ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第七話 その名は『μ's』

「あ~疲れたよぉ……寝ても寝ても寝足りないよぉ……」

 

 今朝でドッと増した眠気をいつも通り処理していたらいつの間にか放課後となっていた。今日の思穂は、穂乃果達とは別行動を取っていた。作曲をしてくれる子――恐らく確実に真姫だろうが――の元へ行き、話を付けてくるとのこと。

 アイドル部の名前は現在募集中だからとりあえずそれを待つとして、曲の方は練習を考えるならそろそろどうにかならないと本格的にマズイ。上々の成果を期待するとして、思穂は目的の場所へと歩を進める。

 

「にこ先輩! 放課後ですよ放課後!」

 

 ガラッと扉を開け放ち、奥でパソコンに向き合っていたにこへと声を掛けた。驚いたのか、大きく身体を強張らせ、何故か万歳をする奇妙な行動を取った。

 

「ノックぐらいしなさいよ! ビックリしたじゃない!」

 

 にこは今でも心臓がバクバクしていた。無理もない。無心でパソコンに向かい、アイドルの情報や動画をチェックしていた最中に突然扉が開け放たれ、元気一杯叫ばれたら誰だって驚く。扉に背を向ける位置なので余計そうだ。

 思穂は思穂で驚かせてしまったという自覚があるようで、両手を合わせ、謝罪の意を示す。

 

「す、すいませんにこ先輩! 今度はにこ先輩が扉側向くのを見計らって突入しますね!」

「……あんた、実は反省してないでしょ?」

「してますよ! してますって! 今の私は“見ざる”“聞かざる”“言わざる”の仲間で“反省せざる”ですって!」

「してないじゃない!」

 

 互いが切れた息を整えるまで少しだけ時間が掛かった。やがて先に落ち着いた思穂は備品の椅子に腰を下ろし、同じく備品である長机へ身体を預ける。今日は割とぽかぽか陽気だからか、ひんやりとした机の感触は何とも言えなかった。

 

「あぁ~……気持ちいい~……これで部室がもうちょっと整理されていたら言うこと無いんだけどなぁ……」

「叩き出すわよ」

「うわぁ……とっても部室綺麗じゃないですかぁ……生徒会室もこれぐらい綺麗じゃなきゃ駄目ですよねぇ……」

 

 実際の所、部室の中は恐ろしいほど綺麗に整理されていた。アイドルのCDやアルバム、サインに雑誌その他諸々が備品の棚に月ごと、そして名前順で入れられているのは圧巻である。実は棚の隅々までしっかりと清掃されているので、こと綺麗さという点では本当に隙が無い。

 ただの綺麗好きではここまでやれない。恐らく根っこのレベルでそういう意識が無ければ、ここまで細かな仕事は無理だろう。

 

「全然自分の意志ないのね」

「いやいや、綺麗だって思う気持ちの方が本物ですよー。この部室を汚いなんて言う奴の顔を拝んでみたいレベルですよ」

「……前にあんたが窓枠なぞって、『あらあら、これがにこさんのいうお掃除なのね?』って言った時は思わず椅子でぶん殴ってやろうかと思ったわよ」

「……あぁ~そういうのもありましたねぇ」

 

 その時の思穂は完全に昼ドラに影響されていた。意地悪な姑が健気な嫁を虐めるあの感じに何かを感じたのだろう。しかし、気軽にそれをやれる相手がいなかったので、にこに試したという経緯があった。結果、椅子で叩かれこそしなかったものの、即刻部室から叩き出されたのは今でも記憶に新しい。

 

「ていうか、ほんとあんた何しに来たのよ? 文研部へ行ってなさいよ」

「そんなこと言わないでくださいよ~。にこ先輩に借りてたDVD観終わったんで、返しに来たんです」

「で? どうだったのよ?」

 

 DVDが入ったバッグをにこの前に差し出すと、にこは中身を確認するよりも先に、感想を促してきた。その流れを読んでいた思穂はとりあえず、思ったことを全部言ってみた。

 

「そうですね……一言で言えば、皆活き活きしていましたね。未だに私はアイドルの何たるかを理解してはいませんが、それだけは分かりました。見ているだけで笑顔になってましたよ」

「そうよ! アイドルは人を笑顔にさせる仕事なの。にこはね、そんな人を笑顔にさせるようなアイドルを目指しているのよ」

「だったら――」

 

 喉元まで出掛かった言葉を、思穂は飲み込んだ。思い浮かぶは穂乃果達の顔。しかし、今のにこにそんな事を言える立場なのか、思穂は悩んでしまった。

 

