人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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128話 懊悩

 別行動していた親父たちと合流し、モーターショーの展示品の数々を見物して回る。先に来ていた親父たちの説明もあり、わかりやすく快適なツアーを楽しんでいるうちに、帰る時間がやってきてしまった。

 

 しかし……外に出ようとしたところで、何やら騒がしい事に気がつく。

 人の流れが会場とは別の方向へ向いている。それに……

 

「何か、焦げ臭くないか?」

 

 バイクを展示していた建物の外に出ると、原因はすぐに判明した。

 

「うわっ、先輩あれ!」

「すげぇ煙だな…」

「火事か」

 

 かなり近い場所から天高くまで黒い煙が立ち上っている。

 位置的に会場ではないが、路地を挟んで隣かそのあたりだろう。

 って、おい! 

 

「コリント! 双子が人混みに入った!」

「なぁっ!? ホントだいねぇ、どっち行った!?」

「こっちだ! 親父! 天田たちを頼む!」

 

 双子を追って人混みに飛び込むコリントと俺、後ろからエレナとジェイミーもついてきた。

 

「すみません! ちょっと通して! 子供が!」

「すんません! マジすんません! ったくあいつら……」

「ガツンといってやらないとね……」

「あ~あ……あの子たち、後が怖いわね。タイガー、こっちでいいの?」

「大丈夫」

 

 周辺把握で二人の位置は補足できている。

 しかし火事場の方に向かっているため、周りにどんどん人が増えてきた。

 おまけに狭い路地に入ると体格差で速度に差がつく。

 

「すみません! 通してください! もう少し……マイス! ルイス!」

「「タイガーだ!」」

「捕まえた! ……ふぅ。だめじゃないか、勝手に動いたら」

「タイガー! よかった、捕まえたのね」

「「つかまったー!」」

「へぇ~、楽しそうね~?」

「さんざん走らせやがって……ったく。覚悟はできてるな?」

「「タイガー」」

 

 素早く俺の後ろに隠れる2人。

 それを前に押し出す俺。

 

「もう逃がさねぇよ」

「言うことを聞けないならすぐ帰るって約束だったわよね」

 

 保護者二人に引き渡された双子は、無言で肩を落としている。

 

「お二人さん、叱るにしてもここじゃ邪魔だから」

「……それもそうね」

「つってもどっち行くか……」

 

 前後左右、どちらを向いても人の壁。

 双子を追っているうちに、火事場にかなり近づいていた。

 これでは抜け出すにも一苦労しそうだ。

 

「うっわ、酷いわね」

「ん? ああ……」

 

 六車線の車道を挟んだ向こう側。

 燃えているのは高層ビル。十七、十八階から火が出ている。

 

「……何でこんなに燃えてるんだ? 防火設備とかないのか?」

「私に聞かれても……」

「放火だよ」

「放火?」

 

 俺とエレナの会話に割り込んできたオバちゃんが言うには、このビルは各階が貸しオフィスになっていて、火元は十六階。犯人はその階にある会社に勤めていた社員で、先月末にクビなったことを恨んでいたらしい。内部のセキュリティーにも詳しく、ただ侵入するだけでなく、ビルの防火装置を止めてから念入りに燃料を撒いて火をつけたと。

 

「さっき警察に連れていかれたけど、犯人の様子もおかしくてさ……何か変な薬でもやってんじゃないかってくらい、おかしな様子で叫んでたよ」

 

 ……リアンさんの話と関係があるのだろうか?

 

「でも火事が今日で良かったよ」

「と、言いますと?」

「その会社、今日は休みだったみたいでね。中には誰もいなかったんだそうよ。だからこそ犯人も狙ったようだけど」

「その上は?」

「十七階は同じ会社で休み。他は非常ベルが無事でね。従業員全員の無事が確認されてるってさ」

「そうですか」

 

 被害にあった会社やビルの持ち主には悪いが、人的被害が出なかったのは幸いだ。

 

「……うん?」

「どうかした?」

「違和感が……」

 

 なんだろう? ビルを見ていると何か気になる。

 十八階あたり……? あの階が………………嘘だろ?

 

「タイガー? どうしたの?」

「ちょっと君、大丈夫なのかい?」

「人……」

「えっ?」

「人だ、まだ十八階に人がいる。通風口か何か、煙が大量に出てる場所の真下!」

「うそっ!? どこ!?」

「右から二つ目の小さな窓。その隙間から指先が出てる。たぶん子供……」

「何でそんなところに子供がいるのよ!?」

「俺が知るかそんなこと!」

 

 ガラスが屋根瓦のように水平に重なったタイプの窓。

 その隙間から小さな手が覗いている。人形などではない生身の手。

 望遠能力がその手の弱弱しく生物的な開閉をとらえた。

 生きている。見間違いでもない。確認されたんじゃないのかよ!?

