4月19日(土)
放課後 鍋島ラーメン「はがくれ」
「ご馳走様でした」
「すげぇ美味かったです!」
「あざーっす!」
「また来いよ!!」
友近、順平の二人と店を出る。
今日は友近のはがくれ行かねー? の一言を発端に、話を聞きつけた順平を加えた三人で食べに来ていた。順平は前回俺と来た時のはがくれ丼にハマったらしく、俺も前回食べなかったはがくれ丼を注文。しかし、意外にも友近ははがくれ丼未経験者で、注文の時にそれは何だと食いつかれたため、最終的に全員はがくれ丼を食べた。
初めて食べたはがくれ丼は、米に乗せられた厚切りチャーシューの味付けが濃い目。だけど濃すぎず、タレの絡んだ米が進む。丼一杯に盛られた米と具を食べきるまで箸が止まらない美味さがそこにはあった。
「美味かった~、ただ、ちょっと腹が重いな」
「影虎のダチだからって、大盛りにしてくれたもんな。でも美味いからペロッといけて凄いわあの丼。影虎の友達になってよかった!」
「お~い、その言い方だとあんまり気分よくないぞ」
友近と軽口を叩いていると、サイドメニューの餃子まで頼んで苦しんでいた順平が話しに加わってきた。
「てかさ、今日も影虎の叔父さんに奢られたけどいいのか? 影虎と行くと毎回奢られてんだけど」
「ん~……叔父さんがいいって言ったんだから、いいんじゃないか? 今日の奢りは友近が原因だし」
叔父さんが言うには丼用のチャーシューはラーメン用とは違って仕込みの段階で味付けを変えているらしく、はがくれによく来る友近がそれに気づいた。そしてその話を聞きつけて気を良くした叔父さんは、今日も三人分の代金を奢ってくれた。
「それに、毎回と言ってもまだ二回しか来てないだろ? ……いつでも奢ってくれそうな気のいい人ではあるけれど、叔父さんも困るほどは奢らないよ、きっと」
「そっか。んじゃま、感謝で……あれ? 影虎携帯鳴ってね?」
「え? あ、ホントだ」
言われて取り出した携帯の画面には“父さん”と表示されている。
「ちょっとごめん。……もしもし父さん? 急にどうしたの?」
『おう影虎、お前に話したい事があってな。時間が空いたから電話したんだが……外か?』
「友達と叔父さんの店で食事してきて、今から寮に帰るとこ」
『そうか、ダチと一緒なら後にかけなおすか? 多分夜遅い時間になるけど、お前は寝ないだろ?』
「たしかに寝るのは遅いほうだけど……」
二人を見るとあっちはあっちで何か話してるし、大丈夫だろ。
『だよな。小坊の頃から夜更かしばっかしてたお前のことだ。高校生にもなって、夜は十二時越えてからだろ?』
「何が基準か知らないけど、俺は一応七時くらいから夜だと思ってるよ。父さんみたくバイクで駆け回ったりはしないし。で、何の用? 大丈夫だから話は今でお願い。あと忙しいならちゃんと寝ろ」
『わかった。じゃあ早速だが、お前、夏休みの予定あるか?』
「夏ぅ? また気の早い……入学して一月経ってないのに、あるわけないでしょ」
『だったら夏休みはアメリカに行かないか?』
「アメリカ? 急に何で?」
『お前、ジョナサンの親父さんを覚えてるか?』
「ボンズさん? もちろん」
俺がパルクールを始めるきっかけになった人なんだから忘れるわけが無い。元軍人だと聞いた直後に、俺が鍛えてくれと頼んだときの困り顔は今でもはっきり思い出せる。
『一ヶ月ちょいでかなり懐いてたもんなぁ、お前。で、そのボンズさんがな? テキサスで店を構えて、ハンググライダーのインストラクターを始めたんだと。だからジョナサンが影虎も一度遊びに行かないか? だとよ。ボンズさんも時間があればぜひ来いと言ってくれたらしい』
どうしよう? 予定は空けられるけど、来年への備えもある。
『今から予定を詰めれば俺も少しは休みを取れそうでな。いっちょ家族旅行と行かねぇか? ……俺と雪美は来年から海外だろ? そうなると会える機会もぐっと減る。だから、今のうちにどうだ?』
…………会える機会、か……
『影虎? おい、影虎! ……何かあったのか?』
「いや、なんでもない。外の音で聞こえにくかっただけ」
