「毎回ありがとう」
「別にいいわよ。それよりここでいいのかしら……私も初めて来るんだけど……」
「営業してるかどうかが怪しいな」
エレナの運転で町につれて来てもらった。
この間のカフェから程近い場所だが、狭い路地にある店だからか寂れた雰囲気が強い。
扉に“
ドアノブはスムーズに回り、軽快なドアベルが鳴った。
「……らっしゃい」
「石を見せていただいても?」
「勝手にどうぞ」
無愛想なおっさんがカウンターの中から声をかけてきた。
しかし商品の並ぶ棚へ目をやり、すぐに手元の雑誌に目を移す。
接客をする気は無いようだ。
勝手に見せてもらおう。
幸いと言っていいのか、店内に並ぶ棚には豊富な鉱物類があった。
アナライズを活用し、アンジェリーナの症状に対応できそうな石を探す。
「へぇ、色々あるのね……あっ、これ綺麗。何の石?」
エレナが淡い青の透明な石に興味を持ったようだ。
「……アクアマリンだね。日本では3月の誕生石で、ストレス解消に効果があると言われてる、癒しの石だ」
「へぇ、じゃあ……こっちのは?」
「ガーデンクオーツ。水晶の生成過程で別の鉱物が閉じ込められた物だよ。これは心を静めたりするのに効果があるとされるから、とりあえずキープ」
その後も説明しながら探していると、この店は思いのほか品揃えが良かった。
小さな籠一杯に乗せた候補の石を全部買い店を出る。次は工具だ。
……
…………
………………
「ここ?」
案内された場所は、どう見ても民家にしか見えない一軒家。
間違いないと言うエレナについて裏へ回ると……
「ハァイ」
「よう、お二人さん」
「コリント! それにジェイミー、どうしてここに?」
「おいおいエレナ、何の説明もなく連れてきたのか?」
「工具が使える場所に行くとしか」
「そういえば伝え忘れたかも……ま、いいでしょ」
急な話だったしな。
というわけで確認をとると、本当にコリントが工具を貸してくれるそうだ。
ガレージを開けて一言。
「ここ使ってくれ。大抵の工具は揃ってるはずだから」
「確かにたくさんあるな……作業台までついてるし」
「親父の趣味なんだよ、日曜大工とかそういうの。ところでタイガーは何作るんだ?」
「アクセサリーをちょっとね」
買ってきた石とその他の材料を作業台に並べ準備を開始。
材料は瑪瑙の指輪、ガーデンクオーツ、アゼツライト、ワイヤー。
まずは土台作りから。
輪になっているだけのシンプルな瑪瑙の指輪を用意し、その幅と外周の長さを確認。外周よりも少し長めに切りそろえた二本のワイヤーを指輪の縁に沿う幅で並べ、その幅を維持したまま、ワイヤーの間に新たなワイヤーを絡めて葉と蔓の模様を作る。
これを指輪の上からかぶせると、緑一色の単純な指輪に模様がついた。隙間が開くと不恰好になるのでそこは要注意。新しいワイヤーで花を接合する部分を取り付けた後は、適量の接着剤で土台を固定。透明なレジン液も使って光沢を生む。
さらに別途ワイヤーをねじ曲げて花の形を作成。花弁の数は全部で五つ。さらに丸みのある花弁をテキサスでは“ガウラ”、日本語では“白蝶草”と呼ばれる花を参考に先端を角張らせて整える。
一枚一枚、丁寧に。大きさを均等に整えた後は石のカット。
最初に加工するのは……アゼツライトにしよう。輪切りの薄い板にしてから、花弁の内側に填まるように削り出す。こちらも一枚一枚丁寧に作り上げ、五枚の白い花びらを完成させる。最後に花芯として填め込むガーデンクオーツの板をカットし、バインドルーンを掘り込んでいく。
使用するルーンはシゲル、ラド、ニイド、ダエグの四種類。
“シゲル”は太陽の象徴であり、成功や満ち溢れるエネルギーの象徴。
しかし明るい光で恵みを与える太陽も、日差しが強すぎれば干ばつという害を生む。
そういった具合に悪い方向へ出る場合もある。
アンジェリーナちゃんはまさにそんな状態だろう。
“ラド”はエネルギーの“移動”。欠乏や束縛の“ニイド”で弱め流れを整え。
“ダエグ”が持つ意味通り、“繰り返し”。正しく“循環”させる。
事前に自分の体で危険がないことだけは確認してある。
バインドルーンが魔力の整流器となるよう願いを込めて丁寧に掘り込む。
こうしてできた六枚の板を、先に作ったワイヤーの花へ填め込んで接着。
さらに完成した花を指輪との接合部に取り付ければ……
「……よしっ!」
“ガウラリング”完成!
