人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


156話 日本では

 ~巌戸台分寮~

 

 影虎たちがアメリカで奮闘している頃。日本では本来特別課外活動部の関係者しか立ち入らない寮のラウンジに人が集められていた。

 

 しかし誰一人として口を開かず、もはや葬儀中に近い雰囲気が漂っている。

 精神安定効果のあるハーブティーを配り歩く高城と山岸を除き、立ち歩く者もいない。

 そこへ来客を知らせるベルが鳴り響く。

 

『!』

「遅れてすまない」

「桐条先輩……俺ら集めてする話って、やっぱ影虎の事っすよね? あいつ、どうなったんすか?」

「落ち着け伊織。これから話す……念を押すが、ここで聞いた事は他言無用だ。いいな?」

 

 影虎と同じ寮生である順平、友近、宮本。

 共に勉強をした岳羽、西脇、高城、島田、岩崎。

 同好会仲間の山岸、和田、新井。

 学校経由で話を聞きつけた桐条。

 そこから話が伝わった真田と荒垣に、海土泊と武田の現生徒会トップの二人。

 陰鬱な雰囲気で集まった面々は、すぐに首を縦に振る。

 

 誰もが、些細なことも聞き逃さぬよう張り詰める中、話が始まる。

 

「まず結論から伝えよう。葉隠は無事だ」

『!!』

「マジっすか!?」

「マジですよね!?」

「よっしゃあ!」

「良かった……」

 

 真っ先に声を上げた和田と新井に順平。三人を中心に喜び合う男子とは別に、女子は安堵から力なく座り込んだ山岸に声をかけていた。

 

 だが、話は始まったばかり。

 

「はいはい皆。うれしいのは分かるけど、ちょっと落ち着こうか」

「まず桐条の話を最後まで聞くべきだ」

 

 生徒会の二人によって、再度桐条に注目が集まる。

 

「ありがとうございます。皆、葉隠が無事と理解した上で聞いてくれ。彼は無事だが、彼が撃たれたという報道は事実だ」

 

 誰かが息を呑む。

 

「だが週刊誌に書かれているような死亡説は否定された。私のところに本人から連絡が入ったからな。直接事情を聞いたところ、着用していた防弾チョッキにより肺や心臓といった主要臓器は無傷だったそうだ」

「え? じゃたいした怪我じゃなかったって事ですか?」

 

 岳羽はそう口にするが、帰ってくるのは否定の言葉。

 

「銃弾そのものは止まっていたが、その際胸に受けた衝撃で心臓が一時止まっていたらしい。同行していた江戸川先生が処置をしなければ危険な状態で、実際に四日間は意識不明から目覚めなかった」

「マジかよ……」

 

 宮本のつぶやきは、この場の総意と言っても過言ではない。

 

「ふっ。本人はもう元気そうだったぞ? 知人の手配でVIPルームが用意されたと、笑いながら話していたよ。まだ治療が残っているのですぐには帰れないが、二学期の開始には間に合うように帰ってくるそうだ。帰ったら騒がしそうだから、それまで羽を伸ばすとも言っていたな」

「え~、こっちは大騒ぎなのにリゾート楽しんでくる気なの~?」

「まったく神経の太い奴だ。心配して損した」

「まぁ実際帰ってきたらマスコミに囲まれるのは間違いねぇ。療養は向こうで済ませた方が楽だろうな」

 

 雰囲気が和らぎ、島田や真田からほどほどの軽口も出てくる

 

「それにしても……まさか知ってる人が銃で撃たれるなんて、考えたこともなかったな……」

「俺も。つか、実際どんな状況で撃たれたんすか? ニュースもネットも色々違うこと言っててわけわかんねーっす」

「ニュースが正しいそうだ。麻薬取引を目撃した少女が狙われている事に気づき、咄嗟に体を滑り込ませていたらしい」

『はぁっ!?』

「マジで!?」

「それって、確かテレビで一番デマっぽいって言われてる話だよね……? 友近」

「え? 理緒、それ俺に聞くの? まぁ確かに? そんな映画のヒーローみたいなことする奴いるか! ってな感じだったとは思うけど」 

「日本ではそうだけど、アメリカのニュースではそっちが主流だよ。警察も公式発表で麻薬組織の人間との銃撃戦をした形跡があったって言ってるし、証言者もいるみたい。ってか助けられた子の家族がそう言ってる」

