人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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146話 異変

「院内では静かにしていただかないと困ります!」

「「すみませんでした」」

 

 俺と親父は現在、中年のおばさんナースに怒られている……

 

「まったく……親子喧嘩をするなとは言いませんが、退院まではおとなしくしてくださいねッ!」

 

 おばさんナースは言うだけ言って出ていった……

 

「おっかねぇな」

「怒り方がちょっとヒステリー気味だったね」

 

 でも言ってる事は正しいので何も言えない。

 

「……どうする?」

「……どうするもこうするも、やる気が失せた。お前がやる気なら相手になるけどな?」

「俺ももういい。……母さん、手、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 父さんと俺が意地の張り合いをしている最中。母さんは一度だけ手を出した。

 平手打ちを仕掛けてきて、物理反射にはね返される。

 その目に涙をためて、出てきた言葉はごめんなさい。

 分かってあげられなくてごめんなさい。

 そう呟かれた言葉は、熱くなっていた俺と父さんの頭を冷めさせた。

 

 そもそも母さんが手を出すのは初めてだ。

 父さんがいたのもあると思うけど、母さんはいつも止める側。

 俺は初めて母さんが手を出すところを見てしまった。

 父さんも驚いていたし、母さんはなれないことをして軽く手首を傷めた。

 俺を含めて誰もが動けなくなっていたところへあのおばさんが近づいてきた。

 あわててただの喧嘩を取り繕ったが……もはや喧嘩をする気分にはなれない……

 

「とりあえず、一件落着でいいのではないですかー?」

「ジョナサン……」

「リューもタイガーも雪美さんも、言いたいことは言ったし、相手の言いたいことは分かったでショー? 仲直り。それでいいのではないですか?」

「元々お互いのことを考えて、すれ違ったようですしねぇ」

「……俺は構いませんが」

「しゃあねぇな」

 

 ひとまずここを落としどころにすることにした。

 どちらからとも無く笑いあう。

 

「……んじゃ帰るか、天田を置いてきちまってるし」

「そうね。明日の用意もしなくっちゃ」

「また怒られる前においとましましょー」

 

 用が済んだらさっさと帰ろうとする三人。

 しかし気になる言葉が。

 

「待った、天田はどんな感じ?」

「あいつはー……まだちぃと納得できてないみたいだ。ほとんど部屋にこもってやがる」

「それに出てくるときは、体を動かさずにはいられないみたい。昔の虎ちゃんみたいね」

「そう……」

「タイガー。エレナも言ってたけど、もっとソフトに教えてあげればよかったのでは?」

「ジョナサンやエレナの言いたい事は分かるけど、中途半端な教え方はできないよ。事実は事実で正確に伝えないと……あいつだけは近い将来、ペルソナに目覚めて影時間に入ることになるんだ。そして母親が亡くなった真相を知る」

 

 今回秘密にしたとしても、どの道俺が自分の事を知っていたかは疑うだろう。

 ここで隠して後でバレたら、それこそ信用を失いかねない。

 原作の流れに沿ってバレたとすると、原作の真っ最中だ。

 そんなときに後々どう影響するか分からない爆弾を残しておくのは好ましくない。

 余裕のある今のうちに爆発させてしまった方が安全だ。

 

「実際、そんな風に利害で行動していた部分もあるよ」

「それも分かるが、あの子には心の支えになる物や人が必要だ」

「ボンズさんの仰る通りなんですがねぇ……」

 

 俺や江戸川先生への信頼は揺らいでいる。

 そして本来なら支えとなるはずの親は他界。

 現在の保護者には期待できない。

 

「……どうしたもんか……」

 

 とりあえず天田の考えを聞かないことにはどうにもならないか……

 

「そうですねぇ。今日のところは明日の用意を整えましょう」

「江戸川先生、さっき母さんも言ってましたけど、用意って何ですか?」

「決まっているじゃありませんか。君の退院パーティーですよ。色々ありましたが、無事に再び集まれることを祝してね。ヒヒヒ」

「ほんの少し料理を豪華にするだけだがな」

「マムが張り切ってましたよー? たぶん食べるの、とても大変でーす。だからタイガーを頼りにしてまーす」

「消化吸収促進の魔術もあるから、がんばるよ。」

 

 ここで思い出した。

 

「そういえば……江戸川先生」

「なんですか?」

 

 たしか先生はアメリカでのオフ会参加が目的だったんじゃなかっただろうか?