健康のお守りにもなる瑪瑙の指輪を土台に、心の安定を図るガーデンクオーツ、潜在能力の開花や滞りを解消するエネルギーを持つとされるアゼツライト。この三種を一つにまとめた指輪。アナライズとアドバイスを併用しても問題点は見られない。
アクセサリーとしても会心の出来だ!
「終わった?」
「うん。あと接着剤が完全に乾いたら完成だ」
「へぇ、思ったよりちゃんとしてるじゃない」
「デザインもなかなかね」
「タイガーって器用だな。ほら、これ飲めよ」
「ありがとう」
のどが渇いていたことに気づき、コリントから受け取ったコーラをいただきながら、四人で雑談をして乾くのを待った。
……
…………
………………
夕方
~自室~
「タイガー、少しいいだろうか?」
帰って着替えようとした矢先に、ボンズさんが訪ねてきた。
「はい、大丈夫ですよ」
「話は聞いた。正直な気持ちを言わせて貰うと……私は驚いている。そして君と江戸川先生の協力には心から感謝している。それとは別に少し気になったんだが……」
彼は周りを一度伺って、小声で問いかけた。
「君は死期を昔から悟っていたと言う話だが……それはいつからだね?」
「……物心ついた頃から。ボンズさんと最初にお会いするよりも前です」
「では、君が私に鍛えてくれと言った事に関係しているのか?」
頷くと、彼は静かに手で顔を覆う。
「いまさらだが……あの時断ったことを少し後悔している。後どれだけの時間が残されているかは分からないが、銃や格闘技のトレーニングにはこれからも付き合おう。そのくらいの礼はさせてほしい」
軍人らしい、と言うべきか?
切り替えが早く、死期を乗り越えるための助けになりそうな提案をいただいた。
ありがたい、早速お願いしよう。
「あっ先輩! ダメじゃないですか寝てなくちゃ、どこか出かけてたんですよね」
と思ったら天田の登場。
そういや俺は今日病気って事になってたんだった。
もう大丈夫だと言っても、天田は聞いてくれない。
遠慮なく物を言ってくれるようにはなってきたが……
「分かった、今日はおとなしくしておくよ」
「当然ですっ!」
「ははは……ボンズさん、例のお守りはエレナに渡してあるので」
「ではそっちに顔を出すよ。ひとまず夕食まで休むといい。体調は良さそうだが、今日はタイガーのテレビを見ながら食べることになっているから、きっと大変になる」
「えっ?」
「ビデオに撮って鑑賞会だと言っただろう?」
そうか、放送ってこっちの時間だと今朝だったんだ。
ってか本当にやるのか!?
「機械関係はロイドとエイミーが得意でね、セッティングは完璧さ。リアンもポップコーンとコーラを買って帰ってきているところだと連絡が入った」
「夜の話ですか? 今日はパーッとやろう! って話になってたんですけど……先輩知らなかったんだ……」
もうすでに取りやめられない所まで話が進んでいたようだ……
……
…………
………………
夜
『それで打ち上げとかも一緒に行ったんです~』
『そうそう! それでこの子ったらもう気配り上手でね、料理やお酒を頼むタイミングが完璧なの。もうホスト並みよ!』
『ホスト並ってほめ言葉ですか? ……というかそもそも、行かれるんですか?』
『……たまにね?』
『行くんかい!』
『私みたいなのを入店拒否しないとこ、意外と多いわよ。アナタは顔じゃなくて気配りとトークで……だいたい上から七番目くらいになれそう』
『ごめんなさい。話振っちゃいましたけど、そんな聞きたくなかったです』
『ちょっとアンタ、そりゃないでしょう!?』
リビングの巨大なテレビから、番組の映像と笑い声が流れている。
それに釣られて笑う親父たち。
「おっ、加藤だ、加藤が写ったぞ!」
「父さんナースティーボーイズ好きだったっけ?」
「あ? いや、あいつら俺の後輩だからな。テレビに映るとやっぱ嬉しいわ」
「へぇ……えっ!?」
なにそれ、初耳なんだけど。
「族だった頃の後輩っつうか舎弟だよ。学校は違ったし、足を洗ってからは連絡も取ってなかったんだが、他のやつから又聞きで芸人やってるって聞いてな。それから応援してんだ」
「……世間って意外と狭いな……」
「タイガー、そっちのコーラとってくださーい」
「はいはい」
英文字幕もついていて、ジョーンズ家の皆さんも楽しめているようだ。
そして番組が終わると謎の拍手で締められた。
「日本のテレビも面白かったわね」
「なかなかやるじゃねぇか影虎、おう?」
「カイルとウィリアムにも見せたかったな」
「リアン伯父さん、これビデオだから見せれば良いんじゃないの?」
「あの二人に見せたらタイガーが大変になるわよ、きっと」
「虎ちゃんは本格的に何かやらないの? 司会の方も仰ってたけど、なにか目的を作ってもいいと思うの」
