人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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190話 学園の資料室

「二人とも」

「え、何? 葉隠君」

 

 手を上げて声をかけると、彼女は水島を睨むのをやめた。

 クラスメイトは成り行きを傍観している。

 

「出し物で占いをっていう話だけど、本当に決まれば協力するよ」

 

 占いのやり方を教えるのは問題ない。協力しよう。

 だけどやはり文化祭の間、一人で全てのお客を相手にするのは無理がある。

 そこは理解して欲しいと、水島やクラスメイトに告げる。

 

 その上で、出し物の決定は来週まで時間をとってはどうかと提案する。

 

「そんな! ただでさえ時間がないのに」

「でもいきなり案を出せと言われても困ると思う。急いで妥協の末に決まった出し物より、よく考えて決まったものの方が良いと思わない?」

「それはそうだけど……」

「それに何よりも」

「あっ」

 

 時計を指すと、残り時間が数分。

 

「あー、もう時間か。ならそういうことで、次っていつだっけ?」

「来週の月曜でしょ……」

「ってわけで、来週の月曜までに何か考えてきて。それじゃあまた来週」

 

 結局何も決まらず、適当な雰囲気で今日の話し合いは終了した。

 クラスメイトは足早に部活や帰宅していく中、落ち込んだ様子でゆっくりと帰り支度をしている佐藤さんにもう一度話しかける。

 

「佐藤さん、出し物の事で少し良いかな?」

「何? まだ何か?」

「……話し合いを打ち切らせたのは悪かった。でも、文化祭を成功させたいって気持ちは俺にもわかる。もう聞いてるかもしれないけど、今学期から生徒会の一員になったんだ。だから過去の学園祭に関する資料を閲覧できる」

「だから?」

「次回までに過去に行われた文化祭にあった出し物と、その準備にかかる時間と費用をできる限り調べてくる」

「! 本当に?」

「細かい部分はどこまで集められるかわからないけど、少なくとも何をやっていたかぐらいはわかるはず。そういう資料を昨日見かけたから。そこから候補の一覧を作って、その中から選ぶ形にすれば皆も決めやすいと思う。

 とにかくこっちも資料を集めてくるから、佐藤さんもできる事をお願い」

「わ、分かった! そっちお願いね!」

 

 佐藤さんと別れ、生徒会室へ向かう。

 

 会議中の佐藤さんは熱心に協力を訴えていたが、元々士気の低い水島のみならず、だんだん盛り下がっていた他のクラスメイトともその士気に差ができていた。彼女もそれを感じていたのは分かっている。だけど意固地になっても良い方向には向かわない。

 

 ということで、空回りした彼女の熱意に水を差した。

 

 時間的な問題を理由にしての、会議の打ち切りと結論の先延ばし。

 少し頭を冷やしてもらおうと思ってやった事だけど、思ったより落ち込まれてしまった。

 だからさらにフォローが必要になった。

 ヘタに言葉での励ましはかけず、できる事とやる気を具体的にアピールしたのが効いたか?

 彼女までやる気を失うことは阻止できたし、彼女とクラスメイトの温度差も少しは解消されたはず。

 

 自分の感情ならともかく、他人の感情を会話で誘導するのは神経を使う……以前の俺ならできたかどうかも分からない。だけどオーラを見て、コールドマン氏から知識を得た今なら少しは可能になったようだ。

 

 うまく実行委員の二人をサポートし、皆の士気を高めることはできないだろうか?

 

 スピーチといい動画といい、最近人前で行動する事にためらいが無くなってきた気がする。

 もしこれがルサンチマンの影響なら、こういう技術が制御へのヒントかもしれない。

 どうせ文化祭の日は必ず来るし、何か出し物をすることは確実。

 この際、全力でやってみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「今度は何をする気なんだい?」

 

 決意を新たに資料の閲覧許可を求めたら、会長にそんなこと言われた。

 これまで俺が騒ぎを起こしてきたのは事実だし、多少の警戒があるようだ。

 しかし彼女も心から悪く言うつもりはないらしい。

 オーラからして3割本気、7割冗談といったところだろう。

 

