ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第二十五話 溝の埋め方

 絢瀬絵里と東條希が入ってから五日が経った。彼女達が入ってから練習の質は確実に上がり、少しずつだが、ダンスのレベルも向上を見せる。

 そんな中、思穂もいよいよ本格的に練習に参加することとなった。本来ならもう少し早く入るべきであったが、“野暮用”があり、参加が遅れてしまった。

 

「ワンツースリーフォーファイブ――」

 

 相変わらずメトロノームの如きリズムで九人のパート練習を全体から見る思穂。その中でも、やはり絵里は飛び抜けていた。バレエ経験から来るしなやかで、それでいてキレがある踊りは見ていて惚れ惚れする。

 通し練習が終わると、すぐに思穂は思ったことをスパスパと言っていく。

 

「穂乃果ちゃんは腕の上がりが甘かったね。ことりちゃんは前衛後衛チェンジするとき少し遅かったし、海未ちゃんはもう少し動きを大きくしても良いかも。凛ちゃんはまだ早い。花陽ちゃん、疲れちゃったかな? 動作の“止め”が弱いね。真姫ちゃんは逆に意識しすぎて、次への動作がぎこちないかな」

 

 一息で問題点を挙げた思穂は一拍置き、三年生の方へ顔を向ける。

 

「にこ先輩、歌が早くて踊りがワンテンポ遅れています。希先輩は少し周りとの距離感を意識して移動してみてください。絵里先輩、最後の決めポーズ一瞬だけ気を抜きましたね」

 

 言い終わった思穂は、すぐに目薬を差し目を潤した。九人の動きを細かなところまで見るのは割と集中力がいるのだ。そして瞬きをほぼしないので、目が乾いて仕方ない。ただでさえドライアイ気味の瞳がどんどん加速度的に悪化している。

 

「とまあ、ざっと見た限りではこんな感じですね。絵里先輩、海未ちゃん、やっていて何か思う所ある?」

「いえ、私も思穂と同じことを思っていました」

「そうね……私も特に無いわ。皆、今言われたことをしっかり直して、明日も頑張りましょう!」

 

 そう絵里が締め括り、今日の練習は終わった。すぐさま思穂は皆へスポーツドリンクを配り、自分は栄養ドリンクを一気に飲み干す。期末試験の反動もあり、最近また夜更かしが多くなってしまったが故の“麻酔”である。

 

「何と言うか……」

「……ど、どうしたの?」

 

 思穂の視線はジッと絵里の脚へ注がれていた。スタイルは良いと前々から思っていたが、身近で眺めるとそれがしっかり分かる。長い、引き締まっている、肌すべすべ。この三要素はそう簡単には揃わない。

 凛の脚も捨てがたいが、絵里の脚は思穂の心を揺らがせる程度には魅力的であった。そんな絵里の脚を例えるのならばそう――。

 

「犯罪的ですよね……」

「ど……どこを見てそう言っているのよ……!?」 

「思穂ちゃんって基本、まず女の子の脚に目ぇ行くよね」

 

 希のその純粋な物言いに、思穂は一瞬自分がどれほど変なのかを思い知るが、その程度で観賞を止めるほど、脚への情熱は薄くない。

 

「思穂先輩、いつも隙あらば凛の脚ばかり見てますよね」

「そうそう。だから出来ればそういう脚を隠す練習着は止めて欲しいって前からお願いしているんだけどなぁ」

 

 正直、凛はドン引きしていた。しかしいつも触っていれば距離を置かれるのも無理はないと思穂は思穂で受け入れていた。……決して制服の時にスカート捲りなどしていない、断じてしていない。

 

「それって世間で言うセクハラだと思いますよ」

「……貴方いつも“こう”なの?」

 

 この五日間で、絢瀬絵里の片桐思穂への見方は変わっていた。今までは、飄々としていながらも決して自分の主張を曲げることのない一本芯が通った人間だと口には出さないながらも、そう思って“いた”。しかし、今となっては掴み所のない変人、としか思えなくなっていた。もちろん悪い意味では無く、自分の眼から見ていた片桐思穂はまだ底が無いということを理解させられた、という意味での“変人”。

 逆に思穂は絢瀬絵里を更に好きになっていた。今までも割と取っ付きやすかったが、最近は態度が徐々に軟化しつつあり、余計に取っ付きやすくなった。

 

「僭越ながら、世の中の真理を追究している謂わば“探究者”を自負させてもらっています」

「随分と不健全な探究者もいたものね……」

 

 そんな話をしていると、ことりが近くまで歩いて来た。。

 

