ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第八話 始まった一歩

「ええっ!? 断られたのぉ!?」

「そうなんだ……海未ちゃんみたいに、お断りしますって」

 

 穂乃果に現状を聞いてみたら、まさかの事態となっていたことに思穂は驚きを隠せなかった。だが、穂乃果の表情にまだ諦めの色は見えない。

 

「だけどね! これからまた頼みに行くつもり!」

「そっか! 諦めたら駄目だよ穂乃果ちゃん! 最悪、三回くらい頼みに行けば、大体は折れてくれるよ! あの有名な軍師だって三回目で折れてくれたんだからさ!」

「うん! ありがと思穂ちゃん! じゃあまた行ってくるねー!」

 

 そう言って、穂乃果は走り去って行った。相変わらず嵐のような人間だと思いつつ、思穂は自分の教室を目指す。とりあえずことりと海未に現状を確認しておきたかった。

 

「あれ? 片桐先輩?」

「ん? その声は……」

 

 振り返ると、そこには花陽と凛が立っていた。一礼した凛が思穂の元へ駆け寄ってくる。

 

「おおう、凛ちゃんに花陽ちゃんでは無いか! ……あれ? でも一年生の階って下だよね?」

「かよちんと寄り道してたんです。片桐先輩は何してたんですか?」

「私? 生徒会長と決闘してた」

「決闘してたんですかぁ!?」

 

 花陽が声を上擦らせる。……前から思っていたが、花陽のリアクションはどうにも思穂の琴線にビンビンと触れていた。小動物的な可愛さと、思わず声を張り上げてしまうその唐突さ、どれもが可愛らしい。

 その衝動を発散するべく、思穂はとりあえず、凛の顎を撫でることにした。

 

「へっ!? ちょ、ちょっと片桐先輩~くすぐったいにゃ~!」

「ほ~れほれほれ、ほ~れほれほれ。凛ちゃんはね~こうやってやると、喜ぶんですよぉ~」

 

 どこぞの動物博士並みの遠慮の無さと手つきで思穂は、ひたすら形の良い凛の顎を堪能していた。ゆで卵を掌で転がしているような感覚だった。月並みな表現だが、つるつるしていて、いつまでも触っていられたのだ。

 一分ほど触ったあたりでついに凛が壊れたのか、叫びながら思穂の手を振り解いた。その姿は毛を逆立て、警戒している猫のようだった。

 

「いや~! すっごい肌触りだったよ! これお金取れるよ凛ちゃん! ね、もう一回、良いでしょ!? いくら欲しい!?」

「嫌です! 凛の顎はおもちゃじゃありません!」

 

 断固拒否の姿勢を見せる凛と思穂の姿はもはや先輩と後輩では無く、性犯罪者とその被害者と見立てて何ら不都合はなかった。もし性別が性別だったのなら、即刻その日の夕刊の一面を飾ることとなっただろう。

 

「そ、そんな……! だったら今日はゆで卵作らなきゃいけないね! それはそうと凛ちゃんってさ……」

「な、何ですか……?」

「随分いい脚してるよね。もしかしなくても運動やっているでしょ」

 

 さっきからずっと凛の引き締まった脚を見ていた思穂は、涎が出そうになるのを我慢していた。バランスの良い筋肉の付き方は、様々な角度から見ていられる。お尻も程よく引き締まっており、この下半身ならば三日はご飯を食べられる。

 本当なら既に撫でまわしているところであったが、顎の件もあるので、迂闊に触れない。もし運よく触れたとしても、恐らく卒業するまでずっと距離を置かれること間違いなし。

 そんな思穂のドロッとした思考に気づいていない凛は、少し恥ずかしそうに喋ってくれた。

 

「運動は得意な方なんです。部活も陸上部に入ろうかなって」

「おお! 良いね! 毎日凛ちゃんの脚を眺めに行くから頑張ってね!」

「そ、それだけは勘弁にゃ~!」

 

 部活の話題になり、花陽が思穂へ聞いてきた。

 

「あ、あの……片桐先輩は前、文化研究部とアイドル部に入っているって言ってましたよね?」

「あ、うん。アイドル部は名前だけだけどね」

「……どういう、所なんですか?」

 

 すると思穂は二つの部活について、簡単に説明をすることにした。文化研究部のことや今、自分が関わっているアイドル部の事。文化研究部はいつも持ち込んだ漫画やゲーム、それにアニメを見ているだけだったので深くは話さなかったが、アイドル部になった時の思穂はいつも以上に饒舌だった。

 自分でも全く意識していなかった。まるで、好きなものを話している時の自分と同じだったということには。

 

