人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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143話 告白

 8月14日(金)

 

 昼

 

 江戸川先生と状況について話していると、外が騒がしくなってきた。

 

「影虎ぁ!」

「虎ちゃん!」

「先輩!」

 

 と思った矢先に扉が破裂したような音を立て、父さんを先頭に続々と人がなだれ込んでくる。

 

「タイガー!!」

「目が覚めたのね!」

「よかったぁ!!」

「無事でよかった……」

 

 ジョーンズ家や安藤家の皆も、俺の無事を口々に喜んでくれている。

 

「よぉタイガー。派手に暴れたんだってな」

「だいぶ危険な状態だったみたいだが……思ったより元気そうで何よりだ」

「まったくだ」

 

 あれ? 襲撃を受けたメンバーだけでなく、ウィリアムさんとカイルさん。それにリアンさんまでいる。わざわざお見舞いに駆けつけてくれたのかな?

 

「あ?」

「もしかして聞いてないの?」

「? 何が?」

「ああ……目覚めてから診察ですとかバタバタしてましたからねぇ。その辺はまだ説明してないんですよ」

「そうでしたか。虎ちゃん。ここはね、私たちがいた町じゃないの」

「我々の家も連中に荒らされてしまい、とても住める状態ではなくなっていたからな。この人数では宿泊費もばかにならないので、一時的にカイルの所に間借りすることにしたんだ。合わせてタイガーも一度、寝ている間にこっちの町の病院へ移送されている」

「だから俺たちもすぐ来れる距離なんだよ、ここはな」

「そうだったんですか。でもリアンさん、お仕事は……」

「休暇をとった。今回は家族が襲われたことで捜査から外されてしまってな。ちょうどいいから溜まっている休暇を消費しろとさ。……今回の件、警察官としては言いたいこともあるが、家族を助けてくれた事には心から感謝している。ありがとう。君がいなければ私は家族を失っていた」

「こちらこそ。俺も……ん?」

「……」

 

 不意に手が引かれる。

 誰かと思って手元を見たら、アンジェリーナちゃんだった。

 

「……生きてる?」

「見ての通りだよ。アンジェリーナちゃんもありがとう。あれ、効いたよ」

 

 ルーンの書き込まれた包帯は交換されてしまったが、ドクターに頼んでベッドの横の棚に残してもらっている。それを見た彼女は……

 

「よかった……」

 

 安心した表情で俺を見ていた。

 以前まで見えた暗いオーラが今は見えない。

 

「お互いに無事でよかったね。……そういえば、お友達は?」

 

 ホリーと呼ばれていた子の姿は見えない。

 そう言うと、ジョナサンが教えてくれた。

 

「タイガーが撃たれてからもう四日目でーす。とっくに家族のところに帰りましたー」

「……彼女、無事に帰れたの? あっちの家族は?」

「心配ない。彼女の家は両親共働きだったようでな、家にはいなかった。エイミーから連絡を受けて手配した警官が、どちらも勤務先で無事に保護できたよ。まだ警備の人間をつけているが、日常生活に戻っているはずだ。もちろん口止めはしてある」

「敵の報復は?」

「まず無いだろう。家を襲撃した連中のやり方と逮捕者の所持品から、敵組織がDOUCであると確定した。奴らは裏切り者を許さないが、単なる目撃者への報復行為を行った事はない。

 例えそれが仲間の逮捕に繋がったとしても、報復を行えば警察に尻尾を捕まれるリスクが高まるからな。一時の鬱憤晴らしよりも、尻尾を切り落として潜伏することを奴らは徹底している。だからなかなか尻尾が掴めない組織なんだ。

 もちろん警戒は続けるが、我々や彼女の家族が連中の報復を受ける可能性は低いだろう。報復を受けるとすれば……おっと、忘れていた」

 

 リアンさんは持っていたリュックサックから一冊の本と小さな手帳を取り出した。

 

「これを君に」

「どっちもずいぶん古そうですね……何の本ですか?」

「教職員の指導書だそうだ」

 

 何でそんなものをこの人が? 

