「ううぅ……気持ち悪い……」
「もう、二度と、乗らない……」
ここは森の入り口の前。ロイドとエレナが戦闘不能になっている。
シャドウにやられたわけじゃない。というか戦ってすらいない。
俺たちはたった今、ここに到着したばかり。
なのになぜか?
それは……
「すまん……」
二人の横で申し訳なさそうに介抱しているジョージさんが原因。
皆に見送られて意気揚々と家を出たが、今日は三人が一緒。
ということで、いつものように一人で走って行くわけにはいかない。
そう考えていたところ、ジョージさんがペルソナを召喚した。
現れたのは影時間の薄暗い道路を明るく照らす、青みを帯びた銀に輝く八本足の馬。
その名も“スレイプニール”。
北欧神話の主神、オーディンが騎乗する軍馬の名だった。
アルカナは“皇帝”。
スキルは風の単体、全体攻撃魔法と回復魔法を合わせて三つ。
弱点属性はなく、風に耐性があるらしい。
目覚めてから間もないこともあって、まだそれほど強力ではない。
しかし、外見が馬に似ていて乗って移動することが可能。
そう簡潔な説明を受けて乗ってみた結果、速いことは速かった。
ただし揺れもジェットコースター顔負けの激しさ。
ドッペルゲンガーで固定していなければ、ジョージさん以外は振り落とされただろう。
スレイプニールの名前に恥じない走りと言えるかもしれないが……
「うぅ……」
到着した時には、乗り物酔いで二人がダウンしていた。
ジョージさんは召喚者だからか、まったく影響がなかったらしい。
ちなみに俺は単純に平気。
近頃は毎日のように人間離れした移動をしてるし、揺れに慣れていたっぽい。
……しかしずっとこのままでは調査の時間がなくなる。治療をしてみよう。
ルーンで“乗り物酔い解消”と記述して、効果を発動。
いつだったか、アメリアさんに気功治療をした時のように。
まずはロイドの体内の気の変化を確認。
……胴体もそうだけど、頭部。やっぱり三半規管のあたりか?
そのあたりの流れが変わった。それにあわせて気を送り込む。
「何……タイガー……」
「治療してみてるんだけど、どう?」
「……ちょっとだけ、ましかな……」
ならば続けてみよう。
……
…………
………………
「復活!」
治療に無事成功。
時間はかかったが、ロイドに続きエレナもなんとか動ける状態になったようだ。
病気とかになると難しそうだけど、ちょっとした体調不良の解消には使えるな、これ。
「それじゃ調査を始めようか。時間取っちゃったし急がないと」
「調査のポイントは?」
「森の規模(面積)の変化とシャドウのデータ収集。それくらいだ」
「時間が今晩だけだから、あまり無理はしなくていいそうよ。それより安全第一で。できれば私たちもペルソナや実戦に慣れたいわね」
そうか……ところで、エレナのペルソナは?
「ジョージさんは“スレイプニール”。ロイドが“グレムリン”。あ、ロイドのも戦闘能力については聞いてないな」
「僕はほとんど情報収集専門だね。ジオだけは使えるけど、それ以外に戦いに使えそうなスキルはないし、ジオの威力も前に見たタイガーのより明らかに下だから、戦力としては期待しないでほしいな。代わりに情報解析でサポートするから。あと氷が弱点属性で、雷は吸収できるよ」
「私のは、これよ!」
右拳を突き上げる彼女の背後に大きな人影。
……ではなかった。ナイスバディな美女の上半身に、巨大な蜘蛛の体がついている。
「これが私のペルソナ。“アラクネ”よ。火に耐性があって、火の魔法も使えるわ。手足の先が鋭いから、それで切ったり突いたりもできるわね。あと、糸を出して敵を捕まえたりもできるみたい。試したことないけど」
ロイドとは対照的に、戦闘特化のペルソナらしい。
待てよ? ペルソナ使いとしてはこっちが多数派か。
しかし糸とはまた珍しい能力だ。
「そうなの?」
ペルソナを消して問いかけてくるが、俺の記憶にはない。
まぁ俺自身、俺の記憶にないスキルも手に入れたりしてるし……
アリスの“死んでくれる?”とか、だいそうじょうの“回転説法”みたいな感じだろう。
「今のところ糸はエレナとアラクネの固有能力だな」
「そうなんだ。ならいいわ。私はそんな感じね」
「“魅了の魔眼”を忘れているぞ」
「あと“編み物の素養”もね」
家族二人の指摘を受けてエレナは思い出したようだ。
「あ! そうだったわね。編み物の素養は……なんか編み物が上達するとかいう役にたたなそうなスキルなんだけど、魅了の魔眼は注視した相手を魅了状態にするスキルよ。結構集中しないといけなくて、効果があるのは一度に一匹ね」
「新規スキルが三つか……てか最後のは魔眼か」
「チューニ、って言うんだよね? 日本では」
「だからそれやめなさいって! 昨日からもう! 私がイタい子みたいじゃない!」
二人は姉弟仲良く喧嘩を始めた……
「タイガー。笑ってるけど、あなたもたしか“邪気の左手”ってスキル持ってるのよね? それもチューニじゃないの?」
そんな意味で笑ったつもりはないけど、こっちに飛び火しそう。
「とりあえず能力は確認できたし、改めて調査に入ろう!」
強引に調査に入り、話をそらすことにした。
……
…………
………………
~森・内部~
「グオオォオ!」
「エレナ!」
「了解!」
「グッ!?」
俺がダウンさせたバーバリアンの手足に、エレナがすばやく糸をかける。
そしてロイドの解析が終わり次第、総攻撃で倒してしまう。
「よし。どうだ? ロイド。一応ここにいるシャドウは全種類戦ったけど」
「うん、ばっちりデータ収集完了。あと、タイガーの主観でいいからいくつか答えてくれる? 休憩がてら記録するから」
