人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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110話 期末試験

 7月12日(日)

 

 ~巌戸台分寮~

 

 学校ではクラスメイトにバイト情報を提供したり、部活での会議。

 放課後はバイト。夜は闘技場でほどほどに稼ぎ、帰ったら勉強。

 影時間を迎えたらタルタロスに向かい、その他の訓練が山積み。

 その合間に声を変える練習をする日々を繰り返していたら、あっという間に日曜日。

 

 桐条先輩の、そして俺のバイクも届く日だ。

 てっきりこっちの男子寮に届くと思っていたら、親父からの電話で一言。

 

『車まわすの面倒だから、取りに来い』

 

 おいおい……と一度は思ったが初乗りだと言われ、交通量の少ない道を探してからノコノコやってきた。巌戸台分寮の外には速水モーターとロゴの入ったトラック。敷地内には桐条先輩、そして親父や会社のスタッフの姿が見える。

 

「お疲れ様です」

「あっ、影虎君!」

「龍さんとこの坊主か! でかくなったな!」

「お久しぶりです三河さん。お元気でした?」

「当たり前よ!」

「影虎君のバイク、もう搬出しますか?」

「あ~、ちょっと待ってくれな」

 

 顔見知りのスタッフさんが、バイクの前で話す先輩と親父のそばへ。

 こちらを向いたので会釈をすると、親父はいくらか指示を出したようだ。

 三河さんが戻ってくる。

 

「搬出オッケー! 準備!」

「はい!」

 

 邪魔にならないよう、すみによっていると、一台のバイクがトラックから出てきた。

 

 事前にカワサキのニンジャ250Rに近い形とは聞いていた。

 しかし実際に見ると車体のほとんどが隙間なくカバーで覆われていて、流線型が強い。

 個人的にはホンダのフォルツァZみたいなビッグスクーターに近いと思う。

 おまけにフルカウルの白い車体には、あの特攻服と似た黒い虎のペイントが入っていた。

 

「これが俺の?」

「ああ。親父さんを筆頭に、うちの技術を結集して開発した坊主のためのバイク。通称HG-100さ!」

「説明は私からさせていただきますね!」

 

 ハイテンションな説明を受けて目に止まったのは、スペックや機能。

 

 400ccで四気筒の新型エンジン搭載。

 最高速度はにやつきながら伏せられ、法廷速度を守るようにとだけ伝えられた。

 振動と排気音の軽減にも注力し、走行性能と同時に快適さも追求した一台らしい。

 ハンドルに付いたスイッチで、ターボ機能のオンオフができる。

 

 ハンドルやシートの下には広めの収納スペース付き。

 出てきたヘルメットには、最新型の小型スピーカーとインカムが内蔵されている。

 本体にこれまた最新のナビが搭載。

 案内の音声が聞けるほか、特定のコマンドで音声による操作が可能だ。

 

 さらに、なぜか水陸両用機能が付いていた。

 

「この機能は」

「社長のご趣味で」

「ですよね……」

 

 動画を見せてもらったが、一定以上深さのある水に入るとセンサーが感知。

 車輪が上がるように自動でバイクが変形し、水上バイクになるらしい……

 ただしこの機能を使うには、“特殊小型船舶操縦士”という免許が必要になる。

 その免許を取らないと、無免許で捕まる。

 

「……伯父さんらしいというかなんというか」

「そう言ってやるなって。義兄さんだって良かれと思ってんだから。それに免許を取っちまえば使えるって事だろ」

「確かにそれは、って! 父さん、と桐条先輩」

「出迎えもせずにすまなかったな。こちらの話は終わった。実に満足だよ。君は?」

「それは良かった。俺も不満はありませんよ」

「だろうな、目を見れば分かる」

「文句がねぇなら、早速初乗りといくか?」

 

 桐条先輩も試しに走りに行くようなので、各種点検の後、軽いツーリングと相成(あいな)った。

 

 

 

 

 ~鍋島ラーメン“はがくれ”~

 

「邪魔するぜ」

「兄貴!?」

「おう龍也、やってんな! 席三人分、空いてるか?」

「おかげさんでな。空いてるからそっち座んな」

「そうか、ほら入った入った」

 

