人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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124話 緊張の食卓

 ~ジョーンズ家・厨房~

 

 買ってきた材料で、アンジェリーナちゃんの好物を作る。

 

「先生、よろしくお願いします」

「まかせなさいな」

 

 厨房には俺とエレナだけでなく、こちらの料理を教えてくれるアメリアさん。

 さらにうちの母さんと天田まで装備を整えている。

 二人は俺がやろうとしていることを聞きつけて、自分も! とやってきた。

 総勢五人が集まっているのに、厨房は狭さをまったく感じさせない広さがある。

 部室の厨房を見ていなければ、きっとこの広さには驚いた。

 

「それじゃ始めましょうかね。作るのはミートパイよ。アンジェリーナの大好物なの」

 

 ジョーンズ家のミートパイは生地から作るようだ。粉の配合は強力粉が55%、薄力粉が45%。

 カイルさんとウィリアムさんが居ないが、二世帯+俺たちで総勢十五人分。

 パイ生地をこねるだけでも一仕事だ。

 

「そうそう、上手じゃない!」

 

 パイ生地作りは粉を扱うからか、麺作りにも通じる部分があった。

 初めてだが、なかなか良い生地ができた自信がある。

 できた生地は一旦冷蔵庫に保存しておき、続いて牛と豚の合いびき肉を使う。

 

「ケチャップ、ナツメグ、オールスパイス、クミン……先輩、計量終わりました」

「こっちもにんにくと玉ねぎ、切れたわよ」

 

 炒めていた肉に、天田と母さんから受け取った各種調味料とスパイスで味付け。

 できあがったソースを型にはめた生地の上に流し込んで生地で包み、卵黄を塗る。

 最後にエレナが予熱しておいてくれたオーブンへ放り込めば、あとは待つだけ。

 

「三十分くらいね。他にも何か作る?」

「材料は好きに使っていいわよ」

「だったら、日本食とかどうでしょうか」

 

 天田はそう言うが、材料や調味料はあるのだろうか?

 

「さっき冷蔵庫にいろいろありましたよ? 醤油とか」

「ロイドが買い込んでいたものね」

 

 それなら万人受けする料理がいいだろう。それでいて俺が自信を持てるとなると……やはり“麺”になる。

 

 冷蔵庫を見せてもらう。ここにある材料で作れそうな日本の麺料理となると……

 

「ソースがある。“焼きそば”とかどう? 俺が麺打つから」

「いいんじゃないかしら? 龍斗さんも好きだから、沢山作っておきましょう」

 

 反対意見は特に出ず、追加で焼きそばを作ることが決定。

 心を込めて、大量の麺を打つ。

 

すばらしいわ(Amazing)!!」

「まるでプロフェッショナルの技ね!」

「……ねぇ虎ちゃん、あなたどこかで修行でもしてるの? 龍也さんのお店とかで」

「いや、別に、そんな事は、ないけど」

 

 The 麺道で得た知識を実践して身につけただけだ。

 しかし麺は今日も良いかんじ。

 あとはこれを一度蒸し上げて、切った野菜や薄切りの肉と一緒に炒めて味付けすれば……

 

「完成!」

 

 味見用に一人分だけ作った焼きそばを少し口に運ぶ。

 

 ……モチモチとした食感が強く、他の材料の味をよく吸っていて美味い。

 俺は好みだが他の人は大丈夫だろうか? 

 少しずつ味見をしてもらうと

 

「僕は大丈夫ですね」

「私は好きよ、この味」

 

 と若い二人は気に入ったようだが、

 

「ちょっと濃いかしら?」

「美味しいけど、もうちょっと薄めがいいねぇ」

 

 母さんとアメリアさんには濃すぎるようだ。

 ソースの量をもう少し減らすか?

 それとも蒸し麺ではなく、茹でた麺にするか?

 茹でた麺のほうが水分が多く、味は薄くなる。

 考えていると母さんが動いた。

 

「味付け用のソースは私が作りましょうか」

 

 ソースに少量のケチャップや出汁を加えている……

 

 

「このくらいでいいかしら? 使ってみて」

 

 

 と言うことでもう一度作って試食をしてみると……

 

 

 !! 

 味自体は前のより薄いけれど、こっちはソースの味や酸味。

 出汁の風味までが渾然一体となっていて……はるかに味のバランスが良くなった。

 こちらの方が美味い。また味見を頼むと、誰もが二皿目の焼きそばの方が美味いと選ぶ。

 

「虎ちゃんの麺はすごく美味しいけど、味付けに関してはまだまだ経験不足みたいね」

「おみそれしました」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~リビング~

 

 テーブルの上には、俺たちが拵えた大量の料理が所狭しと並んでいる。ミートパイに焼きそば。それにサラダがついて変な取り合わせに見えるが、どれも味見は万全。自信を持って薦められる品になっている。

 

「さぁ席について! 今日は日本のお料理も作ってもらったのよ」

 

