人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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170話 学習

 8月24日

 

 朝

 

 昨夜で読み終えた課題の本に、もう一度軽く目を通してから食堂へ。

 すると食堂には両親の姿があった。

 

「二人とも、もう体は大丈夫なの?」

「まだ少しだるいけど、ご飯を食べにくるくらいは平気よ」

「動けるなら少しは動かねぇとな」

 

 順調に回復しているようで何よりだ。

 

 その後、続々と集まってきた皆と一緒に食事をした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝食後

 

 ~小ホール~

 

 昨日生ハムを切りまくった部屋で、今日はラフな服装の大女優と対面している俺。

 今日の彼女は怒りよりも呆れているようなオーラが強い。

 

「はぁ……本当に読んだのね。あれ全部」

「さすがに一気に読むと四十冊覚えるだけで頭が重くなりましたが、朝晩の二回に分ければ一日に六十冊まではいけるかと」

「お爺様がやけに肩入れするから何事かと思えば、それなりの見込みはあるわけね」

「恐縮です」

 

 あ、苛立ちのオーラが増した。

 

「なら今日からは実技に入るわよ。昨日までで最低限の知識は身につけたはずだし……とりあえず基礎的な発声練習と表情の作り方かしらね。一言の挨拶でも、表情と声の調子で相手が受ける印象は変わるわ。たとえば……おはよう」

 

 表情のない、機械的に声をかけただけのようだ。

 

「おはようっ!」

 

 打って変わって、笑顔でだいぶ親しげな感じになった。

 

「おはよう……」

 

 朝からこれを見たら、体調でも悪いのかと心配になる。

 一瞬にして変化する表情と声色は、どれもまるで別人のようだ。

 

「わかったかしら?」

「明確に違いを感じました」

「そう。じゃあまずは発声から。どんなに良い台詞でもちゃんと聞こえなきゃ意味ないし、声を張り上げればいいってものでもないからね。私の後に続きなさい」

 

 大女優の指導の下、基礎練習を行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「はい。キリがいいから今日はここまでね」

 

 基礎練習が一通り終わった。

 発声についてはまぁまぁと言ったところか?

 以前、ものまねで“変声”スキルを習得した要領でそれなりに上手くいったと思う。

 対照的に表情に関しては不満が残る。

 

「分かってるみたいだけど、表情が硬いわね。あと切り替えも遅い」

 

 表情筋が硬いのか、自由自在とはいかなかった。

 身に着けるにはまだ練習が必要だと痛感するが、この練習は今日で終わりらしい。

 

「今回やったのは基礎だから。本来は繰り返しやって積み重ねていくもの。だけどあなたには時間がないの、教えたことを思い出して自分で続けなさい。明日からはまた別の内容をやるからね。あと貴方、ラテン語は読める?」

「読めません。でも教科書と辞書さえあれば、その内容を記憶して照らし合わせることでなんとか」

「……その二つを用意すれば読めるのね。なら後でまた本を届けさせるわ。教科書と辞書を合わせても十冊はないはずだから、明日までに読んでおいて。それじゃまた明日。

 あとハンナ。私、今日事務所から連絡がくるの。いつ電話がくるか、あと終わる時間も分からないからしばらく部屋にいるわ。昼食は部屋に持ってくるように伝えて」

「かしこまりました」

 

 彼女は返事を聞いてから部屋を出て行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 さて、昼食までは時間がある。

 

「誰かのところに顔を出してみようと思うのですが。ハンナさん、誰がどこにいるか分かりますか?」

「少々お待ちください」

 

 ハンナさんがインカムでどこかと連絡を取っている……

 

「……葉隠様のお母様はマッサージを受けているようです。他の大人の女性もご一緒のようですね。他の方々はトレーニングルームで戦闘訓練を行っている、とのことです」

「ありがとうございました」

 

 トレーニングルーム一択だな。

 しかし場所を知らないので案内を頼む。

 

「かしこまりました。トレーニングルームはこちらです」

 

 先を歩くハンナさんについていく。

 ……そうだ、この際に聞いてみよう。

 

「ハンナさん、一つ質問してもいいですか?」

「私で答えられることでしたら、なんなりと」

「では遠慮なく。コールドマン氏から俺たちの事情と、旅先で何が起こったかを聞いたそうですが……信じられたんですか?」

 

 初日からぜんぜん対応が変わらないので、少し気になっていた。

 

「そうですね……正直に申し上げて、半信半疑です。ですが旦那様は我々にした話を真実として扱い、実際に軍備を整えようとしておられます。とても我々を騙そうとしているとは思えません。……話よりも、旦那様を信じたと表現するのが正確でしょうか?

