人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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173話 継続は力なり、その一

 午後

 

 ~キッチン~

 

 料理を学ぶ時間だが……アンジェロ料理長がなかなか来ない。

 

「葉隠様、どうやら急遽夕食のメニューを変更せざるを得なくなったようです。いつも材料を届けていただく業者の方が、事故に巻き込まれたらしく」

 

 なるほど、それで予定に無い仕事が増えたのか。

 と思っていたら、こちらに近づくMr.アダミアーノを感知した。

 

「お待たせ!」

「大丈夫ですよ」

 

 たいして待たされたわけでもない。

 しかし、残念ながらアンジェロ料理長は手が離せなくなったようだ。

 

「でも心配はいらないさ。そんな時のために俺がいるんだからね」

 

 軽い調子のMr.アダミアーノに監督してもらい、前回と同じく課題の料理を一通り作ってみる。

 

 ……

 

 前回よりは若干マシに見えるが、まだ本物には遠い。

 今のところ本物に近づけているのは、ティラミスか?

 

「たしかにティラミスは一番筋が良い。特にスポンジは妙に完成度が高いね。でもその分クリームの粗が目立つ。俺の得意分野だし、今日はティラミス。特にクリームの作り方を徹底的に練習しようか」

 

 そういえば彼はデザート担当の料理人。

 それにその筋では結構有名な方だったらしい。

 

「おっ? 誰かから聞いたのかい?」

「昨夜、本を読んでいたら気になったことがあって。ネットで調べ物をしていたんです。知ったのはそこで。なんでも菓子職人の世界的な大会で、若くして準優勝に輝いたとか」

「ああ、あれね」

 

 彼の名前を入力したら、すぐにその記事や写真が出てくるのだから驚いた。

 腕は確かな人だろうとは思っていたが、まさか世界大会の準優勝者だなんて考えなかった。

 

「料理の大会に出場経験のある料理人なら結構いるけどね、ここ」

「当家の料理人は旦那様が主催するパーティーの料理も担当いたします。ですから雇われる料理人にも相応の腕前が要求されています」

 

 ハンナさんが補足してくれた。

 コールドマン氏のパーティーなんて、参加者もそうとう舌の肥えた人たちなんだろう。

 しかしそんな所で料理長をやってるアンジェロさんはどんな方なんだろう?

 彼のこともネットで調べてみたが、こちらはまったく情報が出てこなかった。

 

「ここに雇われる以前は、世界的に有名な某ガイドブックが“三ツ星”に認定した料理人だったよ」

「……三ツ星でガイドブックって、あの?」

「おそらく、葉隠様が想像している通りでしょう」

「彼は料理研究家さ。料理や自分の腕と向き合うことと、後進の育成に重点を置いて、自分はメディアに出たがらない人だったみたいだからね」

「付け加えますと、ここに雇われる時点でそれまでの店も手放しています。ですから今や彼は、知る人ぞ知る料理人ですね」

「……俺、そんな偉い人に料理習ってるの……?」

 

 いまさらだけど、演技は大女優から。

 スピーチ術&マスコミ対応は大富豪から。

 料理は元三ツ星料理人と世界大会準優勝者から。

 

 講師陣が豪華すぎないだろうか……?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕食後

 

 ~キッチン~

 

 夕食を食べた後ではあるが、開いた時間で料理の自習。

 課題料理を完璧に近づけるためには、練習しかない。

 特に材料の下処理は丁寧に。

 この段階で手を抜くと、完成品のできに大きく影響する。

 それがどれだけシビアな問題かが、だんだん分かってきた。

 

 自力で消化を促進できるようになっていて良かった。

 おかげで作った物は消化して、影時間に利用するエネルギーにできる。

 

「……ハンナさん」

 

 少し気になることがあったので、ハンナさんに一つお願いをしてみた。

 

「かしこまりました。明日の夜までに用意いたします」

「ありがとうございます。どうしても気になるので。お手数をかけますが、よろしくお願いします」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~テニスコート~

 

「はぁっ! やぁっ! くっ!」

「オラオラオラオラァ!!!!!」

 

 天田とウィリアムさんが、コートの左右に分かれて激しい戦いを繰り広げている。

 

「訓練用としては便利だな」

 

 二人には俺が実験がてら作ってみた、人型のオリジナルシャドウを相手にしてもらった。

 色々試してみた結果、俺が最も動かしやすいオリジナルは俺の体形をベースにした“人型”。

 人型であればある程度、格闘技の動きで戦わせることができる。

 そこへ二人の技量を考慮に入れて、訓練に使えそうなスキルを組み込んだ。

 

「具体的に何ができるの?」

 

 隣で見ていたエレナから質問が飛んできた。

 

「ウィリアムさんが相手にしてるのは“訓練用シャドウNo.01”。能力は打撃耐性と治癒促進・小。耐久力に特化させた、動くサンドバッグかな」

「ケンのは?」

「あっちは“訓練用シャドウNo.02”。能力はカウンターと治癒促進・小で、こっちはあまり動かないし01に比べて耐久力も落ちるけど、攻撃に対してたまに鋭い反撃をしてくる。防御をおろそかにすると痛い目をみるね」

