ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第三話 “差”は?

 麻歩は放課後までの間、色々な事を考えていた。片手間に授業をこなしつつ。その中の一つとして、人間関係が挙げられる。

 

(……何で、私はすんなり受け入れられているのかしら?)

 

 主に焦点は小泉花陽、星空凛、そして西木野真姫。この三人に絞られる。キッカケ、というより全ての始まりは朝のHRから始まった。最初に話し掛けて来たのは星空凛という名の少女である。 

 

「片桐さん、授業終わったねー! 放課後だにゃー!」

「ええ……そうね」

「どうしたの片桐さん?」

「いえ、本当自分でもどうなっているのか分からなくて。だから気にしないで小泉さん」

 

 そして小泉花陽。まだおっかなびっくりと言った様子だが、確実に自分にある程度の親しみを持たれているのが分かる。その理由を聞いてみると、赤毛の西木野真姫が答えてくれた。

 

「思穂。……貴方の従姉と似ているから二人ともいつもより早く打ち解けられているんじゃない? 特に凛。花陽よりも人見知りな所あるのにすごいわ」

「そうなの……? 私は貴方の方が人見知りそうに見えたのだけど」

「なっ……! そ、そんなことないわよ!」

「そういう事にしておくわ。それよりも、皆にお願いがあるんだけど」

 

 突然の切り出しに、何となく身構える三人。

 特に真姫はどんな質問が来るのか頭の中でシミュレートしていた。朝から何となく交流を始めていたが、片桐麻歩という人間が未だ良く分からない。これが思穂ならば、唐突に二次元の事や突拍子も無いことを話し出すので、ある程度適当に流せるのだが、今の相手は違う。

 

(……どんなことをお願いされるのかしら)

 

 今日一日授業を共にして良く分かったことがある。やはり片桐麻歩は片桐思穂の関係者なのだと。自分ももちろん日々の勉強はしているので、ある程度自信はあったのだが、麻歩を見ているとその差の大きさを痛感させられる。

 そんな麻歩の口から飛び出た言葉は、意外なものだった。

 

「私の事は呼び捨てで良いわ。その代わり、私も呼び捨てにさせてもらうから」

「……へ、それだけ?」

「そうだけど……おかしいかしら凛?」

「う、ううん! そんなことない! すっごく嬉しいよ! 麻歩ちゃーん!」

 

 凛の人懐っこさが嫌いでは無い麻歩は少しばかり表情を緩めた。そんな自分に気づき、すぐに表情を元の無表情に戻すが、ばっちり見られてしまったようだ。

 

「麻歩ちゃんって、笑うと可愛いね」

「……そんなこと、ないわよ」

 

 それに、と麻歩は続ける。

 

「三人が名前で呼び合って、私だけ苗字で呼ばれるなんて寂しいじゃない」

 

 その瞬間、三人は――真姫ですら――心射抜かれた。顔は無表情のはずなのに、どこか寂しげな声色でそう言われて何も感じない者はいないだろう。

 同時に、三人の印象が変わった。クールな印象が強かったのだが、何だかとても素直に感情を表現する子に見えてきた。

 

「じゃあ、屋上に行きましょうか。部活動はそこでやるのよね?」

「うん! μ'sの練習があるよ!」

「……μ's? それが、その部の名前なの?」

「部自体はアイドル研究部って名前よ。で、μ'sはその中で結成されたスクールアイドルグループの名前なの」

 

 真姫の説明はすごく分かりやすかった。だが、いまいち分からない単語が多く、麻歩は少しばかり理解の時間を要した。

 

「今更だけど、スクールアイドルって、何?」

「え、えええっ!? 麻歩ちゃん、知らないのぉ!?」

「うわっ」

 

 突然肩を掴まれ、くわっと顔を近づけられては驚くのも無理はない。しかも、大人しい印象しかない花陽が突然豹変すれば誰しもが面食らうだろう。

 

「え、花陽ってこういう感じなの?」

「そうだよー。で、凛はそんなかよちんも大好きなんだ!」

 

 ようやく落ち着きを取り戻した花陽からスクールアイドルの事を教えてもらった麻歩は、少しの間その言葉を咀嚼していた。要はアマチュアの、しかも学生によるアイドル活動のようだ。

 それは分かった。だが、麻歩は一つだけ絶対に理解できない理解したくない点が一つあった。

 

「……まさか、姉さんも所属しているの? そこに」

「え……うん、そうだよ?」

 

 サァッと麻歩は血の気が引いたような感覚を覚えた。何故だろう、そんなことは決まっている。

 

(嘘……)

 

 あの思穂が――“そんなこと”に(うつつ)を抜かしているということが、麻歩にはとてもではないが信じられなかった。

 しかし麻歩はその事を表情には出さない様に努める。理由としては、自分がまだそのスクールアイドルとやらのことを良く理解していないことにある。話だけ聞くと、ただのお遊び集団としか思えないのだが、あの思穂が参加していることがその結論を遮る。