『そうか。まぁ何かあったらすぐ連絡しろよ。今年はまだ俺らも日本に居るんだ、会おうと思えば会える。こまめに会えるならその方が雪美も喜ぶしな』
「うん、分かってる。それから旅行は夏の予定空けとくから、詳しい話はまた今度で。そっちの状況に見通しが着いたら合わせるから」
『ならこっちである程度話進めるけどよ、そっちもダチとの用事ができたら言えよ?』
「それも分かってるよ。で、話はそれだけ?」
『もう一つある。お前、今年免許取る気あるか?』
「バイク? ん~……取れる年になるし、無いよりあった方がいいとは思うけど」
『ならよかった、普通二輪免許取っとけ。バイクはこっちで用意するから』
「は!? 用意するって、くれるって事? 高いでしょバイクなんて」
『金の事なら気にすんな。引越しの準備で入学祝いもしてなかったろ? 親戚一同とジョナサンひっくるめての入学祝いだ。……ぶっちゃけバラバラに違う物贈るより、まとめてバイク一台の方がこっちも楽だしな。その代わり免許取る金は自分で出せよ。一発でいけば一万もかからないからな』
「無茶言うな。一万かからないって、それ受験料だけの一発試験だろ? あの教習所通わないでいきなり試験受けるやつ。他の免許を持ってる人ならともかく、俺がいきなり合格できるわけ無いって」
『お前は俺の息子だろ? いけるって』
「無理だって……父さんのおかげで学科は何とかなると思うけど、運転経験が無いんだから実技で落ちるよ」
『あんま大声じゃ言えねぇが、俺がお前くらいの頃には経験あったぞ』
「俺はそのてのヤンチャしてないから。まぁ、それでも教習料金だけなら貯金で足りるだろうから免許は取るよ。せっかくだし、興味はあるし」
『おう、そうしろ。風を切って走るのは気持ちがいいぞ。女ができたら後ろに乗せて出かけてもいい。俺も雪美と』
「父さん、こっち駅に着いた。これから電車乗るから、悪いけどもう切るよ。母さんによろしく」
『お? おう、またな』
俺はそう言って電話を切った。仲が良いのは結構だけど、両親のノロケ話を聞かされても反応に困る。
「ふぅ……」
「影虎~、電話終わった?」
「ああ、うん、父さんからだった」
「へー、親父さんから? 何て?」
「夏休みに旅行に行こうって話と、入学祝いにバイクやるから免許取れって話だった」
「バイク!? マジで!? 影虎の親父さんってバイク買ってくれんの!? い~な~、俺の親父だったら危ないとか高いとか言って、絶対買ってくれねぇよ……俺もバイクがあれば、もしかしたら大人のお姉さんと……」
「うちの父さんはバイク好きだからな……あと、妄想が口からだだ漏れになってるぞ、友近。さっさと切符買って乗ろう」
すれ違う女性が友近をちょっと痛い目で見ている……
「そういや影虎の親父さんって、元ヤンのバイクオタクなんだっけ? それで仕事もどっかのバイクメーカーに勤めてるって」
「そうそう、前話したの順平覚えてたんだ。ちなみに母さんは父さんの働いているバイクメーカーの社長令嬢で伯父さん……母さんの兄さんが現社長だから、多分会社で作っているバイクのどれかが来ると思う」
「えっ!? お前社長の甥なの!?」
「それオレッチも聞いてねーんだけど!?」
「そりゃ今初めて言ったからな。というか二人とも社長の甥って聞いて、物凄い金持ちを想像してないか? 言っとくけど、今時の中小企業はどこも厳しいんだからうちは特別金持ちじゃないぞ。会社はコアなファンが一定数いるから余裕があるけど、社長の伯父さんも別に豪華な生活はしてない」
「へー、そうなのか。社長ってなんかこう、凄いっつーか特別な響きがあるんだけどなー」
「実際はそうでもないって。伯父さんから聞いた話だけど、社長になる、つまり起業は一円持っていればできるらしい。起業の手続きを専門の代行業者に頼んだり、実際に経営して稼ごうと思えば相応の資金が必要になるけどな」
「マジか……なんか一気に社長が身近になった気がするなぁ」
順平がへらへらと笑い出した、自分が社長になっている姿を想像したんだろうか?
