人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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138話 選択

「来たっ!」

「逃げて!」

 

 俺とアンジェリーナの声が重なった。

 瞬時に室内の緊張感が増す。

 

「犯人か?」

「ここ、危ない……」

「表にパトカー一台、警察官二人。待った……敷地の外にさらに一台。車種はバンで、乗っているのは五人」

「そこまで分かるのか。装備は何か分かるか?」

「……全員種類の違うハンドガンを所持。二人だけ……おそらくサブマシンガンを持ってます。防具もバラバラ。共通しているのは防弾ベストみたいな厚めの上着ぐらいですね。中にはキャップを被った奴までいます」

「統一されていない装備、明らかに“警察組織以外の武装集団”だな。ギャングか何か分からんが、とにかく逃げよう。戦えない者を中心に。ジョージ、先導しろ。タイガーは私と殿を頼む」

 

 親父たちは俺とアンジェリーナちゃんの能力について説明を受けていないが、質問をする暇が無いことは分かっているみたいだ。

 

 先導するジョージさんに続き、静かに移動を始めたが……

 

『!!』

 

 チャイムの数十秒後に銃声。

 

「表のドアが破られた。まだバリケードはあるし距離もある、急ごう!」

「落ち着いて進むんだ!」

「待って、そっちもダメ!」

 

 ジョージさんの声に、アンジェリーナから待ったがかかる。

 意識を向けて気づく。

 廊下を左に曲がり、突きあたりで右。

 目的の裏口のそばまで敵が迫っていた。

 

「八人! 裏口から進入しようとしてる!」

「何だと!?」

「何人いるのよ!?」

「敵と危険が少ないのはどっちだ!」

 

 敵影がない道は右。アンジェリーナも同じ判断をしている。

 

「なら行くぞ!」

 

 進行方向が右へ変わった。この先は庭に繋がっている。

 だが道を変えた直後に裏の扉が破られた。

 

「一人も逃がすなよ!」

「逃げられるくらいなら殺せ!!」

「物騒な奴らだ……後ろからまず二人来ます」

「急げっ」

 

 全員庭へ出たところで、敵のうち二人が俺たちのいた廊下へ。

 一人がまず踏み込んだ所で、ボンズさんがショットガンの引き金を躊躇なく引く。

 

「!?」

 

 男が短い悲鳴と共に倒れる。

 代わりにもう一人が廊下へ躍り出た。

 

「! 見つけたぞぉ!!」

「“土の壁”」

「なぁ!?」

 

 扉の横に身を隠し、魔術を発動。

 即座に盛り上がる土の山で入り口を塞ぐ。

 

「何よこれ!?」

「どうなってんだ!?」

 

 あっ、こっちまで驚かせてしまった……

 

「追ってこないように塞ぎました!」

「う、うむ。話は後だ!」

「邪魔だぁ!! 消えろよぉ!? 殺さなきゃ薬が貰えないじゃないかぁ!!!」

 

 ……サブマシンガンの銃声に混じって、とんでもない言葉が聞こえた。

 薬がもらえない。薬とは、まず間違いなく麻薬の事だろう。

 今の男は薬のためにこんなことをしてるのか? まさか他の奴も?

 

「ボンズさん」

「非常に危険な相手だ、気をつけろ」

「はい」

「……ずいぶんと落ち着いているな?」

「自分でも少し驚いてます。ビルを登るより、人命救助より、こういう状況の方がよっぽど冷静でいられるみたいで」

 

 タルタロスや地下闘技場に近い感覚だ。

 前々からそれとなく自覚はあったが……

 すっかり非日常に毒されていた事を改めて実感する。

 

「冷静に判断ができるなら良し。その状態を維持しろ。今の壁はまだ作れるか?」

「あと五回か六回は問題なく」

「そうか、その状態をできる限り維持しなさい。それから敵に対する容赦は無用。この場を乗り切る事だけを考えて動くんだ。何があろうと後のことは私が何とかしよう。力の使い時は任せる。悪いが頼りにさせてもらうぞ」

 

 極力無駄を省いた言葉に、複雑な感情と確かな信頼を感じた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「まいったな……」

「まさかこれほど集まっているとは」

「これじゃ逃げられないよ」

 

 “掘削”と“土の壁”の魔術により、庭の壁を破って敷地外への逃走に成功。

 しかしその先が問題だった。

 

 林の中に広げたドッペルゲンガーで身を隠しながら、ロイドの操る携帯に皆が注目している。そこには監視カメラの映像をリアルタイムで見られるアプリが起動され、画面には駐車場の様子が映し出されている。

 

 先ほどチラリと見えた画面には、武装集団とジョーンズ家の物でない車やバイクが集まっていた。

 

