ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第二十四話 絢瀬絵里

「……本気で言ってるの、穂乃果ちゃん?」

「うん! ていうか思穂ちゃん、昨日何で電話に出てくれなかったのさー!?」

「ご、ごめん……滅茶苦茶大音量でゲームやってて気づかなかったんだ。穂乃果ちゃんの電話に気づいたのだって、今日の朝だし」

 

 翌日、思穂は二年生組と一緒に生徒会室へと向かっていた。目的は絢瀬絵里である。穂乃果から聞いた話とはズバリ、『絵里にダンスを教えてもらう』ということだった。生徒会室を何度もうろついていた事からも考えると、恐らく本当の提案者は海未だろう。

 思穂は反対する気は無かった。むしろ、そのうち提案をしてみようかと思った程だ。彼女のバレエで培われた技術は確実に穂乃果達μ'sを次のステージへと押し上げてくれるであろう確信があった。

 問題は絵里がそれを引き受けるかどうか。

 

「でもまあ、今のままじゃきっと中学生を感動させるのはちょっと難しいかなぁとは思ってたんだ」

「やはり思穂もそう思っていましたか……」

「練習にも出てない分際で何言ってんだって感じだけどね!」

「思穂ちゃんにはやることがある! でしょ?」

 

 ことりの笑顔を見ていると、本当に癒しを感じてしまう。こんないい笑顔を持つ友人を持てて、思穂は幸せを感じていた。

 言っている内に四人は生徒会室前へと辿りついた。代表して、穂乃果が扉をノックする。すぐに扉が開かれ、中から少しだけ疲れたような顔をした絵里が現れた。

 

「貴方達……」

「おはようございます! 生徒会長に、お願いしたいことがありまして!」

「……私?」

 

 思穂は絵里の後ろにいた希と目が合った。『言ったん?』と言いたげな希の視線に、思穂は軽く首を横に振るだけで答えた。全ては穂乃果達が自分で辿りついた道である。

 

「私達に、ダンスを教えてくれませんか!?」

「……私にダンスを? 貴方達に?」

「お願いします! 私達、上手くなりたいんです!」

 

 一瞬だけ絵里と海未の視線がぶつかりあった。そこに何があったのかは、思穂には分からない。だが、その視線のやり取りに絵里は思う所があったようだ。

 

「……分かったわ。貴方達の活動は理解できないけど、人気があるのは間違いようだし、引き受けましょう」

「おー絵里先輩、話が分かりますね!」

「ただし、私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ!」

 

 早速絵里は今日の放課後から練習に参加するようだ。時は金なり。やると決めたら徹底的にやるのが絢瀬絵里なのだろう。

 思穂はこの状況を決して悪いものとして捉える事はなかった。むしろ逆。そう、思穂は信じたかった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「いや~良い具合にしごかれてるな~」

 

 例えるなら、絵里は鬼軍曹であった。テキパキと指示を出し、こなすべき目標を提示し、手ずからその者の限界まで身体を折り曲げる。

 スポーツドリンクが入ったクーラーボックスを隣に、思穂はボーっとその風景を眺めていた。絵里曰く、柔軟性は全てに繋がる。確かにその通りだと思った。柔軟を極めると腕が伸び、テレポートが出来る、これはもう常識と言って過言ではないだろう。

 

「どう? 順調?」

「あ、希先輩。お疲れ様です」

「エリち、気合い入ってるなぁ」

 

 思穂の目から見て、絵里は相当に気合いが入っていたように見える。その瞳はどこまで真剣で、ただ真面目にメンバーを見ている。

 

「――ちょっとすいません」

「思穂ちゃん?」

 

 希は思穂の表情が引き締まったのを見て、何か問題があったのかと一瞬不安になるが、彼女の次の行動を見て――正直に言うのなら呆れた。

 ことりが開脚をし、お腹を地面に着けようとした瞬間、思穂はすぐに地面へダイブする。ことりに気づかれないような距離で身体を地面に着ける。制服が汚れようが構わない。むしろ汚れる程度で良いなら安いものだ。

 ことりの練習着は、上はともかく下はスカートなのだ。ならば、どうするかは決まっている。顔を地面にベッタリつけ、思穂は楽園の一端を――。

 

