ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「お待たせしましたね、ツバサ!」
音ノ木坂学院とUTXの丁度中間地点に小さな喫茶店があり、そこが今日の待ち合わせの場所となった。こちらから時間指定をしておいて何だが、正直遅刻寸前だった。
本当はもうちょっと余裕を持って到着できていたはずなのだ。だが、その道中でゲームショップに立ち寄ってしまったのが運の尽き。新作ゲームが何本も発売しており、何を買おうか吟味している内にだんだん時間が過ぎていき――今に至る。
「いいえ、私も今来たところよ」
流石と言うべきか、ツバサはにこやかにそう返した。買い物袋を両手にぶら下げた挙句、指定した待ち合わせ時間ぎりぎりに現れた思穂に対して、気持ち良く接してくれるあたり、ツバサの器のデカさは本物である。
「急に呼び出してしまってごめんなさい。しばらくメールだけのやり取りだったから久しぶりに顔を合わせてお話ししたくなったのよ」
「それはそれは。光栄というか涙が出るというか」
「……実はね。ちょっと相談があって」
あの綺羅ツバサが“相談”を持ちかけてきた。その事実に、思穂は僅かながら表情を引き締め、姿勢を正した。
彼女はA-RISEのセンターを務めている有名人綺羅ツバサ。日々頂点の座を維持するために自らを研磨していく彼女のストレスや苦悩は推して知るべしといった所。
思穂は心して彼女の言葉を待つ。
「実は……」
「じ、実は……?」
一拍置き、ツバサはとうとう切り出した。
「――実は、思穂の趣味の世界を教えてもらいたいのよ」
「ほわっちゃ」
想像の斜めの上を行く“相談”に、思穂は思わず口癖が飛び出してしまった。あの綺羅ツバサにこんな相談をされるとは夢にも思わなかった。
念のため、思穂はもう一度聞き返す。
「えっと……思穂の趣味って私の趣味?」
「え? 貴方思穂じゃないの?」
「いやまあ、片桐思穂で間違いないですが……」
思穂はしばし黙考した。これはどこまで本気なのだろうと、そういう類の心配だ。下手に薦めすぎてドン引かれるのも嫌な思穂は、次のツバサの言葉を待つ。
「ほら、以前二人で遊んだ時、ゲーム屋さんに行ったでしょ? そこで女の子と仲良くなるゲームの事を教えてもらった時、私思ったの。こういう一見、アイドル活動とは関係が無さそうな娯楽にも人を楽しませるための創意工夫がちゃんとある。幅広いジャンルに精通する事が更なるステップアップに繋がると思うの」
真面目か、つい思穂はそんな事を口に出しそうになったが、本人の真面目な表情を見て、その言葉を飲み込んだ。どこまでもアイドルへの熱意に溢れたツバサに、思穂も中途半端な事は出来ないと感じた。
「よぅし。なら不肖片桐思穂。全霊を以てツバサに教授をすることにしましょう!」
「ありがとう思穂! なら早速行きましょう! ……の前に」
ツバサがカウンターの方へ向いたので、思穂もつられてそっちの方へ向くと、店員が二つのトレイを持ってこちらへ向かってくるのが見えた。
「ここのパンケーキ、すごくおいしいのよ」
「おお! パンケーク! ついなんちゃって英語になっちゃうぐらいにはテンション上がってきたー!」
テーブルに乗せられたパンケーキを見て、思穂は無意識にナイフとフォークを握っていた。何せ、家ではあまりパンケーキを作らない。ましてや上には大ぶりなバニラアイスが乗っている。穂乃果に見せたら卒倒すること間違いなし。
「おお! おいしいー!」
出来立てでアツアツのパンケーキをヒエヒエのバニラアイスと共に口へ入れると、そこには天国があった。バニラアイスが程よく溶かされ、頭がキーンとする心配もなく甘さだけが口に広がる。すぐに、小さく角切りにされたバターとメープルシロップ、そしてパンケーキ自体の甘みが口の中に目一杯広がる。
「アツアツとヒエヒエのコラボレーションはやっぱり偉大ですね! 今までのパンケーキ観が極大消滅してしまいましたよ!」
「そんなに喜んでもらえると選んだ甲斐があるわ」
