ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「思穂ちゃん、何であんな事言ったの?」
麻歩が出て行った扉の出入り口を見ながら、穂乃果が言った。彼女は少しばかり唇を尖らせている。
そんな穂乃果へ、思穂は答える代わりに、にこの方へ視線を向けた。
「にこちゃんはどう思った? あれ、感動した?」
「した……と言えば、嘘になるわね」
非常に言い辛そうだったが、それでもハッキリとにこは評価した。間違いなくそう言うだろうと思っていた思穂は満足げに頷く。それが全てだ、そう言いたげに。
「と、にこちゃんからも同意が得られたということは、私の感想は間違いじゃないんだよ」
「でも麻歩ちゃん、あんなに一生懸命やってたのに……」
「違うんだよ花陽ちゃん。麻歩はね、一生懸命になんかやっていないんだよ」
「え……?」
「詳しく、聞かせてもらえる?」
希が一歩前に出てきた。笑い話では無い、そう感じた希によって作り出された空気の中、思穂は喋りはじめる。
「麻歩ってさ、従姉の私が言うのも何だけど、何でも出来るすごい子なんだよね」
それは思穂もだろう、と誰もが思ったことだが、話の腰を折りたくはなかったので黙って先を促した。
「勉強も出来るし、運動もすごく出来るし、もう完全無欠だろお前! って感じ」
「それが、さっきの感想と何の関係があるのよ」
「まあまあ真姫ちゃん。でさ、そういう子だから、昔からあの子、色んなことを下に見てしまうんだよ。“これは、この程度なのか”ってね」
「……ああ、なるほど。だからなのね」
得心いったように、にこが頷いた。その表情は喉のつっかえが取れたような清々しさが滲んでいた。そんなにこへ、全く話を理解していない穂乃果が聞いた。
「だからって、どういうこと?」
「悔しいけど、ダンスは完璧だったわ。……にこの眼から見て、あの子、麻歩だっけ? レベルはこの九人の誰よりも上だったと言って間違いないでしょうね」
「ふぇぇ……にこちゃんが珍しく誰かを褒めてる……って痛いっ! チョップしないでよーもー!」
「うっさい! 話の腰を折らないの穂乃果!」
にこから鋭いチョップを喰らい、涙目で頭を押さえ、うずくまる穂乃果。こうして見ると、姉妹か何かに見えるな、と思穂はそんな事を感じていた。
一度咳払いし、にこは続ける。
「でぇ! 確かに上手かったわよ。でも、あの子のダンスには魂が微塵も籠もってなかった。だから、思穂はあんな事言ったんでしょ?」
「さっすがにこちゃんだね! そう、魂が籠もってなかった……以前に麻歩、一回も“笑っていなかった”んだよ。その時点で、私は駄目だと思ったんだ」
思穂は麻歩のダンスをしっかり見ていた。μ'sの練習を見るぐらい真剣に。だからこそ、思穂はあの評価を下したのだ。
下に見ている、言葉を悪くすれば端から“スクールアイドルと言うものを見下している”麻歩はただ上手いだけ。一切の私情を挟まず、限りなく公平に見た結果がアレ。
「ということなんだよ。だからまあ、ああ言ったんだ」
「思穂ちゃんって案外厳しいんやな」
「たはは……希ちゃんを始め、皆にはお見苦しい所を……」
「でも思穂、まさかそれで終わりって訳じゃないわよね?」
腕を組んだまま絵里が言った。
「このままじゃ麻歩ちゃんが可哀想よ。多分あの子――」
そこで、絵里が口を閉じた。そして言いかけた言葉の代わりに、こんなことを思穂へ聞いてきた。
「……ねえ、思穂。どうして麻歩ちゃんがダンスをしたか分かる?」
「え?」
一度ではその言葉の意味が理解できず、思わず思穂は聞き返す。すると絵里がもう一度言った。
「どうしてわざわざ本家本元のμ'sの目の前で……いいえ、思穂の目の前でダンスをしたか分かる?」
「……う、う~ん……スクールアイドルは自分でも出来るってことを私に伝えたかったんじゃないのかな?」
自分としては特に気にしていなかった部分である。だが絵里から聞かれ、思案した結果、今の答えに辿りつけた。昔から麻歩は事あるごとに自分に見せつけるように何かをしてくる。そして、いつも最後には悲しそうな顔をするのだ。
そんな思穂の答えを聞いた絵里が、ため息を吐き、手の平で顔を覆う。
「……意外だわ。貴方でも分からないことってあるのね」
「え? ……えっ!? 違うの!?」
「大間違いよ。完全に完璧に不正解よ」
瞬間、脳天に鈍い痛みが走った。にこにチョップされた、と気づくにはそう時間は掛からなかった。
「あんた、何でわざわざ麻歩ちゃんがあんたの所に来たのか本当に分かんないの?」
「う、う~ん……」
「はぁ……しょうがないわねー」
にこにもため息を吐かれてしまい、本格的に思穂は混乱した。そんな思穂から視線を逸らし、にこは置いてあった鞄を掴んだ。
