ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第三十四話 軋む歯車

「らーららー。今日も今日とて体がだるい~」

 

 フィーリングで作った歌を口ずさみながら、思穂は二年生の教室へと向かっていた。合宿も終わり、今日からまた普通の学校生活に戻った。

 変化はそれだけでは無い。早朝、穂乃果からメールが入ってきた。その内容を見た瞬間、思穂は思わず歓喜した。アイドルランクが何と『十九位』まで浮上していたのだ。とうとう喰い込んだラブライブへの出場圏内。

 三人から始まったμ'sの活動も、ついにここまで……。

 

「あ、おはよーことりちゃん!」

「っ! お、おはよう思穂ちゃんっ!」

 

 さっと手に持っていた物を鞄にしまったことりは、どこか困ったような笑みを浮かべながら、挨拶を返してくれた。思穂はその笑みの真意よりも、さっき隠した物に意識がいっていた。

 一瞬だけ見えた赤白青のパターンで縁取られた封筒。思穂の記憶が確かならばこれは海外から送られてくる郵便物。

 

「ことりちゃん? 今持っていたのって……」

「な、何でもないよ? 私、何も持ってないからっ!」

 

 そう言って、ことりは教室へ走って行ってしまった。ことりにしては珍しい対応だったので、思穂は面食らっていた。いつもにこにこ笑顔で明るく対応してくれることりにしては、随分と忙しない。

 この感じ、思穂はどこか覚えを感じていた。だが、思い出せない。ここで予鈴が鳴り、思穂は思考を打ち切る。

 

(もう、この季節か……)

 

 ――別に、片桐さん一人でも十分だよね?

 

(……嫌な事思い出しちゃったな)

 

 脳内に響いてくるような、面と向かって言われているようなそんな感覚。直接関係はないはずなのに、それでも連想ゲームのように引きずり出される“表情”と“言葉”。思わず顔半分を手で覆ってしまった。全てをシャットアウトするように――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 音ノ木坂学院ではそろそろ学園祭の季節に入ろうとしていた。μ'sにとってはラブライブ出場を不動のものにするかどうかの最重要イベントである。そんな中、思穂は今日、μ'sの練習には参加していなかった。

 学園祭では各部が日頃の活動をアピールするために色々出し物を企画している。アイドル研究部の一員であり、文化研究部の部長でもある思穂は今回、文化研究部の方へ力を入れることにした。

 

(……にこちゃんも中々気回してくれるよね)

 

 本来なら文化研究部は今回放棄し、μ'sの方へ力を入れるつもりであったが、それに待ったを掛けたのは他でもない部長のにこだった。こういう事に気を回せるあたり、流石にこである。

 

「久しぶりに来るなぁ……ここ」

 

 鍵を開け、思穂は久しぶりに文化研究部へ足を踏み入れた。

 目の前の光景にどこか妙な懐かしさを感じた。部室内は非常に無機質なものだ。綺麗に配置された棚に並べられているのは大量の漫画とゲーム、そしてライトノベル。そして部屋に置かれている三台のパソコンと一台のプリンターがこの文化研究部の財産。

 たったそれだけ。部室内には思穂一人。机に向かう足音だけが、この静かな空間に響き渡る。

 

「んー……今年はどうしようかなぁ。講堂は使えないし」

 

 この学園祭、実は講堂を自由に使えないのだ。余りにも講堂の使用申請が多すぎたので、いつからかくじ引きで決まるようになったのだ。既に思穂はくじ引きに行ったクチだ。結果は惨敗であった。アイドル研究部はまだ分からないが、文化研究部は今回、講堂は使えない。

 

「なら……無難にゲームでも作って、時間内で遊ばせようかなぁ」

 

 早速思穂はパソコンを立ち上げ、作業を開始した。ひたすら無心。大体頭の中で構想は組み上がっているので、後はひたすら作り上げていくだけ。時たま参考書に目を通しながら、思穂はただキーボード上に指を踊らせる。

 考案している内容ならば、綺麗に切り上げられ、μ'sの方へ応援に行ける。

 

(……今はすごく、楽しいな。昔が楽しくなかったわけじゃ無いんだけど)

 

 かつて、この部屋にも志を共にする仲間がいた。漫画を読み、ゲームについて意見をぶつけ、ライトノベルをオススメしあったりしていた。――それだけに留めておけばよかったのに。

 思い出すは中学三年の地獄のような半年間と、報われた半年間。そこから始まった新たな自分。そして今でも穂乃果、海未、ことりに対して感じる“申し訳なさ”。

 

(とりあえず今は順調だ。順調すぎて怖いけど、このまま上手く行って欲しいな……)

 

