人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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200話 打ち合わせ

「え!? 桐条先輩って、あの桐条グループのお嬢様? しかもアイドルソングの相談をしてた人だったなんて」

「なんだ、葉隠から聞いてなかったのか?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ……葉隠先輩、お家が厳しい先輩としか言わなかったじゃない」

 

 そう言われて思い返してみると……

 

「あー、確かに」

 

 一応個人情報出すのは控えたんだった。

 

「もう、先輩たら言ってないこと多すぎ! すごいプロジェクトのメンバーになってたり、またテレビに出ることになってたなんて。私初めて聞いた。そりゃ言えないこともあっただろうけど……」

「一度に並べ立てられては混乱もするだろうな。私も改めて聞いて、急激な変化だと思っているぞ、葉隠」

 

 雑談をしていると、とうとう最後の参加者がやってきたようだ。

 

「こちらです」

「失礼します」

「我々が最後のようですね。遅れて申し訳ない」

 

 入ってきたのは、以前よりだいぶ痩せているが、顔色は悪くない理事長の幾月。

 そして目高プロデューサーと丹羽ADだ。

 

「やぁ葉隠君。こうして顔を合わせるのは久しぶりだねぇ」

 

 おっと、幾月がこっちに来た。

 

「お久しぶりです、幾月理事長。だいぶお痩せになっていますが、大丈夫ですか?」

「なんとかね。君のおかげでようやく、落ち着いてきたんだ」

 

 俺のおかげ?

 

「どちらかといえば、迷惑の原因では?」

「撃たれた事かい? あれは不可抗力だろう。それに帰国してからはマスコミ対応をしっかりやってくれたじゃないか。本来なら我々が何とかすべきだったんだろうが……恥ずかしい話、理事会でも色々ともめていたんだ。

 うちの理事って誰も彼も我が強くてさ、一度もめるとまとめるのが大変なんだよね。普段はスムーズなんだけど……」

「理事長、お時間が」

「おっと! そうだった、会議が先だね」

 

 理事長が着席を促し、自分は議長役として上座へ。

 そこから右回りに目高プロデューサーと丹羽AD、左回りに井上さんと久慈川さん。

 俺は下座で幾月の対面。近藤さんが右隣、桐条先輩が左隣に着席。

 

 文化祭でのステージ利用についての打ち合わせが始まった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 一時間後

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ。今後ともよろしくお願いします」

 

 打ち合わせが終わった。

 

「それにしても、文化祭に呼ばれたアイドルが久慈川さんだったとはね」

「確か前回の撮影で見学に来ていましたね」

「あの時はお世話になりました」

 

 仕事の話が終わったことで、なごやかな雰囲気になってきた。

 ほとんど会話に入ってこなかった久慈川さんも笑顔だ。

 

「久慈川さんのステージ、俺も期待してるよ。あ、席の予約が必要かな?」

「あはは、先輩がプレッシャーかけてくるー」

「予約席……席……!! 葉隠君、アイドルのステージだからってそんなに慌てなくても、まだ席はアイドル(空いとる)よ? なんてね、プハハハ!」

「あははは!」

『……』

 

 こんな時にまで幾月理事長の寒いダジャレが炸裂した……

 年代の近い目高プロデューサーは笑っているが、他の人はどうしていいかわからず曖昧な笑顔を浮かべている。

 

「は、葉隠の場合は舞台袖から見ればいいんじゃないか?」

「そ、そうですよね桐条先輩。てか葉隠先輩は私の後に出るんだから、のんびり見てる時間はないでしょ?」

 

 それはそれで残念だ……期待しているのは本心なのに。

 

「そういえば葉隠はやけに彼女を推していたな」

「え? そうなんですか?」

「ああ。会議の前に準備をしていた時は“久慈川さんは数年で人気になる”と確信した様子でな。今回安く呼べるのは運がいい、とも言っていたぞ」

「そんなに?」

 

 疑わしい目で見てくる久慈川さんに、胸を張る。

 

「間違いない。将来的にケロリーマジック(清涼飲料水)のCMで水着になって、“メンドーなのもー、我慢するのもー、りせには、ムリ! キライ! シンドスギ!”とか言うよ」

「それも占いの結果か? やけに具体的だが」

「また先輩ったら、妙に自信満々に根拠のない事言うんだから……でも、まぁ応援は素直に嬉しいし。期待にも応えたいから頑張るよ!」

 

