翌日
9月2日(火)
放課後
~Be Blue V~
オーナーに昨日の戦利品を買い取ってもらった。
なんと銀の仮面の値段が一枚につき二万円まで高騰していて、それだけで十万。
さらに手に入れた二個のジェムが相当お気に召したようだ。
タルタロス産のオニキスも加えて、借金がチャラになった!
「いいんですか?」
「勿論よ。素材としての魔術的価値がとても高いわ」
まぁ、借金が返済できたら俺としても安心だが……
「その価値を教えてあげたいけれど、そろそろお客様が来る時間だから閉店後にしましょうか」
「そうですね。……それにしてもなるべく早くがいいとは聞いていましたが、引き受けた翌日に来るとは思いませんでしたね」
昨夜オーナーに動画投稿者の訪問を受け入れることにしたと連絡した後、オーナーは例の“又旅”さんに連絡。その結果、あっという間に今日の撮影が決定した。
応接室の用意をすませ、身だしなみを整えていると……
「葉隠君、来たわ。お通しするわね」
「よろしくお願いします」
岳羽さんから連絡を受けたオーナーが表へ出て、数分後。
「こんにちはー!!」
「! こんにちは」
扉が開かれ、快活そうな女性がするりと応接室に踏み込んだ。
第一声の大きさに少し驚いたが、挨拶を返す。
「どうも! 話題のスポットに行ってみた! でお馴染みの“又旅”です! 初めましてー!」
「初めまして、葉隠影虎です」
「知ってますよー。もう最近は君の話を聞かない日がないもの」
「ありがとうございます、でいいんでしょうか?」
オーラがかなり明るい黄色。
スリムなジーパンにTシャツというカジュアルなスタイルで、明るく笑いながら話す。
動画と全く変わらない様子の本人が目の前に居た。
「それからこっちが妹兼カメラマンの」
「“猫又”です。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
それから軽い自己紹介と打ち合わせ。
「へぇ~、お二人は考古学と民俗学を?」
「そうなんです。旅行も好きで、大学に在学していた頃は休みになるたび、いろんなところの遺跡とかその付近へ旅行に行ってて。それを聞きつけた教授に、子供が興味を持つような紹介ビデオを作れないかと持ちかけられまして。それが動画を作り始めたきっかけですね」
「今となっては貴重な収入源でもあるけどね! 考古学は好きだけど、それだけだと収入はきついから。趣味と実益を兼ねたお仕事って感じかな」
「なるほど」
本当に楽しそうな表情で、楽しそうなオーラで話している。
二人ともなかなかいい人そうだ。
「じゃあだんだん打ち解けてきたところで、撮影いいかな?」
「はい。大丈夫です。よろしくお願いします」
「じゃあ、始めよう」
応接室のソファーで向かい合う、俺と又旅さん。
それを右側から撮影する猫又さん。
カメラが又旅さんへ向けられ、俺が撮影範囲から外れたところから撮影が始まる。
「視聴者の皆さんこんにちは! いつもおなじみの又旅です! 初めましての方は初めまして! 今日も話題スポットから、話題の何かをお届けします! ……ところで、今日私はどこに入っているか分かりますか? 見ての通りここはどこかの部屋の中。過去の動画を見てくださった方には、見覚えがあるかも?」
又旅さんは一人で軽快なオープニングを撮影。
そして視聴者へのシンキングタイムが終了すると、俺の出番がやってきた。
「正解は……辰巳ポートアイランドにあるアクセサリーショップ、Be Blue V様の応接室です! そして本日は、なんと! 先月から色々な所で色々な話題の絶えない、話題の高校生占い師! 葉隠影虎君に占いをお願いしちゃいます! どうぞ!」
「視聴者の皆さんこんにちは。ご紹介にあずかりました、葉隠影虎と申します」
「ん~、硬いっ! 緊張してるのかな~?」
「もうちょっとリラックスしても大丈夫ですよ?」
朗らかな雰囲気で撮影を始め、最初はちょっとしたインタビュー。
ここで働き始めた経緯や占いをどこで学んだかなどを、問題のないように答える。
テレビ番組のことやアメリカでのことにも触れられたが、そちらはほんの少しだった。
話題になりすぎていて、全く触れないのは不自然だから仕方なくといった感じか?