「何よ? 何か言いたげね」

「……いいえ、何でもありませんよ。ところで見ました? 新たに誕生したスクールアイドルの初ライブのお知らせ」

 

 その話題を出した瞬間、にこはあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。

 

「にこは認めていないわよ。あんな奴ら」

「うわーお。バッサリですね」

「当然でしょ。絶対解散させてやるわ……!」

 

 思穂はその瞬間、名前だけとはいえ、アイドル部に入っている事だけはバレないようにしなくてはと決心した。しかし、思穂はにこの憤りが全く理解できないわけでは無かった。

 むしろ、思穂はどちらかというとにこ側の人間である。

 

「私も似たような立場ならそうしますねー。まあ今となってそれすら遅いですけど」

「……あんたは真面目すぎんのよ。だから部員がいなくなったんじゃない」

「おおう、言いますねーにこ先輩。それ、ブーメランですよー」

 

 会話が止まったのとほぼ同時、部室の扉からノックの音がした。このアイドル研究部に用がある人間が少なすぎて、一体誰なのか全く予想が付かない。

 

「ほら見なさい。“常識ある”人間ならああやってノックするのよ」

「そんなぁにこ先輩、私の事“常識に囚われない女”……だなんて、照れてしまいますよぉ~」

「言ってないわよ!」

 

 そうしているうちに扉が開けられた。その人物を前に、思穂は目を丸くする。

 

「……ちょっと、良いかしら?」

 

 有無を言わさぬ絢瀬絵里が、そこにはいた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 

 連れ出されたのは屋上であった。今日も今日とて風が心地よい。晴天の下には絵里と思穂のたった二人だけ。先に切り出したのは思穂だった。

 

「えっと……もしかして私、これから他の三年生に虐められるって流れにいるんですかね?」

「そんなことしないわよ。ただ、一言言っておこうと思ってね。もう、貴方の友達には言ったのだけれど」

 

 そう前置きし、絵里は話し出した。

 

「ハッキリ言うわ。今、貴方達がやろうとしていることは逆効果になる可能性があるわ」

 

 その出掛かりで、思穂は絵里の言いたいことを理解した。一を聞いて十を知る、ではないが今の音ノ木坂学院の現状を考慮すると自然とその話に辿りつける。

 

「スクールアイドルをやってみたけど駄目だった、現実は厳しいぜ! って話になったらそれこそアウトですもんね」

「……それが分かっているのなら、どうして貴方は彼女達を止めないの?」

 

 少し興奮気味に、絵里は言葉を続ける。

 

「私だってこの学校は無くなってほしくはないわ。本当にそう思っているからこそ、貴方達には簡単に物事を考えて欲しくはないの」

「確かに、穂乃果ちゃん達は……じゃないか、穂乃果ちゃんは単純に物事を考えてしまう節がある。それは私も思う所ですよ」

「だから、私は怖いのよ。善意で動いた結果が悲惨なものだったら、皆傷つくわ。学校だけでは無い、一番傷つくのは彼女達なのよ?」

 

 絵里の言うことはいちいち正論だった。おまけに、単純に穂乃果達が気に喰わないだけではないのも思穂の癪に障った。普通ならばここで何も言い返せず、気持ちが沈んでしまうことだろう。

 だが、思穂はそんなことで自分のバランスを崩すような女では無かった。

 

「だから成功させるために、皆で力を合わせているんだと思います」

「え……?」

「知っていますか? 廃校事件で少しだけ沈んでいた私達のクラスは今、徐々に穂乃果ちゃん達を応援しようという空気に変わりつつあります。なら、出来そうじゃありませんか?」

 

 小耳に挟んだ情報だが、穂乃果達スクールアイドルグループをクラスぐるみで応援してあげようという話が頻繁に出ているらしい。それがスクールアイドルと言うコンテンツへの期待なのか、純粋な穂乃果の人徳かは分からない。

 しかし、思穂は灯った種火を燻らせるつもりだけは毛頭なかった。そんな思穂へ、絵里は聞かずにはいられなかった。

 

「何故? どうして貴方はそこまであの子達に肩入れするの?」

「廃校確定になったら残り二年間、私は心の底からオタクライフを満喫できないと思うからです」

「……は?」

「徐々に生徒達がいなくなるような、そんな毎日お通夜のような静けさの学校の中でなんて、私は持ち込んだ漫画を読めません!! 読みたくありません!!」

 

