ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第二部~それは僕たちの奇跡~
第一話 現れたのは“死刑宣告”


「よぅし! 皆、お疲れ様!」

 

 九人分のタオルを抱え、思穂は皆の元へ駆け寄った。皆汗だくで、それだけで満足のいくステージを終えられたのだと、思穂はまるで自分の事のように満足した。

 今日は、商店街のイベントでμ'sが呼ばれていた。オープニングステージと言う一番目立つ演目に喰い込めたのも一重に思穂が商工会長へ地道に交渉を重ねた結果である。

 このライブの様子はしっかりネット中継で流されているので、熱心なファンならきっと見ていてくれているはずだ。

 

「はあ……はあ……どうだった思穂ちゃん!?」

「良かったよ穂乃果ちゃん。皆も良い仕上がりだったよ!」

「ま、このにこにーにかかればどんなライブでも――」

「あ、にこちゃんはちょっと半テンポ遅れてたから気を付けてね」

「な、何ですってぇ!?」

 

 あの一件以降、思穂は以前より積極的にμ'sの活動に精を出していた。具体的にはもっと穂乃果達に負担を背負ってもらおうという方面で。もちろんそんなことはやらないが、その気になれば毎日ライブ三昧にすることだって不可能では無いのだ。

 

「ということで、明日は今日の反省を活かしつつ練習しようね! あ、海未ちゃんに絵里ちゃん。これ観客である私の視点から見た改善点だから!」

 

 そう言って思穂は走り書きのメモ二枚を二人に手渡した。要点を押さえた恐ろしく簡潔明瞭なモノだった。受け取った二人はざっと目を通し、小さく頷く。

 

「そうですね、思穂の言うとおりだと思います。後、これに付け足すなら私はAメロからBメロに移る時の場所移動が少し遅かったと思います」

「海未の意見もそうだけど、私はもっと腕を上げる時の“トメ”を意識したほうが良いと思ったわね」

 

 思穂の意見を叩き台に、海未と絵里が思う事を言い合う。また、それに対して思穂が更に意見を膨らませる。

 そんなやり取りを繰り広げているのを遠目に穂乃果は酷く感心したように漏らした。

 

「うわぁ……思穂ちゃんと絵里ちゃんと海未ちゃんの周りに何だか炎のようなものが見えるよぉ……」

「穂乃果、あんた仮にもリーダーなんだからハマって来なさいよ」

「そ、それを言うならにこちゃん部長でしょー! 行ってきなよー!」

「に、にこは全体を見るっていう大事な役割があるのよ!」

 

 穂乃果やにこだけではなく、他のメンバーも今はあの三人の中にハマりたくないと遠巻きに眺めていた。

 

「思穂ちゃん、何だか活き活きしているね」

 

 ことりが言った一言に皆が頷いた。思穂は明らかに変わった、というのがμ'sの共通意見であった。“もどき”ではなく“マネージャー”として、思穂は以前の比では無いくらい一生懸命になり始めたのだ。

 

「あ、絵里ちゃん海未ちゃん、ちょっとごめんね!」

 

 そう断り、思穂はスマートフォンを手に取り、電話に出た。電話の主は隣の更に隣町にある小学校の先生からだ。

 

「あ、もしもし! はい! 場所は二階の大ホールなんですね。五年生と六年生が対象ですか、ならそれに合わせた内容にしますね! はい! それでは失礼します!」

「……随分忙しそうね、思穂部長」

 

 からかうようにそう言う真姫へ、思穂は満面の笑みで返してやった。忙しくて結構、それが楽しいことなら尚更だ。

 あれから変わったことがもう一つある。それは、文化研究部をまた活動再開させたことだ。メンバーとしては依然一人であるが、それでも発足当時のような活力を取り戻せた。

 先ほどの電話は近い内に小学校へ人形劇をやりに行くので、その打ち合わせの電話だった。当然、一人では不可能なので応援を頼んでいる。

 

「うん! すっごく忙しいけど、これで良いんだよ! あ、メールメール!」

 

 送信先は以前辞めてしまった部員たち。去る者は追わない主義なので、今更部に引き戻すことはしないが、手伝いくらいは頼めるくらいに前の事を受け入れ始めた思穂だった。

 

「そのタフさは見習わなあかんな」

「凛は同時にあれだけの事をこなすなんて絶対無理だにゃー……」

「凛ちゃん、頭から煙出てるよ!?」

「うわっ! 花陽ちゃんの言うとおりだ! 冷たいドリンクあるからそれで冷やそう!」

 

 前よりもずっと距離が近くなったμ'sメンバー。全てが明るく輝いていた。向かうところ敵なし、そういう言葉が今の思穂にはピッタリだったのだ。

 ――今日の夕方までは。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「いやー今日も良い感じに皆輝いていたなぁ」