 文化祭に向けての準備と、クラスの士気を上げるためだと丁寧に説明する。

 

「本当にそれだけで終わるかな……っと、からかうのはこのくらいにしておこうか。全然気にしてないみたいだけど、武将に怒られそう」

「そんな事をしている暇があれば仕事を片付けてくれ」

「はーい。まぁ、そういう事ならいいでしょ。文化祭の資料は自由に見ていいよ。文化祭をみんなで楽しくやりたいのは私も同じ。大歓迎だし」

「ありがとうございます! 文化祭関係の資料はあの棚ですよね?」

「そうだけど……丁度いいや、武将。葉隠君を生徒会の資料室に案内してよ。今後資料を取りに行ってもらう事もあるかもしれないし」

「いいだろう。着いてきてくれ」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 副会長に連れられて、向かった先は校舎裏に近い一角。

 以前、島田さんや高城さんと遭遇して弓道部に連れて行かれたあたりだ。

 

「ここだ」

 

 副会長が鍵を開けた扉をくぐると、紙と埃のにおいが鼻をつく。

 カーテンの締め切られた室内は暗く、教室と代わらない広さの室内を棚が埋め尽くしていた。

 通路は人がすれ違う事も困難なほど細く、においも合わさりなんだか息苦しい部屋だ……

 

「ここが生徒会資料室。この学園が開校された時からの資料がここに眠っている。ざっと二十年分だ。普段は生徒会室にある資料で事足りるが、大きなイベントの前後はここにある資料が必要になることもある。清流が言ったように、もしかしたら資料運びを頼むこともあるかもしれない。場所だけは覚えておいてくれ。

 文化祭関連の資料は……この棚だな。資料を見るのは構わないが、持ち出しは禁止。使ったら片付けまでしっかりやってもらいたい。でないと後で怒られる。後、ここの鍵は預けておくから終わったら戸締りをして返してくれ」

「承知しました」

「では俺はまだ仕事があるから生徒会室に戻る」

 

 副会長はそう告げて資料室を出て行った。

 

 ……開校以来の資料。

 この学園はかつて桐条の実験場だった。

 さすがに実験に関する資料はないだろうけど、何か有益な情報が眠っているかもしれない。

 じっくり調べてみたい気もするが、今は時間に限りがある。

 場所はわかったし、鍵の形状をしっかり記憶しておけばいつでも忍び込めるだろう。

 

 とりあえず今日の第一目標、文化祭に関する資料を記憶する。

 

 ……夏休みに大量の本を読んだせいか、記憶が前よりも楽に感じる!

 

 ファイルは多いが、大半は本よりも薄いページ数。

 一時間と少しで“過去の文化祭の出し物”、“各出し物の詳細”に関する資料を読破。

 休憩を挟み、さらに残った時間で、“文化祭で発生した問題”に関する資料も読む。

 これは量が膨大なので、ある程度で続きは明日以降に回そう。

 

 とりあえず出し物に関することだけでも佐藤さんのフォローはできそうだけど……

 彼女だけじゃなく、水島のやる気も問題だ。

 チームで活動する場合、リーダーの感情は部下に伝播してしまう。

 リーダーになる二人の片方がああもやる気のない態度では、全体が盛り上がりにくいと思う。

 

 水島が文化祭を勉強時間の損と考えているなら、利益だと考えさせられないだろうか?

 効率的な勉強には休息も必要だ。

 ……それだと2週間も? と反応される可能性もあるな。

 勉強よりも進学がいいか? 自己アピールの時に使えるとか。

 あるいはもっと別の何かがあるか……

 

 鍵を返すついでに相談してみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「やる気のない生徒にやる気を出させる方法ねぇ?」

「また難しいことを言い出したな」

 

 会長と副会長が頭を悩ませている横で、俺がいない間にきていた桐条先輩が会話に入ってくる。

 