口々に番組での活躍にお褒めの言葉をいただいて、それに返していると……
「ロイド、そんなとこで何やってるんだ?」
「ネットの評判もチェックしてみたんだけど、この番組すごく評判いいみたいだよ!」
そう言いながらこちらに向けられたノートパソコンの画面には、スポーツ関係のサイトにあの番組名が大きく載せられていた。
「すごいな、海外のページにまで番組のことが載ってるなんて」
「昔と違って個人用の通信機器も発達してるからね。動画サイトに投稿された映像とか、だいぶ拡散してるよ。それにオリンピックの開会式は明日じゃない? スポーツ関係の話題がホットになってるからね。タイミングもあると思う、けどほら! タイガーのことも載ってるよ!」
参加者の1人として、名前は確かに載っている。
しかしこうして改めて見てみると、嬉しいような気恥ずかしいような……
「これ日本でも話題になってるのかな?」
「だと思うけど……掲示板でも覗いてみる?」
言いながらPCを操作して素早く日本語の掲示板を開いてくれた。
「適当に開いたけど、あの番組の話題専門のスレッドだよね?」
「うん、間違いない」
スレッドのタイトルと時間を見る限り、番組を見ながらリアルタイムで書き込みされていたようだ。オープニングと前半、後半とエンディングでスレッドが二つに分けられている。まず前半の方に目を通してみた。
「いろんな意見はあるけど、おおむね好意的に受け付けられてるみたいだ」
あの緊張でガチガチだった男子には“情けない”“もっと堂々としろ”から後に行くにつれて“かわいい”“応援してしまう”など。あの名門女子校の女の子は淡々としていたので、競技よりも容姿に関するコメントが大半を占めている。
特に注目を集めていたのはあの“
前半に続き、気になる後半の反応は……?
『後半始まった』
『こんなの運動会みたいなもんだろ、プロと比べたらお遊び』
『椎名って子、すげーかわいくない?』
『腰細い。羨ましい』
『萩野ちゃん。キツめな雰囲気が頑張ってる感じで良い』
『ロリコン乙』
『なんか体育会系っぽくないのが一人いるな』
時間差がほとんどなく、次々と書き込まれたであろう掲示板のログ。
後半で体育会系っぽくないのって……俺だろうな。
『今度もあだ名紹介からか。ってか相撲の子分かりやすっ!』
『特攻隊長www』
『特攻隊長(笑)』
『よりによって一番ヒョロいのが特攻隊長だったでござる』
……特攻隊長についてめっちゃ笑われてるなぁ。
他の皆のも流し見て、俺が出てくる部分へ急ぐ。
最後だからどんどん進めて……このあたりからか。
『いよいよ最後か。結構面白かったな』
『女子がかわいかった、見てよかった』
『だよな。やっぱ女子は顔で選ばれるのかな?』
『さーて、特攻隊長のおでましだww』
『一番地味な奴がトリだったでござる』
『つーか学校名、聞いたことある気がする』
『月光館は名門進学校。桐条グループが経営母体の有名どころ』
『いいとこのお坊ちゃまかよ』
『努力とか根性とか知らなそう』
……マイナスの意見が多め。
第一印象はあまり良くなさそうだ。
『素人のわりに面白くない?』
『めっちゃトークしてる』
『爆笑まではないけど、クスッとくるな』
『下手な芸人よりは見てられる』
『安易な下ネタとか、見てて不快になる芸人よりはな。でもプロと比べたら全然』
『成績=名門進学校の学年一位。運動=初っ端から良い記録出してる。コミュ力=これまでで一番堂々と軽快にトークしてるから高そう。……化け物かコイツ』
『外見だけがおしい』
『これでイケメンだったら嫉妬の炎が燃え盛ってる所だ』
『運が良かったな』
好き放題言ってるな……でもちょっと流れが変わってきた。
あ、もう部室の紹介か。
『部室、ってか、個室?』
『建物一つ丸々部室ってすごくね?』
『ボロイけど確かに』
『舎弟出てきたww』
『マネージャーたんカワユス』
『俺の好みにドストライク』
……山岸さんが人気のようだ。
『唐突に料理番組が始まった』
『渋谷……キャラなのは分かるけど、さすがに図々しい』
『男の手料理とか誰得?』
『アレクサンドラ得』
『納得』
『それな』
『マネージャー映して欲しいわ』
『あの子の手料理食いたい』
……知らないって幸せだなぁ……
『説明しながら手元見てねぇぞこいつ』
『冷やし中華うまそう。作ってみよう』
『バイトか何かやってるのかな?』
『あ、聞いた』
『占い師wwww』
『アクセサリーショップで占い師って何だよ。つか何でだよ』
『常に予想をおかしな方向に裏切っていくスタイル。嫌いじゃない』
『……こいつ、雑誌に載ってたかも。占い師として』
『有名な占い師なのか?』
『何の雑誌?』
占い師について注目しすぎじゃない?