 

 桐条の説明に海土泊からの補足も加わり、集まった者は表向きに用意された事情を理解した。

 

「女の子かばって銃で撃たれるとか、ホントにドラマっすか」

「そんな事をマジでやるとか、さすが兄貴」

「……考えてみたら葉隠君って、普段から他人のことに首突っ込むよね」

「ゆかりちゃん?」

「おせっかいって言うか、なんて言うかさ」

「あー……なんとなく分かる。あとあいつ、案外無鉄砲だよな」

「俺が知ってるだけでも和田と荒井の喧嘩……勝手に学校が開いた大会に結果残してやっかまれ、その結果がアキとの試合。次にテレビの撮影、んで騒がれて今回は撃たれて……巻き込まれたのもあるが、色々とありすぎじゃねぇか?」

 

 荒垣の言葉には、誰もが苦笑いを返すことしかできなかった。

 

「そのあたりの事は彼が帰ってきてから、直接言ってやるといい。それに、今回の件で彼にファンクラブができる事はほぼ確実と私は見ている。彼の性格的にそれは相当嫌な“罰”になるはずだ。無茶への小言は女の子を助けた功績とそれでチャラにしてやろう」

「そういえば先輩たちのファンクラブ。非公式だったのが、二学期から公式になるんですよね?」

「その通りだよ山岸君。真田君と葉隠君の試合が世間に流出しちゃったからね。しかもそれを無意識にでも助長していたのが真田君の非公式なファンたち。……世間がそんな論調になっている以上、放置するのは得策じゃないからね。

 野放しだったファンをある程度コントロールできるように、ファンクラブを公式にして明確なルールを作ることになったよ」

「少なくとも大多数の動きは把握できるようになるだろう。そのためには真田本人の協力が不可欠だ。同じく大勢のファンがいる桐条にも協力を仰ぎ、こちらのファンクラブも公式化する。当然ながら、葉隠にファンがいれば公式化を行う」

「うおお……会長と副会長がマジだ……」

「当然だよ」

「起こってしまったことは仕方がないが、二度目は防がなければならない」

「彼も気恥ずかしいとは思うが、我慢してもらうしかない」

「なぁに。あいつが俺に周りを見ろと言ったんだ。同じ状況になったら、あいつもちゃんと周りを見るだろう」

 

 規模は別として、影虎のファンクラブ設立は決定事項のようだ。

 

「話を戻そう。葉隠の無事は明日、学校から世間に公開される予定だ。悪いがそれまで周囲に広めるのは控えてくれ。無事を伝えたい友人もいるだろうが、こちらも対応の準備を万全にしてからでなければ、対応能力の限界を超えてしまう」

「そういえば幾月さんも相当疲れてたな……“こんなはずじゃなかった”とかなんとか」

「理事会もこんな事になるとは予想していなかったんだろうな。通常業務にも支障がでているそうだ。教員の中では特に鳥海先生がストレスでまずいとか……」

「鳥海先生かー」

「あの人はねー……」

 

 西脇と島田から納得の声。

 

「とにかくそういう状況なので、これ以上の面倒は御免被りたい。考えたくはないが、例の動画流出の件もあっただろう」

「そういえばあれってどうなってるんだ?」

「一度流出したデータは取り返しがつかないから、いまだに投稿と削除のいたちごっこをしてるみたい。収まるどころか前より激しくなっちゃってるよ。これも葉隠君の記事が出たからだと思う」

「おっ、サンキュー山岸さん」

「彼女の言ったとおりだ。そしてあの動画を流出させた人間は特定できていない。先生方も近日中にあれと同じようなことが起こる可能性を考えて戦々恐々としているんだ。皆も余計な負担をかけないでやってくれ」

