ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「凛ちゃん、今日は早くお掃除終わったね」
「うん! これでいつもより早く部活へ行けるね!」
今日はゴミも少なく、少しだけ早く掃除を終わることが出来た。同じ班である花陽と凛は部室へ向かっていた。その二人を後ろから呼び止める声がする。
「凛! あんたまた授業中寝てたでしょ!?」
「うにゃっ!? 真姫ちゃん!?」
奇妙な凛の言葉を遮るように、真姫は分厚い用紙を彼女へ突き付けた。それを目で読み、理解した凛は走り出そうとするが、一瞬で真姫によって肩を掴まれる。
「全く。何で私が凛のペナルティーを持って行かなきゃならないのよ……」
「だ、だったらそれはゴミ捨て場とかに持って行ってくれても……」
「何馬鹿な事言ってんのよ! あ・な・たが寝なきゃ良いだけの話ー!」
「ふ、二人とも喧嘩は止めようよ……」
凛がやらかし、真姫が怒り、花陽がなだめる。そんないつも通りのやり取りをしながら、三人は部室へとたどり着く。今日も今日とて練習の日々が始まる。
そんな期待とモチベーションを持ちながら、代表して花陽が扉を開けた――。
「あーん! 誰の許可得て扉開けてんだー!?」
「ひいっ!」
「にゃ! かよちん!? どうしたの!?」
「花陽? 何がいるって言うの――」
そこには“ヤンキー”になっている思穂がいた。特攻服を羽織り、胸にはサラシのみで、おヘソはまる出し。そして下は裾を紐で縛るタイプのズボンを穿いている。……これをどう見間違えばヤンキー以外に見えるのか問いただしたくなる程の格好だ。
いつもはハーフアップの髪もポニーテールにしており、眼つきは鋭い。口はガムか何かを噛んでいるのかしきりに動いている。隣に立て掛けられた木刀が異様な存在感を放っていた。
「し、思穂ちゃん何だか不良さんみたいだよ……」
「何だぁ星空ァ! 私の悪口かァ!?」
「聞かれてた! ちょ、まずは木刀を下ろして下ろして!」
音も無く、思穂は片手で木刀を振り、切っ先を凛の鼻先にくっつける。なぜかチョンという擬音で表現できるほど柔らかなタッチだったのは気のせいだろう。
完全に凛が怯えてしまった、花陽に至っては今にも気絶寸前。そんな中、真姫だけはあくまで平静を保ち、凛と木刀の前に割り込んだ。
「って、何やってんのよ思穂。ほら、凛と花陽が完全に怯えてるじゃない」
「んー? まっきまっきまーよぉ? 何、何なの、何なんですかーその口の利き方はよー」
「うぇっ……!?」
「ほうら真姫よ、飴ちゃんやるよ飴ちゃん」
言いながら、思穂はポケットから棒キャンディーを取り出し、真姫へ突き付けた。まるで今のこの状況を理解できていない真姫はそれでも、とりあえず思穂から飴を受け取った。包み紙を取り、中の飴を舐める真姫。味はトマト味だ、好物である。
「ウマいか?」
「……何?」
「美味しいかって聞いてんだよー!?」
「……まあ、悪くないわね」
「か~わ~い~い~!」
まずは思穂の頭をぶん殴れば良いのか、と真姫は己の医学知識を総動員し、最適解を導き出す。
「待って待って待って待って。そのパイプ椅子を下ろして真姫ちゃん」
スッと立ち上り、ポニーテールを解き、またハーフアップに纏め直した思穂は降参の意志を示すように両手を挙げた。いつもの見慣れた思穂である。とりあえず椅子を下ろし、花陽と凛が復活したのを確認してから、真姫はジト目で思穂を睨み付ける。
「で? どういうことなの?」
「ん~と……役作り?」
「……はぁ?」
思穂からの説明を聞き、真姫は呆れを通り越してしまった。何がと言えば、演劇部から助っ人を頼まれ、演技の幅を広げるために色んなキャラを作ってみようとする思穂の方向性が微妙にズレた勤勉さである。
「そ、そういうことだったんだね。びっくりしたよ~もう!」
「思穂ちゃん、本当に怖かったよぉ……」
凛と花陽も復活し、ようやく場の空気も落ち着きを取り戻した。特攻服のままで、いつもの明るいテンションで話し出す思穂の何とシュールなことか。
「いやーごめんね三人とも! 驚かせちゃったね!」
「それで、何で不良さんの恰好なの?」
「良い質問だね! ほら、やっぱりありとあらゆる作品に存在する欠かせない存在でしょ? だからこそ、まずはこれを完璧にしないとなって!」
質問をした花陽は正直、思穂が何を言っているのかさっぱり分からなかった。凛はうんうんと頷いているが、絶対理解していないことは昔からの付き合いでとっくの昔にお見通し。なら、真姫は。一縷の望みを抱き、花陽は真姫の方へと顔を向ける。
「ま、真姫ちゃん分かった?」
「さっぱり」
「えっ!? 分からない!? なるほど……じゃあちょっと待ってて!」
そう言い残し、思穂は隣の部屋へと消えて行った。
「……いつもおかしなことをしているけど、今日は一段とおかしなことをしているわね」
「あはは……思穂ちゃん、何事も一生懸命だから」
「凛は思穂ちゃんの演劇見てみたいにゃー!」
