部屋に戻る途中、ロイドと遭遇した。
「タイガー! 朝のトレーニング終わったの?」
「終わった。銃もだいぶ慣れてきたよ」
「そっか。じゃあ暇はあるかな?」
「? 特に用事は無いけど何か用?」
「タイガーにバンズを作ってほしいんだ!」
「そういえば今日の昼はロイドのハンバーガーだっけ」
「そう! だから小麦粉マスターのタイガーに手伝ってもらいたいんだ」
「まだその称号残ってたのかよ」
でもそういえばこの前のモーターショーでパン作りの本を買ったな……ちょうどいいか。
「他の作業はケンが手伝ってくれて、雪美さんも和風の味付けを教えてくれるって話だから、タイガーはバンズだけで良いんだ」
「分かった、手伝うよ。ただその前にちょっと汗を流す時間がほしい」
「大丈夫! こっちもまだ準備中だから、用意ができたらキッチンに来てね」
ロイドは満面の笑顔で駆け出していった……
……
…………
………………
~自室~
シャワーを浴びて、“私が極めたパン作りのすべて”を読む。
“極めた”とか“すべて”と書いてあるだけあって、辞書のような厚さと重さだ。
……なんでこんなのあそこで買ったんだろう? 歩き回る邪魔になったかもしれないのに。
しかし普通に持って歩いていたし……素の腕力もついてきているのか? そうなら嬉しい。
本の中身はかなり細かい字で……
パンの種類、小麦粉の種類、製法、温度管理、生地の発酵時間等々……
パン作りに関する多岐にわたる情報が詰まっている。
バーガー用のバンズの情報も豊富でかなり使えそうだ!
……
…………
………………
~厨房~
「手伝いに来たぞー」
「あら、虎ちゃんも来たのね」
「お疲れ様です!」
「待ってたよタイガー!」
「俺はどんなバンズを作ればいいんだ? 知識は仕入れてきたから、ある程度実験してみようかと思うんだが」
「希望を言えばそれにあわせて作ってくれるって事?」
「そんな感じだな。出来るかどうかはやってみないと分からないけど。指示をくれ」
「ワァオ! それは夢が広がるね! なら……今日の試作バーガーに合うのがいいけど……うーん」
「何のバーガーなんだ?」
「チキンカツですよ。先輩」
「ソースはタルタルソースと照り焼きソース、あと醤油ベースのあっさりしたソースを考えてるの」
「……決めた! カツをザクッと歯ごたえのある食感に仕上げるやり方を雪美さんから教えてもらう予定だから、バンズはフワッと柔らかいのでお願い!」
「となると……」
柔らかいバンズで記憶を検索すると、いくつかの候補が挙がる。
その中で発酵時間も考えると、よさそうなのは……
「バターを使ってふんわり焼き上げるのがあるんだが、バターの香りが強めになっても良いか?」
「チキンと相性も良いと思うから問題ないと思うけど、どうかな? 雪美さん」
「大丈夫だと思うわ。ソースは香りに負けないように調整しましょう」
「オーケー! それじゃさっそく始めよう!!」
こうして作業に入った俺は、得た知識を存分に使いバンズを作った。発酵時間などバンズ作りの合間には片付けや他の作業の手伝いをしつつ、母さんに味付けや片付けの指導を受ける。
すると途中でひらめいた。
“料理の心得”
……うん。もう、なんだかね。
もう変なスキルが出ても突っ込む気がなくなってきた。
料理の心得、きっと料理が上手くなるんだろう。
実際手元の作業速度が地味に上がってきてるし。
それだけだと思っていたが……
その後、完成させたバーガーを試食するとめちゃくちゃ美味しかった。
さらに食べ進めると若干力がわいてきた気がする。
具体的にはほんの少しだけ体内の気の量が増えたような……
そういえば入学当初は食事にも回復効果があると予想していた。
缶ジュースを集めていたし、料理を始めたのも元を正せばそれが発端。
当初の目的が、忘れたころに実現した瞬間だった。
……
…………
………………
昼食後
~トレーニングルーム~
有り余るエネルギーを使っての練習に来たら、珍しい先客がいた。
「エイミーさん?」
「あら、タイガー。貴方はまたトレーニング?」
「バーガーをかなり食べたので。エイミーさんもですか?」
「気が向いたからね。普段はあまり運動しないから、適当に道具を使ってみてるだけだけど」
会話が途切れた。
う~ん……
「そうだ、エイミーさんは研究者なんですよね? 物質を研究していると聞きましたが、どんな仕事なんですか? 差し支えなければ聞かせてもらいたいんですが」
「私の仕事? 色々」
「色々、と言うと?」
「私は……外部の企業が開発した新素材とかを第三者の立場から評価するか、研究所内での独自開発。あとは既存の物質の性質調査とデータ収集が基本。たまに企業の要請で製品開発の場に呼ばれたりするけど……プロジェクトしだい。でも気になる物があれば調べさせてくれたり、自由も多い職場で……BUNSHIN」
「えっ?」
自由の多い職場で分身? どういうこと?