 

 家までもう少しという所で、思穂は今日の事を振り返っていた。九人の良い所を挙げれば、本当にキリがない。それだけで本一冊は余裕で書けてしまう。

 心地良い充足感を感じながら、思穂は今日はどんなアニメを視聴しようか頭の中であれやこれやと思い浮かべていた。昨日アニメ視聴用のモニターが届いたので、今日からモニター二台を使ってアニメを同時に二本観られるのだ。二刀流を編み出した宮本武蔵って本当にすごい、そんな事を考えながら、思穂は自宅の前まで辿りついた。

 

「……ん?」

 

 鍵が、開いていた。朝は間違いなく掛けていたはずの鍵が、開いていたのだ。

 

「……何てこったい」

 

 バクつく心臓を鎮めながら、思穂は鞄から黒い物体を取り出した。それは何を隠そう護身用に買っておいたスタンガンである。この世の中、花の女子高生が一人でのうのうと日々を過ごせるなんて幻想はあまり抱かない様にしている思穂は常に鞄にスタンガンを仕込んでいたのだ。

 

「まあ、簡単な護身術程度なら修めているこの思穂ちゃんを同人誌のように出来ると思ったら大間違いだって話だよね……!」

 

 音を立てない様にドアノブを捻り、ゆっくりと慎重に扉を開いた思穂は一度深呼吸をし、自宅の中へ足を踏み入れた。玄関を見ると、呑気に靴を揃えて置いているではないか。

 やけに律儀な不法侵入者を賞賛しつつ、思穂は明かりが点いている居間へ慎重に移動する。

 

(玄関に置いてあった見慣れない靴は一組。他に気配も無いから変態は一人で確定。なら……電撃戦で仕留める)

 

 スタンガンを握りしめ、スイッチの場所を確かめる思穂。ここからは一瞬の油断も許されない命のやり取りだ。いきなり扉を開け、相手を怯ませたところでバランスを崩し、一気にスタンガンで仕留める。

 警察を待っていたらあっという間に逃げられてしまう。万が一にでも通帳なんか奪われたらもうオタクライフは過ごせない。思穂はそっとドアノブに手を掛ける。

 

(よし……よし……よし……!)

 

 覚悟を決め、思穂は立ち上がり、ドアノブを捻った――。

 

「南無三ー!!」

「へっ……!?」

 

 中の音で大体の居場所は把握していたので、後は一気に近づくだけだった。部屋に突入した思穂は不審者の服を引っ張り、バランスを崩させた後、一気に押し倒し、スタンガンを首元に当てる。

 あとはスイッチを押して相手を地獄に叩き込むだけ。スイッチを押しこむ刹那、不審者の顔が目に入る。

 

「…………ん?」

 

 まず目に入ったのは茶髪である。鎖骨くらいまで伸びた髪は左右どちらも結ばれ、おさげとなっている。そしてどこかで見たことのある顔立ち。ツリ目、そして口は二次元などで良く見るような典型的な『への字』。

 途端、思穂は心臓が別の意味で痛くなり始めてきた。バックンバックンと、それはもう外に聞こえるくらい大きな音で。

 

「…………ン、んんん……?」

「……ねえ、何で私、押し倒されてそんな物騒なモノ首に当てられてるの?」

 

 受け入れらない、受け入れたくない。どうして彼女が今、自分の下に倒れているのか理解したくない。背中から冷や汗が吹き出し始めてきた。手もガクガクと震えだす。

 そんな思穂とは真逆に、“彼女”は非常に冷めた目で思穂を射抜く。

 

「な……なななん、なん、何でいるるる、いる、の!?」

「まずはその物騒なモノを私から離して、そして私の上からどいてくれる?」

 

 すぐさま思穂は飛び退き、スタンガンを自分の手の届かない所へ放り投げた。そして熟練した動作で正座の体勢に移行し、思穂は土下座をする直前まで持っていく。

 

「……こ、ここ、この度は大変その、申し訳ないことを……!!」

「私がしばらく日本にいない間に、ここはスタンガンをか弱い女の子に突き付けるような世界になったんだね?」

「そ! そんな世紀末な世界じゃないよ日本はー……はっはっはっ!」

「……で、何で私にスタンガンを突き付けたのか説明してもらえるんだよね――思穂“姉さん”?」

 

 彼女――『片桐麻歩(かたぎりまほ)』はそう言って、腕を組んだ。

 

「つまり、ね。ほら、何の前触れもなく家の鍵が開いてれば誰でも不審者だと思うじゃん!? 私、悪くないよね!? 正当防衛だよね!?」

「……メール入れているはずなんだけど」

「えっ!? そ、そんな訳……」

「二日前の午後一時三十六分」

 

