ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第十一話 ~ユメノトビラ~

「うーん……パッとしない」

 

 そう言って思穂はグラウンドを候補から外した。

 第二回ラブライブ最初の予選は大会が用意した複数のステージの中から自分達が選択して歌う形式であったが、もし自分達が大会指定のステージ以外の場所で歌う場合はネット配信でライブを生中継する形式になっていると、花陽から熱い説明があった。

 そこで、思穂はμ'sとは別行動を取り、発表できそうな場所を探し回っていた。ちなみに単独行動の理由はシンプルで、一人なら色々と小回りが利く。それだけである。以前のようなネガティブな理由ではない。

 スマートフォンで時間を確認すると、過ぎた時間の大きさに軽く涙ちょちょぎらせながら、再度思穂はステージ選定に戻る。

 思穂の想定ではホームグラウンドである音ノ木坂学院で予選に臨むつもりでいた。が、いざ現場を目の当たりにすると、何かグッとくるものがない。

 講堂も、屋上も、今いるグラウンドも、前に使用し、尚且つPV配信済みの場所では圧倒的に新鮮さに欠ける。

 そんな事を考えながら練り歩いていると、校舎の外スピーカーが低い唸りを挙げた。

 

『あー皆さん! こんにちは!! うがっ!!』

「ほわっちゃ!?」

 

 スピーカーから穂乃果の声がしたと思ったら突然の鈍い音。大方額にマイクでもぶつけたのだろう、と思いながら思穂は少しばかり立ち止まる。

 そこからは慣れたもので、ラブライブへの決意表明を語った穂乃果。その声には決意が漲っていた。

 

『えっと、園田海未役をやっています園田海未と、申します……』

「ほわっちゃ……」

 

 今度は海未の声。何だか酷くちんぷんかんぷんな事を言っている。この一言だけで相当緊張しているのだろうと言うのが手に取るように分かってしまう。

 この次があるとするなら、次が誰だか思穂は何となく予想出来てしまった。

 

『あの、――ズの――――バーの――いずみ、はな――と』

「ほわっちゃほわっちゃ」

 

 口癖のバーゲンセールになってしまくらいには予想通りの展開過ぎた。リーダーは当然として、恥ずかしがり屋の海未と花陽に喋り慣れをさせておこうという魂胆なのだろう。

 だとするなら、もう後は〆るだけと踏んだ思穂は再び歩き出そうとする。

 ――次の瞬間、音の爆発が起きた。

 

『イエーーイ!!!』

「なぁーーーー!?」

 

 まるで耳に直接パンチを撃ち込まれたような、そんなヘビーな一撃。耳を塞ぐ間すらなく、音の暴力を鼓膜一身に浴びてしまった思穂はしばらく何も聞こえなくなってしまった。

 最大音量プラス穂乃果の声は正に死を意味する。

 抗議と報告を兼ねて、思穂の足は校舎へと向ける――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「とまあ、穂乃果ちゃんはマイクで喋る時はまず音量を確認しようねという話」

「ご、ごめんなさい思穂ちゃん……」

 

 ものすごくやんわりと注意を終え、一息つく思穂。

 何だかんだと騒いでいる内に夕方になったので、メンバーと思穂は秋葉原へとやって来ていた。ここも一応ステージの候補の一つなのである。

 

「でもまあ……どうしよう本当に。この辺りは人が多いし、それに」

「ここはA-RISEのお膝元よ? 下手にやれば喧嘩売っているとしか思われないわよー?」

 

 それもいっそのこと手なのではないかとも思ってしまう思穂。目立つことには目立つ。

 ふと、思穂はUTXのモニターに映し出されているA-RISEのPVを見上げた。堂々とした立ち振る舞いは流石スクールアイドルの頂点といった所だろうか。

 穂乃果も見ていたようで、『負けないぞ』と小さく呟いていた。

 

「――高坂さん」

 

 そんなPVに重なるように、彼女は――ツバサは現れた。

 

「ほわっちゃ……」

 

 本日何度目の口癖か分からなかった。そこからのツバサの行動は早かった。声を上げようとする穂乃果の口を塞ぎ、手を取り、ツバサは走り去っていってしまう。

 次の瞬間には、思穂も走り出していた。何だかややこしいことになりそうだ。そんな事を思いながら――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――思穂ちゃん、座らないの?」