 

「私は君に渡してくれと頼まれただけで、送り主はアンジェリーナの担任教師さ」

「えっ!? それって麻薬を買ってた?」

「彼はDOUCに協力して情報を流した後、自首したよ。不安から現場に戻り、自分に対するラブレターを見つけたらしい。今まさに自分自身が危険に追いやっている生徒からのそれを拾って決心したとかなんとか。同僚から話を聞いた限り、元々は教育熱心な良い教師だったようで、それゆえのストレスで麻薬に手を出してしまったらしい。一度面会したが、だいぶ後悔していたよ。最初は罵声の一つも浴びせてやるつもりだったんだが……」

「そうですか……」

 

 残念な話だ。でも、何でその人が本を俺に?

 

「本は彼が教職を志した時に恩師から勧められた彼の教師としてのバイブル。手帳は彼の恩師から、彼が教職に就いた時に譲られた物。どちらも自分に持つ資格は無い。他人のために体を張ることができるような人なら役に立てられるのではないか……と言っていたな。

 どうも教え子の無事と一緒に君の事を聞いたようだ。巻き込んですまないとも言っていた。謝罪の気持ちらしいが、一方的に送りつけた物だ。いらなければ捨ててもいいぞ」

「……せっかくですし貰っておきます。入院中は暇になりそうですし」

「先輩、入院って後どのくらいなんですか?」

「ドクターは明後日までの入院で様子を見て、問題なければその翌日に退院してもいいと言ってたよ。さっき診察を受けた限りではほぼ健康。ただほとんど丸々四日間眠っていたから、いくらか検査はしておきたいってさ。ですよね?」

「はい。今日も午後にいくつか検査。翌日からは朝から晩まで検査とその待ち時間になりそうですねぇ。あと傷口の抜糸が一週間後に行われます」

 

 幸いこの病院は桐条グループとは無関係だという話だし、疑おうにももう遅い。

 日本で桐条グループの病院にかかれない俺としては、この機会にしっかり検査したい。

 江戸川先生もそれを勧めている以上、素直に受けるつもりだ。

 

「とりあえず今日含めて三日は入院。その後の事はさっきまで先生とも話してたんだけど、どうする? あんな事があったけど、俺としては慌てて日本に帰るのはあまりよくなさそうなんだ」

「帰国と同時にマスコミに囲まれかねない状況になっているようですし、ゆっくりと体を休めるにはまだアメリカに滞在したほうが良さそうですねぇ」

「ああ、そいつは俺らも考えてた。会社もマスコミ対応に追われてるそうだ」

「兄には息子の無事を伝えたのですが、そのときにもそういう話になりまして」

「タイガーたちが嫌でなければ、いくらでもうちにいて構わないよ。ねぇ?」

「母の言う通りだとも。雪美さんが家も店もきれいにしてくれるから大助かりだ」

「兄貴のまずい飯を食わなくていいしな。宿代のことは考えなくていいぜ。元々親父たちの老後も見据えて買った家なんだが、当の本人たちは世話にならないとか言いやがってよ。どのみち部屋は余ってたんだ。まあ掃除が必要だけど」

 

 ウィリアムさんたちがそう言ってくれて、俺たちは旅行を継続する方向で話がまとまった。

 次は事件が具体的にどういう扱いになっているか。

 

「残念ながら襲撃を完全にもみ消すには事が大きくなりすぎた。だから魔術など不自然な点を伏せ、“葉隠影虎”と“ブラッククラウン”は完全な別人という形に偽装した。

 世間的にはアンジェリーナを救ったブラッククラウンが、成り行きのまま我々の逃亡を手助けした、ということになっている。しかし日本での話もあるからな……退院後に取材か何かが来た場合は、暴れたのはほぼブラッククラウン。タイガーは流れ弾からアンジェリーナをかばって負傷しただけ、という事にしておいてくれ」

 

 まずあれだけの人数に襲われて全員無事であるのが奇跡なので、今日まで警戒していたが、怪しむような人間はいなかったそうだ。

 

 ニュースでは俺が“体を張って女の子を救った勇敢な少年”という形になっているらしく、それはそれで面倒かとも思うが……行いの全てが明らかにされるよりは楽だろう。

 

「分かりました。あ、あと……母さん、ちょっと……俺たちはそれでいいとして、天田は大丈夫なのか? あんな事があって、向こうの保護者とか……」

「……問題なさそうよ。連絡したら“無事ならいいです。天田君をよろしくお願いします”ですって。信じられないわ」

 

 たったの二言。

 母さんも声は潜めているけど、だいぶ不快そうにしている。

 

「虎ちゃんもね」

 