お店のことが中心とは聞いていたが、あまり深く聞かないように配慮されていたようだ。
昨日の取材にいた変な記者たちよりもよっぽど気持ちよくインタビューを受けられる。
「ありがとうございました! ではそろそろ、占いの方を」
「かしこまりました。では準備をさせていただきます」
「視聴者の皆さん、私の運勢はどうなってしまうのでしょうか!」
そんな又旅さんの声を聞きながら、タロットカードの用意を行う。
「久しぶりだから、何だか緊張しますね」
「そういえば旅行中は占いがお休みだったんですよね」
「復帰初日で占ってもらえるなんて私ラッキー!」
心を落ち着かせるために、軽い深呼吸。
手順は覚えている。カードの意味も確認した。
二人が来る前に、なんとなくドッペルゲンガーのアルカナを“運命”に変えてみた。
後は集中して占うだけ。
「では、始めます。まず相談内容をお聞かせ願えますか?」
「ズバリ、私の未来! 私はこの生活が楽しいからまだ続けたいけど、実は親から今後どうするのかとか、色々言われて気になってるんだよね~」
「かしこまりました。では未来を全体的に占ってみます」
カードを操り、三枚を三角形に配置する。
「トライアングル・スプレッド。シンプルなこの展開法は左下と右下が現在の状態をあらわし、頂点に位置する三枚目が未来をあらわします。この三枚を総合的に考える事で、現在の状況と未来を占います」
説明することで占いに集中し、カードをめくる。
出たカードは、
1.運命の正位置
2.刑死者の正位置
3.太陽の正位置
……? なんだか不思議な組み合わせだ。
「……」
「どうですか?」
「……まず1枚目のこのカード。これは状況の変化をあらわすカードです。ですが同時に刑死者の正位置も出ている。こちらは絵柄を見てみると分かる通り、男が吊るされています。動かない。停滞という意味があるカードです」
「おっと……なんか矛盾してる?」
「いえ、この刑死者が正位置の場合は、悪い意味ではありません。停滞にしても、状況を見極めるために足を止めるとか、そういった意味ですね。一枚目のカードとあわせて考えると……」
現在、既に変化が始まっている。今はその変化を見極めるべき時。
「そして至る未来、最後のカードは太陽の正位置。勝利や成功、活力の象徴。
今は迂闊な行動をとらず、自分の置かれた状況の変化に注意すべき。そうすればよい結果が訪れる。とカードは示しています」
「ん~、変化かぁ……停滞なら心当たりがあるけど。私のチャンネルって“行ってみた”シリーズの一辺倒だし……」
太陽の正位置が気になる……
「太陽、活力……体調はいかがでしょうか? もし何か気になることがあれば、病院に行くだとか……」
「特に何も変化はないね。私って健康が取り柄だし」
オーラも嘘をついているようには見えないが、自覚症状がないだけだったりして……
目を閉じてアメリアさんの時のように、彼女の体を流れる気に集中。
アンジェリーナちゃんとの訓練のように僅かな気配にも注意をはらう。
コンセントレイトも惜しみなく使えば……何とか感じられた。
……少し流れが遅くなっている部分もあるが、それでもしっかり流れている。
特に悪そうな部分はない。
……? 下腹部の気の流れが変? 便秘? いや、アメリアさんの時と違う?
記憶を引き出して確認と比較。
……間違いない。あの時はもっと滞っていて、又旅さんはむしろ良く巡っていて健康そうだ。それに気が集まる位置も少し違う……この位置ってもしかして……
「どうかした?」
目を開けると、きょとんとしている又旅さん。
見た目でも分かる通り、彼女は女性。
気になる流れの位置は、下腹部。
流れはスムーズで健康だと思われる。
太陽のカードには“祝福”という意味もある。
それらの情報が一つの結論に集約された。
しかし……これを聞くのはためらわれる。
「もしかして、と思ったんですが」
「何? 何かいいづらいこと?」
「ですね。あんまり軽はずみに女性に聞く事ではないかと思います。人によるんでしょうけど、いろんな意味で」
「そう言われるとめっちゃ気になるよ!」
そう言われても、伝えるにしてもカメラ前で?