 皆様を歓待するのが我々の職務ですので、たとえ信じられなくとも対応は変えることはいたしませんが」

 

 なるほど。

 コールドマン氏は部下に信頼されているようだ。

 そしてこの人たちもプライドを持って仕事をしている人々だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~トレーニングルーム前~

 

「どうされました?」

 

 扉を開けようとしたところを止めたため、ハンナさんに問われる。

 

「やぁっ!」

 

 かすかに漏れ聞こえた声。

 周辺把握によると、設備の充実した部屋の片隅。

 おそらくヨガやストレッチをするためのスペースだろう。

 広々としたマットの上で、天田がカイルさんの振るうナイフ型のなにかを避けていた。

 それを遠巻きに取り囲んで眺めている皆と、壁際に控えるメイドさん達……

 ちょっと異様な光景だが、訓練中なのだろう。

 今ここで扉を開けて入ると、天田の集中を乱すかもしれない……

 

「というわけで、少しここで待ちたいのですが」

「かしこまりました。葉隠様はここから中の様子がお分かりになるのですね。それがペルソナのお力ですか」

「そうです」

 

 そういえば、ペルソナのことは聞いたらしいが、俺からは教えてなかったな。

 

「ちなみに俺のペルソナは、これです」

 

 メガネをはずして渡すと、彼女は手に乗せたままキョトンとしている。

 霧に変えてみよう。

 

「!!」

 

 声は出なかった。

 しかし俺の顔と宙に漂う霧、そして自分の手へと視線を巡らせている。

 

「ペルソナにはそれぞれ名前があって、俺のこれはドッペルゲンガー。特定の形を持たない代わりに、形状を自由自在に変えることができます。だからこうして」

 

 霧を食器や本へと変えてみせ、最後にメガネに戻してかけなおす。

 

「学習や日常生活に便利な能力をばれないように使うため、こういう身に着けていてもおかしくない物に変えていたんですよ」

「そうでしたか……驚きました。とても」

 

 最近だともう皆が慣れて何も言われることがなくなったので、ちょっと新鮮な反応だ。

 

 ……そろそろ疲れてきたか? 天田の動きが悪くなってきた。

 だいぶ強くなっていると思うけど、まだ防戦一方。

 後ずさり、体勢を崩しかけたところにつき込まれる。

 それをまわし受けでかろうじて捌き、かろうじて窮地から逃れた。

 ……今の、上手くやれば反撃できたかも……

 

 天田の動きを見て、ふととある漫画の技が思い浮かぶ。

 

「葉隠様?」

「あ、すみません」

 

 体が少し動いていた事に気づいたと同時、試合も終わったようだ。

 

「失礼しまーす」

「タイガーも来たのか」

「演技の勉強はどうなったの?」

「今日の分は終わったよ。まだ基礎練習の段階だな。それにしても天田、だいぶ強くなったじゃないか」

「先輩、見てたんですか?」

 

 最後の少しだけ、周辺把握で観察していたことを伝える。

 ついでに少し気になる点があったので、午後もあるので疲れない程度に一回だけ参加したい。

 

「それなら私が相手をしよう。カイル、それを貸してくれ。タイガーの準備は」

「大丈夫です」

 

 模造品のナイフを受け取ったボンズさんがマットの中心へ。

 俺も後に続いて、向かい合う。

 

「んじゃ合図は俺がやるぞ。……始め!」

 

 瞬く間に接近してくるボンズさんの攻撃を捌く。

 このあたりの攻防はだいぶ慣れてきた。

 それに俺が何かを試そうとしているのを知って、ボンズさんも少し手を緩めてくれている。

 あせることなく、動きを見極める。

 

 ……来た! 直線の突き!

 

 先ほどの天田と同じく、回し受け。

 だが、通常は相手へ向ける手のひらを内にして握りこむ。

 ナイフの側面を叩き軌道を逸らした右拳には捻りが加わり、三戦の型の手に近い状態。

 すぐに放てる状態が整っているのに対して、ボンズさんは腕を突き出したまま!