「う、うん! 私ってほら、背中に壁付けてドヤ顔するのが似合う感じだしね! あっはっは!」

 

 何とか追いつけた思穂と、それを追って来たμ'sメンバーは後から来たあんじゅと英玲奈、そしてツバサの案内によって前に来たことがあるカフェスペースまで連れられてきた。

 穂乃果が椅子に座るよう促すと、思穂は壁に背を付け、その場から動かないでいた。若干のスペースがあるとはいえ、丁度μ'sとA-RISEが座ることで席が埋まることもあり、言い訳としては最適だったのだ。

 むしろいない者扱いしてほしいとすら思っている思穂であった。思い返してみれば、実は思穂は一つだけ皆に言いそびれていたことがあるのだ。

 ――それはずばり、A-RISEと割と仲が良い事。そしてツバサとは呼び捨ての間柄と来たものだ。

 これをにこか花陽に知られれば、間違いなく東京湾に沈む確信があった。

 そんな思穂の噴き出る汗に気づかないツバサと一瞬目が合い、彼女からウィンクが飛ばされた。更に汗が出る。

 

「さっきはうるさくしてすいません……」

 

 花陽にはアイドルファンとしての矜持があった。それは応援している相手を絶対困らせない事。なので、先ほど自分がサインを求めたのはそれに抵触してしまう。故に、花陽は謝った。これからもファンで居続けたいから。

 あんじゅがそれを笑って許すと、続けて絵里がカフェスペースを見回して一言。

 

「素敵な学校ですね」

 

 生徒会長、という役職にいたからか、やはり着眼点が真面目だなと思穂は何となく思った。

 ツバサが軽く礼を言うと、彼女はとうとう今日の目的を口にする。

 

「同じ地区のスクールアイドルをやっている者として、一度挨拶したいと思っていたのよね、高坂穂乃果さん」

 

 動揺している穂乃果へ、英玲奈が言った。

 

「人を惹きつける魅力、カリスマ性とでも言えば良いのだろうか。九人で居ても、なお輝いている」

「あとは、どんな困難にもぶち当たって行けるハートの強さが魅力ですねー」

 

 一斉に皆が思穂の方を見たが、彼女は素知らぬ顔でミルクティーを啜る。変わらない味に、少しばかり感動をしてしまった。

 

「私達ね、貴方達の事をずっと注目していたの」

 

 ツバサは更に続ける。

 

「前のラブライブでも貴方達は一番のライバルになると、そう思っていたの」

 

 絵里が謙遜の言葉を口にすると、英玲奈の視線が彼女へ向けられる。

 

「絢瀬絵里。ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」

「そして常に冷静な視点で、皆を纏める天下無敵の元生徒会長様ですねー」

 

 どんどん、A-RISEによるμ'sメンバーの良い所が挙げられていく。

 真姫は作曲の才能が素晴らしいと言われた。それに対し思穂は、『素直じゃないけどどこまでも人の事を思いやれる優しい子』と付け足した。海未は素直な歌詞を書くと言われたので、『恥ずかしがり屋だけど、その気になった時の馬力は凄まじい』と言い足す。

 バネと運動神経はスクールアイドルでも全国レベルと言われた凛には『足が凄まじく良い、触り倒したい』と言い、個性だらけのメンバーに素晴らしく調和するという歌声と評価された花陽に対しては『アイドルへの知識と情熱は誰にも負けていない芯の強い子』と言った。

 μ'sを牽引する穂乃果と対になる存在として九人を包み込む包容力を持つと褒められた希には更に『μ'sを語る上では絶対に欠かせない立役者ですよ』と細くする。更に、ことりが秋葉のカリスマメイドであることも知っていたので『気配り上手ですけど、突っ張るところは突っ張る強い子』と彼女を更に持ち上げる。

 そしていよいよ最後――。

 

「そして、矢澤にこ」

 

 ツバサの視線がいよいよにこを捉える。自然とにこはつばを飲み込み、一言一句聞き逃すまいとしていた。

 ツバサが一拍置き、言う。

 