 

(姉さん、私、分からないわ……)

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「あ、来たね麻歩! わっ凛ちゃん達と一緒に来るだなんて……麻歩も凛ちゃんの脚の魅力にヤラレタのかな!?」

 

 そう言うや否や、思穂は屈み、凛の脚を撫でた。一撫で、二撫で、頬でその全てを感じ取る。至福の時だった。この為に生きているんだ、そう素直に思穂は感じる。

 だが、思穂はすぐにそれが一瞬の儚さだったと痛感した。

 

「思穂ちゃん、凛だって怒る時は怒るんだからね?」

 

 シラーっとした、本当に冷ややかな視線だった。これが最初の頃ならば『やめてよーくすぐったいよー!』などと可愛らしい反応が見られて良かったのだが、それが何十回と続くと流石の凛も耐え切れなくなったようだ。

 最近はずっとこの調子である。ショックを隠せない、だが正直そのまま踏んでほしいと、思穂は何となくそう思えた。

 

「良し凛ちゃん、お触り料はラーメン一杯奢りで良いかな?」

「……チャーシュー、味玉、メンマ、バターにコーントッピング」

「……オーケー凛ちゃん、私今週ピンチなんだ。チャーシュー味玉でどう?」

「メンマは譲れないにゃ」

「…………乗った」

 

 固く結ばれた握手が、交渉成立を意味していた。これ以上もこれ以下もない理想の着地点である。凛からの要求を聞いた時点でチャーシュー味玉メンマに抑える算段を打ち立て、無事にそこまで持って行けたことに思穂は内心胸を撫で下ろした。これ以上は本当に厳しい。

 ちなみに仕送りまでの間、朝昼晩シソの葉生活が確定した瞬間でもある。更に切り詰めれば、もやしが一袋分くらいは買えそうだ。だが、思穂は涙を流さない。流せば、確実に麻歩に()られる。

 

「……ピンチって何のこと? おばさんから聞いた仕送りの額だと、よほど使い込まない限りピンチになるなんて事、有り得ないはずなんだけど」

「よーし! 皆、練習やるよ!! ほら左方向やる気薄いよ、何やってんの!?」

 

 麻歩の追及を完全に押しつぶすような声量で、皆に発破をかける思穂。命懸けだった。下手に取っ掛かりを見せると一気に持って行かれる。明日のオタクライフの為、思穂は修羅となる。

 

「それじゃ麻歩はそこで見ていてね!」

「うん、分かった」

 

 邪魔にならない程度に距離を離し、地面にハンカチを敷き、その上に座った麻歩は体育座りで練習を眺めることにした。

 

(それにしても、一体何をやるんだろう?)

 

 麻歩はさっきからずっとそんな事を考えていた。スクール“アイドル”と名乗るからにはダンスや歌の練習をするのだろう。――ただの学生が。

 正直に言うのならば、現時点で麻歩はスクールアイドルと言うコンテンツを見下している。あの思穂が、どうしてそんなモノに関わっているのかがまるで理解できない。

 九人が配置に付いたのを確認した思穂が音楽プレイヤーを再生して、両手を軽く上げた。

 

「あれ? 姉さんは?」

 

 音楽が鳴っても思穂は踊らず、パンパンとテンポを取っていたことに麻歩は首を傾げた。きっと後から踊るのだろう、と考えた麻歩はとりあえずスクールアイドルと言うものを理解するために九人へ視線を送る。

 

「ワンツーワンツーワンツーワンツー! 良い感じ良い感じ! にこちゃんターン遅いよ! 後衛ー! 前衛と振りの速さ違う! 良く見て!」

 

 パンパンと手拍子をしながら、九人へ鋭い指示を飛ばす思穂の姿は、麻歩が今までに見たことが無い姿であった。その視線はどこまで厳しく。

 

(姉さんのこんな顔、今まで見たことがない……)

 

 勉強でも、趣味でも、ここまで“楽しそう”な表情は今までに一度も見せたことが無い。チクリ、と麻歩は心にトゲが刺さったような感覚を覚えた。どこか、思穂が遠い所に行ったような、そんな感じに。

 眺めている事三十分。一区切りが付いたのか、九人が膝に手を付いたり、地面に座り込んだりと、各々休憩に入った。そんな九人へ、思穂は水が入っているのであろうボトルを渡し始める。

 

「どう? 見た感想は?」

 

 仕事を終えた思穂が、麻歩の元へ近づいてきた。ニコリと笑う思穂の顔は仕事をやり切った清々しさに満ち溢れていて。

 

「……悪くは、なかった。けど……」

「けど?」

 