「おっ、花陽ちゃん達早いなぁ」
そう言って入って来たのは希を始めとする三年生メンバーであった。
その違和感に気づいたのはやはりと言っていいのか希である。部室を一瞥し、凛たちの微妙な表情を見るやいなや、希はいくつかの推測を立ててみた。
「何や、思穂ちゃんまた何かやらかしたん?」
三人からの答えを聞く前に、隣の部屋の扉が開け放たれた。
「あいや待たれい! 拙者は無実なりー!」
セーラー服を身に纏い、左目には眼帯を付け、ついでに右腕に包帯を巻き、トドメにえらく古風な言葉遣いの思穂が現れた瞬間、全員が固まった。正直言って、これは希の理解を遥かに超えていた。コスプレと言うには真に迫り過ぎている。
「し、思穂。貴方どうしたの? その格好は……」
「おおう絢瀬氏、それに矢澤氏に東條氏も来おったか! ささ、外は寒い。狭い所だがくつろいでくれ」
「いや、にこの部室だからここ」
ジトーっとした視線を向けているにこを無視し、思穂は更なるステージへ移行する。思穂は突然、右腕を押さえだした。
「えっ? 思穂ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「ふ……ふふふ……! 今は話し掛けない方が良い小泉氏……今宵は我が聖暗黒双頭龍が抑えられぬ……」
「あんた本当に何やってんのよ?」
「聖なのか暗黒なのか判断に困るところやね」
花陽は思った。あ、これ絵里ちゃん達戸惑っているなと。自分達は理由を知っているから無言で眺めていられるが、絵里たちは本当に混乱しているようだ。
(そんな絵里ちゃん達を見ているのがちょっと楽しい私はイケない子です……。ごめんね絵里ちゃん、にこちゃん、希ちゃん)
心の中で謝りつつ、花陽は思穂の次の行動から目を離せない。
「はぁ……何か違うなこれ。ちょっと属性盛りすぎたかなぁ? 盛り過ぎだよねぇ……?」
「やっほー! 皆ー! 早いねー!」
「どうしたのですか皆? 何か様子が変ですが……」
入ってきた二年生組の中で、思穂の有様に一番先に気づいたのはことりであった。だが、ことりの反応は皆とは少し違うものである。
「思穂ちゃん、これもしかして手作り!? すごーいっ!」
「お。お目が高いねことりちゃん! ちょっと頑張ってみたんだ!」
「わぁここ難しいのに上手~!」
「……それは良いのですが、何故思穂がそんな恰好をしているのですか?」
「ん、これ?」
思穂は花陽達に説明した事と一字一句同じ内容で手早く事情を理解させた。
「面白そう! 私も協力するよ思穂ちゃん!」
「穂乃果ちゃんは分かってくれると思っていたよ!」
まるで穂乃果の言葉を読み切っていたかのように、思穂は鞄から七つの用紙を取り出した。
「それは?」
「うん? とりあえず適当にキャラの練習しようと思ってね。台詞書いて来たんだ。はい絵里ちゃんこれ」
「わ、私!?」
絵里は受け取った用紙を開いて中身を確認すると、そこには何行かの文章が書かれていた。具体的には“先輩”という単語が沢山あるものだ。
「これは……何かしら?」
「まず手始めに“ドジっ子後輩”をやってみよう!」
「ど、ドジっ子?」
「まあやってみれば分かるよ。あ、他の皆は感想聞かせてね」
そうして、思穂の“ドジっ子後輩”が幕を開けた。
◆ ◆ ◆
「せんぱーい! 今日もテニスお疲れ様でしたぁ!」
「え、っと……。『ええ、貴方も今日は一日良く頑張ったわね』」
「えへへ。あ、そうだ! 今、スポーツドリンク持ってきますね!」
絵里と思穂を除き、皆がシラーっとした目を向けていた。それには当然気づいていたが、中途半端に止めることの方が大やけどだ。
あらかじめ置いておいた発砲スチロールの箱の山へ駆け出す思穂。だが、すぐに思穂は前のめりにバランスを崩す。
「きゃっ! 転んだ!」
どんがらがしゃんと、思穂は発泡スチロールの山へ突っ込んだ。派手に崩れる発泡スチロールの箱。その様に、絵里は思わず駆け寄っていた。
「ちょっ! 大丈夫、思穂!?」
「てへへ。やっちゃった!」
ウィンクをし、コツンと頭を叩く思穂。これをあざといと言わずして何と言うのか。
「ほら絵里ちゃん、最後最後。締めて」
「えっ……!? えと……『あらあらもう全く。後輩はおっちょこちょいね』」
語尾に音符でも付けんばかりの声色で言った後、絵里は思穂をデコピンをし、このコントは終わりを迎える。
「どう、皆?」
すると、堰を切ったように八人からの感想が流れ込む。
「あざとい」
「何かちょっと後輩要素が感じられないというか……」
「いつもの思穂ちゃんに似てるにゃー」
等など。どの感想も要約すれば『あざとい』で纏められてしまう。自分でも分かっていた。こんなベッタベタの事をやらかす奴なんてそれこそアニメの世界である。とりあえずこの『ドジっ子後輩』はあまり好評では無いようだ。
「くっ……負けないぞ私! じゃあ次、次!! 次は……う~んこれだ!!」
そう言って、思穂は凛へ用紙を手渡した。凛がそれを開くと、そこにはこう書かれてあった。
――ヤンデレ。