「にこちゃん、どこ行くの?」
「野暮用よ野暮用。皆、ちょっと練習抜けるわね」
そう言い残し、にこは屋上を後にした。
「にこちゃん、どこ行ったんだろう?」
「きっと麻歩ちゃんを探しに行ったのね」
「麻歩を!?」
「ええ。にこが行かなかったら多分、私が行っていたわ」
「絵里ちゃんまで……な、何が何だか分からない……」
「あ、私分かったかも!」
名乗りを挙げたのは穂乃果だった。あろうことに、穂乃果までもがこの事態を理解できたとは思わなかったので、少し思穂はショックを受ける。
「ほ、穂乃果ちゃん麻歩はどうしてダンスを踊ったの!?」
「え? 簡単だよー! 麻歩ちゃんはきっとね!」
穂乃果による答え合わせが始まった――。
◆ ◆ ◆
「はぁ……」
近くの土手に麻歩はいた。スカートが汚れるのも気にせず、麻歩は体育座りをしていた。
「私、ちゃんと踊れたのに……」
沈む夕日を見ながら、麻歩は誰に言うでもなく呟く。自分は完璧だったはずだ。完成度だけならあのメンバーの誰にも負ける気はしない。
なのに。それなのに。何故。
「――ここに居たのね」
「え……?」
振り向くと、そこには黒髪ツインテールの少女がいた。麻歩はすぐに記憶を手繰り、その者の名を思い出す。
「矢澤にこ、さん?」
「ええ。皆のスーパーアイドル、矢澤にこよ。……思穂、あんたの従姉が心配していたわよ? 早く戻った方が良いんじゃない?」
「……姉さんが私のこと心配しているはずなんてありませんよ」
にこは麻歩から顔を逸らし、小さく笑った。これは思った以上に骨が折れそうだと思った故の苦笑、同時に、やはりこの子も思穂と同様に面倒な性格なのだという確信した故の微笑。
座るわね、と一言置きにこも麻歩の隣へ腰を下ろした。
「矢澤さん、スカート汚れちゃいますよ?」
「それを言うならあんただってそうでしょ。それと、何かその顔で矢澤さんって呼ばれるのも何だか妙な感じしかしないから、私の事はにこで良いわ」
川を見ながら、にこはそう言った。にこの有無を言わさぬ雰囲気に圧され、麻歩はあっさりとその指示を受け入れた。
「……分かりました、にこさん」
「やっぱりあんたは聞き分けが良いわね~、どこかのアホとは大違いだわ」
「……姉さんはアホなんかじゃありません」
自分に手厳しい評価を下したにも関わらず、すぐに思穂を庇うような発言をする麻歩を見て、にこは確信した。
(やっぱりそういう事なのね……)
にこは少し悪戯っぽい表情を浮かべ、ど真ん中直球ストレートを放り投げる。
「麻歩ちゃん……もう麻歩で良いわよね? 麻歩、あんた――思穂に褒められたくてダンスをしたんでしょ?」
「違っ――!!」
途端、マシンガンのように麻歩から否定の言葉が飛び出るが、耳まで真っ赤になった彼女の言葉にはもう何の説得力も無かった。それをただ生暖かい目で眺めていたにこは、麻歩が一息つくタイミングを見計らって、声を掛ける。
「で、そんなに顔真っ赤にして否定する可愛い可愛い麻歩にヒントをあげるわ」
「……ヒント?」
「ええ。どうして思穂があんたのことを褒めなかったのかね」
その言葉を聞き、麻歩はもう否定することも忘れ、にこの両肩を掴んでいた。
「……何故、ですか? どうして姉さんは私のダンスをちゃんと見てくれなかったのですか?」
「麻歩、まずは両手を離しなさい。あんたも見た目によらず力あるのね。すっごく肩がミシミシいっているんだけど」
「……すいません」
「で、まあそのヒントなんだけど。……ちょっと待ってなさい」
ヒント、とは言ってもほぼ答えに近い。にこは一度麻歩から身体ごと背け、“スイッチ”を切り替える。そして――にこは“矢澤にこ”ではなくなった。
「にっこにっこにー!」
「……へ?」
麻歩は自分の眼を疑った。突如、奇天烈な口上のあと、更に続くパフォーマンスのような何か。……正直、熱中症にでもなったのかと一瞬心配してしまった。
だが、それは微塵も口に出すことはなく、ただ成り行きを見守ることにした。
「――これがヒントよ、どう?」
「頭大丈夫ですか?」
「このままあんたを消息不明にしてやろうか考えさせてくれる悩ましい発言をありがとう。で、これがヒントよ」
「……すいません、ちょっと理解を越えたのでもっと噛み砕いて教えて頂けると非常に助かります」
色々言ってやりたいことはあったが、にこはひとまず麻歩の要求に応えるため、立ち上がった。既に手は握り拳となっている。
「あそこにいたメンバー達は全員スクールアイドル。アイドルなのよ!」
「アイドル……」
「良い! アイドルってのはね、皆を笑顔にさせる仕事なのよ! ……思穂は良くあんたの事を見ていたわよ。さっきあんたは“どういう