「いつもお花ありがとう!」

 

 途端、にこへメンバーのシラーっとした視線が降り注ぐ。すると、μ's結成前からファンだったとむしろ笑って誤魔化されてしまった。だが、次の瞬間には、態度も豹変し、良い所を求めるこの図太い姿勢。

 そんなにこに対する答えを、ツバサはちゃんと用意していた。

 

「グループになくてはならない小悪魔って所ね」

 

 そう言われるや、身体をくねらせて声にならない声で喜び出すにこ。そんなにこへ思穂は更に言った。

 

「後は、どんなに叩きのめされても必ず立ち上がるガッツを持った素晴らしい先輩ですねー」

 

 どうしてそこまで知っているのですか、と絵里が聞いた。控えめに見ても詳しすぎるのだ。良く調べないと分からないことまで知っているこの事について、ツバサからの返答はシンプルであった。

 

「これだけのメンバーが揃っているチームはそうそういないわ。そして、その力を余すところなく発揮させようと尽力している敏腕マネージャーの存在も忘れてはいけない。――ね、思穂?」

「……へ!?」

「今、ツバサさん“思穂”って……」

 

 にこの時とはまた違う意味でざわつくμ'sのメンバー。特に、花陽とにこは驚きに満ちた表情でツバサと思穂を交互に見やっている。

 思穂は思穂で、とうとうこの瞬間が来たのかと、もうどうにでもなれ状態であった。

 

「貴方達、思穂のダンスもしくは歌を見たことはあるかしら?」

「え、っと一回だけ?」

 

 穂乃果の言うとおり、一度センター決定戦で何となくやったことがあったなと思穂はほんのり思い出す。

 それを聞いたツバサが言葉を続けた。

 

「正直に言ってすごかったわ。一度、英玲奈とあんじゅとで見たことがあるのだけど、思穂は私のパートを思穂なりに昇華させてきたわ。それを見て戦慄したわ。どうしてこんな逸材が今まで埋もれていたのかってね」

「思穂、貴方……」

「いや待って絵里ちゃん。そんな驚かれても困るんだけど!」

 

 冷や汗から脂汗に変わる。にこの視線が妙に痛くなって来たからだ。

 ツバサの言葉を補足するように英玲奈が繋げる。

 

「一度、片桐思穂をA-RISEのマネージャーへと勧誘したのだが、見事に断られてしまった。即答だったよ」

「し、思穂!? 貴方そんな事一度も……!」

「ストップ海未ちゃん、顔怖い顔怖い」

 

 そう言えばそんな事があったなと思い、思穂は更に言われて不味いことはないか脳内検索を掛けてみる。

 ――すると、一つだけあった。にこと花陽に聞かれたら致命的なレベルのが。

 

「あ、そう言えばこの間オススメしてもらった漫画面白かったわ。時間があったらまた一緒にアニメ専門店行きましょうね!」

「ちょ、ツバサ! それはぁ!」

 

 と思っていた矢先にこれである。正直、テロ以外の何物でもない。

 案の定、にこと花陽が飛び掛かってきた。

 

「思穂ぉぉ!! あんた、何ちゃっかりツバサさんと遊びに行ってんのよ!? というか今“ツバサ”って呼び捨てたわよね!? いつの間に呼び捨て!? いつから!? ねえ、いつから!? 答えなさい思穂ー!!」

「思穂ちゃん! 私達、友達だよね!? 友達って胸を張って思っていて良いんだよね!?」

「ま、って! ガックンガックン、頭がぁ、ガックンガックン、ゆれ、る~!!」

 

 揺さぶられ過ぎてこのままでは首の骨が折れてしまうのではないかと、本気で恐怖した思穂である。それくらい、にこと花陽の眼が爛々と輝いていたのだ。

 そんな思穂達へ向け、A-RISEは全員立ち上がった。

 

「とまあ、私達は貴方達を注目していたし、応援もしていた。そして何より――」

 

 ツバサの、眼が変わった。

 

「――負けたくないと思っている」

 

 思穂の顔つきが変わった。それは紛れもなく――。

 