 表情に出ていたようだ。

 あと父さんも同じことを聞いて即キレていたらしい。

 まぁ言おうと思えばいくらでも言える事はあるけど、ここで言っても仕方ないし問題ないなら置いておこう。

 

「これでだいたい急ぐ話は終わったか?」

 

 父さんが聞いてきた。

 そうだな……入院費用とかは保険があるし、日本との連絡とか必要なことは済ませてもらっているようだし……特にないかな。

 

「だったらそろそろ話してもらおうか。影虎、お前はいったい何隠してたんだ」

 

 室内の雰囲気が重くなる。

 威圧するような雰囲気を出さなくても、あそこまでやって今更ごまかせるとは思わない。

 素直に話すことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ペルソナについて。

 シャドウについて。

 無気力症との関係。

 それらと桐条グループの関係。

 俺に前世の記憶がある事。

 今の立場と目的。

 そのために今日までやってきた事。

 それらを観念して洗いざらい話す。

 

 諸々を説明した後、室内には沈黙が流れた。

 殴りかかってくると予想していた親父も、ソファーに座ったまま頭を抱えている。

 

「エクスキューズミー。ミスターハガクレ……今、大丈夫ですか?」

「はい、何でしょうか?」

「一時間後に検査の予約が取れました。十分前になったらお呼びしますので、外に出る用意だけお願いします。持ち物は特に必要ありませんから」

「ありがとうございます」

「それでは」

 

 尋ねてきた男性ナースは、室内の雰囲気を気にしてか用件だけ伝えてすぐに立ち去る。

 

「……皆、タイガーは検査がある。今日のところは一度帰らないか?」

「あ?」

「ボンズさん………」

「リュート、雪美さん。二人が息子のことを理解しようとしているのは分かる。そして語られた内容に頭を悩ませていることも。我々も昔、アンジェリーナの事で経験をしていなければもっと悩んだだろう。だが、ここで焦って結論を出す必要はないんだ。一晩でも二晩でも考えればいい。タイガーもすぐに答えは求めていないだろう?」

 

 同意する。

 父さんたちはためらっていた。

 このまま考え続けても結論はすぐに出ないないと判断したようだ。

 ボンズさんに同意して皆がソファーから立ち上がる。

 

 そして部屋を出て行く姿を見送っていた時。

 天田が突然振り返った。

 

「先輩。その……影時間って、それにシャドウって……」

 

 質問になっていないが、聞きたいことはだいたい予想がつく。

 

「影時間で起きたことは一般人には認識されない。そこで殺傷事件などが発生した場合、被害者の遺体や痕跡などは残るが、そこまでの経緯は影時間の終わりとともに、自動的にありがちな内容に摩り替わる。被害者の記憶ですらも……

 天田のお母さんが亡くなったのも事故じゃない。影時間で殺された結果、死亡原因は事故という結果に摩り替わったんだ」

「!! やっぱり……でも、どうして僕は……」

「それは天田も俺と同じで、ペルソナの適正を持ってるからだ。今はまだうっすらと記憶を維持するだけのようだけど、じきにペルソナにも目覚める」

「……先輩。先輩は知ってたんですね。僕のこと……母さんのことも、全部?」

「……最初から知ってた。それこそ事件の前から。影時間にお母さんをなくすことも、近い未来にペルソナに目覚めることも。力を求める理由も、そして……それで何をしようとするのかも」

「じゃあ……どうして今頃……もっと早くに」

「天田君、お母さんの事は」

 

 言いかけた江戸川先生を止める。

 

「言い訳はしない。天田、俺はずっと前から影時間に活動はできた。やろうと思えばポートアイランドで二人を探し回るくらいはできた。でも、わが身可愛さに何もしなかった」

「ッ!」

「天田君!」

「ケン! Wait! Please wait!」

 

 走り出した天田を追って、ロイドが出て行く。

 

「タイガー、あんな言い方しなくても良かったんじゃない?」

「どう言い換えても、知っていた事には変わりない。……助ける義務が無いのは分かってるさ。俺も、天田も」

「Oh……仕方ないわね。ケンの事は私たちで見ておくから、タイガーは体を休めなさい」

「エレナ。悪いけど、お願いする。とりあえず桐条に突撃するとか短絡的な行動さえしなければいいから。あいつもあいつなりに考える必要はあると思うし」

「オーケー。じゃあこれ、私たちの今の連絡先とカイル伯父さんのお店の住所ね。毎日誰かがお見舞いには来るけど、何かあったらここに連絡して」

「ありがとう」

「それじゃあね! あ、明日家から回収できた荷物は持ってくるから! 検査ちゃんと受けるのよ!」

 