「ねえ思穂ちゃん。ちょっと良い? ちょっとお願いがあるんだ」

「何々? 何でも言ってよ」

「ありがとっ! ええと、実はちょっと衣装作りに必要な材料をいくつか切らしちゃって……」

「おおう! 丁度私も備品買って来ようと思ってたから丁度良いや! メモとか用意してる?」

 

 するとことりが、ポケットから二つ折りにされたメモ用紙を取り出し、思穂の手に握らせてきた。練習をした後だからだろうか、その手はほんのり温かかった。

 

「ふむふむ……。よぅし! オッケーじゃ、早速これから買って来るね」

「お願いね思穂ちゃん! 後でちゃぁんとお礼をしますっ!」

 

 この語尾にハートでも付いてそうな甘い声を聞けただけで、思穂は既にお礼を貰っていた。メモ用紙を握りしめ、早速店へ向かおうとした思穂を、希が呼び止めた。

 

「ちょっと待って思穂ちゃん。備品も買いに行くってことは割と大荷物になるってことだよね?」

「ええ、まあ。けど最近、身体鈍っているし良い負荷ですよ」

「いやいや。もしもってことがあるからね。そうやな……」

 

 備品と言っても、クーラーボックスである。先日、ロックが壊れてしまったので、買い替えなければならないと思っていたのだ。

 思穂の言葉を聞いた希が一度頷くと、彼女は絵里の肩をぽんと叩いた。

 

「よしエリち、思穂ちゃんに付いて行ってあげて?」

「……私が?」

「生徒会長として、もし生徒に何かあったら困るやろ?」

 

 いやその理屈はおかしい、と思穂が言いたかったが、希の考えていることをいちいち考察していたら、ドッと疲れてしまう。ここは、流れに身を任せることにした。

 

「じゃあ絵里先輩、行きましょうか! 時間は無いですよ! 時は金なりです!」

「ちょ、ちょっと! 引っ張らないで!」

 

 半ば連れ去るような形で、思穂と絵里の買い物が始まった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「どうですかどうですか調子は? もう五日も経ちましたが!」

「……悪くないわね。前より忙しくなったけど、充実しているわ」

 

 音ノ木坂学院を出て、その足でことりが指定した店まで歩く思穂と絵里。クーラーボックスは一番最後に買った方が消耗も少ない。

 歩きながら、思穂は絵里の顔を見ると、その言葉に嘘偽りはないようだ。心なしか、表情に疲れは見られず、むしろ活力に満ち溢れていた。

 

「そっちこそ大丈夫? 色々と細かい仕事をこなしてもらっているけど」

「あんなの仕事の内に入りませんよ。作業です作業」

「ふふ、言うわね。流石生徒会の隠れ役員って所かしら?」

 

 この五日間は、思穂にとって趣味と仕事の境目を行ったり来たりする忙しいものであった。オープンキャンパスで使う運動場の使用申請やステージ組みの段取り作成、音響機材の確保に宣伝チラシ作成等など……飾り付けに使う消耗品は後でも買えるので、書類処理を最優先で思穂は行動していた。

 すごく頑張れば一日で終わらせられる内容であったが、その間にもお気に入りの声優のイベントや、アニソン歌手のライブ、新刊漫画の購入等など、こちらもやることが盛り沢山だったのだ。必要とあらば誰にでも逆らえる思穂であっても、流れ続ける時間にだけは逆らうことが出来なかった。

 しかし、今この瞬間、思穂はとても良いモノを見られたので、それが全部帳消しとなった。

 

「……ううむ、やっぱり絵里先輩は笑顔が似合いますよねぇ」

「なーに? 私の事、口説こうとしてる?」

 

 片目を瞑り、余裕を見せている絵里。そして僅かに浮かべている微笑はとても絵になる一瞬で。今までの疲れ切った顔よりも何億倍も魅力的だ。

 

「あわよくば」

 

 話している内に、目当ての店へ辿りついた。ことり御用達なだけあり、何だかとてもお洒落オーラが溢れていた。一瞬思穂は場違い感に打ち震えたが、隣にはとても頼りになるクールビューティーがいたことを思い出し、彼女の後ろへ隠れるように回った。

 

「……って、いきなりどうしたのよ?」

「いや……先に絵里先輩が入ってもらえないかと」

「それは良いけど、どうしたの? 何だか表情が暗いわよ?」

「そう見えるんなら、私ももう少しお洒落に気を配った方が良いんでしょうね……」

 