「でも、貴方達は全国一位で――」

「駄目だよ海未ちゃん、そんな事を言っちゃあ。大体、それは前の話だよ? それじゃあツバサの言葉を聞き流すことになっちゃうよ」

「思穂ちゃんの言うとおりよ。それはもう過去の事」

「私達はただ純粋に、今この時一番お客さんを喜ばせる存在でありたい。ただ、それだけだ」

 

 あんじゅ、英玲奈の順番でそう言うと、ツバサが締め括る。

 

「μ'sの皆さん、お互い頑張りましょう? そして、私達は負けません」

 

 カフェスペースを後にしようとするA-RISEへ穂乃果が呼び止めた。

 

「――私達も負けません」

「……」

 

 こういう返しが来るとは思っていなかったのか、それとも来てほしかった答えが返って来たのか、ツバサは少しばかり戸惑ったようなそれでいて嬉しそうな表情を浮かべる。

 そんなツバサが思わぬ提案をする。

 

「ねえ、もし歌う場所が決まってないのならウチでライブをやらない? 屋上にライブステージを作る予定なの」

 

 それは実に魅力的な提案であった。だが、A-RISEと共演と言うメリットでありデメリットも付き纏う。そんな提案を前にして、穂乃果の答えは当然とばかりに決まっていた。

 

「やります!」

「やっぱりそう言うと思ってたよ穂乃果ちゃん! それにしてもツバサ、どういう風の吹き回しですか?」

 

 何を馬鹿な事を、とばかりにツバサが笑った。

 

「『μ'sは絶対にA-RISEを越えられる。いえ、越えますよ』――そうここで啖呵を切ったのは誰だったかしらね?」

「あはは……言い返せなーい」

 

 話は実に面白い方向で決まった。あとはもうライブに向けて練習をするだけ。結果的に見ればこれで良かったのだろう、というのが思穂の感想である。

 ちなみに後で、μ's全員から先ほどの啖呵について激しい追及を受けたのはここだけの話であり、思穂にしてみれば二度と思い出しくない悪夢となった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 練習に練習を重ねて数週間。いよいよ予選の日となった。μ'sメンバーは思穂の後に続き、ライブ会場となるUTXの屋上へとやってきた。どこをとっても、オトノキと全く違うことに皆圧倒されていた。

 ある程度、下見をしたら次はいよいよ控室で衣装の支度である。穂乃果と希はもう少し屋上からの景色を眺めていたいと言うので置いてきた。

 

「おお、にこちゃん、お団子似合うね!」

「ふふん、当たり前でしょう思穂。なんたって今日は勝負なんだから」

「よーしやるにゃ!」

 

 それぞれ衣装を身に付け、士気が高まっている中、絵里は年長者らしく冷静に、だが更に激励の言葉を掛ける。

 

「皆、何も心配ないわ。とにかく集中しましょう」

「でも、本当に良かったのかなぁ……A-RISEと一緒で……」

 

 だが、ことりは不安そうであった。スクールアイドルの頂点と共にライブをやることになるというプレッシャーは相当なモノらしい。

 

「一緒で良いんだよことりちゃん! どの道、競り合うなら真っ向から競り合って打ち負かした方が良いんだよ!」

「思穂の言う通りよ。それに、一緒にライブをやるって決めてから二週間集中して練習することが出来た。私は正解だったと思うわ」

「――こんにちは」

 

 そう言って、ツバサはにこやかに入ってきた。ツバサはもちろん、あんじゅも英玲奈も既に衣装に着替えて、戦闘態勢は万端と言った様子である。

 すると、タイミングよく穂乃果と希が戻ってきた。

 

「あ、こんにちは!」

「こんにちは。いよいよ予選当日ね。今日は同じ場所でライブが出来てうれしいわ。予選突破を目指して、互いに頑張りましょ?」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 そう言って、穂乃果とツバサは固い握手を交わした。

 それからツバサは思穂の方へと視線を移す。

 

「思穂、私達のステージを見ていてね?」

「ええ。もっちろん!」

 

 予選開始まであともう僅か。

 まずはA-RISEの番である。μ'sメンバーは終わったらすぐにやれるように、そして彼女達のステージを見るために舞台袖へ移動することにした。

 思穂はスマートフォンで時間を確認していた。そして、いいよ時間。秒針が開始時刻に差し掛かったのと同時に、いよいよA-RISEのパフォーマンスが始まった。

 