「了解」
「まず、この森は狭くなってる?」
「間違いない。中の構造も変わってるけど、たぶん四分の三くらいかな?」
「シャドウの様子におかしいところは?」
「能力に変化はない。遭遇する頻度は増えてるけど、前みたいに森の外に出ようとするシャドウがいないみたいだから……たぶんそのせいかな?」
「なるほど……じゃあ次、ちょっと実験したいんだけど、パラダイムシフトで適当に耐性を入れ替えてみてくれる? ちょっと解析したいから。でも何を変えたかは教えないで」
レモネードを飲みながら、言われたとおりに変更してみる。
ロイドと同じように雷耐性を吸収に変化させることにした。
その代わりに風と氷の耐性を失った。
「変えたよ」
「オッケー………………雷を吸収にした?」
「正解。分かるのか?」
「パラダイムシフト中のタイガーから耐性に関わるエネルギーを検出できたからね。それとこれまで解析したシャドウのデータと照らし合わせてみた。これ属性によって少しずつ波長が変わって、弱点や耐性だとその強さが変わるみたい。
それさえ分かれば、波長と強さから耐性の有無が分かるから、今後はシャドウの波長データを取る時間さえもらえれば、未知のシャドウの弱点も分かると思うよ」
「本当か!」
これまで全属性の攻撃を総当たりして、反応を見るしかなかったからな……これは非常に助かる。
「森は縮小傾向。微量だけど森から感じるエネルギー量も減衰していってる……これが一時的なものじゃなければ、このまま消えていくんじゃないかな」
「集められる情報はこのくらいかな?」
「森の材質についてもデータは取った。十分だろう」
「だったらもう帰る? それとももう少し戦っていく?」
ロイドの解析能力が優秀だったため、思いのほか時間が余っている。
「……ちょっと俺のスキルを試していいかな?」
ルサンチマン由来のスキルをどれだけ使えるのか、調べてみたい。
“暴走のいざない”は危険そうだからもっと万全を期すとして、残り二つだけでも。
「いいよ。僕もデータ取っていい?」
「解析もお願い。自分でもよく分かってない所があるから」
まずは“召喚”から。
先日の感覚を思い出して、体内の気と魔力を手のひらで練り合わせる。
「……」
やっぱり。大幅に効果がダウンしているようだ。
それに生み出せるシャドウの強さは、使用する気と魔力に比例するらしい。
前回はもっとすばやく練り上げられていたのが、遅々として進まない。
外部からエネルギー吸収もしてないし、今は……マーヤニ種類か嘆きのティアラが精々だな。
とりあえず、
「“召喚・臆病のマーヤ”!」
「……ギィッ!」
宣言に伴い、手のひらに練り上げたエネルギーの塊が臆病のマーヤに変化した。
「救助活動をしていたシャドウか」
「これが日本のシャドウなのね?」
「臆病のマーヤ。タルタロスで一番最初に出てくる、弱めのシャドウだ」
「う~ん……エネルギーの塊になる過程はばっちり記録できたけど……」
何か問題があったか?
「材料は気と魔力なんだよね?」
「そのはずだけど」
詳しく聞くと、召喚の工程とエネルギーの変化が三段階に分けられたとのことだ。
「第一段階は召喚を始める直前。気と魔力がまったく別のエネルギーとして存在してた。
第二段階は召喚中。ここでエネルギーを徐々に一体化してたみたいなんだけど……
問題は最後。第三段階で一気にシャドウの波形になるんだけど、その直前にノイズみたいなのが入るんだよ。たぶん、何か別のエネルギーが生まれてるか、混ざってると思う」
気でも魔力でもない、別のエネルギー……
昼にMAGが召喚に関わるかと予想したことを、MAGについてと一緒に説明する。
「感情から生まれるエネルギー? それだけじゃ分かんないから、データ取らせて。“邪気の左手”がそれを奪うスキルなんでしょ?」
「了解」
召喚したマーヤに、邪気の左手を使ってみる。
「……何これ」
スキルの使用を意識した途端、爪が鋭く伸び、左腕全体が漂う黒い霧をまとう。
ものすごく、厨ニっぽい変化が起こってるんですが……
しかし悪いものは感じなかったため、吸血や吸魔と同じように、爪を突き立てて吸い上げる。
……吸い上げたエネルギーは、気や魔力とは何かが違う。
しかし、なぜか体によく馴染む感じで、吸っていると心地良い。
「これがMAGか、なんか不思議な感覚、っ!」
「あら、マーヤが消えちゃったわね」
「倒したのか?」
「いや、気や魔力は吸ってないはずだけど」
「……タイガー。そのMAGってのを出してもらえる?」
……手のひらから出して見たけれど、気や魔力と違って、出しにくい。
「……分かった! やっぱりこれだよタイガー。第三段階で混ざってたエネルギー。あとこれ、同時に気や魔力も出せる?」
「はい」
「もしかしたら………………
「……今のマーヤはシャドウとして安定した状態からMAGを抜いたせいで、気と魔力に戻った、ということでいいか?」
「That's right! MAGが感情から生まれるエネルギーなら、召喚の時は無意識に召喚するぞ! っていう意思で生んだMAGを使ったんじゃないかな? タイガー、Let's check!」
再度マーヤを召喚してロイドの解析結果を確かめる。
しかし、これまでのように一人ではここまで早く回答は得られなかったはず。
サポート能力を持つ人員の大切さを痛感する……
ロイドとエレナは調査に入る前からダメージを受けた!
影虎は気功治療を行った!
四人は森の調査を行った!
ロイドのアナライズが活躍した!
影虎の召喚、邪気の左手について理解が深まった!