「周囲との温度差は問題を生む。実に悩ましい」

「うちのクラスがそんな感じでしたよ」

「生徒もそうだが、毎年来校した父兄や近隣の方々から、やる気のない生徒の姿が見えて残念と言う投書もあるんだ」

「毎年校門前にアンケートを用意するのが慣例になっているからな……」

「サボってる生徒って結構父兄の目についちゃうんだよね。本人たちは隠れてるつもりだろうけど」

 

 そういえばさっきの資料にも問題点として書かれていた。

 

「ああ、こちらの資料にも注意点としてその旨が書かれている。毎年起こる問題はプリントにして配布しているが、やる気を出せ、真剣に取り組めと口うるさく言ったところで効果は出ない」

「美鶴の言う通り。うちは進学校という性質上、どうしても進学を目的とした生徒が多くなるからね。一部エスカレーター式の進学が目的の生徒もいるけど、高等部から先にはそれがない。だから高校から勉強や進学に対するプレッシャーも増えていく。

 高校生でいられる時間は短いんだし、その中の数少ない行事。楽しんでもらいたいけど、熱意を維持するのも難しいんだよね……私としては、こういう時こそ葉隠くんに盛り上げてもらいたいんだけどなー」

 

 盛り上げてもらいたいと言われても、これまでのことは意図してやった事じゃないし……

 

「なんでもいいよ。少しでもやる気が出そうな事があれば、生徒会としても試して行きたいし。私個人としても高校生活は今年が最後だからさ、できるだけ盛り上げたいんだよね」

 

 そうか、会長と副会長は三年生。来年は無いんだ。

 

「んー……」

 

 父兄からの投書の内容を、あるだけ記憶から引き出す。

 

「父兄からの投書って、悪い意見ばかりじゃないですよね? 資料室で見た限りは楽しめたって意見もありましたし、悪い意見にしても“期待していただけにがっかりした”って感じのが多かった気がするんですけど」

「少し待て。……確かにその傾向はあるな」

 

 手元の資料を見た桐条先輩が認めてくれた。

 それならその事実をアピールして見るのはどうだろうか?

 父兄や近隣住民はこれだけ期待しているのだと。

 皆はこれだけ期待されているのだと。

 

 それを出来る限り具体的に突きつける。

 

「近隣住民の方に、期待度のアンケートは頼めませんか?」

「できないことはないね。来たいと思うか思わないか。どのくらい楽しみか。何が楽しみか。毎年使うアンケートのフォーマットがあるから、それを少し書き換えれば用紙の準備には三十分もいらないよ。でもどうやって協力してもらう?」

「用紙を近隣の店においてもらえないか、持ちかけてみては? 資料を見た限りでは毎年ポスターを置かせてもらったりもしているようですし」

「不可能ではないな。だがアンケートで芳しくない結果が出た場合は?」

「その場合は……公表せずに握り潰しましょう。生徒会用の調査だったということで」

 

 法律にも、自分が不利になる情報は口にしなくていいという“黙秘権”がある。

 黙秘をすると裁判で不利になる国もあるらしいけど。

 

「言い切ったねぇ」

「やはり以前と少し雰囲気が変わったな」

「だが試してみてもいいだろう。アンケートの期間はどうする?」

 

 あれ? 副会長が一番乗り気みたいだ。話に乗ってくるなら会長かと思ったのに。

 

「良い結果なら早めに公表したいですけど……あまり短いと集まらないかもしれません」

「なら段階的に集計する? 一回目の結果を速めに公表して、定期的に二回目や三回目で変動を見せるとか。それだけ手間はかかっちゃうけど」

「集計は俺が担当しますよ」

 

 集計なら能力で楽かつ早く終わらせられる。

 

「それなら特に反対意見もないけど、美鶴は?」

「すでにやる方向に傾いているでしょう? 会長」

「文化祭の宣伝にもなりそうだしね。せっかく本当に提案してくれたんだから、やってみてもいいじゃない」

 

 話の流れで、本当にアンケートを行うことが決定した!

 

 ……あれ? 悪意は感じなかったけど……会長に泳がされたかな?




影虎は積極的に文化祭に参加するようだ!
影虎は“生徒会資料室”の存在を知った!
影虎はアンケートを提案した!

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