ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第十八話 みんなで叶える物語

 ひゅう、と風が思穂の頬を撫でればそこがひんやりと冷たくなる。コンビニから買ってきた肉まんを頬張れば暖かさと肉汁が口内に広がる。

 寒い、だけど暖かい。そんな贅沢な状態の思穂は一言だけ呟いた。

 

「年明けのゲームって良いよね」

 

 早速座り込み、思穂は携帯ゲーム機を取り出した。何せここは屋上、しかも冬休み期間。ごく一部の生徒しか来ないので、誰からも咎められる心配はない。そして、本来ならば絶対にしない早起きであったが、滅多に出来ないシチュエーション下でするゲームは格別だと言うことも知っているので、そこは努力をした。

 ――年が明けた。そしてそれはそのまま、ラブライブ最終予選が終わったことを意味しており。

 そんなちょっぴり感傷にふけっているところに、穂乃果が屋上の扉を開けて入ってきた。もちろん、思穂はすぐにゲーム機を隠した。別にやっても良かったのだが、今日は特段そういう気分でもない。

 

「しっほちゃーん!」

「おお、穂乃果ちゃん朝早いねー!」

「うん! 何だかジッとしていられなくて!」

 

 そう言って走る真似をする穂乃果が本当にハツラツとしていて。よくもまあ、こんな少し肌寒いのにという気持ちを言葉に出さず。だけどそんな穂乃果が相変わらず大好きな思穂であった。

 それに、穂乃果の並々ならぬやる気も良く分かる思穂であった。何故なら――。

 

「だね。なんせこれから本選だしね」

 

 

 ――『ラブライブ』最終予選、優勝『μ's』。

 

 

 思穂の初夢でもなければ、穂乃果達のやる気の比喩でもない。これは紛れもない事実。μ'sは、彼のスクールアイドルの頂点であるA-RISEの首を刎ね落としたのだ。

 しかし結果は非常に僅差であった。あとほんの少し、それこそミクロ単位で票が傾けば、こうして自分達は本選の事を考えてはいなかっただろう。

 九人の全力と、三人の全力がぶつかり合った末の結果。……とはいえ、まだ完全に実感できたわけでもないようだ。

 

「思穂ちゃん私ね。何だか……まだ信じられないや。だって私達がA-RISEに勝ったんだよ? あのスクールアイドルの頂点に」

「うん。けど、いつまでも後ろを見ていちゃいけないよ? そんなA-RISEに本当に勝ったんだと自覚するためにも今は!」

「本選……だね!」

「ハラショー! そうそう! 皆もそろそろ来るころだろうし頑張ろうよ!!」

「あ『ハラショー』だ! 私ね、パソコンで本物の『ハラショー』聞いたことあるんだけど、思穂ちゃんは絵里ちゃんの『ハラショー』よりも上手いんだね!」

 

 本人の前でこの台詞を使わなくて良かった、と思穂は本気で安堵していた。そんな穂乃果の無自覚な攻撃、いや口撃をした直後に皆が入って来たのだから。

 あと一歩遅ければ……なんて考えたくもない。

 

「――自由? 選曲が?」

「そうそう。選曲も衣装も踊りも曲の長さもぜーんぶね」

 

 みんなが柔軟体操をしているのを見守りつつ、思穂はラブライブ本選の説明をしていた。……とは言う物の、現在の思穂の思考はラブライブ本選の説明には非ず、柔軟体操をしている皆様方へ向けられていた。

 

(いやぁ……イイねぇ。腕とか脚とか伸ばさないといけないからさ、なんかこう……強調されてイイよね……えへ、えへへへ……!)

 

 例えば背中合わせになって互いに腕を組んで、片方がお辞儀をするように身体を前に倒すことでパートナーがそのまま持ち上げられ、背中が伸びる良くある体操。お気づきの方も既にいるかもしれないが、その際、胸が強調されるのだ。それはそうだ。ただでさえ、下着や服でガードされているのに、更に逆方向に力が加わるとそれが浮かび上がるのはもはや自明の理。アカシックレコードにもそう書かれている。

 柔軟体操のプログラム一つ一つがエロい。そう、思穂は考えながらも、口では本選の説明を終わらせる。

 柔軟体操は見ている側の思考も柔らかくさせる、柔らかくさせた頭は通常の数倍のパフォーマンスを発揮できる、つまり今の思穂は女の子のエロいポイントと本選説明を同時にこなせることも可能、すなわち思穂も柔軟体操の恩恵を授かっている。実に理論的な過程と結果である、そこには疑問が挟み込まれる余地など微塵も無い。

 