「ざっと二十人か。この短時間でこの数……それに麻薬……“DOUC”か?」

「ボンズさん……それは?」

「麻薬と銃器の密輸組織だ。麻薬を使った顧客を取り込み、徹底した恐怖政治で統制してるらしい。まず麻薬をばら撒いて顧客から金を毟り取り、金が払えなくなると薬を対価に仕事をさせる……と言う具合にな。

 麻薬で理性を奪われ、犯罪への忌避感を薄れさせてしまった人間は……麻薬を得るために更なる犯罪に手を出し易くなってしまう。そして誘いに乗ればもう逃げることはできない。だから“Dead() or() Under Control(支配下)”。警察内部ではそう呼んでいると聞いたことがある」

「それにしてもこんなに早く人が集まるものですか?」

「近場の手駒に声をかけるだけなら電話一本あれば事足りるだろう。数は麻薬を欲する各自が自前の武器を手に、自前の車で集まってくれば……そうでなくとも敵がいるのは事実だ。事実は事実として受け入れるしかない。

 指揮官がここまで早く強硬手段に出た理由は分からんが、功を焦っているのかもしれん。連中は裏切りを許さず、人殺しに抵抗も無く、ミス一つでもペナルティを科される。そういう組織だそうだ。おまけに平気で部下を切り捨てるという話だ」

「何もせずに終わるなら、いっそ下策だとしても……ってことですか」

「さあな……全てを説明できるのは奴らの指揮官だけだろう。しかしまったくもって厄介だ。装備とふるまいから素人だとは思うが、全員が銃を所持。こちらはタイガーを含めても三人……戦うのはどう考えても危険。だが逃げ道は完全に塞がれている。車も無い」

「逃げるには車が必須よね」

「すまないね……」

 

 駐車場の車と整備された道は完全に抑えられていた。

 他はあまり人の手が入っていない藪ばかりの山林。

 強行すれば音がたつ上、木々が折れて痕跡が残る。

 追跡された場合も悪路で逃げにくい。

 特に天田たちや江戸川先生、アメリアさんは普通に移動するだけでも辛いだろう。

 そうなると全体の移動速度にも関わる。

 

「チッ! 銃さえなきゃ俺一人でも全員片付けてやれるってのに」

「……ねぇ、このままリアン兄さんが来るまで隠れていられないの?」

「追手が来なければそれでいい。しかし指揮官が数名連絡を取り合っているようだ。じきに捜索範囲広がると考えるべきだ。ここで隠れていればやり過ごせるというのは楽観が過ぎる」

これ(・・)があっても? 光学迷彩と防音効果があるんでしょう?」

 

 エイミーさんがドッペルゲンガーに触れて言うが、それは危険だ。

 確かに今は表面を保護色で景色に同化させているが、敵が接触すればまず何かあることは分かる。表面をナイフのように硬くすれば多少の攻撃には耐えられると思うが、銃弾を何十発も打ち込まれればおそらく耐えきれない。

 

 自分で出し入れするならともかく、攻撃による破損はエネルギーを失うのと同じ。ダメージで維持ができなくなれば、そのまま全員ハチの巣にされてしまうだろう。

 

 それならドッペルゲンガーで全員を覆ったまま移動した方がまだいい。ただしドッペルゲンガーの中は真っ暗。暗視能力を持つ俺以外は、携帯の光に照らされるロイド達の顔しか見えていない状態だ。さらに風呂敷に包まれたような密集状態なので歩みは遅く、疲れやすくなることが予想される。

 

 このまま逃げ隠れを続けるのは難しい。

 誰かに見つかったが最後、敵が大挙して押し寄せるだろう。

 

「もしもの時は……タイガー、皆を連れてここから逃げてくれ」

 

 皆を連れて。その意味は表情を見れば明白だった。

 

「ボンズさん、囮になる気ですか?」

『!?』

「……偵察要員はおそらく連絡手段を持っているはず。そうでなくても銃声を聞きつければ、奴らは必ず人手を割く。どれほど減るかは賭けになるが、薬欲しさに集まっているなら我先にと駆けつける者がいてもおかしくない。その隙になんとか逃げるんだ。できそうなら車を奪いなさい」

「グランパを置いていける訳ないじゃない!」

「そうだよ! 一緒に逃げようよ!」

「一人でも多くを生き残らせるためだ」

 

 決意は固そうだ。

 彼の判断は俺も認められない。

 だが悠長に考えている暇もない。

 だから……

 

「ボンズさん。囮なら俺がやる」

 

 俺は反対した。

 

「タイガー!?」

「虎ちゃん!」

「一人でも多く生き残らせるためなら、それが最善だと思う」

 

 ジョナサンや母さんが止めようとしているが……魔術にペルソナと手段は多い。

 俺一人ならトラフーリで瞬間移動もできる。確実に。

 

 だが彼は首を横に振る。

 

「タイガー、君の能力は認める。だがそれは万全の状態ならだ。……本当は相当疲れているだろう。違うかね?」

「……」

 

 アンジェリーナとホリーを連れて帰るために魔力と体力をかなり使った。

 ……それは事実だ。

 