 アメリアさんの号令で、集まった家族がどんどんと席についていく。

 

「ワァオ! これがジャパニーズヌードル?」

「焼きそば、だよ」

「ヤキソバ! オーケー! ケン、これをバーガーに入れたらどうかな?」

「それは、焼きそばパン。もうあるよ、昔から」

「タイガー、こっちに座って」

「……」

 

 エレナのはからいで俺の席が用意された。

 大きなテーブルの中ほど。

 興味深そうに質問を続けるロイドと、説明する天田の右隣。

 そして……俺の右には今日の主賓であるアンジェリーナちゃん。

 表情を硬くしているうえに、オーラも黒ずんでいて相変わらず好意的ではない。

 でも今日はエレナのサポートがあるからか、逃げないでいてくていれた。

 そんな彼女の前に、俺はとりわけた料理を並べる。

 

「さぁて、アンジェリーナも食べましょ」

「ん……」

 

 エレナと一緒に彼女がフォークを手に取った。

 最初にミートパイを一口。

 感想は……ない。

 

「今日のパイはいつもより美味いな。生地が違う」

「タイガーにお願いしたのよ。焼きそばの麺もタイガーが、小麦粉の扱いがとっても上手なの」

「あ? この麺影虎が作ったのか? うめぇじゃねぇか」

「タイガーは小麦粉マスターなの? ねぇ、バーガーのパンズとか作れない?」

 

 小麦粉マスター……なんとなく微妙な称号や褒め言葉を方々からいただくが、一番欲しい人からの言葉がない。

 

「……美味しい」

「!!」

 

 ささやくような声につられて見た隣には、焼きそばを食べているアンジェリーナちゃん。

 俺の視線に気づいてフイッと、エレナの方を向いてしまったが、確かに聞こえた。

 記憶を引き出し確認しても空耳ではない。

 

「おかわり、いくらでもあるからね」

「……」

 

 本当に少しだけ頭が縦に動いた。

 

「ほら、タイガーも食べないと!」

「あ、ああ、そうだな」

 

 こうして俺たちは黙々と食事をすることになった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 俺たちは黙々と食事をした。

 そう……黙々と。

 

 何度か会話を試みたが、反応がなく話が続かない。

 唯一反応が見られるのは料理を勧めるときだけ。

 その他の話題は完全にシャットアウトされているようだった。

 なかなかに手ごわい……というかそんなに嫌われてるのか……? 俺。

 おまけに食事が終わった今、彼女は早々にこの場を立ち去ろうとしている。

 

「そうだ! せっかくだし、皆で何かゲームでもしない?」

「あら、良いわね!」

 

 ロイドの提案を、カレンさんを筆頭に次々と皆が同意。

 機会を作ってくれようとしているのがわかる……が。

 その一方で、アンジェリーナちゃんのオーラがより強く見えるようになった。

 今度は青みが強い。

 

「……私は部屋に戻る」

 

 出てくるのは拒絶の言葉。

 なぜ彼女はこんなに俺に近づきたがらないのだろうか?

 外見は美形とは言わないが、自他共にそこまで崩れてはいないと言う評価を得ている。

 清潔さにも人並みの気は使っているし、怖がらせるような行動を取った覚えもない。

 そしてなによりこのオーラ、一体なにを悲しんでいるのだろう?

 肝心なところが分からない。

 

 だから……

 

「……やっぱり俺は嫌かい?」

「!」

 

 できるだけ穏やかに。

 だけどストレートに。

 立ち去ろうとする背中に声をかけた。

 彼女のオーラはさらに濃くなっていく。

 身は固く、動揺しているようだ。

 

 ……ちょっとストレートすぎたか?

 しかし言ってしまった言葉は取り消せない。

 周囲も固唾を呑んで見守る中、彼女は口を開いた。

 

「……貴方だけは、嫌。本当は……ママやパパやグランパ……誰にも近づいて欲しくない」

 

 これは想像以上に避けられている……

 

「それはどうして? 理由があるなら教えて欲しい。俺が悪ければ直したいし、そうでなくても……納得して近づかないこともできる」

「嫌だから嫌……なんで構うの、私の事は放っておけば良い。話す意味なんか、ない」

「意味がないって、何でそんなこと」

「だって! だって、だって……」

 

 アンジェリーナは何かを言おうとして、言いよどむ。

 そしてかすれるように出てきた言葉を耳が捉えた、

 

「――」

 

 その瞬間、すべてが止まった感覚に陥る。

 俺に言ったんじゃない。

 ただ独り言のように小さく呟かれた声が、頭の中を駆け巡った。

 

 何故? どうして? 

 

「どうしてそれを君が知って……!」

 

 不意に硬い物が頬を打ち、衝撃が頭を貫いた。

 何だ、こんな時に。

 

「……親父?」

 

 机を挟んで対面にいたはずの親父が目の前にいる。

 行儀悪く机を乗り越えてきたみたいだ。

 

「手を離せこの馬鹿!」

 

 手?