 言って、ようやく思穂は穂乃果達へ協力した心の底からの理由を理解した。そうなのだ、要は自分の為だったのだ。廃校が決まれば、心のどこかでその事を気にしてしまう。一度そうなってしまえば、どんな名作を読んでも、決して感動なんて出来ないだろう。

 流石の絵里も、そんな思穂の理由に呆れ果ててしまったようだ。あからさまに表情をしかめてしまう。

 

「貴方……そんな事の為に……!」

「そんな事なんかじゃありませんよ! 私はやりたい事があるから動いています! なら絵里先輩は一体、何をしたくて学校を守ろうとしているんですか!?」

「っ! それは……貴方には関係の無い事よ……!」

「……そう、ですか。……言いたいことが終わったのなら、これで失礼します」

 

 一礼し、思穂は絵里を横切った。その瞬間、思穂は背中越しに言い切る。

 

「……穂乃果ちゃん達は絶対に何かドデカいことをしてくれます。私はそれを……信じたい」

 

 そうして思穂は屋上を後にする。階段を一つ降りたところで、“彼女”は壁に背中を預けて明らかに思穂を待っていた。

 

「や、やほーです希先輩」

「やっぱり屋上におったんやね思穂ちゃん」

 

 ピッと希が思穂へタロットカードを見せてきた。絵柄は車輪の絵つまり『運命の輪』であった。一時期カッコいいかと思ってタロットカードを噛んでいたことがあるので、思穂にはその意味が理解出来ていた。

 正位置の『運命の輪』、これは変化や転換点を意味する。何が言いたいのか、何となく理解した思穂は全てお見通しの希が恐ろしくてたまらなかった。

 

「ちょっとだけ、自分に正直になれたんと違う?」

「希先輩ってホントどこまで知っているか分かりませんよね~」

「タロットがウチに教えてくれるだけや。エリちはまだ上?」

「はい、そうです。さっき釘刺されてしまいましたよ……釘って言うかあれはもう五寸釘とかそういうレベルですね」

「あはは! 思穂ちゃんはやっぱり面白いなぁ。それで? 思穂ちゃんはどう思ったんや?」

 

 目を細め、どこか妖艶な笑みを浮かべる希へ思穂はしっかりと言ってやった。自分のスタンスをしっかりと明確にするために。

 

「こいつはぁ負けられねぇ。そう思いましたよ。こうなったら絵里先輩に廃校の危機を救ってくれてありがとうございましたぁ! って言わせてやりますよ」

「おお、言うやん」

「……それはそうと、希先輩。絵里先輩って本当は何がしたいんでしょうね?」

 

 思穂は希へ話した。今まで何となく思っていたことをだ。顔を合わせ、言葉を交わす度に強まる思穂の疑問。

 

「そりゃあ、生徒会の仕事や廃校とかの関係で忙しいのは分かりますよ? でも、それだけなんですかねぇ? 私の目が死んでないのなら、絵里先輩はどうも……」

「そこまでや。そっから先は胸の内に秘めとき?」

 

 そう言いながら、希が近づいてきた。突然の行動に、思穂は思わず身構えてしまった。

 

(こ、これはマズイのでは!? 私、何かされちゃう!?  希先輩ならもしかして手を触れず、私に呪いをかけることだって……!!)

 

 だが、そんなことは当然されず、希の手が思穂の頭に置かれるだけだった。

 

「何や、思穂ちゃんがなーんか、ウチと馬が合うなぁ思ったら、そういうことなんやね」

「……へ?」

 

 それだけ言って、希が階段を上がり始めた。これ以上言うつもりはないようだ。思穂は希の背中をただ見守ることしか出来なかった。

 だが、そんな思考はやがて、遠くからやってきた穂乃果の声によって掻き消されてしまった。

 

「しーほちゃーん!! 来たよ! ついに来たよー!!」

 

 廊下を猛ダッシュしてくれる穂乃果を受け止めつつ、思穂は彼女の呼吸を落ち着かせた。

 呼吸を整え終えた穂乃果が、ピンク色のメモ用紙を思穂の目の前に広げる。

 

「グループ名! グループ名を書いてくれた人が来たんだよー!!」

「『μ's』。これはミューズって読むのかな?」

「そうだよ思穂ちゃん! 今日から私達は……μ'sだよ!」

 

 『μ's』、それはギリシャ神話に出てくる九柱の女神たち。そして、これからこの音ノ木坂学院を盛り上げるために活動していく者達の名となる。

 ちなみに薬用石鹸の単語を出したら、穂乃果に怒られてしまったのは、今でも納得いかなかった――。


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