「思穂、あんた目がエロいんだけどどこ見てんのよ」

「申し訳ございませんでしたにこ様、私がクズ野郎、いや女郎です」

 

 なので、バレたら即刻土下座をすることなど本当に容易い。この程度の脊髄反射が出来なくて、何がμ'sのマネージャーか。マネージャーに求められているモノは何か、その問いに対する思穂の答えは決まっている。

 何者をも圧倒する流麗かつ誠意溢れる謝罪作法、つまり土下座以外に一体何を挙げれば良いのか、という話にすらなってくる。

 

「それで、出場グループの間ではいかに大会までに印象付けておけるかが重要だと言われてるらしくて……」

「全部で五十近くのグループが一曲ずつ歌うのは良いけど、当然見ている人達全てが全部の曲を覚えてるとは限らないわ」

 

 花陽と絵里がそう言うと、にこが更に補足した。

 

「それどころか、ネットの視聴者はお目当てのグループだけを見るって人もいるわ」

「にこちゃんの言うとおり。でもまあ、今は良いんだよ。何せあのA-RISEを破ったグループって看板が掲げられているしね」

「でもそれも本選の三月までにどうなっているか……やね」

「そうなんだ……それで、事前に印象付けておく方法ってあるの?」

 

 穂乃果の疑問に答えるように、花陽は皆を連れて一度部室に戻った。手馴れた動作でパソコンを立ち上げると、花陽がその答えを言った。

 

「それはね、キャッチフレーズだよ穂乃果ちゃん」

「キャッチフレーズ……?」

「『拙者より強い奴に会いに行く』とか『オープニングまで、泣くんじゃない』に『最後の一発は、せつない』等など、数多ある名作ゲームも秀逸なキャッチフレーズがあるから興味を持たれたといっても過言では無いからね!!」

 

 出場チームはチーム紹介ページにキャッチフレーズを付けられる。例えば、と花陽が目に付いたチームをクリックして出てきたのが……。

 

「『恋の小悪魔』『はんなりアイドル』『With 優』。なるほど、皆良く考えてるのね……」

 

 感心したようにため息を漏らす絵里。皆も同じような意見だったようで神妙に頷いている様子が見られた。

 

「当然、ウチらも付けておいたほうがええって訳やね」

「はい、μ'sを一言で言い表すような……」

「μ'sを一言でかぁ……」

「思穂ちゃんは何か思いついた?」

 

 ことりに振られ、少しばかり頭を捻る思穂。皆の顔を見ていると、自然とインスピレーションが湧いてしまったのが悔しい。なので、思穂は一つ悪戯をすることにした。

 

「真姫ちゃん、そこの紙とペン取ってくれる?」

「別に良いけど、何する気よ?」

「まあまあ。さらさらーっと」

 

 そしてそれを中が見えないよう四つ折りにすると、パソコンが置いてある机の上にテープで張り付けた。その作業を終えると、思穂は皆へ言った。

 

「ということで私は思いついたからここに置いておくね。あ、皆は意見が纏まるまで見ちゃ駄目だよ」

「え、ええっ!? なんで~!?」

「多分だけど、私と皆が考え着く所は同じだと思うんだ。そんな私が考えたキャッチフレーズを今見ちゃったらそれはきっと近道になっちゃう」

 

 更に思穂は続けた。

 

「私ももちろん考えるけど、やっぱり皆も考えないとね! それで、私と答え合わせだ!」

 

 求めるな、掴みとれ。それが思穂のμ'sに対する基本スタンスである。思穂は自らのスタンスに則った。

 皆もそれで納得したようだ。そうと決まったら話は早かった。練習は程々に。皆、キャッチフレーズを考えようという話になった。

 

「――と、その前に。皆にこれを渡しておこうかな」

「思穂、それは……」

 

 それは振り付けと歌詞表であった。衣装案は既にことりに預けている。

 そしてその歌詞表にいち早く反応したのは海未であった。

 

「思穂ちゃん、これ何? 本選でやろうって予定の曲じゃないよね……?」

「穂乃果ちゃんの言うとおり、これは特に本選には関係ないよ。……とまあ、それで、皆にお願いがあるんだけど、本選までの練習の合間で良いからさ、この曲の練習もしてくれないかなぁって」

 

 口を開いたのは絵里だった。

 

「私も知らない曲ね。真姫、海未、衣装もあるだろうからことりもよね……これは?」

「私がそれぞれ三人に掛け合って進めてたんだ。言わなかったのは、皆ラブライブの本選もあるしね。これは……そう、言うなれば私の趣味」

「趣味?」

「うん。ちょっとばかしの、私の些細な野望」

 