 

 他にも打撃見切りとスクカジャを使える回避能力特化の“訓練用シャドウNo.03”。

 拳の心得と足の心得で、ちょっとテクニカルな動きをする“訓練用シャドウNo.04”。

 そんな風に少しずつ能力を替えたシャドウも設計してある。

 強くなくても練習内容に合わせて、使いどころを考えれば役に立つだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月26日

 

 

 今日も朝食後は演技の練習。

 感情の表現がどうも上手くいかない。

 

「もっと心の底から感情を出しなさい。それじゃぜんぜん足りないわ!」

 

 そう言われても……

 

「もっと、このくらいよ!」

 

 彼女は“悲しみ”を実演してくれた。

 その様子は本当に悲しんでいるようだ。

 ……というか、オーラの色まで変化している。

 

「どう?」

 

 瞬時にオーラの色が戻った!?

 

「すみません、もう一度お願いできますか?」

「え? ……仕方ないわね」

 

 もう一度実演してくれる彼女のオーラをよく観察する。

 ……やっぱり、演技中はオーラがその感情の色になっている……

 “とても演技とは思えない演技”だと思っていたが、まさか本当に悲しんでいる?

 

「……ねぇ、貴方なにを見てるの?」

「えっ?」

「えっ、じゃないわよ。実演を頼んでおいて、私の演技を見てないでしょう」

「そんなことは」

「あるわ」

 

 彼女は苛立ちをあらわにして断言した。

 

「生憎だけど、私は職業柄視線に敏感なの。確かにあなたは私を見ていたけど、私の“演技”を見ていたわけじゃないわ」

 

 図星を突かれた。

 確かに俺は演技ではなくオーラを見ていた。

 彼女は俺が何を見ていたかは知らないが、違うものを見ていたのは確信しているようだ。

 これはごまかせそうにない……

 

 下手な言い訳をすると余計に機嫌をそこねそうなので、仕方なく事実を話すことにした……

 ふざけんじゃないわよ! とか怒鳴られそうだ。

 

「……」

 

 そう予想していたら、以外にも彼女は俺の話を真剣に考えているようだ。

 そして次に口を開くと、

 

「あなた、共感覚者なの?」

 

 共感覚……特定の刺激を五感の内、一つ以上の感覚で受け止める知覚現象だったかな?

 そして共感覚者は文字や音に色を感じるとか、色を見ると味を感じるとか……

 確かにそう言われると似ているかもしれない。

 

「厳密な検査をして、正式にそう診断されたわけではありません。そもそも色が見えるようになったのもつい最近なので。でも今話した“感情に色が見える”というのは本当です」

「ふぅん……その真偽はテストをすれば分かるわね。私が演技をするわ。ただし今度はさっきみたいに表情や声は出さない。それで私の感情を当ててみなさい」

 

 頭の回転が速い。そして行動に移すまでが速い。

 

「明るい青色、冷静ですね。……明るい黄色、喜びや楽しさ。……暗い赤、怒り。……また黄色で喜び。……黄色と暗い青? ……楽しいけど悲しい、って感じでしょうか?」

 

 いきなり始まったテストを受け、移り変わるオーラの色と感じた感情を答えると、エリザベータさんはため息を吐いた。

 

「本当みたいね」

 

 どうやら分かっていただけたようだ。

 しかし……

 

「何よ? 何か言いたそうね?」

「共感覚と考えたにしても、よく受け入れられましたね」

 

 正直、聞いた瞬間に罵倒されるかと思ってた。

 

「あなた、私を何だと思ってるのかしら。……でも単に集中していないだけなら今日の練習は打ち切ったわね。でも何かに集中してるのは分かったから、それが何かを聞いて判断しようと思ったまでよ」

 

 中断の瀬戸際じゃないか。

 

「まだ何か言いたそうね」

「大したことではないので」

「そう」

 

 ん? 若干気分を害したか?

 ……罵倒されるかと思ったという一言では特に変化は無かったのに、なぜ急に?

 

「で? その色で感情を見て何を考えてたの?」

 

 おっと、今はこっちに集中しないと。

 

 俺が考えたのは、オーラの変色を演技の基準にすること。

 彼女が模範演技として実演した結果、彼女のオーラは変色した。

 なら俺は、自分のオーラが変わるように感情を出せばどうだろうか?