「スパッツ……だって……!?」

 

 思穂が望んでいた光景は残念ながら見ることが出来なかった。気づけば思穂は涙を流していた。これではただ制服を汚した馬鹿ではないか。

 ことりがこちらの気配に気付いたようで、彼女が起き上がったのと同時に思穂は元の位置へ戻っていた。体育座りで思穂は未だ溢れる涙を止めようとしたが、この非情な現実をどう受け止めたらいいか、分からなかった。

 

「……思穂ちゃんってもしかして女の子好きなん?」

「……アレですよ、男の子が互いの筋肉見せ合って良いなーとか、俺も負けてられねーなーとかって言い合うようなもんですよ」

「いや、その例えは絶対違うと思うわ」

 

 今の思穂は希の顔を直視することが出来なかった。何と言うか、見つめ合ったら思穂は確実に負けるという予感があったのだ。

 

「きゃっ……!」

「かよちん!?」

 

 片足立ちでバランスを取る訓練をしていた時、花陽がバランスを崩して倒れてしまった。直ぐに思穂は花陽へ駆け寄り、身体の総点検を開始する。……もちろん、その時の思穂に、“遊び”は一切なかった。

 

「……うん、日頃鍛えているだけあるね。足首は捻ってないし、地面にぶつかった方の腕に異常は無い」

「あ、ありがとうございます……」

 

 練習着に付着した埃を払い、立たせた思穂は、絵里の顔を見た。絵里は目を閉じていた。

 

「もう良いわ」

 

 その瞬間、一斉に絵里へ降り注ぐ非難の雨。思穂はそれに口を出すことはなかった。もちろんμ'sの気持ちも分かる。これではまるで、花陽が倒れたから絵里が練習に付き合う気が失せたとしか取られない。

 だがきっと……思穂も同じ判断をしただろう。

 

「冷静に判断しただけよ。今日はお終い。自分達の実力が少しは分かったでしょう」

 

 そして絵里は背中を向けた。

 

「今度のオープンキャンパスは文字通り学校の存続が掛かっているの。出来ないなら、早めに言って」

「待ってください!」

 

 穂乃果の一言で絵里は止まった。少しだけ思穂は目を細めた。これで思穂が思っているような事を言うのなら、今度こそ口を挟むつもりでいた。

 

「――ありがとうございました! 明日も、よろしくお願いします!!」

 

 しかし、それはどうやら思穂の杞憂だったようだ。そうであった。これくらいでへこたれるようなメンバー、誰一人としていないのは最初から知っていたことである。

 それが信じられないと言うように、まるでその瞳から逃げるように、絵里は屋上を後にした。

 

「行かなくて良いんですか? 希先輩」

「もうちょっとしたらね。……どう見えた?」

「そう、ですね……」

 

 もちろん絵里に“遊び”が一切ないのは一目瞭然である。だが、何故か思穂にはそれだけには見えなかった。深読みをし、過信するのなら、絵里は思穂の眼から見て間違いなく……。

 

「あの絵里先輩も魅力的ですね」

「やっぱりおかしな子やね、思穂ちゃん」

 

 絵里を入れた初練習は終わりを告げた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「たーらーららーらー」

 

 今日は早朝から練習と言うことで、思穂は一時間も早く登校してくるという奇跡を起こしていた。いつもなら寝過ごすのだが、絵里が来るのだから失礼は許されない。

 あとは、この曲がり角を曲がり、真っ直ぐ行くだけで屋上へと行ける。思穂はさっさとみんなの汗を掻いている姿を堪能すべく、曲がり角へ――。

 

「――エリちが頑張るのはいつも誰かの為ばっかりで、だからいつも何かを我慢しているようで……!」

 

 思穂はそのまま背中を壁に着け、目を閉じていた。希には悪いが、ここで出ていくことの方がいけない。盗み聞きをさせてもらうことにした。

 希が絵里へ更に言っているのを、ただ聞いていた思穂はとうとうこの時が来たのかと、そんな事を思っていた。希の言っていることは絢瀬絵里という人間の核心を突くものばかりであった。彼女の事を本当に分かっていないと出てこない言葉ばかり。思穂にはこの領域までは辿りつくことはなかった。