 

 桐条がまとめ、各々の首が軽く動く。

 

 そして話が終わると集まった顔ぶれは三々五々に帰り、寮には元を含めて特別課外活動部の三人だけが残る。

 

「ほらよ」

「ありがとう。……美味い。この紅茶を飲むのも久しぶりだな」

「フン…………さっきの話。何か言ってねぇ事があるんじゃないか?」

「鋭いな。確かにあるが、彼らには関係のない話さ。……葉隠が搬送された病院が、最近テロで話題の街にあるらしい」

「なんだと!?」

「本当か美鶴!?」

「嘘を言ってどうする。心配なのは分かるが、彼らは無事さ。江戸川先生も、天田もな」

 

 しばしの沈黙が流れた後、荒垣が切り出す。

 

「あっちの状況は分からないのか?」

「残念ながら現場は海外だ。調査員と機材の用意はあるが、テロ騒ぎであちらの空港の警備体制が厳重になっていることもある。派遣には時間がかかりそうだ。今のところ葉隠からの情報を待つしかない」

「あ? 何であいつが?」

「彼が世話になっている知人があちらの警察関係者らしい。それを利用して被害状況などの情報を探ってもらっている。テロ(・・)に関する情報としてな」

「葉隠や被害者には悪いが、不幸中の幸いか」

 

 真田が申し訳なさそうに口にする横で、腑に落ちないという表情の荒垣。

 

「……都合が良すぎねぇか?」

「どういうことだ? シンジ」

「特に理由はねぇ。ただなんとなく、そう思っただけだ。そんな事をしてあいつに利益があんのか?」

「それなら一つ要求されたよ」

 

 桐条は影虎のテロ情報と、自分の持つ天田の保護者の情報を交換することを説明した。

 

「……そうか。連絡が来たら無理すんなって伝えとけ。俺はもう帰る」

 

 荒垣はそのまま振り返ることなく寮を出る。

 それを残された二人は黙して眺めていた。

 

「何を考えているんだろうな?」

「シャドウや影時間と無関係な葉隠に、無闇に首を突っ込ませたくない。ただ葉隠は天田のために行動している。そこに文句をつける資格が自分には無い……大方そんなところだろう。

 俺も正直、妙な裏取引を始めた事に思うところが無いわけじゃないが、天田のことを出されると何も言えん。実際、天田の世話を焼いているのは俺たちじゃなくてあいつだからな」

 

 そんな事を言う真田を見て、桐条は微笑んだ。

 

「随分と物わかりが良くなったな」

「茶化すな。そういう美鶴こそ、少し丸くなったんじゃないか? 前なら処刑だっ! とか言っていただろう」

「流石に一度死に掛けてきた奴には言い方を考えるが……まぁ、確かに丸くはなっているかもしれないな。葉隠が入学してまだ半年も経っていないが、やけに長く付き合いを続けている気がする」

「それは俺も感じるときがあるな。こう……食卓で醤油を取って欲しいと思った時、もう目の前に差し出されているような……」

「? 喩え方はともかく、こちらの思いを汲み取って彼なりに気を使ってくれているんだろう。欲を言えば、もう少し平穏な生活をしてもらいたいものだ」

「確かにあいつはトラブルメーカーの気があるかもな。……しかし、無事が確認できたのなら良かったじゃないか。療養が済んだら戻ってくるんだろう?」

「その予定だ。帰国後はまたマスコミが詰め掛けるはずだ。我々はそれに備えて体力を温存しておこう。ところで明彦。夏休みの宿題は終わっているのか?」

「ボクシング部の奴らと勉強会をしたからな」

「そうか。部とも上手くやっているようで何よりだ」

 

 話が徐々に、学生らしい内容に移り変わっていく……




影虎の無事が仲間に伝わった!
翌日には世間にも公開されるようだ!
桐条と真田の寛容さが上がっている!
影虎はそこそこ信頼されているようだ!
騒動の余波で幾月が苦しんでいる!
影虎にファンクラブができるらしい……

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