 半信半疑でもガッツポーズをする久慈川さん。

 

 その微笑ましい姿に注目が集まった丁度その時、彼女のお腹からかわいらしい音が……

 

「ッ~!」

『……』

 

 瞬時に赤くなる顔。手で押さえられた腹部。

 部屋が狭く静かになっていた分、音も良く響いた。

 本人の反応も相まって、聞いてなかったことにはできそうにない。

 

 意を決して、逆に聞くことにする。

 

「昼、食べてないの?」

「給食はあったけど、今日ここに来るのが気になってあんまり……うぅ、よりによってこんなタイミングで鳴るなんて~……」

 

 誰も悪い印象にはなってないみたいだし、あんまり気にすることないと思うけど……

 

「そういえば、昼からだいぶ経ちますね」

「言われてみれば……もう五時に近いですね」

 

 近藤さんが話を合わせてくれた。

 

「もしよろしければですが」

 

 パルクール同好会の部室では、今日もE組の女子と江戸川先生が料理の試作をしている。

 だから部室に行けば軽食がとれる。

 それに久慈川さんにも、せっかく文化祭に来てもらうなら楽しんでもらいたい。

 しかし、おそらく本番当日にゆっくり文化祭を楽しむ余裕はないだろう。

 だったら今の内に気分だけでも味わってもらってはどうだろうか?

 うちの生徒の意気込みも感じてもらえるだろう。

 

「と、考えましたがいかがでしょう?」

「僕たちも毎日おすそわけをもらってるけど」

「下手な物を食べさせるわけにはいかないんじゃないか?」

「部室では江戸川先生が衛生面だけはしっかり監督してますよ。味に関しては練習中だからご愛嬌、と言いたい部分もありますが、本番では小額とはいえお金を取るわけですから、それなりに価値のある味にはしてもらわないと」

「言わんとするところは分かるけど、それって毒見って言わないかい?」

「大丈夫です。一昨日も食べましたが、なんともありませんでした」

 

 危険物は無かった。だからこそ俺は無事に生きている。

 

「……じゃあ葉隠君、案内をお願いしてもいいかな? 僕は別件があるからもう行かないと。桐条君は」

「私も生徒会の用事が。葉隠なら失礼はないと思いますが……任せていいのか?」

「承知いたしました、理事長。お任せください、桐条先輩」

「そうか」

「では我々はお先に」

 

 桐条先輩と理事長は挨拶をして、先に会議室を出て行った。

 そして残った久慈川さんたちに食事をするかを聞いてみたところ、

 

「文化祭の試作料理かぁ……うん、楽しそう! 私は賛成だけど、ダメですか? 井上さん」

「ん~……いいだろう。時間もあるし、本番のお客さんを見ておくのもいいと思う」

「やったぁ!」

「では久慈川さんと井上さんはご案内、と」

「……僕もいいかな?」

「もちろんですよ、目高プロデューサー」

「プロデューサー、このあと撮影に関しての打ち合わせが」

「だいたい決めることは決めてるし、僕抜きで頼めるかい?」

「ええっ!?」

「ちょっと、ね」

 

 プロデューサーは純粋に食事がしたいだけではなさそうだ。

 しかし断固として譲らず、食事に参加決定。

 丹羽ADは先に帰るようだ。

 

「近藤さんは」

「私も部室までは行きましょう。江戸川先生の方にハンナがいるはずですので、彼女と合流します」

「彼女も来てたんですか?」

「E組の生徒がメイド服と接客時の振る舞いの参考を探していたそうで」

 

 だから彼女が協力しているのか。では彼も一応参加ということで、移動開始。

 丹羽ADの見送りにも、部室に行くにも、どの道校外に出ることになる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~部室~

 

「おまちどうさまです」

「ヒヒヒ……後で感想を聞かせてくださいねぇ」

 

 江戸川先生の“特製薬膳カレー”を振舞った!