 桐条先輩を連れて店内のカウンター席につく。

 

「あいよ、お冷三つ。しっかし兄貴、何でまた急に」

「ん? 仕事のついでさ。こいつとお嬢さんにバイクを届けたんで、試し乗りしてたんだ。そんでこの近くを通ったから飯食っていくことになってな」

「ああ! あのときのお嬢ちゃんか」

「先日はお世話になりました」

「こちらこそ。で、今日は何にする?」

「……先日と同じトロ肉しょうゆラーメンを一つ、それから餃子というのを一皿」

「叔父さん、俺ははがくれ丼でお願いします」

「俺には店で一番自信があるもんを食わしてくれ」

「あいよっ!」

 

 注文を終えると、叔父さんは調理のために離れていく。

 

「はーっ、にしても影虎。お前、免許取ったばかりにしては慣れてるじゃねーか」

「そうか?」

「それは私も感じたな。悪い意味でなく、車や歩行者に関しては初心者相応なんだが……」

「試験を受けるみたいなお行儀のいい運転だけどな、固くねぇっつーっか」

「親父の運転とか見てたからじゃないですかね?」

「ははっ、俺の息子だからってか」

「君の学習能力が高いのはここしばらくで理解したが……まぁそう言うこともあるのか。ところで葉隠」

「はい」

「何か?」

 

 俺と親父の声が重なる。

 

「すみません、息子さんの方です。……部活の事なんだが、夏休み中の予定はどうなっている? 警備の問題で実地計画を出してもらいたいのだが」

「その件ですが、夏休みは各自自主練習ということになります。俺が海外旅行に行くんで、指導者がいなくなります。でも代わりの人を雇う予算も無いので」

「なるほどな……天田少年も一緒だと行っていたな」

「はい、うちの家族旅行に」

「準備はできているのか?」

「ああ、その件なら問題ないな」

「親父?」

「必要なもんについては、本人と顧問の先生が雪美とやり取りしてたからな。それよか部員全員でついてくるって案はどうなったよ? ジョナサンのとこは受け入れオーケーだそうだが、実際増えるのは一人だって?」

「さすがに急すぎた」

 

 和田と新井は夏休み中、夏期講習と店の手伝いに専念するそうだ。

 山岸さんも夏期講習との事だけど、他が男ばかりというのも問題か。

 彼女のご両親から許可が下りなかった。

 

 ただ一人、ジョナサンのご家族が宿泊場所を提供してくれると聞いて、江戸川先生が参加を決めている。なんでも宿泊先の近くで参加したいオフ会があったそうで、夏休みと有給を使い切ると言っていた。

 

 そんなことができるのか、と聞いてみると、

 

『ネットがあれば、どこにいてもある程度の作業はできますよ。ヒヒッ』

 

 だそうだ。そしてある程度に含まれない事もどうにかするんだろう。

 とにかく意思は固いようで、本人は今日も自主的に休日出勤しているらしい……

 

「へぇ、なんか面白い先生だな」

「面白い、で済ませていいのだろうか……」

 

 気楽に笑う親父と、考え込む先輩。

 二人の反応はさておいて、ラーメンが届く。

 この後、俺たちは近況報告をしながら、普段より気合の入った料理に舌鼓を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 7月13日(月)

 

 ~教室~

 

「はい! 机の上は筆記用具だけ!」

「うぁー! もうかよー!?」

「やべぇ、やべぇよ。俺、終わった……」

「ほらそこ早く!」

 

 今日から試験期間に入る。

 前回のように勉強会をしなかったからか?

 順平と友近から暗いオーラが見えるような……

 

「余所見もするなー」

 

 おっと。

 とにかく今は試験に集中。

 不安は……特にない。

 

「プリントは届いたね? まだ空けないように! 五秒前、四、三、二、一、開始!!」

 

 試験が始まった。

 教室中から一斉にプリントをめくる音が聞こえてくる。

 俺もゆっくりと一枚目に目を通し、瞬時に内容を把握。

 解答用紙に答えを書き出す。

 

 

 一ページ目……

 二ページ目…………

 三ページ目………………

 

 どれも簡単すぎる。走り出した手が止まらな……!! 