「短い間だが、君が本気でトレーニングに打ち込む姿を何度も見てきた。だいぶ疲れがたまっているのは分かる。それでは君の持つポテンシャルを十全に発揮できないだろう。残りの力は、家族を逃がすために使ってくれ」

「……影虎君」

「それでも俺には手段があります」

 

 ボンズさんが囮になることは認められない。納得できない。

 先生からは教わった。無茶をしようとしている自覚もある。

 そして悠長に考えて納得する暇はない。

 だったら無茶を押し通すのみ。

 それが最も心置きなく、全力で行動できる道だ。

 

「……決意は固そうですねぇ……ボンズさん、考え直してくださいませんか?」

「エドガワ、貴方まで何を言うんだ」

「私もこの前確信したのですが、彼は過去のトラウマから“人を見捨てる”という行為に強い拒絶反応を示すようです。あまり無茶をするなとは先日言い聞かせましたが、無理に貴方を置いて行くと予期せず暴走する可能性があると思うのですよ。

 それに……私の役目は生徒を信じ、悔いの無いように生きる手伝いをする事ですので。ヒヒッ」

「なっ……」

 

 そう言い放った先生に、ボンズさんは驚きの表情を隠さない。

 対立した意見で皆が静まり返る。

 

「偵察隊を倒し、増援が到着する前に全員で逃げる」

 

 沈黙にジョージさんが割り込んできた。

 

「義父さんとタイガー、どちらが残っても問題はあるだろう。それにどこへ行っても危険だ。なら最後まで共に行こう。我々は誰かを置いて進むのは本意ではない。二人もそうだろう」

「息子を置いて逃げられっか。世話になったボンズさんを残して逃げる気もねぇ」

 

 狭い中で親父は答えも聞かず、もう肩を回し始めている。

 しかも腰元にはベルトの隙間に挟んだバール……どこから持ってきた?

 

「これか? 工具箱見かけてとっさに持ってきちまっただけだ。そんな事より、敵陣突っ切るなんてのは朝飯前だ。機動隊とだって何度もやり合った事があるしな。走れない奴がいるなら、俺が担いで走ってやるよ」

「私も……」

 

 今度はアンジェリーナが呟いたかと思えば、手をこちらに伸ばして俺に触れた。

 

「どうした?」

「できる事、ある……?」

 

 その手にはアルファベットに対応させたルーンで、“help”と書いた紙が握られている。

 逃亡中に藁にもすがる気持ちで書いたそうで、俺が助ける前から片手に握り締めていた。

 俺に声が届いたのはこのルーンのせいだろう。

 否。小学生の足で逃げ切れたことそのものがこのルーンのおかげか。

 

 聞いたところによると、何度か捕まりそうになる度に追っ手の前に看板が落ちたり、追っ手が足をもつれさせたりと幸運が続いたそうだ。おそらく内容が漠然としすぎて効果が安定していないんだろう。

 

 それに彼女は俺がそう教えるまで魔術を使った自覚が無く、“help”のルーンは追い詰められて暴発しただけ。意図的に使うこともできないらしい。気持ちはありがたいが、力は借りられない。

 

 ……と、言いかけてふと思いつく。

 

「アンジェリーナちゃん、体調は? 体がだるいとか、意識が朦朧としているとか……」

「? 疲れた……けど、意識はちゃんとある」

「無自覚に術を使ってたのに……まだ余裕はある、ってことか……」

「タイガー、娘に何かさせるの?」

「……一つ思いつきました。アンジェリーナちゃん、魔力……エネルギーを分けて貰えないか?」

 

 彼女が暴走時にとんでもないエネルギーを持っているのは知っていたけれど、そうでなくても彼女の魔力は多いのだろう。どれだけかは分からないが、その魔力を吸魔で吸い上げれば魔術も今よりは使えるだろう。生き残れる確率も上がる。

 

 どれだけ回復できるかは正直分からないし、アンジェリーナに負担がかかるかもしれないけど……

 

「それでもいい。だから、皆で一緒に助かりたい。グランパも」

「アンジェリーナ……っ」

「……分かった。ボンズさん。アンジェリーナの力を分けて貰えれば、俺はそれだけ回復できます。だから」

 

 家族に続き孫娘の思いに目を潤ませたボンズさんは、数秒厳しい顔になり……

 

「ロイドは監視を継続、エイミーは今の状況をリアンに連絡だ。我々はまず第一に見つからない事。捜索の手が伸びれば勝負は電撃戦だ。速やかに偵察隊を片付けて逃げる。ジョージとタイガーは私と作戦会議だ。何よりもスピードが命。他もすぐに動く用意は整えておけ。……全員で(・・・)逃げよう」

 

 皆が受け入れられる決定をしてくれた。




影虎たちは逃げ出した!
しかし別働隊が回り込んでいた!


麻薬。ダメ。ゼッタイ。

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