 

「!! なにこれ、すごくおいしい!」

「本当だ……これが文化祭で出す料理のクオリティーなのか?」

「専門店を出してもやっていけるのでは? 今度ボスに進言してみましょうか」

「丹羽君が少しかわいそうに思えてきたよ」

「でしたら、何かに入れて持って行きますか? カレーはまだまだあります」

「江戸川様、例の件を葉隠様に相談するのでは」

「ああ、そうでした」

 

 ここぞとばかりに残り物を処分しようとする江戸川先生に、ハンナさんが耳打ち。

 

「影虎くん、カレーパンは作れますか?」

「知識はあるので、練習すればおそらく……これをカレーパンに?」

「ええ、可能であれば。お皿にお米と液体のルーだと教室ならともかく、講堂では売りづらいですし、購入者も食べにくいでしょう。片付けの問題もありますから、紙袋に入れて最後は捨てるだけにできればいいな、という話になっていたんですよ」

「なるほど、今厨房使えますか?」

「ええ、今は誰もいません。全員クラスの方に行っていますからご自由に」

 

 じゃあ皆さんが食べてるうちに、ちょっと試作してみるか。

 ついでに……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「カレーはいかがでしたか?」

 

 食後の久慈川さん達に声をかけると、口々に満足との声が返ってきた。

 

「ではデザートに、チーズケーキはいかがでしょう?」

「わぁっ! 真っ白で綺麗~! ジャムとか乗ってて本格的!」

「また凝った感じのケーキだね。最近の文化祭のクオリティーってすごいんだなぁ……」

「いえ、こんなケーキの用意はなかったはずですが……」

「材料があったので作ってみました。ハンナさんにも手伝ってもらって」

 

 元一つ星パティシエ、Mr.アダミアーノからもらったレシピの中に、15分でできるチーズケーキのレシピがあったので、カレーパン作りの準備中に平行して作ってみた。

 

 手軽に素早く作れるという条件で、味も一級品に仕上げる事を追及した一品。

 突然の彼女の希望に応えるために考案した一品らしい。

 

 ……あの人のレシピ集、読み進めると一品一品に必ず女性との思い出や恋愛テクニックが絡んでくるので残念な感じがする。ただしレシピはどれも素晴らしいのだ。

 

 久慈川さんの反応は……

 

「ん~! 最高! クリームがふわっと柔らかくて、口に入れるとしっとり濃厚で、だけど優しい味……上にかかってるイチゴのソースの酸味もちょうどいい感じ、しあわせぇ~」

 

 よし! 満足していただけているようだ。

 

 ……? 久慈川さんを、目高プロデューサーがじっと見ている。

 

「……うん、いいかもしれない」

「? プロデューサー?」

「久慈川さん。もしよければ、うちの番組に出てみないかい?」

「へ……?」

 

 プロデューサーの急な申し出。

 久慈川さんは理解しかねている。

 いや、それはマネージャーの井上さんも同じのようだ。

 その言葉の意味を図りかねている。

 何か言葉の裏に別の意図があるのではないかと疑っているのだろう。

 

 しかし、プロデューサーのオーラを見ると、何か含みがありそうには見えない。

 ただ思い付きを口にしたようだ。

 

「プロデューサー、本気なんですね」

「うん。彼女と会うのは2回目だけど、今日君と話している彼女を見て、前回挨拶に来た時とはまた違う素の顔が見えた。そしてここでカレーを食べてケーキを食べて、喜んでいる天真爛漫な姿を見て、番組で使いたいって思ったんだ。

 素顔の彼女は喜怒哀楽がはっきりしていて可愛らしいし、見ていて楽しいね。その表情をカメラの前で見せてくれれば、きっと番組の雰囲気も明るく、楽しくなる。葉隠君が久慈川さんに人気が出ると断言していた気持ちが少し分かった気がするよ」

 

 なんと、久慈川さんはプロデューサーの御眼鏡にかなったようだ!

 

「あ……ありがとうございます! でも私、まだデビューしたばっかりで、一ヶ月も経ってないのに……」

「不安になるのは分かるよ。でも初めては誰にでもあるものさ。……事務所としてはいかがでしょうか?」

「ありがたいお話です。久慈川さん、これはまたとないチャンスだよ!」

「……」

 

 急な展開に、久慈川さんは混乱しているようだ。

 ……少し落ち着かせてあげよう。

 

「落ち着いて」

 

 柔らかめの声を意識してかける。

 同時に、ペルソナを用いて回復魔法の“パトラ”を発動。

 体内の魔力と引き換えに、強張っていた彼女の表情が和らぐ。

 

「先輩……うん」

 

 少し落ち着いた様子で、引き締められた顔が前を向く。

 

「……いい顔になったね。

 さっきも言ったけど、初めてのテレビだ。デビューから間もないし、不安になるのは分かる。そこで提案だけど、まず葉隠君と一緒に出てみるというのはどうかな?」

 

 俺と?