 江戸川先生一人を残し、皆部屋からいなくなった……

 とりあえず、今すべきこと。検査の準備をしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「お疲れ様でした。次の検査は明日の朝八時からです。ゆっくりお休みください」

「ありがとうございます」

 

 VIPルームを使っているため、ドクターやナースからの扱いが丁寧で妙に恐縮してしまう。

 しかし今日の検査は終わったので、後はゆっくりできる。

 ……と言っても検査が終わるとすることが無い。江戸川先生も帰ってしまったし……

 運動はやめておくべきだろう。こんなときは前なら小周天をやるんだが……

 俺は知らないうちに新しく“気功・小”と“光からの生還”を習得していた。

 おまけに人のオーラが以前よりもはっきり見えるし、体が透けた人も見えている。

 病院には多いようだ……

 

 先生に相談してみたところ、一度死にかけたことで刺激を受けたのではないか? との事。

 まぁ実際に生還して“光からの生還”を習得してるし、気功は危機的状況下からの回復。

 霊感は絶対にあの世と関係あるだろうし……というか、それだけやばい状態だったのか。

 ベルベットルームに迷い込んでなかったら、いったいどうなったんだろう……

 ……考えるのはやめておこう。

 

 とにかく今は気功・小があるので、魔力を使えばゆっくりとだが常時回復し続ける。

 さらに小周天も行えば効果が累積し、回復をさらに早めることができるようだ。

 それ自体は非常に喜ばしいけれど、今日は魔術を使っていない。

 せっかくの魔力を無駄にしそうでなんか嫌。

 なら魔法の実験も一緒にやろうかと思ったが、部屋に筆記用具がない。

 魔術用に常備していた筆記用具は、四日間の内にどこかへ行ってしまったようだ……

 

 ある物といえば、もらい物の本だけ。

 今日は外を出歩くことはできない。できてもあまりしたくないけど。

 寝るにも少し早い時間なので、読んでみることにする。

 

 

「……」

 

 本のタイトルは“指導のすすめ”。

 指導を行うときの注意点や手法について、基礎の基礎からまとめられている。

 指導の仕方を教えるための指導書だからなのか、実に分かりやすい。 

 新人からベテランまで役に立ちそうな一冊だった。

 

 しかしもう一冊、手帳のほうは正直読みにくい。

 というのも、どうやらこれは例の担任教師の恩師に当たる方が、個人的に書き記した物。

 元々の字に癖がある上、おそらく担任教師が気づいた事などを書き加えてある。

 先ほどの本と比べると、まとまりが無い。

 しかしこれは先ほどの本とは違って二人分の経験を強く感じさせる。

 書かれている内容は非常に参考になるものだった。

 

 内容を理解するために基礎の本を参考に、手帳の内容を三順。

 アナライズで内容を整理してなんとか理解する。

 そして改めて考えてみると……

 

 小学生時代、中学生時代、そして月光館学園の教師陣。

 江戸川先生に、以前陸上の指導を受けた三国コーチ。

 さらに教科書や教科書ガイド。

 “違いの出る勉強法”などかつて読んだ書籍の数々。

 

 指導に使われたテクニックやそこへ込められた意図。

 どこが要点で、理解して欲しい点だったのか。

 そういったことがより詳しく分かってきた気がする……!!

 

「“コーチング”に“ミドルグロウ”……」

 

 力が流れ込んでくる感覚に加え、元からあった“ローグロウ”が一回り成長した。

 これは学習と指導の補助に使えそうだ!

 

 …………得るものはあったが、またすることが無くなってしまった。

 ………………何もせずに起きていると気が重くなる。

 やっぱりもう寝よう。




影虎は教育に関する本と手帳を手に入れた!
影虎は秘密を告白した!
龍斗と雪美は悩んでいる……
ジョナサンも影で悩んでいる……
天田との関係が“リバース”状態になった……
影虎は“気功・小”“光からの生還”“コーチング”を習得した!
“ローグロウ”が“ミドルグロウ”に変化した!

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