 

「エレナ、あの消防隊は気づいてるのか?」

「……気づいてなさそうね」

「叫べば届くか!?」

「叫ぶって……あれリアン伯父さんじゃない?」

 

 上ばかり見て下に気づかなかった。

 言われた方を見てみると、交通整理をしている警察官の中に彼の姿がある。

 

「間違いない!」

「電話してみる! 出てくれるかはわからないけど、はい!」

 

 エレナが携帯をいじって俺にパス。

 通じてくれ……! 

 

「リアンさん!」

『エレ、タイガーか? 悪いが今は話している時間がない!』

「火事場の交通整理ですよね! 見える所にいます! それで」

「……人よぉおお! 人! あのビルに人が残ってるわよぉおお!!!」

 

 突然隣から上がった絶叫。

 見ればさっきのオバちゃんがカメラをあの窓に向けていた。

 

『今の声はなんだ!? ビルに人がいるとか聞こえたが!?』

「十八階にまだ生存者がいます。右から二番目の窓、そこから見えませんか?」

『ちょっと待て! ……』

 

 リアンさんが近くに止まるパトカーの中から、双眼鏡を取り出して見ている。

 

『……! 確認した、すぐに通達する。用件はそれだけか?』

「はい」

『では切るぞ。協力に感謝する』

 

 ……これで人がいることは伝えられた。あとは救助を待つだけ……

 

 と思っていた。しかし……

 

「あれヤバくないか?」

「ぜんぜん届いてないじゃない!」

 

 野次馬が不安を口にした。

 その言葉通り、救出は一向に進まない。

 

 “十八階”というのがまずかった。現場にあるはしご車のアームは届かず、下の二階は既に火の海。非常階段は既にその中らしい。ヘリコプターによる救出が期待されているが、来る気配はない。

 

 いったい何をやってるんだと、見ず知らずの相手に苛立ちがつのる。

 

 そしてふと考えてしまった。

 

 俺ならあそこまで行けるのに…… 

 これまで影時間に幾度もビルへ登ってきた。

 あのビルは手足の指をかけるには十分な凹凸がある。

 窓の位置は右から二番目。

 一度火や煙の少ない角から登り、張り出た部分を使って横移動すれば……

 魔術を使えば可能。

 十八階という高さは未経験だが、登ることはできるだろう。

 

 しかし、危険が大きい。

 高さに加えて火や煙。その動きを見るからして風も強そうだ。

 電撃を防ぐルーンなら作ったな……あれを火に変えれば火も軽減できるか。

 風と煙は多少気流を変えるくらいなら……やはり魔術があれば可能性は高い。

 懸念は魔力切れだが、長時間でなければ行ける。

 

 登りは良いが降りるときは? 人一人を連れて降りられるか?

 先日パラグライダーの講習を受けたばかりだ。

 固定具の構造も頭に入っているから体へ固定はできる。

 

 ……しかし確実ではない。

 専門的な教習を受けた事の無い俺では、助けようとして殺すことにもなりかねない。

 自分に固定できても、一緒に落ちるかもしれない。

 それに、俺は“一週間以内に死ぬ”と宣告された身。

 普段通りに過ごすしかないとはいえ、わざわざ危険を冒す必要はない。

 そんな義務は俺には無い。

 

 俺は首を突っ込むべきではないし、義務もない。

 やってくる危険に立ち向かう事と、自分から危険に飛び込む事は違う。

 

「嘘だろ、おい……」

「どうしたんだ?」

「見ろよこれ!」

「事故? ……!! 近くじゃないか!」

「ヘリ、こっちに出てるみたいだ……これじゃ当分来れないんじゃないか……?」

 

 ……何だろうか。

 この自分が理性的に考えた結論に感じる嫌悪は。

 ドッペルゲンガーが暴走しかけている、というわけでもないのに。

 だんだんと気分が悪くなってきた……っ……吐きそう。

 

「エレナ、悪いけどこれ持っててくれないか?」

「え? いいけど」

「トイレに行ってくる。ちょっと時間かかるかも。もし待てなかったら、車の方に行ってていいから」

 

 返事を聞く前に、俺は動いた。

 来た道を戻り、モーターショーの会場へ。

 全力でその場を離れ、適当な公衆トイレに駆け込む。

 

「ウェッ……ゲホッ……」

 

 お世辞にも綺麗とは言いがたい個室で我慢をやめた。

 胃の中身を吐き出して、ようやく顔が上がる。

 

「……?」

 

 壁に貼られたチラシが目にとまる。

 ピエロを中心に、隅から隅までいかにも明るく楽しげに描かれた絵。

 子供たちの絵はどれも良い笑顔を浮かべている。

 

 ……子供……助かるんだろうか?

 もし救助が間に合わなかったら?

 今からいけばまだ間に合うか?

 

 気持ちが切り替えられず、意図せず壁にもたれかかってしまう。

 ……チラシのピエロと目が合った。

 取り囲まれて、子供たちを楽しませている姿はどこか誇らしげ。

 そんな笑顔が俺にはまるで嘲り笑われているように感じられ……

 

「…………」

 

 気づけば黒い衣に身を包んでいた。


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