 

「っ!」

 

 言われて見ると、俺の右手がアンジェリーナの左腕を掴んでいた。

 気づいて手を離そうとすると、拘束の緩んだ手を振り払って、彼女は一目散に逃げていく。

 それを俺は、呆然と眺めていた。

 

「何言われたかは聞こえなかったけどな、キレるのは……まだいいとしても、あんな小さい女の子に手を上げてんじゃねぇ!」

 

 襟を捕まれ、机から降りてきた親父に押し飛ばされるが、実感がない。

 意識の全てがアンジェリーナの消えたドアに向いている。

 

「聞いてんのか影虎! オイ!」

「ああ……少し頭を冷やしてくる」

 

 まずはまともに頭が働かない頭を落ち着けるのが先だ。

 かろうじてできた判断を実行に移す。

 後ろから声が聞こえてきたが、足は止まらず。

 誰かが追ってくることもなかった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~庭~

 

 アンジェリーナ……

 彼女と出会ったのはほんの数日前だ。

 まともに会話したのだって今日が初めて。

 そんな彼女がどうして知っている……

 

「まだ落ち着けていない様ですねぇ」

「江戸川先生……いつの間に」

「おやおや、私の接近に気づきませんでしたか? もしや例の暴走という奴ですか?」

 

 周辺把握がまるで機能していない。

 

「情けないことに、たった一言で動揺しているようで……変でしたか?」

「少々様子が違ったのは確かです。暴れるというよりも心ここにあらず、といった感じでしたが。……まぁ、物事にはタイミングと言うものがありますからねぇ。普段ならさほど気にすることもない一言でも、受け取る者の気分や状態で大きな波紋を呼ぶ……君にはピンポイントな一言でしょう」

「……」

 

 “どうせ、貴方はすぐ死んじゃうのに”

 

 再生したつもりのない彼女の声が、頭の中に響く。

 

「私も少し気になることはあるのですが……とりあえずこれを」

「……どうやって密輸したんです?」

「ヒヒッ! 密輸だなんてとんでもない。違法な成分は含まれていませんから、正規ルートで持ち込める物もあるんですよ。あとは近所の薬局で手に入れた物でちょちょいと」

 

 聞きながら、黙って試験管入りの薬を流し込む。

 一瞬の眩暈の後に、体が浮かぶような感覚に包まれる。

 体の動きが鈍くなり、頭の回転も良いとはいえない。

 しかし、やや気分は良くなった気がする。

 

「今回の薬は効くようです」

「前に飲んでもらったものと成分は同じですから。想定外の副作用は出ませんよ。それはそうと君が部屋を出て行った後のことなんですが……なんとかご両親はごまかしておきました。天田君も同じく」

「……お手数をおかけしました。でもよくごまかせましたね」

 

 状況を思い返してみると、どんな言い訳をすればごまかせるのか分からない。

 親父は単純思考だからまだしも、母さんと天田は?

 

「私一人の力ではありません。アンジェリーナちゃんのご家族、特にカレンさんのお陰です。彼女は元弁護士らしいですねぇ……頭の回転が早くて、うまく口裏を合わせてくれたので成功したようなものですよ。殴ったり大声を張り上げたわけでもありませんし、そのあたりでちょっと色々と話して煙に巻いて……というわけなので、彼女たちはごまかせませんでした。

 ……といいますか、彼らはアンジェリーナちゃんの言葉を知っていて、我々に隠していたようです。ご両親を丸めこんだ後に聞かれました。タイガーは何か病気を患っているのかとね。ひとまず健常であると答え、以後の事は私に任せていただきました」

「助かりました……」

 

 それにしても、聞いた限りじゃボンズさんたちは彼女の言葉を知っているだけじゃなく、信じている?

 

「質問内容が内容ですし、そう考えるのが一番自然でしょう。そして彼女の言葉がただの失礼ではなく、信用されている理由は」

「霊感か何かあるんでしょうね……アンジェリーナちゃんに」

「そしておそらく似たようなことがこれまでにもあったのでしょう。先日彼女はよく入院をしていたと話していましたし、余命宣告を受けた患者さんの中には君のような態度をとってしまう方もいらっしゃいました。ちなみに私がまだ医師だった頃の実体験です」

「……もう一度話がしたいですね。腕を掴んだのは確かに悪かったですし。謝罪と、話を聞かないと……しかし会って、会わせてくれるかどうか……」

「いつになくネガティブですねぇ? あちらも君のことを気にしているようですし、少なくとも話は聞けると思いますが……行動に移すのは明日以降にしなさい。今日はもう遅いですし、精神的に無理でしょう。一晩かけて落ち着いて、それからです」

 

 先生に、半ば無理やり部屋に押し込まれた。

 今日はもう何も考えるなと念を押されて……




影虎はアンジェリーナとの関係改善に失敗した!
影虎は混乱している!
影虎は恐怖状態になった!

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