 すばやく思穂はスマートフォンを取り出し、言われた日時まで受信ボックスを遡らせた。すると――あった。『明後日、日本に戻ってくるから姉さんの家に厄介になるね。おばさんとおじさんにはもう了解もらってるから』、というメールがしっかりと。二日前に見なくても、どうにもできなかったであろうそんなメールが。

 とりあえず思穂は麻歩を座らせ、自分も向かい合うように座った。

 

「……」

「……」

「……あ、はは! サープライズ! どうだった麻歩? 外国生活長かったからきっとジャパニーズジョークが恋しいかなって思って一芝居打たせてもらったよ!」

「本気で言っているのなら今すぐに姉さんのコレクション全部叩き壊すんだけど――」

「――大変申し訳ございませんでした私が底辺です」

「もっと誠意」

「私はあろうことに“従妹(いとこ)”を恐怖に晒したド底辺でございまする」

 

 片桐麻歩とは、何を隠そう思穂より一個下の従妹であった。母方の妹の子供であり、早い内から外国と日本を行ったり来たりしている子であった。ゲームで例えるならはぐれたメタル。一緒に遊んだ回数は両手で数えられる程である。

 そんな事を思い出しながら、椅子から飛び降り、思穂は土下座をしていた。もはやこの一連の動作は手馴れたもので、何の躊躇なく土下座に移行出来た。

 

「ところでさ、急にどうしたの? 突然日本に戻ってくるなんて……。向こうの学校は良いの?」

「一か月くらい休んで来たの。たかが一か月程度休んだところで大して勉強には支障ないし」

「……確かその学校、前にテレビで特集組まれるくらい狭き門の学校じゃなかったっけ? え、良いのそれ?」

 

 思穂の記憶違いでなければ、麻歩の通っている外国の学校は『世界の難関校』という特集で番組を組まれるくらいにはレベルが高いことで有名な学校のはずである。

 だが、麻歩はそんなこと、と言いたげに人差し指を思穂へ向けた。

 

「大丈夫よ。本当にヤバかったら姉さんに教えてもらえば良いし」

「私がどれだけ買い被られているか良く分かる発言だね!」

「じゃあ姉さん、これ試しにやってみる?」

 

 そう言って、麻歩が隅っこに置いていた鞄から一枚の用紙を取り出し、思穂に手渡した。軽く目を通すとそれは、英文とグラフなどなどで埋め尽くされた数学の問題用紙であった。英文を読むのが面倒くさかったが、読み解くと実に分かりやすい問題だったので、計算は非常に楽であった。

 思穂はテーブルの上に置いているペンを手に取り、答えだけその用紙に書き連ねた。

 

「けっこう優しい問題の出し方なんだね! これ小テストか何か?」

「……やっぱり私は姉さんを買い被っていなかったということが良く分かる発言だったわ」

 

 麻歩は溜め息を吐き、その用紙を思穂からひったくると鞄に戻した。

 

(……去年の入試の過去問を小テスト呼ばわり出来るのは日本で姉さんくらいよ。しかも暗算で全問正解なんて、冗談じゃない)

 

 それは麻歩が去年、死に物狂いで解いていたその“狭き門”の入試の過去問であった。勉強の為にコピーはいくつも持っていたので試しに渡してみると、これだ。

 相変わらず敵わない、そう麻歩は感じていた。

 

「ていうかまだ理由を聞いていないんだけど!?」

「……姉さん、最近おじさんやおばさんと連絡取ってる?」

「うっ……!」

 

 思穂は思わず目を逸らしてしまっていた。正直に言えば、全く取っていない。それは昔のように両親に心配を掛けさせないようにでは無く、オタクライフに没頭しすぎているせいである。

 

「それで、この間向こうで久しぶりにおじさんとおばさんに会ったから姉さんの事聞いてみたけど、しばらく連絡取っていないって言われて、私心配だったのよ?」

「……は、はぁ……。そんな事なら心配ないよ! 私はいつでも元気元気! むしろ麻歩に心配させるなんて申し訳なかったね!」

「……で、私はおばさんとおじさんに言ってきたわ」

「な、何を……?」

 

 思穂はいつもよく当たる嫌な予感を感じ取っていた。『あ、これ流れ変わったな』、そう明確に理解できるくらいには。

 

「もし姉さんがぐうたら生活を送っていたら即刻――向こうに連れて帰るって」

 

 それは捉えようによっては死刑宣告で。一切の遊びも冗談も感じさせない麻歩の瞳を見て、思穂は随分久しく使っていなかった口癖を思わず口にしていた。

 

「ほ、ほわっちゃ……」

 

 新しく始まった思穂の物語は、いきなり波乱の展開を迎えることとなった――。


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