「社長が身近にってなんだよ、気がしてるだけだって。桐条先輩を身近に感じられるか?」
「あー……無理だわ。ともちーの言葉で正気に戻れたぜ……」
「桐条先輩と桐条財閥は別格だからな……ところで、そっちは電話してる間、何話してたんだ?」
「俺らは、はがくれ丼美味かったから、宮本は残念だったなって話」
そういや誘ったけど練習があるって断られたんだっけ。
「自主練する奴の集まりだけど一年だから強制参加ってもうそれ自主練じゃなくね? ってともちーと話してた。そういや、影虎んとこはそういうのは?」
「俺も聞きたい。影虎のとこはそれ以前に江戸川先生が気になるけど、実際どうよ?」
「うちは同好会員が俺一人だから上下関係や強制は無い。江戸川先生は部室に作った研究室に入りびたりだし、気楽だよ」
「部室に実験室作る時点で普通じゃなくね?」
「……多少の事は目をつぶる事にした。けど部活中に自分の身に危険が迫った事は無いね」
「「その多少の事が気になるんだっての!?」」
「多少の事だって。実験室から頻繁に爆発音とか、ナニカを捕まえようとしているような声が聞こえるなんて……些細な事だよ」
「些細じゃねぇ!」
「些細だよ。被害が無いから些細だよ」
そう、些細な事だ。明日は満月だからサバトとその準備と片付けがあるとかで、今日、明日、明後日の部活が休みになったのも些細な事だ。誘われたけど、断れた。被害が無ければ些細な事だ。わざと藪をつついて蛇を出さなくていい。
「しっかりしろ影虎!」
「だめだ、完全に現実から目をそむけてる」
「失礼な。江戸川先生の事を割り切れば気楽で快適ないい部活なんだよ……」
それから二人は少し考えた後で話を変え、それ以降は部活の話に触れなかった。その代わり、俺達は寮に帰るまでたわいも無い話に花を咲かせた。
同日深夜
~影時間・タルタロス4F~
影時間を迎えてはや三十分、俺はもう通いなれたタルタロスの中を歩いていた。しかし、今日は様子がおかしい。いつもはすぐに見つかるシャドウが、今日はほとんど見当たらない。
満月が近いという事で完全装備(忍者スタイル)に身を包み、タルタロスから出られなくなっても生き延びられるだけの薬や食料を揃えた俺は、気合十分にタルタロスへ踏み込んだ。なのに、入って見れば拍子抜け。シャドウがほとんど見付からないまま4Fまで来てしまった。
昨日まではどんどん増えていた気がしたのに……しかも、今日みつけたシャドウはたった一種類。金色のレアシャドウ“宝物の手”のみ。それも逃げるし消えるから、今日は一度もまともに戦えていない。
ゲームで言うところのハプニングフロアだと思うが、この世界では搭全体かいくらかの階に纏めて同じことが起こるのか? それとも俺が運悪く四連続で同じハプニングフロアに当たったのか? とか考えていたら、また宝物の手が周辺把握の探索範囲に引っかかった。
今度こそ、と息を潜めて待ち構え、相手が角から姿を見せた瞬間に襲いかかる。
「ジオ!」
「クヒィ!? ッ!」
手から迸った電撃は当たるが、続く拳は機敏な動きで避けられてしまう。できれば感電して欲しかった。だが、目の前の金色のシャドウは逃げずに俺をじっと見ている。まだチャンスはある。
「タルンダ、スクカジャ、タルカジャ」
ブツブツと呟きながらスキルを使用。少しずつ蓄積する疲労に構わず全力で相手の能力を低下させ、俺自身は向上した身体機能にものを言わせてシャドウに急接近。身をよじって攻撃を避けようとするシャドウの仮面、胴体、側面、背面。部位にこだわらず、とにかく殴りつけた。
しかし攻撃の命中率は五割程度。しかも当たった攻撃もあまり効いているようには見えず、不思議と仮面で変わらないはずの表情が嘲笑っているように見えてくる。
「! ちっ!」
その後も攻撃を続けるがシャドウは一瞬の隙を見て逃走。追いかけても追いつく前に煙のように消えてしまった。
「あっ! また、お~ぁ……逃げられた……」
これで七回目……レアシャドウのみの階は最初こそ嬉しかったけど、何度も取り逃した俺には疲れしか残っていない。
「お、転送装置……一度帰るか」
エントランスで食事にしよう。
~エントランス~
「いただきます」
仮面を目元だけ覆う形に変えて、のり弁当をかきこむ。シンプルだけど、安くて素直に美味い。
それにしても、あの手はどうすれば倒せるんだろう? 攻撃が効いていないのは単純に俺がまだ弱いんだと思うけど、こちらを察知されるのは何故か。逃げられても捕まえる方法でもあれば……あ、あるかも。
思いつきで手元のドッペルゲンガーを一部変形させる。形状はロープ。先の方を輪にして頭上で振りまわし、時計目掛けて投げるとまさに投げ縄! これで逃げるシャドウもカウボーイよろしくがっちり捕獲! って、外れた。
山岸さんのお金を拾い上げた時のように遠隔操作を試しても、ちょっと軌道が変わるだけ。練習しなきゃ使えそうにない。そう上手くはいかないか……やっぱ相手の能力を探る方が先か。じゃないといつまでも見つかって逃げられるんじゃ困る。
考えながら箸を勧めていると、もう少しで食べ終わる頃に突然疑問が浮かぶ。
……ん? 宝物の手が探査能力を持っているとして、何で俺から逃げるんだろう? 俺が知る限りの探知能力を持つペルソナ使いは桐条先輩、チドリ、山岸さん、そして他ならぬ俺の四人。その中で山岸さんはまだペルソナ未覚醒だけど、桐条先輩とチドリに俺はシャドウと間違えられた。
タルタロスでは違う種類のシャドウが同じ場所に居るのは珍しくない。となると、宝物の手は俺がシャドウじゃないと分かっていた? それともシャドウと認識した上で逃げた?
………………もう一度入って、試してみよう。まだ見つかると良いけど……
最近お気に入りが増えてビックリ。
その日の気分で書いてるから投稿遅いのに、ありがとうございます。