「そんなに言いづらい、女性に聞かない事。もしかしてセクハラ系?」
「受け取り方によっては」
「あ、じゃあ大丈夫。私気にしないからそういうの。と言うかむしろ彼氏には逆セクハラする方だから」
……本気のようだ……
「なら信じて言いますが……又旅さん、妊娠中だったりします?」
「へっ?」
時間が止まった。
心当たりがないらしい。
「ぷっ、あはははっ! ど、どうしてそうなったわけ? 太ったかな?」
「大変スリムですが……」
どうやら冗談だと思われたようだ。
本気で大笑いされている。
とりあえず太陽のカードから読み取ってみたと伝えると。
「そっかー……この展開は予想してなかったなー……よし! じゃあ調べよう!」
「はい?」
今度はこちらがキョトンとさせられた。
「え? それどういう……」
「さっきチラッと見たけど、上の階に薬屋さんが会ったよね」
「はい、“青ひげ”ってお店がありますが……」
「そこで妊娠検査薬買って、試してきます! さすがにそれは撮影NGなので、ちょっと待っててねー!」
呆然としている間に彼女は出て行ってしまう。
「……これ、どうなるんです?」
「姉がもう行動に移しているので、確実に有言実行してきますよ。あっ、そういう意図がないのはすぐ分かりましたし、姉も本当に気にしない人なので大丈夫です」
最初からそんな感じはしたが、又旅さんはあけすけな人のようだ。
そして待つ事二十分。
「……戻ってきませんね」
「どうしたんだろう?」
そんな話をして、猫又さんが様子を見に行くかどうか迷い始めた頃。
「ただいまー」
「あ、帰ってきた」
戻ってきた彼女のオーラはまだ黄色が強いが、青が混ざっている。
明るい色なので問題はなさそうだが……
「お姉ちゃん?」
彼女は速やかに元の席、俺の前へ座る。
テンションが落ち着いている事に猫又さんも気づいたようだ。
「はい皆さん、戻ってきました、又旅ですよ~。そして結果は……葉隠君、おみそれしました」
「ということは……」
「お姉ちゃん、それじゃ……」
彼女は一際大きな笑顔で、
「陽性でした!」
宣言した直後。
「嘘!? 本当!? おめでとう!」
「ありがとうー!」
弾けるように猫又が飛び上がり、祝福の言葉で大騒ぎ。
もはや撮影どころではないようで、カメラはそっちのけ。
又旅さんは一度落ち着いてから来たようで、妹さんを落ち着けようとしている。
俺は蚊帳の外。
「待って。一旦カメラ置こう? ね? 落としたりしたら壊れるって」
「又旅さん、こちらへ。持っておくだけならできますから」
「あ、ありがとう! ちょっと待ってね、この子何とかするから」
喜び倒す妹と、落ち着かせようとする姉。
その様子を撮影する俺。
……なんだかよくわからない状況になってしまった……
……
…………
………………
閉店後
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
撮影は一時中断したものの、その後は無事に終了。
在庫整理やデータ入力など裏方での仕事をオーナーから教わり、今日の仕事も終了。
ここからは魔術の勉強時間だ。
「さて、少し見ないうちにどれだけ成長したのかしら」
まずは現状の技量をオーナーに見てもらう。
手元にはただの石。
まだ1年も経っていないが、本当に魔術を習い始めた頃。
ルーンを刻む練習用に用意してもらった石に、ウルのルーンを彫り込む。
そして魔力を込める。
以前のように適当にではなく、特殊弾を作る要領で魔法陣を描いて。
この特殊弾を作る過程を繰り返し、新たに分かったこともある。
特殊弾を作る時も、魔力だけでなくMAGも使う。
最初は無意識だったが、魔力を込めるという意思に従いMAGも流れ込んでいた。
そうすると物体に込められた魔力は格段に安定する。
思えば最初は魔力を込めるということだけを考えて、吸魔を応用して魔力を流した。
あの時は本当に魔力だけだった。それも込めるのではなく流しただけ。
だから安定しない。それが分かった今であれば……
「どうでしょうか?」
「……素晴らしい。ちゃんと魔力が込められているわ。これならちゃんと常時効果のあるアクセサリーができるでしょうね」
やった! とうとうアクセサリーを自力で作る準備が整った!
「じゃあ今度はこれに魔力を込めてみて」
特に石も装飾もついていない銀のリングだ。
「例の銀粘土で作ったリングよ」
「これが……!!」
早速試してみると、スポンジに水を吸うような……石よりも抵抗なく染み込む感覚。
「わかったみたいね。それが素材の差よ。魔力を込めやすくて、より多くの魔力を保持できる。これだけで労力は減るし、より高品質のアクセサリーが作れるの。だから銀の仮面はいくらでも持ってきてちょうだい」
その後は石の選び方やルーンの刻み方など、夏休み前に学んだことを確認してから、普通の銀粘土を用いたアクセサリーの作り方を学び、今日は終わった……