 キーボードを叩く音がBGМとなり、思穂の作業を彩る。アイドル研究部の部室でいつも聞く笑い声と比べれば、何と無機質なものだろう。この何の心も入っていない音が、ある意味で片桐思穂の本質を表しているのかもしれない。

 作業に没頭していると、メールを告げる振動が机を揺らす。

 

「ん? メール? ……ほわっちゃ」

 

 つい口癖が飛び出るくらいには、驚ける送信主であった。思穂は早速メールの本文に目を通す。

 

「七日間連続ライブ!? な、何て体力……!」

 

 送り主である綺羅ツバサの得意げな表情が透けて見えるようだった。内容はA-RISEの七日間連続ライブのお知らせである。ラブライブ出場枠確定まで約二週間。有名所であろうと無名所であろうと、最後の追い込みを掛けていた。あのA-RISEでさえ、最後の最後まで油断せずにいるところがこのラブライブの門戸の狭さを匂わせていた。

 早速思穂は、返事を返すため、スマホを手に取る。

 

「μ'sも負けてられません、絶対にツバサ達の隣まで上り詰めて見せますよ! ……っと」

 

 送信完了の画面を確認した思穂は、再び作業に集中する。ここで気づいてしまったことが一つある。

 

「……何か独り言多いな、私」

 

 誰が答えてくれる訳でも無いが、思穂は自覚するまでずっと独り言をつぶやいていた。誰かが返してくれるのが普通となっていただけに、この事は割と思穂の心を揺さぶる。

 ふと時計を見た思穂は、そろそろμ'sの練習も佳境に入ったことを悟る。ラブライブ出場が掛かっているのだ、きっと気合いの入り方も凄まじいだろう。

 今日の作業を一区切りつけ、思穂は立ち上がった。一応顔を出しておきたかったのだ。鞄を持ち、出入り口まで歩くと、また“嫌な思い出”が。

 ――片桐さんって何でも出来るから私達、邪魔かなって。

 

「っ……あ~あ。にこちゃんが来てくれていた時は思い出さなかったのに、一人で来るとやっぱり……か。やっぱりそう、忘れられるものじゃあないか」

 

 向けられた“羨望”と“嫉妬”、そして“無力感”。その視線が今でも強烈に印象に残ってしまっている。いつもよりも早く、思穂は屋上へ向かう足取りが早くなった――。

 

「え、ここでやるの?」

 

 屋上へ来て、思穂は早速くじ引きの結果を聞いてみると、まさかの落選。だが、話し合った末、この屋上で野外ライブをやるということで落ち着いたようだ。

 思穂はそれに賛成だった。いつもやっているところの方がリラックスして出来るかもしれないし、集客率は悪いと思うが、逆にいうならばわざわざ屋上に来てくれる人はそれだけこのμ'sに興味があるということに繋がる。

 

「うん! それに新曲でやろうと思うんだ!」

「おー真姫ちゃんがまた良い仕事したんだね!」

「べ、別に。ただ、海未の歌詞を見て思いついただけよ」

 

 プイと顔を背ける真姫。海未から歌詞カードを見せてもらうと、その曲調が何となく予想出来た。

 

「今回は結構ノリノリな感じなんだね」

「ええ。学園祭ということを考えれば、これ以上に無いくらいピッタリな曲よ。盛り上がること間違いなしだわ」

 

 ある意味講堂じゃなくて良かったのかもしれない、と絵里の話を聞いた思穂は失礼ながらそう感じた。開放的な外でノビノビと思い切りやった方がこの曲には合うだろう。

 

「今日ってもしかしてもう練習終わり?」

「そうやね。結構激しい曲だから時間を決めて効率よく練習しようってエリちと海未ちゃんが決めたんや」

 

 確かにいつもの倍は皆、汗を流していた。割と体力が付いてきたメンバーを以てしてこの汗の量である。それだけこの曲が体力を使うものだということを認識させる。

 

「へーこれは楽しみだなぁ!」

「ていうか思穂、あんたやることやってんでしょうね?」

「にこちゃん、ご心配無用だよ! やることはやる女ですから!」

「思穂、あんた……いや、良いわ。やることやってんなら何もいう事はないわ」

「あはは……ありがとう」

 

 にこの僅かに曇った瞳から逃げるように、思穂は悟られないよう、ことりの方へ視線をやった。自分の事より、今は何故かことりが気になってしょうがないのだ。

 

(ことりちゃん……?)