 そこで、思穂は話を変えるために手を打ち鳴らした。

 

「それは今語るとこではないから! 隙あらば私からも練習を促していくスタイルってことで! さあ考えよう考えよう!」

「その前に。まずは練習です」

 

 練習に向かう皆を見送りながら、思穂は余分に取っておいた歌詞表に目を落とす。その瞳には少しばかりの苦笑が。

 内容は絵里に言った通りだ。そこには一切の嘘は何もない。だけど、やりたいのだ。だから、思穂はコンセプトを打ち立て、真姫や海未、そしてことりに掛け合った。

 

「皆、私の一世一代の我が儘に付き合ってね……」

 

 次に浮かべた笑みには、自虐的なモノが消え失せ、少しばかり野望を滲ませる――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「はっ……はっ……!」

 

 翌日の夕方、思穂は走っていた。今はμ'sが練習を始めたころである。本来ならばそちらの方について、練習を見届けるのだが、何せ用件が用件だ。

 行かない、という選択肢はない。しばらく走っていると、ようやく“彼女”が見えた。更に走る速度を上げ、思穂は彼女の元へ辿りついた。そこは近くの公園。ベンチに腰かけると池が見えるデートスポットに最適そうな場所である。

 “彼女”が手に持っていた缶コーヒーを思穂へ手渡した。

 

「呼び出してごめんなさいね、思穂」

 

 そう言って“彼女”――綺羅ツバサは微笑んだ。

 

「いえいえ! ツバサが呼ぶならどこへでもひとっ飛びですから!」

 

 思穂とツバサは今、向かい合っていた。思穂の手には携帯が握られており、ツバサに指摘されるまで気づかず、顔を真っ赤にしながらそれをポケットにしまったのはまた別の話。

 どんな事情があろうと、思穂は彼女の元へ行かなければならないのだ。何せ――呼び出される理由が理由なのだろうから。

 

「立ち話もなんだから、そこに座りましょ?」

 

 ツバサに促され、思穂は彼女と一緒にベンチに座った。ツバサが自分の缶コーヒーを開けたのを見て、思穂も開けることにした。プルタブを指で持ち上げると、カシュっとあの良く聞く音が思穂の耳に響く。

 クイッと一煽りすると口内に苦さが広がる、けど目が覚める味。徹夜のお供である。

 

「ラブライブ最終予選突破おめでとう」

「ありがとうございます!」

「……実は昨日、穂乃果さんともこうしてお話ししたの」

 

 やはりそうであった。完全にどういう話か分かった思穂は少しばかりスイッチを真面目の方に切り替える。

 

「……そうですか」

「練習はどう?」

「皆、とっても熱が入ってますねー! 本選に向けて頑張ってますよ!」

「……ねえ、思穂。これは穂乃果さんにも聞いたことなんだけど」

 

 そう前置き、ツバサは続けた。

 

「私達は全てをぶつけて歌った。そして、潔く負けた。その事に何のわだかまりもない――と思っていたの」

「ツバサ……」

「でも、ちょっとだけ引っかかっていたの。何で負けたんだろうって。確かにμ'sはあの時、ファンの心を掴んでいたし、パフォーマンスも素晴らしかった。正直、結果が出る前にはもう勝敗は確信していたわ」

「そうですか……」

 

 でも、とツバサは言った。

 

「どうしてそれが出来たのか分からない。努力もした、練習も積んできたのは分かる、チームワークもね。だけど、それは私達も同じ。むしろ私達は貴方達よりも強くあろうとしてきた。それがA-RISEの誇りでありスタイル。負けるはずが無いと――そう思っていた」

「……ああ、なるほど。だから」

「だから? 思穂は知っているの? μ'sを突き動かしているモノ、原動力たるモノを……!?」

 

 思穂はじっとツバサの目を視た。そして思穂は、その目に含まれているモノが変わっていたことに気づいた。

 ――挑戦者。

 その言葉がこれほど似合う者がいるのかと、思穂は驚愕していた。今まではスクールアイドルの頂点たる風格と自信がみなぎっていた。

 だが、今はどうだろう。その誇りはそのままに、だがその瞳にはギラついた“挑戦心”が渦巻いている。

 それを自分に置き換えて考えてみる。今までトップであり続けていた自分が突然、その座を追われた。――耐え難い事である。受け入れることはそう容易くないだろう。

 ――それなのに、彼女達はもう気持ちを切り替えている。そのどれほど凄まじいことだろうか。思穂は思わずを息を呑んだ。

 だからこそ、その答えはしっかりと出せて。

 