 

 止まった。

 

 気づけばペンが、解答用紙の一番下に達している。 

 これ以上は書くところがない。

 

 見直しを何度も繰り返すとしても、だいぶ時間があまりそうだ……

 

 

 

 

 ……

 

 7月14日(火)

 

 テストの空き時間を気功の練習に使った。

 

 

 

 ……

 

 7月15日(水)

 

 気功の練習をしていたら、テスト中に寝ているのかと勘違いされた。

 

 ……

 

 7月16日(木)

 

 昨日の気功の練習が、撮影のしわ寄せで勉強時間がとれない。

 そのかわり夜遅くまで勉強する努力家だと、ものすごく美化された噂になっていた。

 一番評判が悪い時期なら不真面目と取られるだろうに……

 これも真田に勝ったからだろう。

 真実はそうでもないので、心配されるとちょっと気がひける。

 

 それに無責任に高い評価を受け続けると、疲れる。

 ちょっとだけ、真田や桐条先輩の気持ちが分かった気がした。

 

 

 ……

 

 7月17日(金)

 

 さすがに慣れてきた。

 脳内でこれまで練習した自分の声と近い声の芸能人、あるいは歌手を探してチェック。

 あるいは歌手を探してチェック。

 ものまねができる人のリストを作ってみた。

 変声のおかげか意外と多い。

 

 

 ……

 

 7月18日(土)

 

 放課後

 

 期末試験が終わった。

 

 クラスメイトは銘々(めいめい)に試験後の自由を楽しもうと活気付いている。

 しかし俺には用事があった。

 

 開放感あふれる生徒の間を抜けて、教員用の駐車場へ。

 

「お疲れ様です! お待たせしました!」

「いえいえ、影虎君もお疲れ様です。荷物はこちらへ」

 

 待ち合わせた江戸川先生に従って、荷物を後ろの席に放り込む。

 そして車内に乗り込むと、先生はすぐにエンジンをかけた。

 

「ふぅ」

「忘れ物はありませんね?」

「えー……大丈夫です」

 

 ドッペルゲンガーでも確認したが、問題ない。

 

「では出発しましょう」

 

 車が動き出した。

 

「それにしても、良かったですねぇ。ドーピング検査に問題が出なくて」

「出てたら大事ですからね、色々と」

「ヒッヒッヒ、だからこそ念入りに確かめておいたんですが……まぁ、なんにせよあと一頑張りです……せっかくですから、道中サービスエリア巡りでもします?」

「いいですね! 今日はテレビ局近くのホテルに向かうだけでしたよね?」

「ええ、手配もテレビ局の方に用意していただいているので、急ぐ必要もありません」

 

 なら、のんびり食べ歩きを楽しみながら行くとしよう。

 それにお土産も買い込みたい。そのための資金は十分にある。

 

「ヒヒヒ……例の新しいお仕事ですか。実際、どうなんです?」

「通うだけの利益はありました。格闘技を齧った人がいると、強さはともかくこういう技もあるんだと参考になります。なにより一回の報酬が大きいですから」

「でしたら借金の完済も近そうですねぇ」

「食費なんかは賄えますからね。バイトの給料をそのまま返済にあてます」

「あちらで稼いだお金は返済にまわさないので?」

「まぁ、なんというか……返済は普通に稼いだお金でしたいな、と」

「ヒヒヒ、別に急かすつもりはありませんよ。しかし、そういうことなら多少高いお土産でも良さそうですねぇ。帰りは少し足を伸ばしましょうか? たしか最近、テレビで紹介された限定品のお菓子を置いているサービスエリアがあったはずです」

「オーナーの所によさそうですね」

「きっと喜ばれますよ」

 

 話しながら車を走らせる俺たちが目的地に着いたのは、ちょうど夕飯時になった頃だった。




影虎はバイクを手に入れた!
夏休みの旅行に江戸川先生が参加することになった!
影虎は期末試験を乗り越えた!
影虎はドーピング検査を無事通過した!

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