 

 今朝見かけた時からずっと浮かない顔をしていたことり。穂乃果の方をチラチラ見ては沈んだ表情を浮かべていた。口に出して話題にするのは簡単だろう。だが、海未や穂乃果ですらことりの浮かない表情に気づいていないということはそこまで重要な事では無いんだな、と思穂はそこで考えるのを止めにした。

 空も本格的に紅く染まった頃、今日は解散となった。

 

「ことりちゃん」

「どうしたの?」

「ちょっと良い?」

 

 だが、何となく気になったので、思穂は帰ろうとしていることりを呼び止めた。

 

「あれ? 二人とも帰らないの?」

「あっはっは。ごめんね穂乃果ちゃん。ちょっとことりちゃんと二人で話したいことがあるから先に帰っててもらって良い?」

「えー! じゃあ海未ちゃん一緒に――」

「私はこれから弓道部に顔を出さなければならないので、すいませんが今日は穂乃果一人で帰ってください」

「ぶぅ。なら良いもん! 私、これから神田明神行くから!」

 

 体力を持て余している穂乃果はそう言って、鞄を肩にかけた。それだけ次のライブに全力を傾けている証拠だろう。

 

「穂乃果、あまり根を詰めないようにしてくださいね」

 

 海未がそう言って釘を刺すが、穂乃果はまるで聞く耳持っていない様子だった。逆に思穂はそんな穂乃果へ精一杯のエールを送る。

 

「まあまあ海未ちゃん水差すようなことは言いっこなし! 穂乃果ちゃんこれから自主練頑張ってね! 穂乃果ちゃんなら雨降ろうが槍降ろうが頑張れるよ! 目指せ天元突破!」

「うん! じゃあねー!!」

 

 穂乃果のはつらつとした後ろ姿を見送ると、海未も練習に行ってしまった。他のメンバーも帰り、屋上に残ったのは思穂とことりだけ。

 

「思穂ちゃん、私と話したい事って何?」

 

 時間を拘束させる気は毛頭ないので、思穂は手短に用件を伝えることにした。本当に些細な事だ。もしかしたらたった数分のやり取りで終わるかもしれないことだというにも関わらず、穂乃果に帰ってもらったのは、ことりがずっと複雑そうな感情を彼女へ向けていたからだ。

 だから、さっさと終わらせて自分が考え過ぎだったと笑い飛ばす。

 

「今日のことりちゃん、変だったよね」

「えっ……」

 

 ことりの表情が変わった。白くなったとかそういうレベルを超えてそれこそ、“青ざめた”。

 

「な、何で……そう思ったの?」

「ん~……何となく? ていうかちらちら穂乃果ちゃんの方見てたのが目に入っちゃったと言った方が良いかも」

「思穂ちゃんの気のせいだと思うけどなぁ……」

「……あー。今、私ことりちゃんが嘘吐いたの分かっちゃった」

 

 南ことりという人間はいつも人の目をちゃんと見て喋る、とても真っ直ぐな子であった。そのことりが、“目を合わせず喋る”という異常事態。

 失敗したかもしれない、と思穂は少しだけ後悔した。なまじμ'sメンバーが優しかっただけに、いつしか人に関わる事を軽々しく捉えてしまっていた。

 

「……ごめんね。私、思穂ちゃんに嘘吐いちゃった」

「もしかしてあのエアメールが関係あるの?」

「えっ!? 何で知ってるのっ!?」

「え? やっぱり関係あるの?」

 

 カマを掛けたらあっさり引っかかった辺り、ことりの将来がとても心配だが、今はそんなことを考えている場合では無い。

 思穂のハッタリに気づいたことりが少しだけ頬を膨らませてしまった。

 

「思穂ちゃんのいじわるぅ……」

「それは後で土下座させてもらうとして。やっぱり関係あるんだね」

 

 ことりはコクリと頷いた。

 

「海未ちゃんや穂乃果ちゃんは知っている事?」

「ううん。まだ、話してない……」

「……そっか! 了解! 引き留めてごめんね! じゃあ帰ろっか!」

 

 思穂の言葉にことりが驚いてしまった。普通ならここで聞くものだと思っていたし、聞かれるものだと思ったことりは少しだけ面食らった。

 

「……聞かないの?」

「ことりちゃんが話したくなったらで良いよ! 無理強いさせる気無いしね!」

「……ごめんね。でも絶対、絶対話すからっ! その時は……聞いてくれる?」

「もちろん! ことりちゃんのお願いなら何でも聞いてあげましょう!」

「……ありがとう、思穂ちゃん」

 

 思穂は後々、この日ほど自分の軽薄さを恨んだ日はない。全ての行動が裏目に出るあの嫌な感じ。本当の意味で、皆と向き合えていなかったが故に積み上がる負債の塔。

 その塔が折れ、自分の頭上へ落ちてくるまで――あと少し。


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