 

「……色々あって忘れてましたねぇ……満月の夜ですから、今夜ですね」

「大丈夫ですか? 会場とか」

「それは問題ありません。この街なので。というかここの窓から見えますよ」

 

 VIPルームというだけあって、この部屋は景色も良かった。

 先生が指差したのは、部屋の窓から見える海岸線。

 そこに立ち並ぶ中で、最も大きなリゾートホテルだ。

 世界各国からその筋の人が集まるオフ会なので、観光地のホテルで開かれるらしい。

 こんな事にならなくても、先生はこの町には来るつもりだったようだ。

 

「どうしましょうかねぇ……」

「影虎と天田の事は気にせず、行ってきたらいいじゃないですか」

「そうですよ先生。虎ちゃんは大丈夫そうですし、天田君は私が見てますから」

「それを目的にアメリカに来たんでしょう?」

「そうですか……? ではお言葉に甘えましょうか。そうと決まれば準備をしなければ」

「なら、改めて帰りましょー」

「そうだな。タイガー、明日また迎えに来るよ」

 

 そして五人は帰っていった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~病室~

 

 これがここでの最後の夜。

 病室にしては豪華な内装にも、たった三日住んだだけで慣れてしまった。

 いざ退院となると少しばかり寂しさもある。

 VIPルームなんて、おそらく人生で二度とない経験。

 せっかくなので、内装を隅々まで記憶に焼き付けておくことにした。

 暗視能力で暗闇の中を歩き回り、巡回が周辺把握に引っかかったら寝たふりをする。

 そしてやり過ごしたらまた起き出して、こっそり夜更かし。

 

 すると……

 

 ? なんだろう? 何か変な感じがしたような……気のせいか。

 

 と思ったが、違和感はだんだんと大きくなる。

 

 おかしい……でも、何がおかしい? 分からない。

 何かを感じる。でもそれが何か……

 

 答えが見つからないまま時間だけが流れ、時刻は11時59分55秒。

 そして、今日の影時間を迎えた。

 

「!?」

 

 世界が塗り変わった途端、違和感が急速に強まっていく。

 警戒のスキルが脳内に警鐘を鳴らす。

 その対象は窓から見える異様な風景。

 昼間は海岸線とホテルがあったはず。

 なのに……

 

「なんで……()になってるんだよ……」

 

 昼間あったはずのホテルが消えて、影時間には森になっている。

 影時間になったとしても、基本的に建造物が変化することはない。

 だが俺は唯一の例外を知っている。

 

「まさかタルタロス化してる? ……っ!? マズイ!」

 

 今夜はあそこで江戸川先生のオフ会が開かれているはずだ。

 何をやったか知らないが、あそこに居たら巻き込まれる!

 

 俺は装備を整えて、窓から外へ飛び出した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~海辺の森~

 

「やっぱりか……」

 

 近づいてみると、普通の森じゃない事がすぐに分かった。

 綺麗に舗装された道路に、南国風のリゾート地。

 近代的なビルが立ち並ぶ横に、ジャングルかと思わせる密林が広がっている。

 しかもその木々は全て石や鉄で構成されていて、人工物に近い。

 おまけに木は幹から枝まで捻じ曲がり、下草は生垣のようになっていた。

 それが森の周りをぐるりと囲んで、まるで人の立ち入りを拒んでいるようだ。

 

 どこか入れる場所を探さないと……

 

「イヤァアアァアァァッ!?」

「!!」

 

 誰かの悲鳴。

 位置はおそらく森の外。

 急いで声の元を探す。

 

「!」

 

 見つけた!

 黒い犬のようなシャドウと女性が向かい合っている。

 女性の服は砂に汚れ、武器に使ったと思われる枝がシャドウの後方に落ちていた。

 

 間に合え!