「――とまあ、そんな感じ? どうどう? 私のプレゼン力」

「片桐先輩がどっちも好きなんだなぁって良く分かりました。ありがとうございます」

「あっはは。そっかそっか。……ん? げっ! もうこんな時間だ! マズイ! 練習に遅れたら絶対海未ちゃんに怒られる!」

 

 少し時間にゆとりを持ちすぎてしまった。もう神田明神に向かわないと間に合わない時間となっていた。鞄を取りに行くべく、思穂は階段へ顔を向ける。

 

「ごめんね二人とも、また今度じっくりお話ししようね! それじゃあ!」

「片桐先輩!」

「花陽ちゃん?」

「あの……その……」

 

 やがて覚悟を決めたのか、花陽はガッツポーズで言った。

 

「頑張ってください! 応援しています!」

「おうよ! ありがとう!」

 

 そうして思穂は走り出した。今日は何だか良いことと悪いことがバランス良く起きた日である。ならば、この日の最後は“良いこと”で終わろう。

 モチベーションが高まった思穂は、三人の元へと向かう――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「それで、思穂。何か言うことはありませんか?」

「正直、どう謝れば良いのか分からないです」

 

 結論から言うと、思穂は三十分程遅れてしまった。それが交通機関の遅延を始めとする何らかのやむを得ない理由ならば、もちろん海未だって責める気は微塵も無かった。そういうアクシデントを考慮し、海未は思穂へ何度も電話を掛けたぐらいだ。

 だが、蓋を開けてみるとそれは大きな間違いで。思穂は近くのゲーセンに寄り道をしてしまったのだ。ずっと前からチェックしていた最終幻想の筐体が新しく入っていたとなれば、やらざるを得ない。もはや義務と言っても過言では無い。一回だけ、のつもりがヒートアップしてしまい、今のこの惨劇を招いた。

 その話を聞いた海未は最早怒りを通り越し、“笑顔”だった。これ以上に無いくらい素敵な笑顔、怒りも呆れも全く伺えないような、そんな素晴らしい笑顔。その内心を想像しただけで思穂は身体の震えが止まらなかった。

 穂乃果とことりは怯え、完全に距離を取っている。四人いるように見えて、実は海未と思穂の一対一なのだから、これまた恐ろしい。

 

「う、海未ちゃ――」

「何ですか?」

 

 すごく爽やかな声だった。いつも通り、いやそれ以上に優しい海未の声。たったの一言で、思穂の精神はガリガリ削られていた。むしろ、今削り切られた。

 

「すいっませんでしたぁー!! ごめんなさい! ほんと生きていてすいません!!」

「貴方という人は! 本当にもう! 何度電話を掛けても繋がらなかったから、本気で心配したんですよ!?」

 

 うっすらと涙を浮かべ、海未は思穂を叱りつける。ただ純粋に自分の事を考えていてくれただけに、思穂は何も言い返せず、ただ謝ることしか出来なかった。

 見かねたことりと穂乃果が助け舟を出してくれた。

 

「まあまあ海未ちゃん、その辺で……」

「そうだよ~海未ちゃん、思穂ちゃんも反省していることだし……ね?」

「穂乃果とことりは甘過ぎます!」

 

 だが、これ以上叱ることもしなかった海未が浮かべた涙を拭い、思穂をビシリと指さす。

 

「良いですか? もう二度とこんなことが無いようにしてくださいね。遅れるなら遅れると、ちゃんと連絡すること! 良いですね!?」

「は、は~い……」

「返事が小さい!」

「イエス!! マム!!!」

 

 思穂はこの時思った。

 

(もう絶対寄り道はしないようにしよう……じゃなきゃ、二度目は殺される……!!)

 

 話題を変える意味でも、思穂は穂乃果へ例の交渉の件を聞いてみた。すると、また駄目だったが、一応海未が書いた歌詞を渡したとのことだった。これで駄目ならば、もう既存の曲のコピーをするつもりらしい。それは思穂も考えていた選択肢なだけに、絶対にその手は使いたくなかった。

 むしろ、そうなってしまったらこの計画の成功率がガクンと下がるのはまず間違いなかった。

 

「何故ですか?」

 

 穂乃果とことりが練習を再開したので、二人を見守りながらその話を海未にすると、彼女は首を傾げてきた。個人的な見解なので、押し付けるつもりはなかったが、余りにも海未が純粋に疑問をぶつけて来たので、思穂は一応前置きをし、自分の考えを話した。

 