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、割り込んだ左手に阻まれはしたが、俺の拳はボンズさんの顔があった場所を捉えていた。

 

「……悪くない」

「なるほど、今のが試したかったことか?」

「“白刃流し”。片手で武器の攻撃を捌きつつ反撃に転じる……前世の格闘漫画でそういう技があったんですよ」

「漫画の技かよ!?」

 

 合図を出したウィリアムさんからツッコミが入った。

 

「いや、だってペルソナとか使ってる時点で漫画みたいな状況ですし」

「そう言われるとそうかもしれねぇが……」

 

 この前、ウィリアムさんのジムでカウンターを学んだし。

 試してみたら意外とできるもんだ。

 さすがに初めてだったので、動きにはまだ無駄があるが……これは使えそうだ!

 もっと練習すれば、優れた武器になると確信した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~コールドマン邸・別館1F廊下~

 

 白刃流しの実験後、俺は午後の料理修行のためそれ以上の参加は見送った。

 その代わりとして現在、昼食までの時間をアンジェリーナちゃんと過ごす。

 昨日話した逃げ隠れの技術を教えてくれるらしいが……

 

「アンジェリーナちゃん、ここで何を?」

 

 借りている部屋の近くまで来たが、室内で勉強というわけではなさそうだ。

 

「隠れる」

「俺が?」

「そう。私が探して見つける。見つけたら、今度は私が隠れる」

 

 どうやら“かくれんぼ”をするようだ。

 

 さらに詳しい内容を聞くと、結構細かくルールが設定されていた。

 

 隠れていい範囲は別館の一階部分のみ。

 女性の部屋は立ち入り禁止。

 男性の部屋や空き部屋へ入る許可は事前にとってある。

 ペルソナと魔術は使用禁止。

 隠れる方は、隠れてから移動してもいい。

 探す方は、相手を見つけるだけ。タッチなどは不要。

 探し始めてから10分経過しても見つけられなければ、交代。

 タイムキーパーはメイドさんに頼む。

 

「始める。五十数えるからタイガーは隠れて」

 

 言った直後にカウントを始めてしまうアンジェリーナちゃん。

 

 若干エリザベータさんに似た指導方針を感じつつ、俺はとりあえず行動した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼食時

 

「で? 結果はどうなったんですか?」

「ボロ負けした……」

 

 一時間近く続けた結果、俺が隠れればすぐに見つかる。俺が探すと時間切れ。

 それが延々と続いていた。

 

「一応どこに隠れてたかは最後に教えてくれるんだけど、こんなところに隠れるか!? って所ばかりでさ」

 

 体が小さいから狭い隙間に入れるだけでなく、本当にいると思わないところに隠れていた。しかも俺が一度探した場所から出てきたりもしたので詳しく聞くと、俺の視線を掻い潜って移動し、もう探さないだろう場所に隠れてやり過ごしたりもしていたらしい。

 

「別館の一階だけでもかなり広く感じた……」

「あはは。やっぱりタイガーでもそうなったのね」

「アンジェリーナとかくれんぼするとぜんぜん勝てないんだよね」

「エレナ。ロイド。もしかして分かってた?」

「私たちは小さいころに何度もやったもの」

「でも二人とも、すぐにやめてた」

「それはアンジェリーナが強すぎるからだよ。ダディやグランパでも見つけるのに時間がかかるくらいだし」

 

 ……アンジェリーナちゃんを見つけるのは、相当難しいようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~自室~

 

 俺たちの食後が料理長の食事と休憩時間になるらしく、午後の授業まで時間がある。

 そのため部屋に戻ったところ、トキコさん(バイオリン)から抗議のような意思を感じた。

 

 “時間があるなら弾け”

 

 そんな感じだ。

 

 そういえば……最近は弾いても少々おざなりになっていたかもしれない……

 ちょっと申し訳なくなり、時間一杯バイオリンを弾くことにする。

 

 “謎の曲”と“カントリーロード”をみっちり練習した!

 

 そういえばこの謎の曲、Mr.コールドマンに聞いたら何か分かるだろうか?

 教養も深いだろうし、機会を見て聞いてみよう。




影虎は演技の実技指導を受けた!
影虎は天田の練習を観察し、新技のヒントを掴んだ!
影虎はアンジェリーナとかくれんぼをした!
影虎は大負けした!
影虎は空き時間にバイオリンを弾いた!

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