「おお……さっすが」

 

 圧倒。この二言で目の前で起こっていることを説明できた。ダンスに歌、ライブを構成する全てが最上レベル。

 スクールアイドルの頂点。この称号は正しく、彼女達のモノであるという事を証明するがごとく、A-RISEは輝きを放っていた。

 時間が過ぎるの早く、気づけばもうA-RISEのステージは終わってしまった。

 

「おー……皆、良い具合に圧倒されているね」

 

 直にライブを観たのは恐らく全員初めてなのだろう。もちろん思穂もである。間近で見るそのクオリティに、自分達と比較してしまうのは当然と言えて。

 花陽が、ことりが、海未が、皆が、実力の差に愕然としている。そんな中、思穂と穂乃果だけはその“差”を飲み込み、モチベーションへと昇華させる。

 

「そんなことない!」

 

 皆の不安を一蹴するかのように、穂乃果は声を張った。

 

「A-RISEのライブが凄いのは当たり前だよ! 折角のチャンスを無駄にしないよう、私達も続こう!!」

「穂乃果ちゃんの言うとおりだよ! 私達は頂点に行くんだ……その苦労に比べればこのくらい、ちょうど良いハードルなんだから!」

 

 二人の言葉に、頷く皆。それを見届けた思穂は穂乃果に軽く目くばせをした後、少しだけ距離を取った。

 その思穂の意志を感じ取った穂乃果は皆を集め、円陣を組むと、それぞれがピースを出し、一つの大きな星を象った。

 

「A-RISEはやっぱりすごいよ。こんなすごい人達とライブが出来るなんて……。自分達も思いっきりやろう! μ's――」

「穂乃果!」

 

 思穂含め、皆が声のする方を向くと――そこには穂乃果の友達であるヒフミトリオを先頭とした音ノ木坂学院応援隊が駆けつけていた。

 彼女達から掛けられた言葉は、今のμ'sにとってはどんなに心強い物だったか分からない。そして、それは思穂もだ。

 

「ヒデコちゃん、フミコちゃん、ミカちゃんありがとうー! よーし! ならお前達、私についてこーい! のんびりできると思うなよー!!」

 

 皆の手伝いも相まって、思穂の想定の二倍は早くステージの準備が整った。後詰めをしようと思ったら、ヒデコに『見に行ってあげて』と強く言われた。

 躊躇してしまうが、その後にフミコとミカにも言われたので、思穂はその言葉に甘えて、見やすい場所へ急いだ。

 

「思穂、来たのね」

「ええ見守りに来ましたよ、ツバサ」

 

 数分後、μ'sにとって、最初で最後のラブライブ予選が始まった。

 ――『ユメノトビラ』。

 再び階段を駆け上がろうとする彼女達の前に現れた扉。もしかしたらその扉を開けられないのかもしれない。だが、それでも笑って挑む彼女達の決意の歌である。

 

「……すごいわね。素直に、そう思える」

「私もそう思います。そして、やっぱりツバサ達の喉元に噛みつけるのは穂乃果ちゃん達μ'sしかいないと思いました」

 

 口にこそ出さなかったが、ツバサは頷くことで思穂の言葉を肯定した。ツバサには分かっていた。以前、思穂が言っていた、“A-RISEに届きうるモノ”を。

 それを改めて目の当たりにしたツバサの拳は自然と握られていた。――見つけたのだ。共に高みを競り合えるライバルと言う物を。

 そんなツバサの顔を横目に、思穂は佳境に差し掛かってきたμ'sのステージへと意識を集中させる。

 

「全力を出し切って穂乃果ちゃん達。穂乃果ちゃん達が思っているより、皆は穂乃果ちゃん達を見てくれているんだから……!」

 

 そう呟き、思穂は加速度的に増える投票数を見た。それは、決してA-RISEに負けていないことの、何よりの証拠で。

 トビラが開かれようとしている。そう思えたのは、投票数なんかでは無い、彼女達が懸命に、そして楽しそうに踊っている姿も見ているからこそ言える必然であったのかもしれない――。


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