 

「思いつきですが、参考に出来ればと思って」

 

 考えてみたらこの能力を習得して以来、他人ばかり見て自分のオーラは見ていなかった。

 意識して両手を見ると、しっかりオーラが見える。

 俺のオーラは青がベースに、明るい黄色や赤がすこし混ざっている。

 概ね平静。だけど新しい発見にやや興奮気味……といった所だろう。

 

 このまま演技の練習を再開。

 そしてエリザベータさんがダメ出しを続けた理由が分かった気がした。

 こうしてオーラを比べると違いは明白だ。

 俺のオーラにはほとんど変化がない。精々一割程度だろう。

 

「自分で思っていたよりも表面だけで、感情が入っていない」

「それが自覚できただけ進歩かしらね」

 

 なら次は自分のオーラをいかに目的の感情に近づけるか。

 現にエリザベータさんは実行しているし、俺も一割程度とはいえ変化はあった。

 問題は変化の割合をどう増やすかだが……

 

「足りないと感じたら練習しかないわ。もっと心の底から感情を出しなさい」

 

 心の底から……

 

「生きていたら、心が強く動いた瞬間が一つや二つあるでしょう? それを思い出しなさい。自分の経験から、感情のサンプルを用意する感じかしら……?」

 

 なるほど……やってみよう。

 今年、感情が動いたこと……改めて考えると色々ある。

 その中で一番を選ぶとすれば……

 

 まだペルソナに目覚めて間もない頃、“刈り取る者”と遭遇した時。

 

 危険と知りながら踏み込んだタルタロス。

 初めて抗いようのない力の差を感じた瞬間。

 あの頃は恐怖耐性もなく、姿を見た瞬間に全身が警鐘を鳴らした。

 正面から相対するなんてとんでもない。

 あいつにとって気のない一撃でも、直撃すれば死んだと思う。

 さほど大きくも無いはずの鎖の音が、耳から離れない。

 徐々に近づくその音は、まるで死が近づいてくるようだ。

 攻撃の余波で吹き飛ぶ体。

 全身に回る痛み……!

 

「葉隠様!?」

「ちょっと! 大丈夫なの!?」

「!? あ……」

 

 気づけば、体中に大汗をかいていた。

 

「すみません。一番心が動いた記憶を探したら、死に掛けたことを思い出してしまってそのまま……体調とかは特に問題ありません」

 

 アナライズが作用したのか……少々細かいところまで思い出しすぎたかもしれない。

 体中が反応したようで、多少の疲れを感じる。

 この分ならオーラの色も変わったことだろう。

 

 今はもうそれまでの恐怖が嘘だったかのように消えて、平常だ。

 それは自分のオーラでも確認できた。

 

「平気ならいいわ。今のは感情の表現としては合格よ。でも演技としてはまるでダメ。毎回あんな状態になってたら使い物にならないわ。舞台や映画で必要な演技には台本がある、少なくともそれに従える程度の冷静さは保ってないと。さっきのは“恐怖に慄く演技”じゃなくて、ただ“怯えていただけ”よ。その違いは分かるわね?」

「はい」

「なら次はそこに気をつけて。それから……」

 

 何かを言いかけたところで、彼女のポケットから音が鳴る。

 携帯電話の着信音だ。

 

「……何かしら? ちょっと失礼するわね」

 

 一言断って、窓のそばに移動するエリザベータさん。

 電話の邪魔をしないよう、そしてあまり聞かないようにこちらも少し離れる。

 

「葉隠様、よろしければこちらを」

「ありがとうございます」

 

 ハンナさんから受け取ったタオルで汗をぬぐい、水分も補給。

 

「ふざけないで!」

「ッ!?」

 

 びっくりした……水が気管に入りかけた。

 何かあったのだろうか? 

 ……いや、いつも通りか?

 

「交渉した結果がそれなの!? 譲歩のしすぎね。元はといえば相手方の契約違反が原因でしょう! 事務所としてもしかるべき対応を求める方針だったはずよ。それがどうしてそういう結論になるわけ!?

 ……………………もういいわ。あなたじゃ話にならない。…………結構よ! 言っておくけど、私は事前に譲歩の限界ラインを提示して、事務所もそれを認めたの。そのラインを超える譲歩は許さない。その範囲で話をまとめられないなら契約は白紙よ。私にこれ以上の譲歩を求めるなら、移籍も考えさせてもらうから。それじゃ切るわね。

 ……何度も言わせないで。直接上と話をさせてもらうから、結構よ」

 

 彼女は電話を切ったようだ。

 

「まったく……聞こえた?」

 

 そりゃ聞こえるに決まってる。

 同じ室内であれだけ怒鳴られれば。

 相手方の声までは聞こえなかったけど、交渉が上手くいってないのは把握できた。

 詳細は分からないし、俺の知るべきことではないだろうけど。

 

「そう。悪いけど急いで連絡しないといけない用事ができたから、今日はここまでにさせてもらうわね。明日まで感情のサンプルを増やしておいて。少なくとも喜怒哀楽くらいは。できれば冷静さを失わず、演技に使える程度だとなおいいわ」

 

 宿題を与えられ、今日の練習は終わりとなった。




影虎は料理の勉強をした!
アンジェロ料理長とMr.アドリアーノの経歴が明らかになった!
影虎はオリジナルのシャドウを作ってみた!
影虎は演技の勉強をした!
演技の勉強にオーラを見る能力を応用した!

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