 

「知っての通り、葉隠君は現在文化祭のステージに向けてダンスの練習をしている。そして久慈川さんも同じステージに立つ事が決まった。ひとつのステージに向けて、合同で練習するという形にするのさ。あくまでメインは葉隠君だけど、同じステージを目指す仲間として撮影に参加してもらう。葉隠君のバーターという形になるかな」

 

 “バーター”

 芸能界の抱き合わせ商法。

 人気のある誰かと一緒に、テレビなどに出演させてもらう方法のこと。

 通常は同じ事務所の先輩と後輩で行われる。

 それを今回は素人の俺と新人アイドルの久慈川りせで行うと言う提案らしい。

 

「葉隠君。君には契約前に、番組を成立させてもらいたいってお願いをしたよね」

「“君ならそれができると思っている。”そう言っていただいたのを覚えています」

「その言葉に嘘偽りはないけれど、少し付け加えたい。君には“他人をアシストする才能”があると思うんだ」

 

 他人をアシストする才能?

 

「番組は出演者全員が前へ前へ出ようとするだけでは成立しない、そこから一歩引いて支える才能が君にはあると思う。君が自分を磨くことに関心を持っているのは知っているし、僕もそれは応援している。

 だけどそれとは別に、昨日までの撮影を見ていて、やっぱり向いている(・・・・・)と思った。それをさっきまでのやり取りで確信した感じかな。久慈川さんの緊張を君なりにほぐして、素の表情と魅力を僕の前で引き出してくれた。地味ではあるけれど、テレビ番組を作る上では本当に大切な役割なんだ」

 

 一気に喋って乾いたのだろう。彼は水で喉を潤し、さらに続ける。

 

「何度でも言うよ。僕は君と久慈川さんを番組に起用したいと思っている。

 久慈川さんの経験不足は事実だろうけど、事務所から正式にデビューしたアイドルだ。レッスンを積み重ねて、最低限の実力はあるはず。新人の扱いは僕たちも心得ているし、葉隠君のアシストがあれば少しは気も楽だと思う。

 葉隠君は素人だけど、そのハンデを覆す熱意と運動能力に学習能力がある。実際にアイドルを目指して頑張ってきた久慈川さんは、葉隠君にも良い刺激になる。秘められた魅力を持つ久慈川さんと、それを引き出して学び取れる葉隠君が共演すれば、より素晴らしい番組になると思う。何よりも、僕がそれを見たいんだ!」

 

 目高プロデューサーの言葉はどこまでも熱く、まっすぐに俺達へと届けられていた。

 

 俺としては歓迎だ。

 久慈川さんとの共演は予定外だが、嫌だとはまったく思わない。

 むしろそっちの方が楽しそうだと思う。

 

 そう俺の意思を伝えると。

 

「……私、挑戦してみたいです! どこまでできるか、自分でもわかりません。だけど、やっとアイドルになれたんだから、チャンスがあるなら掴みたい! 井上さん!」

「……僕も同じ気持ちだよ。君にはチャンスを逃さず、掴み取って欲しい。葉隠君との共演は急いで事務所に話を通すよ」

 

 どうやら話がまとまったようだ。

 久慈川さんも、井上マネージャーも、その体から真っ赤な熱意のオーラを迸らせている。

 

「今のところ地味な男子高校生とスキンヘッドのオカマじゃ華がないですからね。久慈川さんが入ってくれると、それだけで絵面が綺麗になりそうです」

「あ、うん。実はそれも考えてた。面白いけど、いまいちパッとしないな……ってスタッフも話してたんだよ。Ms.アレクサンドラは華々しいと言うよりケバケバしいし」

「撮影が夜なもんだから、良く見るとひげが伸びてきてるんですよね……」

 

 朗らかな笑いが自然と生まれている。

 

 また忙しくなりそうだけど、楽しくもなりそうだ。




久慈川りせと桐条美鶴が知り合った!
幾月と近藤が顔を合わせた!
影虎たちは打ち合わせを行った!
目高プロデューサーは久慈川を撮影に参加させたがっている!

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