「思い出した。貴方はBUNSHINができると聞いたわ。本当なの?」
「ああ……エイミーさんにも通達されてたんですね」
「報告・連絡・相談は基本だから。うちの家族で知らないのはジョナサンだけよ」
なんだかのけ者にさせたみたいで申し訳ない。
「分身はできます」
「!!」
周囲を確認してドッペルゲンガーを呼び出した途端、彼女の視線が鋭くなる。
「……」
「あのー」
「……」
「エイミーさん?」
「……」
「聞こえてません?」
「……」
「だめっぽいな……」
エイミーさんは無言でドッペルゲンガーの周りを回り始めた。
さらに時々触れたり持ち上げたり、軽くたたいたりもする。
別にダメージは無いからいいけど……
「ごめんなさい。つい。……見た目は完全に人間。触感も人肌、熱も感じる。どこからどう見ても人間みたい……! まさかこっちが」
「俺は本体です!」
「そうなの? ……皮膚一つとっても結構見てきたのに、ぜんぜん見分けがつかないわ。……人型ロボットに貼り付ける合成皮膚の事よ。研究したことがあるの。でもこれと比べたらできの悪いもの。これはどういう物質なの?」
物質と聞かれると、よく分からない。
「師匠にあたる人は、肉体のエネルギーと精神エネルギーで構成されているとかいってましたけど」
「エネルギー? ……」
また無言になってしまった……あ、ウィリアムさんが近づいてきてる。
「ウィリアムさーん」
「タイガーと姉貴? 何やってんだ?」
「俺の分身を見て物質がどうとか……」
「姉貴に絡まれてるのか。しかしこれが噂のBUNSHINか。マジでそっくりだな」
「見た目だけじゃなくて」
『……喋らせることもできますよ』
「マジか!?」
「! 興味深い。……ウィリアムいつ来たの」
「今さっきだよ。会話してたじゃないか。つーかほどほどにしとけよ?」
「分かっているけど、こんなものを見たら仕方がないわ。人体は六割から七割が水で、他にはタンパク質や脂肪、ミネラル、糖質など……それらが集まって数十キロの人体が形作られているの。
正確なデータは取ってないけど、彼らにはちゃんと質量がある。触感質感は限りなく人間に近く、声を出したから人間としての機能もちゃんと備わっているみたい……仮にクローンのようなものだとして、BUNSHINの体を作る元素はどこから来たの? 質量保存の法則をまるっきり無視している。
さっきエネルギーでできていると言っていたけど、エネルギーが物質化しているということ? それはそれで異常。そもそもエネルギーとは」
「だぁっ! 長いんだよ姉貴の話は! タイガー、気弾を見せてやれ」
「気弾を?」
「いいから頼む。話を長くする前に黙らせたいからな」
よく分からないが、とりあえず言われた通りに気弾でサンドバッグを叩く。
「ほらな! こういう事ができるんだよタイガーは。それでいいだろ」
「手は絶対に届かない。物を投げたのでもない。不可視の何かが運動エネルギーを……不可視? 今のはBUNSHINと同じエネルギー?」
「いえ、肉体エネルギー単体ですが……」
「なら精神エネルギーと言うのは別にあるのね? そっちも見せてほしい」
ええ……
「精神エネルギーは魔法か魔術でしか使ったことが無いので……ちょっと待ってください」
近くのウォーターサーバーから備え付けの紙コップを借りて、その中に魔法で水を注ぐ。
「こんな感じでどうでしょう?」
「……魔術……精神エネルギーを使用した結果……精神エネルギーにはH2Oに変化する性質があるの?」
「ルーンを変えれば火でも風でも出せますが」
「……変化の対象を決めるのはそのマークということ? だとしたら単純にさまざまな物質へ変化できる物質。もしくはそういう性質を持っている? それを、ルーンを装置と仮定して……装置に通すことで、変化をコントロール……」
「……ウィリアムさん」
「こういう人なんだよ……姉貴、中途半端に説明しようとしなくて良いから、部屋に帰ってゆっくり考えたらどうだ?」
「……」
思考に没頭した彼女はドッペルゲンガーを眺めた状態で、トレーニングマシンに座ったまま一言も喋らなくなってしまった。
「こりゃだめだ。しばらくほっとけ」
「はぁ……」
この家の人は皆キャラが濃い目だけど、この人が一番の変わり者かもしれない……
……
…………
………………
「形は変えられる?」
再起動したエイミーさんから新たな質問が飛んできた。
「何だよ突然、スパーリング中だってのに」
「BUNSHINがエネルギーの塊で人の形をとっているだけなら、別の形をとる事もできるんじゃないかと思って」
「……できますよ」
そこまで説明してないのに自力で気づかれた。
一度ウィリアムさんの姿に変えてから、ナイフや刀にも変えてみせる。