そう言って、ツバサもパンケーキを切って口に運ぶ。
「……そう言えばツバサ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「あら、思穂からの質問なんて珍しいわね」
「え、そんなに珍しいですか?」
パンケーキを切る手を止め、ツバサは顔を上げる。
「珍しいわ。だって思穂、あまり人に頼らなさそうだし、何でも知っているし」
「……ほわっちゃ」
つい口を突いて出た本日二回目の口癖。思穂はぎょっとしてツバサの方を見ると、彼女は得意げな表情を浮かべていた。
「どう? 当たっているでしょ?」
「あえて答えはしませんが、どうしてそういう考えになったでしょうか?」
すると、さも当然かのようにツバサは答えた。
「私はずっとA-RISEを応援してくれているファン達と向き合っているのよ。目の前の友達がどういう子なのかくらい分からなくて何がスクールアイドルの頂点なのかって感じよ」
「……あはは。やっぱりツバサには敵いませんねー」
やはり綺羅ツバサと言う人間はなるべくしてスクールアイドルの頂点になったと、手放しでそう評価することが出来た。どこまでもファンと向き合うことに手を抜かないその姿勢にこそ、説得力がある。
「実は、今度μ'sライブやるんですよ」
「そうなの!? ネット中継はもちろんするのよね? 見させてもらうわ」
「それで今セットリスト組んでたんですけど、ニワカ知識だとやっぱり限界がありましてね……。どういう組み方をしたらお客さん達は喜んでくれるのかなーと」
「そんなの簡単なことよ」
目を丸くする思穂へ、ツバサは言い切った。
「μ'sの皆が楽しく、そして限界ギリギリで歌えるような曲順にすればいいのよ」
「……へ? そんなんでいいんですか?」
「ええ。本当に突き詰めるならプロから教授してもらった方が良いんだろうけど、私達はあくまでアマチュア。それに何と言っても、自分達が楽しめない物をファンが楽しめる訳がないわ」
ツバサの答えはシンプルにして思穂が欲しかった答えを全て内包していた。それを聞いて、思穂は背中を押されたような気がした。
「そっか……そうですよね。その通りですよね!」
何かとても小さなことで悩んでいたような、そんなこっ恥ずかしさが沸々と湧いてきた。後はさっさと自分の直感をリストにするだけ。
だが、その前に。
「よぅし! 私の悩み終了! それじゃさっさと行きましょうツバサ! ここから先は私のターンですよ!!」
ツバサの手を掴み、思穂は走り出した。もちろん会計はしっかり済ませてだ。
◆ ◆ ◆
「ここが……」
「そうです! ここが今日のツバサの学校ですよ!」
そう言って指さしたのは思穂御用達のゲームショップである。ゲームショップとは言った物の、この店は漫画やDVDなどがバランスよく置かれている店である。
「前に行った店よりも大きいのね」
「そうですね。ツバサの熱意に応えるには相応の店をと思いまして!」
早速中に入ったツバサは目の前に広がる光景にひたすら圧倒されていた。前に入った店の光景を覚えていたから多少の予備知識があると自負していたが、これはそんな知識が無駄になると痛感させられるほどだった。
四方八方三百六十度に広がる漫画にゲーム、その他諸々。戸惑っていると、思穂に手を掴まれた。
「と言うことで早速なんですけど、今日はアニメゲームラノベその他諸々関係なく、ただ私のオススメを叩き付ければいいんですか?」
「ええ。変にリクエストして思穂が教え辛くなるよりはいいと思うしね」
「わっかりました! ならまずはこの漫画をオススメさせていただきましょう!」
そう言って思穂は既に選んでいた漫画の第一巻をツバサに手渡した。それは十数人のアイドルが、トップアイドルを目指して日々奮闘していくと言うような物語である。
それを聞いたツバサはたちまち目を輝かせた。
「面白そうね! 私にピッタリかも!」
早速ツバサは思穂が薦めた作品を全巻買い物かごに突っ込んだ。割と思い切りが良い方なのだな、と思穂は妙な感心をし、次の作品を薦める。
