルで隠れ、適当な物陰に潜め! 戦闘部隊と回復部隊はタルタロス2Fで待機!』
指示を受けたシャドウたちは、すぐさま行動に移っている。
これならなんとか避難が間に合うだろう。
救助者はここに置いておけば先輩がどうにかするだろうし、俺も面倒にならないうちに……
姿を消して、こっそりその場を後にした。
夜の学校に大勢の生徒が侵入した!
生徒達はタルタロスに迷い込んだ!
影虎はシャドウを大量に召還した!
影虎は迷い込んだ生徒を救助した!
桐条美鶴が様子を見にやってきた!
影虎は召喚したシャドウを隠した!