「……やっぱり興味深い。人体の状態から武器まで。形状だけじゃなく硬度まで変えられるなんて。こんな素材が作れたら多くの事に応用できるのに……ところで気弾の形は変えられないの? ウィリアムはボールをぶつけられた感じだったけど、もっと銃弾や刃物みたいにすれば威力を高められるんじゃない?」
「物騒なこと言うなよ姉貴!?」
「気弾の形は変えられますが、そこまで行くとちょっと操作が難しくて」
「? こんなに自由に変えていたのに? 単体だから……? 人体の構造を違和感無く再現するほうがよほど難しいと思うけど」
ナイフを指差しての指摘。
言われてみれば、確かに……
気とドッペルゲンガー。
別々の物としてとらえていた部分はあると思う。
気弾の形状をドッペルゲンガーを変形させる要領でやってみる、と言うことか……
もしそれで銃弾や刃物の気弾を打ち出せたなら……
「危なくてここじゃ試せませんね……」
「射撃場の鍵を借りてくる。実験すればいいわ。未知の理解には検証が必要不可欠。先に行ってて」
「あっ」
エイミーさんは止めるまもなくトレーニングルームから出て行ってしまった。
「はぁ……とりあえず行くか。行かなかったらたぶんキレるからな」
「わかりました……」
なんだか大変な人に興味をもたれてしまった気分だ。
しかしその後行った実験では、数回の練習で気弾の形状変化に成功。
同時に新たな物理攻撃スキル“スラッシュ”と“シングルショット”を習得した。
どうやら気弾は物理攻撃スキルの下地となる技だったようだ……
……
…………
………………
夜
~庭~
夜風に当たりながら型を流していたら、エレナが近づいてきた。
「タイガー、こんな所にいたのね。またトレーニング?」
「型を少しね。何か用事?」
「ロイドがネットの事で教えたいことがあるらしいんだけど、本人はパソコンの前から動かないのよ。リビングにいるからから行ってあげてほしいのと、あと……ちょっと話したいなと思って」
なんだろう?
「タイガーってさ、何考えてるの?」
「……どういう意味?」
「“ブラッククラウン”。正体はタイガーでしょ? アンジェリーナにも確認してもらったから、とぼけても無駄よ」
? なんでそこで彼女の名前が?
「黒い煙が見えるのは知ってるでしょ? あれね、写真やテレビに映った映像でも見えるらしいのよ。それで聞いたら、ニュースで流れた映像と貴方から見える煙が同じだそうよ」
「区別がつくのか?」
「あんなに濃い煙で包まれてる人は他にいないって。タイガーが特別分かりやすいのよ。でもこの事を知ってるのは私とアンジェリーナだけよ。誰にも言ってないわ」
「……複雑な気分だ。まぁ、はい。ブラッククラウンです」
「素直に認めるのね」
「アンジェリーナちゃんの能力は聞いたし、エレナが俺を疑ってるのも気づいてたからね。ちょくちょく物陰から様子を伺ってただろ?」
「気づいてたの?」
「俺、全力で警戒すれば200m圏内の人の動きとか分かるから。集中しなくても家の中の物陰くらいなら余裕」
「何よそれ! って、軽い調子でごまかそうとしてない?」
そんなつもりは無いけど……
「なら答えて。何であんな危ない事したのよ……自分が死ぬかもしれないって、私たちの話を信じてないわけじゃないんでしょ?」
「俺も非常識な人間だから、疑ってはいない。ただ、あのときの事は俺にもわからない」
江戸川先生との事を話すことにした。
「まとめると……ついやっちゃった、ってことでいいの?」
「……そうなる」
エレナは腕を組んで考え込み始めた……
「大丈夫か?」
「なんて言ったらいいかわからないだけよ。慎重かと思えば無鉄砲だったり、死なないようにとか言いながらあんな事して、矛盾しまくりじゃない」
「返す言葉が無い」
「責めてるわけじゃないけど……あまり無茶はしないでよ? 皆も心配してるんだから」
エレナから率直な気持ちを伝えられた。
「善処する」
こちらも素直な気持ちを言うと、ジト目が帰ってきた
「タイガー。私知ってるわよ、それはジャパニーズの遠回しなお断りだって」
「違う違う! ビジネスシーンでは判断のつかないことをいったん持ち帰るときに使って、後日断られたりするけど。善処は本来“適切な処置をする”と言う意味だよ」
「“適切な処置”の結果がお断りになるんじゃないの?」
「……どう言ったもんかな……」
困っていると、エレナは笑った。
「……仕方ないわね、いいわよそれで。それよりロイドがリビングで待ってると思うわよ」
「そ、そうか? ならそういう事で」
何がおかしかったのか……よく分からないままエレナと別れた。
影虎は
物理攻撃スキル
“スラッシュ” 斬撃属性。単体に小ダメージ。
“シングルショット” 貫通属性。単体に小ダメージ。
パッシブスキル
“料理の心得” 料理が上達する。料理が持つ回復効果を増強する。
料理の回復効果は含まれる栄養素とカロリーにより変動。
を新たに習得した!
エレナとアンジェリーナに、ブラッククラウンの正体がバレた!