 だが、麻歩は聞かざるを得なかった。どうしても、納得のいかないことがあったのだ。

 

「何で姉さんはあの中に入ってないの?」

「……私?」

「ええ。動きを見る限り、姉さんまたリズム取ったり水を配ったりするのでしょう?」

「もち。ん? 何か変?」

 

 頷いたのを見て、麻歩は少しばかり苛立った。どうしてだろう、と本気でそんな事を思った。何となくあの九人と思穂を見比べる。そして、ポツリと言った。思穂には絶対聞き取れないくらいの声の小ささで。

 

「…………姉さん可愛いのに」

「あれ? 何か言った? 口は動いていたみたいだけど……」

「……何でも無いわ」

「ねえ、思穂ちゃん! さっきのステップどうだった!? 私、昨日練習したんだよ!」

 

 トテトテと穂乃果が走ってきた。全身に汗だくで、それはそのまま練習密度の濃さを表していた。そんな穂乃果へ思穂はグッと親指を立てる。

 

「グッド! 練習してきたんだろうなーって思ってたんだよ! おーよしよしよし!」

「えへへ、ありがとう思穂ちゃん!」

 

 思穂に頭を撫でられ、嬉しそうに目を細める穂乃果を見て、麻歩は静かに立ち上がった。

 

「……あれぐらい、私にも出来る」

「へ? 麻歩?」

 

 スタスタと九人の近くへ歩いて行った麻歩を見て、思穂は困惑した。突然妙な事を言いだしたかと思ったら、念入りに準備体操を始めて、軽くジャンプした麻歩。準備が整ったのか、音楽プレイヤーを指さした。

 

「姉さん、音楽掛けてくれる?」

「何するつもり?」

「今ので大体覚えたわ。だから、私も出来る」

「……やるの?」

「早く」

「じゃあ私が押すねっ」

 

 思穂に代わり、音楽プレイヤーに近いことりが再生ボタンを押した。数瞬の間の後、曲が流れ出す。九人と思穂は麻歩へ視線を向ける。

 踊りだす麻歩を見て、全員は目を見開いた。

 

「す、すごいわね……」

 

 そんな感想を漏らしたのは絵里だ。身体の“軸”が全くブレていない。リズムは完璧に取れているし、各所のトメにも全く淀みはない。そして音楽が、まるで麻歩に踊られるために作られたかのようなそんな錯覚すら感じた。

 踊ること数分。曲が終わりを迎える。曲が止まると、麻歩は呼吸が乱れはしたものの、汗一つ掻いていない顔を思穂へ向けた。

 

「……どう? 私もやれるでしょう?」

 

 一度振り付けを見て、自分なりの改善点を発見し、取り入れた結果だ。一通り踊ってみて思ったことが、一つあった。やはり学生レベル。外国で色々な物を見てきた麻歩から言わせれば、子供騙し。

 本当に、理解が出来なかった。何故、思穂はこのコンテンツに深くのめりこめるのか。何故、あんなに良い顔になれるのか。

 しかし今はそんなことは置いておこう。ただ、思穂からの“すごい”を受けとめよう。そんな麻歩へ、思穂は言った。

 

「やれてるね。だけど――私的には駄目」

「……え?」

 

 全身から血が引くような感覚を覚えた。今告げられた思穂からの評価を良く聞きとり、噛み砕き、飲み込み、ようやくその言葉を理解できたのだ。――どうして。その言葉が麻歩を埋め尽くす。

 そんな思穂と麻歩へ、穂乃果と海未が近づいてきた。

 

「ちょ、思穂ちゃん!?」

「思穂、それは少し言い過ぎでは……?」

 

 穂乃果と海未だけでは無い。他のメンバーも困惑していた。言葉だけでは無い。思穂の顔から笑顔が消え、真顔になっていたのだ。

 

「ううん。ピタリ賞だと思うけどなー」

「姉さん……だって、私、完璧に踊れたよ……?」

「そうだよ思穂ちゃん! 麻歩ちゃん、すごかったよ! 何から何まで完璧だったし!」

「いやいや、麻歩は完璧じゃないよ」

 

 言い切った思穂。そんな思穂へ、麻歩は歩み寄った。

 

「私が完璧じゃない理由って何?」

「言わないと分からない?」

 

 首を傾げ、不思議そうに、本当に不思議そうにそう尋ねる思穂。その目をいつまでも見ていたくなくて、気付けば、麻歩は屋上の出入り口へ顔を向けていた。

 

「姉さんは昔から、いつもそうやって私をちゃんと見てくれない……!!」

「あ、麻歩!」

 

 言うが早いか、麻歩はもう走っていた。目を閉じると、先ほどの表情が浮かんでくる。何でも出来る従姉が、何でもは出来ない自分へふいに向けてくる表情がある。それは麻歩が――唯一、昔から嫌いだった表情だ。


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