 

「ギャウン!?」

 

 ソニックパンチが効いた。

 

「大丈夫か!」

「ひぃっ!?」

「グルルルル……」

 

 できた隙に女性とシャドウの間に飛び込む。

 すると女性は怯え、シャドウは俺を威嚇。

 

 ……まずはシャドウを倒そう。

 あの姿。黒く滑らかで犬かと思ったが、狼を模しているのかもしれない。

 どちらにしても素早そうだ。

 

「グワッ!」

「ハァッ!」

 

 一直線の飛びかかり。

 爪を避けて腹へ一撃。

 跳ね飛ばされて小さな悲鳴を上げたものの、シャドウはすぐに起き上がる。

 追撃のシングルショットは避けられた。

 

 打撃は効くが、弱点ではなさそうだ。そしてやっぱり素早い。

 

 今度は足を狙った噛みつき。

 足に刃を付けて逆に蹴りつける。

 

「ギャウン!?」

「おっ」

 

 攻撃を受けてすぐに離れていく。

 打撃よりも斬撃の方が効くようだ。

 打撃耐性あり、斬撃に耐性なしってところか。

 だったら……

 

「グルル……」

 

 両手に作り上げた小太刀に明らかな警戒を示すシャドウ。

 こないなら、こちらから行く!

 

「シャアッ!」

 

 シャドウも同時に地面を蹴る。

 爪を振り上げているが、動きは見切った。

 爪を半身で避けながら、人間なら脇の部分を切りつける。

 傷を作ったシャドウは着地に失敗。

 

 チャンス!

 

 転んで生まれた隙を見逃さず追撃。

 二本の刃で切っては刺す。

 ほどなくしてシャドウは黒い霧へと変化した。

 

「ふぅ……おっと。お怪我はありませんか?」

「イヤッ! こないで!!!」

 

 錯乱している……パトラ(動揺・恐怖・混乱の回復魔法)は効くだろうか? 

 試してみる。

 

「は……え?」

「落ち着きましたか?」

「……言葉……分かるの……?」

「こんな格好ですが人間ですよ、私は。何があったかわかりますか?」

「わからない……歩いてたら突然、変な森が見えて……ううっ!」

 

 どうやら少しだけ冷静になったようだ。

 そのまま話を聞いてみると……

 

 この女性は旅行者。

 ちょっとしたトラブルがありホテルへ帰るのが遅くなった。

 ホテルに到着したはずなのに、気づいたら目の前は森。

 困って様子を伺っていたら、草木を挟んであのシャドウと遭遇した。

 隙間から見えた姿に驚いて逃げたが、何をしたか細かいことは必死で覚えていない。

 あの森の木々と同じ枝が落ちているところを見ると、あれで交戦したのかもしれない。

 

 得られた情報から考えて、やはりあの森はホテルがあった場所のようだ。

 それにもう一つ大きな問題が発覚した。

 

「森の中にいたさっきのが、外に出てきたんですよね?」

「ええ……壁を越えてじゃなくて、たぶんあっちの方から回り込んできたと思うわ。私を追ってきてたし、同じやつだとおもうけど……」

 

 その話が本当なら、森の様子は外から覗ける。逆に森の中から外を覗くこともできる。

 そして獲物を見つけたらイレギュラーになって襲ってくる?

 ただこの人がシャドウに呼びよせられただけか……分からないけど良い予感はしない。

 江戸川先生もそうだけど、他の皆も大丈夫だろうか?

 

「ねぇ、あなた何なの? 私はどうすればいいの?」

 

 そうだな……

 

「私は“ブラッククラウン”。近頃はそう呼ばれています。ここは危ないですから、あの店に入りましょうか」

 

 女性を近くのコンビニへ連れて行く。

 リゾート地だけあって、まだ営業していたんだろう。

 中は棺桶が五つほど立ち並んでいる。

 

「何なのよここは……」

「大丈夫。あの化け物は建物の中にはまず入ってきません。外から見つからないように、念のため戸棚の後ろに隠れてください」

 

 女性は素直に指示に従う。

 ここで大人しくしていれば彼女は大丈夫だろう。

 

「あなたはここに隠れていてください」

「待って! どこに行く気なの!」

 

 女性は不安そうだ……しかし俺は行かなければならない。

 

「すみません。あの森にいる知人を助けないといけないので」

 

 一度周囲の安全を確認して、森へ向かうことにした。




影虎と龍斗は看護師長に怒られた!
二人はぶつかり合って、一応の折り合いがついた!
天田は閉じこもっているようだ……
影時間に異常が発生した!

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