「どういう……?」
麻歩が次の言葉を発する前に、にこは鞄を掴んで立ち上がっていた。
「以上ヒントは終わりよ。あとはあんたが自分で考えなさい」
「あっ……」
言い残し、にこは麻歩から背を向け、歩き出していった。その背中を見ながら、麻歩は今しがた言われた言葉を頭の中で反芻する。
「どういう表情で……?」
呟いても、誰も答えてくれない。麻歩は無言で自分の顔を触ってみた。ペタペタと触っても、全く答えが出てくる気がしない。
「姉さん私、分からないわ……」
夕日は麻歩を照らし続ける――。
◆ ◆ ◆
「って私は思うんだけど、どうかな!?」
「なるほど。……なるほどねぇ……なるほどなぁ……!!」
穂乃果からの答え合わせを聞き、思穂は思わず両手を地面に着けた。全てが繋がったのだ。
「オーケー。全部理解して、そして納得した」
麻歩が昔から対抗意識を燃やすかのように、自分の真似をしてくる理由がようやく分かり、思穂は自分が恥ずかしくなった。少し考えれば分かることだった。思穂は、麻歩の出来の良さしか見ておらず、その中身を見ることはしていなかったのだ。
――あの子なら出来て当然。それは、思穂が最も嫌うことである。それを、あろうことに麻歩相手にやっていたのだ。それを恥じず、一体何を恥じるというのだ。
「あぁ~……私ってぇ奴は」
「――落ち込んでいる暇はないんじゃない?」
すっと、真姫が思穂の前に歩いて来た。そして、髪の毛を弄りながら、言う。
「そんな暇があるなら、今どうしたらいいのか考えた方が思穂らしいわよ」
「……まさか真姫ちゃんに言われるとは思ってなかったや。でもまあ、そうだね!」
そう言って、思穂はポケットから四つ折りにされた紙を一枚取り出した。
「思穂ちゃん、それは?」
ことりの質問を受け、思穂は片目を瞑った。
「皆、ちょっと私事と実益を兼ねたお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
全員が頷いたのを確認し、思穂は話し始めた。思穂自身は気づいていない。皆を頼るという行為を最も苦手としていた思穂が、これほど素直に頼れていることに。
「実は今度さ、隣町でお祭りがあるみたいなんだよね」
「お祭り!? 海未ちゃんお祭りだって! たこ焼きだよ! 花火だよ!」
「落ち着きなさい穂乃果。まだ思穂が話している途中です」
穂乃果と海未の相変わらずのやり取りをいつまでも見ていたかったが、とりあえずはさっさと伝えることに思穂は集中する。
「そこの実行委員長にμ'sを売り込みに行ってさ、なんとプログラムの一部に組み込んでもらえるかもしれないんだよ!」
「思穂ちゃん、相変わらずやね……。一体いつそんな時間があるか不思議でたまらんわ」
「思穂ちゃんはただの二次元好きじゃ無いにゃー!」
「はいそこの二人、出来れば茶化さないでくれると嬉しいなー!! 私泣いちゃうからさー!!」
希と凛の辛辣な言葉を何とか切り抜け、思穂はいよいよ今しがた浮かんだ自分の計画を伝える。
「でさ、皆にはそのお祭りに出演してもらえないかなぁって」
「それは勿論ありがたいことだけど、そのお祭りと麻歩ちゃんがどう関係するの?」
「麻歩を必ずお祭りに連れて行くからさ。皆にはそのライブで麻歩を感動させて欲しいんだよ! 皆のライブを観れば、麻歩はきっと私の言いたかったことを理解してくれるはず、そしてスクールアイドルに対する考えも変えてくれるかもしれない」
子供でも思いつきそうな案だ。だが、それだからこそ思穂はこの案しかないと思った。下手に小細工をするでもない、言葉を尽くすのでもない、ただ良いライブを観てもらうだけで良いのだ。
思穂は頭を下げた。
「勝手な事を言っているのは分かっている。私の不手際が生んだ、私と麻歩の問題なのにっていうのも分かっている。だけど、お願いします。私一人だけじゃきっと駄目だと思うんだ。だから――」
「思穂ちゃん!」
穂乃果の声で顔を上げると、そこには笑顔の皆がいた。
「思穂ちゃんが困っているならそれは私達μ'sの問題でもあるんだよ! だからライブ、頑張ろうね!」
既に言葉は不要だった。とっくの昔に皆の気持ちは一つになっている。お人好しすぎる彼女達へ送る言葉はたったの一言だけ。
「……私、厳しくしていくからね!」
――これは、μ'sが青春の階段を再び駆け上がる少し前のお話であった。
片桐麻歩(Shocking Partyバージョン)
【挿絵表示】
https://twitter.com/08downer/status/617303954225954816
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