7月12日(日)
~巌戸台分寮~
学校ではクラスメイトにバイト情報を提供したり、部活での会議。
放課後はバイト。夜は闘技場でほどほどに稼ぎ、帰ったら勉強。
影時間を迎えたらタルタロスに向かい、その他の訓練が山積み。
その合間に声を変える練習をする日々を繰り返していたら、あっという間に日曜日。
桐条先輩の、そして俺のバイクも届く日だ。
てっきりこっちの男子寮に届くと思っていたら、親父からの電話で一言。
『車まわすの面倒だから、取りに来い』
おいおい……と一度は思ったが初乗りだと言われ、交通量の少ない道を探してからノコノコやってきた。巌戸台分寮の外には速水モーターとロゴの入ったトラック。敷地内には桐条先輩、そして親父や会社のスタッフの姿が見える。
「お疲れ様です」
「あっ、影虎君!」
「龍さんとこの坊主か! でかくなったな!」
「お久しぶりです三河さん。お元気でした?」
「当たり前よ!」
「影虎君のバイク、もう搬出しますか?」
「あ~、ちょっと待ってくれな」
顔見知りのスタッフさんが、バイクの前で話す先輩と親父のそばへ。
こちらを向いたので会釈をすると、親父はいくらか指示を出したようだ。
三河さんが戻ってくる。
「搬出オッケー! 準備!」
「はい!」
邪魔にならないよう、すみによっていると、一台のバイクがトラックから出てきた。
事前にカワサキのニンジャ250Rに近い形とは聞いていた。
しかし実際に見ると車体のほとんどが隙間なくカバーで覆われていて、流線型が強い。
個人的にはホンダのフォルツァZみたいなビッグスクーターに近いと思う。
おまけにフルカウルの白い車体には、あの特攻服と似た黒い虎のペイントが入っていた。
「これが俺の?」
「ああ。親父さんを筆頭に、うちの技術を結集して開発した坊主のためのバイク。通称HG-100さ!」
「説明は私からさせていただきますね!」
ハイテンションな説明を受けて目に止まったのは、スペックや機能。
400ccで四気筒の新型エンジン搭載。
最高速度はにやつきながら伏せられ、法廷速度を守るようにとだけ伝えられた。
振動と排気音の軽減にも注力し、走行性能と同時に快適さも追求した一台らしい。
ハンドルに付いたスイッチで、ターボ機能のオンオフができる。
ハンドルやシートの下には広めの収納スペース付き。
出てきたヘルメットには、最新型の小型スピーカーとインカムが内蔵されている。
本体にこれまた最新のナビが搭載。
案内の音声が聞けるほか、特定のコマンドで音声による操作が可能だ。
さらに、なぜか水陸両用機能が付いていた。
「この機能は」
「社長のご趣味で」
「ですよね……」
動画を見せてもらったが、一定以上深さのある水に入るとセンサーが感知。
車輪が上がるように自動でバイクが変形し、水上バイクになるらしい……
ただしこの機能を使うには、“特殊小型船舶操縦士”という免許が必要になる。
その免許を取らないと、無免許で捕まる。
「……伯父さんらしいというかなんというか」
「そう言ってやるなって。義兄さんだって良かれと思ってんだから。それに免許を取っちまえば使えるって事だろ」
「確かにそれは、って! 父さん、と桐条先輩」
「出迎えもせずにすまなかったな。こちらの話は終わった。実に満足だよ。君は?」
「それは良かった。俺も不満はありませんよ」
「だろうな、目を見れば分かる」
「文句がねぇなら、早速初乗りといくか?」
桐条先輩も試しに走りに行くようなので、各種点検の後、軽いツーリングと
~鍋島ラーメン“はがくれ”~
「邪魔するぜ」
「兄貴!?」
「おう龍也、やってんな! 席三人分、空いてるか?」
「おかげさんでな。空いてるからそっち座んな」
「そうか、ほら入った入った」
桐条先輩を連れて店内のカウンター席につく。
「あいよ、お冷三つ。しっかし兄貴、何でまた急に」
「ん? 仕事のついでさ。こいつとお嬢さんにバイクを届けたんで、試し乗りしてたんだ。そんでこの近くを通ったから飯食っていくことになってな」
「ああ! あのときのお嬢ちゃんか」
「先日はお世話になりました」
「こちらこそ。で、今日は何にする?」
「……先日と同じトロ肉しょうゆラーメンを一つ、それから餃子というのを一皿」
「叔父さん、俺ははがくれ丼でお願いします」
「俺には店で一番自信があるもんを食わしてくれ」
「あいよっ!」
注文を終えると、叔父さんは調理のために離れていく。
「はーっ、にしても影虎。お前、免許取ったばかりにしては慣れてるじゃねーか」
「そうか?」
「それは私も感じたな。悪い意味でなく、車や歩行者に関しては初心者相応なんだが……」
「試験を受けるみたいなお行儀のいい運転だけどな、固くねぇっつーっか」
「親父の運転とか見てたからじゃないですかね?」
「ははっ、俺の息子だからってか」
「君の学習能力が高いのはここしばらくで理解したが……まぁそう言うこともあるのか。ところで葉隠」
「はい」
「何か?」
俺と親父の声が重なる。
「すみません、息子さんの方です。……部活の事なんだが、夏休み中の予定はどうなっている? 警備の問題で実地計画を出してもらいたいのだが」
「その件ですが、夏休みは各自自主練習ということになります。俺が海外旅行に行くんで、指導者がいなくなります。でも代わりの人を雇う予算も無いので」
「なるほどな……天田少年も一緒だと行っていたな」
「はい、うちの家族旅行に」
「準備はできているのか?」
「ああ、その件なら問題ないな」
「親父?」
「必要なもんについては、本人と顧問の先生が雪美とやり取りしてたからな。それよか部員全員でついてくるって案はどうなったよ? ジョナサンのとこは受け入れオーケーだそうだが、実際増えるのは一人だって?」
「さすがに急すぎた」
和田と新井は夏休み中、夏期講習と店の手伝いに専念するそうだ。
山岸さんも夏期講習との事だけど、他が男ばかりというのも問題か。
彼女のご両親から許可が下りなかった。
ただ一人、ジョナサンのご家族が宿泊場所を提供してくれると聞いて、江戸川先生が参加を決めている。なんでも宿泊先の近くで参加したいオフ会があったそうで、夏休みと有給を使い切ると言っていた。
そんなことができるのか、と聞いてみると、
『ネットがあれば、どこにいてもある程度の作業はできますよ。ヒヒッ』
だそうだ。そしてある程度に含まれない事もどうにかするんだろう。
とにかく意思は固いようで、本人は今日も自主的に休日出勤しているらしい……
「へぇ、なんか面白い先生だな」
「面白い、で済ませていいのだろうか……」
気楽に笑う親父と、考え込む先輩。
二人の反応はさておいて、ラーメンが届く。
この後、俺たちは近況報告をしながら、普段より気合の入った料理に舌鼓を打った。
翌日
7月13日(月)
~教室~
「はい! 机の上は筆記用具だけ!」
「うぁー! もうかよー!?」
「やべぇ、やべぇよ。俺、終わった……」
「ほらそこ早く!」
今日から試験期間に入る。
前回のように勉強会をしなかったからか?