「次はアニメなんですけど、これはどうですか?」
「アニメ? これは何かしら? 魔法少女……みたいな感じね」
「正確に言えば魔法少女では無いんですけど、まあやっていることは似た様なものなんでその認識で良いです! で、これの最大の魅力はですね、ずばり歌です!」
「歌?」
DVDに描かれているのは物々しい装備をした少女達であった。思穂はアイドルをやっているツバサだからこそこの作品をいつか薦めてみたかったのだ。
「歌うことによって力を発揮する美少女達が“雑音”と呼ばれる化け物と戦っていくバトルアニメなんですよ!」
「歌うことで!? え、じゃあこの子達は歌いながら戦うの?」
「そうです! 声優さん達の熱演と歌唱力もあって、戦闘シーンは迫力満点! ぜひ一見の価値ありです!」
荒唐無稽な紹介だったが、それは逆にツバサの興味を大いに引くものであった。
「歌う者としては色んな“歌”の可能性にすごく興味があるわ。……これも買っておこうかしら」
言うや否や、ツバサは思穂に連れられ、DVDが置いてあるコーナーに辿り着き、さっさと買い物かごに入れていった。早速“一つ目”の買い物かごが作品で埋まった。
すぐにツバサは二つ目のかごを持ち、思穂の方へ顔を向ける。そのキラキラ輝く目を見て、思穂は確信した。
(あ、これ私ハマらせちゃいけない人ハマらせたかも)
何事にも真面目なツバサはあらゆることに手を抜かない。この思穂の“授業”も当然、手を抜くことはない。少し抑え目に紹介していった方が良いか。そう思ったが、今日のツバサの予算を聞き、そんな“温い”考えは即刻放り投げた――。
◆ ◆ ◆
「今日はありがとう思穂! 楽しかったわ!」
「いえいえ。私も楽しかったです!」
「それよりも本当に良いの? 荷物持ってもらって」
「当然ですよ。天下のA-RISEが身体を悪くしたらコトですからね!」
漫画やDVDはかなり重い。華奢なツバサに持たせるなどという選択肢は端からなかった思穂は、買い物かご三つ分のグッズを一人で全て持って歩いていた。
ツバサは心配してくれるが、思穂にしてみたらこれはまだまだ軽い部類である。何せ愛用のバッグならまだ全然入る量だ。
「知らなかったわ……あんなに沢山の作品があるだなんて……」
「氷山の一角ですよ。まだまだ私ですら知らない作品が多く溢れています。今日はその一角の更に削りカスみたいなのを紹介したに過ぎません」
「そうなのね……奥が深いわ」
すると、ツバサがとてとてと歩き、タクシーを呼び止めた。
「ここで良いわ。後は私一人でも大丈夫よ」
「良いんですか? 最後まで付き合いますよ?」
「ううん。そこまで迷惑はかけられないわ。だから、今日は本当にありがとう!」
突っぱねる理由も無かったので、思穂は頷き、タクシーの中に荷物を全て入れてあげた。運転手がぎょっとした顔を浮かべたのは恐らく気のせいだろう。
「このお礼は“また”会った時にでもさせてもらうわね」
「あはは……期待せずにお待ちすることにしますよ」
タクシーに乗り込んだツバサは最後にこう言った。
「これで私は更なるステージへと上がるわ。μ'sには届かないほど高いステージに、ね」
「それで上がるかどうかは分かりませんが、それならこっちも電光石火のごとく駆け上がるだけです」
「ふふ、お互いに頑張りましょうね」
そうして、綺羅ツバサとの奇妙なお買いものは終わりを迎えたのだった。正直、未だに何故これほど気に入られているのかが分からないが、それでも思穂は一つだけ心に残っている言葉があった。
「友達、か」
喫茶店で言われたツバサの一言。その言葉を思い出すだけで暖かい気持ちになれた。今日の夕食は、奮発をして大根ステーキにしよう。それくらいにはいい気分だった。すっかり陽が落ち、暗くなった夜道を街灯が照らしてくれていた。
――その夜、ツバサからメールが入った。歌いながら戦う某アニメを観たようだ。パッション溢れる文面を見る限り、相当気に入ったのだろう。最後の『私も歌いながらもっと激しいアクションしなくちゃ!』という一文を見た時は思わず笑い転げてしまった。