『ファッ!?』
『なにこの体wwwww』
『体よりもトレーニングだろ、少林寺かよ』
『あの棒、鉄パイプ? 明らかに金属の光沢、ってか舎弟二人は容赦なさすぎない?』
『打ち所間違ったら死ねそうな振り方』
『それに平然と耐える男。いや、漢』
『これは特攻隊長ですわ』
『ナマ言ってサーセンっした!』
どうやらプロデューサの意図通りに進んだらしい。
このあたりから手のひら返しが始まった。
『悲報 特攻隊長、無茶ぶりの餌食に』
『素人でも遠慮なしか』
『え、やる気?』
『朗報 特攻隊長、無茶ぶりを乗り切る』
『ネタあんのかよwwwwwwww』
『さすが特攻隊長! 俺らの予想の斜め上を行く!』
『ネタ無かったとしても大丈夫そうだからやったんじゃない? てか司会者の目が』
『輝いてるなぁ……』
『この司会リアルにドSって聞いたことある』
『有名な話だな』
『さすがに自重したか。もっとボロが出るまで追い詰めてもいいのに』
……そろそろクライマックスが近い。おっ!
『46秒27!? 速すぎィ!!』
『天才高校生現る!?』
『この記録ってそんなに速いんですか? 運動をまったくしないので分かりません』
『こんなのオリンピック選手と比べたら遅すぎ』
『高校生とオリンピック出場選手を比べんなし』
『嫉妬乙』
『こいつ最初の方からずっといるな』
『メチャクチャ速いよ、この記録』
『kwsk』
『ggrks』
『計算してみりゃわかるだろ』
『距離400mを46秒27で走るんだから、秒速8.645。時速に直すと30kmちょい』
『速いな。短距離走だからこそのペースだろうけど』
『ちょっと調べてみた。こいつ高校一年だよな? だとしたら凄い記録になってんだけど』
『一週間の練習でこれはもう奇跡レベル』
『ヤラセ? ドーピング?』
『ドーピング検査パスしなかったら放映されないんじゃなかったっけ? この番組』
『最初にそう言ってた。本当だったらこの記録は本物ってことになる』
『専門的に陸上をやってなかっただけじゃない? 体は見るからに鍛えてたし……』
『本気で継続したらどうなるんだろう』
『俺はそれより、これまで目標らしい目標なくあそこまで鍛え続けた事の方が驚き』
『司会も言ってたけど、目標設定はモチベーションの維持に重要』
『鍛え始めた理由が“幼い頃に怖い夢を見た”だもんなぁ……』
『大会出場経験もなし。何を心の支えにしてきたんだこの人。俺なら途中で投げるわ』
『頭の良いバカ? 悪い意味じゃなくて、なんだろう』
『なんとなく言いたい事は分かる。とりあえずこの子には目標を見つけてほしい』
『何かスポーツをやってほしい』
『何でも良いから大会に出てほしい』
『とりあえずその身体能力を無駄にしないでほしい』
『最後盛り上がったわ。弾みがついてオリンピックが楽しみ』
……爆発的に書き込みが増え、そのまま番組終了後も書き込みが続いている。
……嫉妬や敵意を感じるコメントもあったけど、おおむね好印象と見て良さそうだ。