順平と友近から暗いオーラが見えるような……
「余所見もするなー」
おっと。
とにかく今は試験に集中。
不安は……特にない。
「プリントは届いたね? まだ空けないように! 五秒前、四、三、二、一、開始!!」
試験が始まった。
教室中から一斉にプリントをめくる音が聞こえてくる。
俺もゆっくりと一枚目に目を通し、瞬時に内容を把握。
解答用紙に答えを書き出す。
一ページ目……
二ページ目…………
三ページ目………………
どれも簡単すぎる。走り出した手が止まらな……!!
止まった。
気づけばペンが、解答用紙の一番下に達している。
これ以上は書くところがない。
見直しを何度も繰り返すとしても、だいぶ時間があまりそうだ……
……
7月14日(火)
テストの空き時間を気功の練習に使った。
……
7月15日(水)
気功の練習をしていたら、テスト中に寝ているのかと勘違いされた。
……
7月16日(木)
昨日の気功の練習が、撮影のしわ寄せで勉強時間がとれない。
そのかわり夜遅くまで勉強する努力家だと、ものすごく美化された噂になっていた。
一番評判が悪い時期なら不真面目と取られるだろうに……
これも真田に勝ったからだろう。
真実はそうでもないので、心配されるとちょっと気がひける。
それに無責任に高い評価を受け続けると、疲れる。
ちょっとだけ、真田や桐条先輩の気持ちが分かった気がした。
……
7月17日(金)
さすがに慣れてきた。
脳内でこれまで練習した自分の声と近い声の芸能人、あるいは歌手を探してチェック。
あるいは歌手を探してチェック。
ものまねができる人のリストを作ってみた。
変声のおかげか意外と多い。
……
7月18日(土)
放課後
期末試験が終わった。
クラスメイトは
しかし俺には用事があった。
開放感あふれる生徒の間を抜けて、教員用の駐車場へ。
「お疲れ様です! お待たせしました!」
「いえいえ、影虎君もお疲れ様です。荷物はこちらへ」
待ち合わせた江戸川先生に従って、荷物を後ろの席に放り込む。
そして車内に乗り込むと、先生はすぐにエンジンをかけた。
「ふぅ」
「忘れ物はありませんね?」
「えー……大丈夫です」
ドッペルゲンガーでも確認したが、問題ない。
「では出発しましょう」
車が動き出した。
「それにしても、良かったですねぇ。ドーピング検査に問題が出なくて」
「出てたら大事ですからね、色々と」
「ヒッヒッヒ、だからこそ念入りに確かめておいたんですが……まぁ、なんにせよあと一頑張りです……せっかくですから、道中サービスエリア巡りでもします?」
「いいですね! 今日はテレビ局近くのホテルに向かうだけでしたよね?」
「ええ、手配もテレビ局の方に用意していただいているので、急ぐ必要もありません」
なら、のんびり食べ歩きを楽しみながら行くとしよう。
それにお土産も買い込みたい。そのための資金は十分にある。
「ヒヒヒ……例の新しいお仕事ですか。実際、どうなんです?」
「通うだけの利益はありました。格闘技を齧った人がいると、強さはともかくこういう技もあるんだと参考になります。なにより一回の報酬が大きいですから」
「でしたら借金の完済も近そうですねぇ」
「食費なんかは賄えますからね。バイトの給料をそのまま返済にあてます」
「あちらで稼いだお金は返済にまわさないので?」
「まぁ、なんというか……返済は普通に稼いだお金でしたいな、と」
「ヒヒヒ、別に急かすつもりはありませんよ。しかし、そういうことなら多少高いお土産でも良さそうですねぇ。帰りは少し足を伸ばしましょうか? たしか最近、テレビで紹介された限定品のお菓子を置いているサービスエリアがあったはずです」
「オーナーの所によさそうですね」
「きっと喜ばれますよ」
話しながら車を走らせる俺たちが目的地に着いたのは、ちょうど夕飯時になった頃だった。
影虎はバイクを手に入れた!
夏休みの旅行に江戸川先生が参加することになった!
影虎は期末試験を乗り越えた!
影虎はドーピング検査を無事通過した!