 思穂の言葉の真意を理解できずにいた絵里は、速やかに店へ入った。いつまでも店の前でうろうろしている訳にはいかない。

 第一歩を踏み入れた思穂は、少しばかりお洒落気分に浸れたが、恐らくこういう用事でもなければ入ることの無かった店内を軽く見回してみた。

 店内は清潔感のある白い壁紙や床で統一されており、それに合わせるように照明も暖かみのある白い照明であった。服や生地が所狭しと並べられているが、決して下品なレイアウトでは無く、美しく見えるように、かつすぐに目的の物が分かるような機能的な配置となっている。

 思穂はこの手の店は店員に聞かなければ目的の物まで辿り付けないと思っていたので、内心胸を撫で下ろしていた。

 

「さ、買いましょうか。メモを見せてくれる?」

「こちらに」

 

 思穂から受け取ったメモを一通り読んだ絵里は、すぐにそれを返してくれた。

 

「手分けしましょうか。私は上から半分の生地を探すから、そっちは半分から下の生地をお願い」

「え、でも今日のこれは私が頼まれた奴だから絵里先輩は……」

「何事も効率良く、よ?」

 

 そう言って、絵里は本当に目的の生地を探しに行ってしまった。生徒会長経験がこういう場でも発揮するのか、などとややズレた意見を思い浮かべながら、思穂も目的の生地を手に入れるべく歩き出す。

 幸い、目当ての物は固まった場所に置かれていたため、買うのにそれほど時間は掛からなかった。絵里はこういう場所に慣れているのか、思穂以上のスピードで全てを探し当ててきた――。

 

「――いやぁ今日は助かりましたよホント」

「いいえ。大したことはしてないわ」

 

 絵里の手には生地が入った袋があり、思穂の左肩にはクーラーボックス、右手には同じように袋が握られていた。クーラーボックスは入って一分も経たずに購入できた。こういうのは機能性を重視しておけば間違いない。

 夕日も良い具合に落ち始めた頃に、二人は音ノ木坂学院へ帰ってこれた。スマートフォンをチェックすると、穂乃果から、『ハンバーガーを食べに今お店にいるんだ。荷物を置いたら、絵里先輩と一緒に来てね』という内容のメールが入っていた。

 

「……ハンバーガー?」

「あ、もしかして好きじゃない感じですか?」

 

 その旨伝えると、絵里は首を軽く傾げていた。好きじゃないのかと思っていたら、どうやらそうでもないような反応を見せる。だが残念ながら……ピンときてしまった。

 

「もしかして、そもそも食べたことが無い感じですか?」

「そ……! そんなこと無いわよ……ハンバーガーくらい、知っている、んだから」

 

 いつもハキハキとモノを言う絵里が言い淀む時点で、お察しという感じだが、下手に突っつけば手痛い反撃を受けそうな気がしたので、苦笑を浮かべる程度で済ませた。

 

「よっし! じゃあさっさと食すために行きましょう!」

「え、ええ……分かったわ」

 

 廊下を歩きながら、思穂が言った。

 

「絵里先輩や絵里先輩」

「どうしたの?」

「絵里先輩、良い感じに柔らかくなりつつありますよね」

「そう……かしら?」

「ええ。いつも絵里先輩に呼び出されているこの片桐思穂が、そう言うんですから間違いないですよ!」

 

 正直あまり自慢にならないのだが、こういう時には案外役に立つものだ。比較材料は豊富過ぎる。

 その思穂の言葉で、絵里の表情が僅かに暗くなった。

 

「私――」

「まあ、これからも是非、ご指導よろしくお願いします! ってことですね!」

 

 絵里の言葉を遮るように、思穂はあえておどけた調子で言った。そこでようやく思穂は、希の狙いを感じ取る。

 要は、溝埋めなのだ。穂乃果達以上に、思穂と絵里には色々あった。思穂は全く気にしていないが、絵里にはどこか思う所があったようだ。ほんのちょっぴりの溝、それを埋めさせるべく、希は世話を焼いたのだろう。

 

「あれ? もしかして、何か私との今までに思う所があったんですか!? 酷い、あれだけ絵里先輩から熱烈な言葉を受けてたのに!!」

「ちょっ……! ここ、校舎内よ!? 誰かに聞かれていたら誤解が生まれるから!」

 

 すかさず思穂は一旦絵里を止める。そして目薬を大目に差し、それから廊下を走り出した。

 

「うわあああん! 絵里先輩に捨てられるぅぅ!!」

「って何よ今の一手間は!? ちょっと、待ちなさい!!」

 

 溝を埋める、なんてまどろっこしい真似は思穂には合わなかった。埋めるのではなく、むしろ絵里の元まで飛び越える。それが、片桐思穂の流儀であった。

 これが正しいかどうかなんて思穂には分からない。だが、こうして追いかけられることが今の思穂、そして絵里との“距離感”なのかもしれない――。


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