「何でも新しいものが良いってことだよ。既存曲をコピーしてその元より上手くやれても、本当の意味でその元を超えることは出来ないと思うんだよね。一度その曲で味わった新鮮な感動は、もう二度と味わえないんだから」

「……なるほど、ならますます穂乃果のしたことの結果が、良いものとなるように祈らなくてはなりませんね」

「うん。まあ、でも何とかなると思うよ」

「随分と自信がありますね」

「だって、穂乃果ちゃんが頑張っているんだよ? 何だかんだで最後は上手く行っているんだもん、心配なんかしてないよ」

 

 何の根拠もない、そんな思穂の言葉を海未は笑って受け入れた。

 海未も同じことを思っていた。高坂穂乃果と言う人間は、いつも自分達を知らないところに連れて行ってくれる。どんなに無理と思っていたことも、いつの間にか掛け替えのない美しい景色として、自分達のものとなっていたのだ。そんな穂乃果だからこそ、海未も思穂の言葉を全面肯定出来た。

 

「……ん?」

 

 巫女装束の希が階段を上がってきた。それは良いのだが、その下の物陰から一瞬だけ見えた赤毛。その髪の持ち主を本能的に察した思穂は、海未に断りを入れ、少しだけ練習を抜け出させてもらった。

 

「希先輩!」

「あ、ようやく練習に来たんやね思穂ちゃん」

「……ええ、まあやんごとなき事情がありまして」

「さっきの子、追いかけるつもり?」

 

 頷こうとしたが、希の表情を見て、思穂はもう自分の出番が終わったことを悟る。そして、恐らく自分が言おうとしたことと、希が言ったであろうことが同じだろうというのも予想出来た。

 

「――いいえ。同じこと言わないで! って怒られそうなんで良いです」

「……やっぱりウチと思穂ちゃんは似ているとこあるなー」

「はい! 多分私、希先輩の見据えている物が分かっている気がします。それにあの字――」

 

 思穂がそれを口にする前に、希が人差し指を口元に当てた。

 

「悪いけど、あの子達にはもうちょっと内緒にしといてくれる?」

「……勿論ですよ。元々、希先輩が言うまで黙っているつもりでしたし」

「おおきに。思穂ちゃん」

 

 すると、そろそろ許容範囲を超えたのか、海未が思穂の名を呼んだ。希の方を一度見て、思穂は海未の元へ走り出した。

 

「……九つの星に隠れた小さな一つの光。目を凝らさなければ見えんぐらい小さくて儚い輝き。……せやけど、それは無くてはならん存在なんやで、思穂ちゃん」

 

 燃えるような夕空を見上げ、希は確かにそう呟いた。思穂が海未の元まで辿りついたのを見届けると、希は境内の掃除をするべく事務所へと戻って行った――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ふあああ~……」

「思穂、はしたないですよ」

「昨日遅くまでミニットモンスターやっててさ……。厳選してたら夜更かししちゃった」

 

 朝早くから、思穂は穂乃果によって屋上に引っ張られて来てしまった。本来ならばまだ寝ている時間であったが、内容が内容だけに、思穂も渋々早く登校してきた。

 

「皆、行くよ……!」

 

 ことりが持ってきたノートパソコンへ、穂乃果がその手に持っていたCDを手早く挿入する。そして再生ボタンを押すと、僅かな間の後、ピアノの旋律が流れ出す。

 

「この歌声……!」

「おおう、これぞ文化……!!」

 

 聞き覚えのある歌声であった。その声はどこまでも前向きな、そして始まりを予感させる詩を紡ぎ、ピアノは小さな波がやがて大きな波となっていくように徐々に盛り上がりを見せていく。

 

「私達の……」

「ええ、これが私達の……」

「歌だよ!」

 

 歌を聞いている最中、小ウィンドウが現れた。それはスクールアイドルのグループならほとんど登録しているランキングで、当然このμ'sもそのランキングにエントリーしていた。だが今まで一票も入っていなかったので、当然『圏外』だったが、それが今――変わった。

 

「票が……入った!」

 

 『圏外』から『999位』。ようやく大きな一歩を踏み出せたことに思穂は顔の緩みを隠しきれなかった。それは穂乃果達も同じだったが、穂乃果はすぐに立ち上がる。

 もう、彼女達を止めるモノは何もない。

 

「さあ……練習しよう!」

 

 穂乃果の言葉に頷き、立ち上がる海未とことり。

 思穂も立ち上がり、どこかで同じ空を見上げているであろう“不器用な彼女”へ、小さくお礼を言った。

 

「――ありがとう、信じてくれて。さいっこうの曲だよ!」

 

 今日も今日とて、μ'sの練習が始まろうとしている――。


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