「多分、在り方だと思います」

「……在り方?」

「そう。ツバサ達A-RISEは強すぎたんです。それこそ、誰からも“勝って当たり前”と思われるくらいには」

「そんなこと――」

「――があるんですよ。こうして結果が出た今でも、私はA-RISEに勝てたという実感を完全に持てませんもん。――でも、だからこそ、その一点だけがA-RISEの弱点であり、μ'sの最強の武器でした」

「私達の弱点であり、貴方達の最強……?」

 

 そう聞き返すツバサの声にはどこか信じられないような色が滲んでいた。そんなツバサの言葉に頷き、思穂は続ける。

 

「ええ。私達μ'sは駆け出しも駆け出し。だからこそ、音ノ木坂学院の皆が……それだけじゃない。色んなところでμ'sを見てくれた人達も皆、一生懸命応援してくれる。それが私達の強さ」

 

 立ち上がり、ツバサの方を向くと、思穂はバッと手を広げ、高らかに言ってのけた。

 

 

「――皆が、私達の強さなんです!!」

 

 

 計算では無いのだ、そして情でもない。そんなちっぽけなモノ全てを越えた所に、μ'sの強さはあったのだ。

 

「みんなが……」

 

 ツバサはようやく見えたのだ。どうして穂乃果がはっきりそれを言えなかったのか、思穂がはっきりと今、それを言えたのか。

 今のツバサならはっきり分かった。きっと、穂乃果も同じことを言うのだろうな、と。

 立ち位置なのだ、要は。穂乃果達はがむしゃらに走っているのに対し、思穂は一歩引いた立ち位置で冷静にμ'sを見ていた。だからこそ口に出せたのだ。

 ツバサは思った。近い内にこの事に気付くであろう穂乃果は更に上へと行けるだろうと。

 ――求めていた答えは見つかった。だからこそ、もうこうしている暇はない。

 

「ふふ……なるほどね。確かにそれは最強の武器ね」

「……行くんですか?」

「ええ。最終予選では負けたけど、それはA-RISEの終わりじゃない」

 

 思穂へ手を差し出しながら、ツバサは言った。

 

「いつかまた貴方達の前に立つわ。今度は“頂点”ではなく――“挑戦者”として」

「……はい!!」

 

 握られた手は固く固く。名残惜しさの欠片も見せず、ゆっくりと手を開いたツバサは思穂から背を向けた。そしてそのまま思穂へ語りかけた。

 

「思穂、私達はまだ友達よね?」

「いつまでも友達ですよ」

「嬉しいわ。ね? 今度また漫画を買いに行きましょう? 思穂にはまだまだ教えてもらいたい世界が沢山あるんだから、これからもよろしくね?」

「もちろんです! この片桐思穂、全力でサポートしましょう!」

 

 満足したように、軽く片手を上げて返事をしたツバサは歩き出していく。足取りは力強く、背中には情熱だけを乗せて。

 

「私達はずっと友達だよ、ツバサ」

 

 まるで狙い澄ましていたかのように、穂乃果からの着信が。

 

『思穂ちゃん!! 私、見つけたよ! キャッチフレーズが!』

「おお……早いね。それじゃあ、聞かせてもらえる?」

『うん! 私達って――――』

 

 またベンチに座りながら、思穂は穂乃果の話を聞いていた。そして彼女の話を聞き終わるなり、思穂は一言。

 

「私の書いた奴、もう捨てても良いね」

『っ! それじゃあ!』

「うん。やっぱり穂乃果ちゃんはすごいや! それで行こう。ううん、多分、それ以外に私達に相応しいキャッチフレーズはないよ!」

『うん! うん! 皆もこれで良いって言ってた! よ~し!! 決まったぞ~!!!』

 

 穂乃果の本当に嬉しそうな声を聞きながら、思穂はちょっぴり舌を出した。

 

(ごめんね、穂乃果ちゃん。実はあの紙、何にも書いてないんだ)

 

 そう、書いたフリをしていた。だけど、皆がこのμ'sの力だと言うことには何の嘘も無い。

 ――ただ、言葉を紡ぎだせなかったのだ。

 どんなワードをチョイスしてもしっくりこなくて。μ'sがμ's足りえるフレーズには少しもならなくて。

 

(だけど穂乃果ちゃんは辿りついた。すごいよ本当に。やっぱり穂乃果ちゃんは昔から、二枚も三枚も上手(うわて)だ!)

 

 

 ――――みんなで叶える物語。

 

 

 思穂は小さくそのキャッチフレーズを呟いた。実にしっくりくる、μ'sがμ's足りえるキャッチフレーズを。


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