 

「エリちの本当にやりたいことって何!?」

 

 そして希は絢瀬絵里が最も恐れ、最も面と向かって言われたくはない一言を言い放った。最も信頼しているであろう人物にそれを言われて揺らがない絵里では無かった。

 

「何とか……何とかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!!」

 

 初めて聞く絢瀬絵里の剥き出しの感情。そこからの彼女は、氾濫したダムのごとく、全てを吐き出すように口を動かした。

 

「私だって、好きな事だけをやってそれで全てが何とかなるならそうしたいわよ!! 自分が不器用なのは分かってる! だけど、今更アイドルを始めようなんて、私が言えると、思う……!?」

 

 絵里の足音がこちらに向かってきた。しかし、思穂に気づくことなく、絵里は走り去って行った。希が追いかけてくる気配はない。

 

「あ~あ。見ちゃったなぁ……見ちゃったよぉ……」

 

 思穂が身体を向けたのは屋上では無く、絵里が走り去って行った方向である。気付けば思穂は歩き出していた、最初はゆっくり、だが着実にそのテンポは速くなり――いつの間にか駆けていた。

 

「見なかったら、屋上へ行けたのになぁ!」

 

 思穂が動く理由は“自分の為だけ”。だが例外がたった一つあった。それは希に言ったことである。

 ――好きな人達の泣く所だけは見たくない。それは絢瀬絵里も決して対象外では無い。

 

「三年生の教室に初めて入りましたね……」

「貴方……また、貴方なの?」

 

 絵里は机に座っていた。全てに疲れたような、そんな顔だった。

 

「すいません、さっきの話、聞いちゃってました」

「……笑いに来たの? 私が、スクールアイドルを始めたいだなんて聞いて」

「……絵里先輩の目から見て、私ってどう見えます?」

 

 絵里の質問には答えず、思穂は逆に質問で返した。

 

「ふざけているの?」

「いいえ。絵里先輩から見る、私を知りたいだけです」

 

 思穂の言葉に、絵里は窓の外へ顔を向けながら、言葉を紡ぎだした。

 

「イライラするわ、見ていてずっと……」

「あはは……直球ですね」

「希もそうだけど、貴方はいつも心を見透かしたかのような発言をする。そして、自分の思ったように動いている。だから、それが気に喰わない」

 

 何となく思っていたが、やはりそう言う風に見られていたという事実に、思穂は少しばかりチクリとくるが、今はそんなことに引きずられる訳にはいかない。

 そして絵里の勘違いを正さなければならない。

 

「……そう見えます? けど、それは勘違いですよ。私は一度も上手く事を進められたことがない。いつも誰かに助けられている」

 

 片桐思穂と言う人間は自らを例える時、いつも狐を出していた。――虎の威を借る狐。いつも大きな力に隠れる臆病者、卑怯者と言うのが思穂であった。

 自分一人では駄目なのだ。それは文化研究部ですでに身を以て痛感している。純然たる事実、一切の誇張が無い有りのままの真実。

 

「絵里先輩にも助けられました。ファーストライブの動画、撮影してアップしたの、絵里先輩ですよね?」

「……だから、何?」

「世の中割と何でも起きるってことです。絵里先輩は違う意図であの動画をアップしたのでしょうが、それが巡り巡って今、こうして穂乃果ちゃん達は絵里先輩から指導を受けている。もう、良いんじゃないですか?」

「もう良いって? あの子達とアイドルをやれって、そう言いたいの?」

 

 思穂を見る絵里の眼には未だマイナスの要素は見られない。そこで思穂はタロットカードを思い出していた。『塔』――それは自己破壊の暗示。

 あと一押し。自らを破壊しようとする絵里にはあと一押しが必要なのだ。しかしその一押しは片桐思穂には、そしてあの東條希にすら――不可能なのだ。それを為せるのは世界でたったの一人。

 

「希先輩が言っていた言葉を繰り返しますね。……絵里先輩はどうしたいんですか? 我慢に我慢を重ねた末に、何を見たいんですか?」

「なら聞いていたでしょう……? 好きな事をやって、それで全てが上手くいくんなら私だってそうしたいわよ……! だけど、私は生徒会長だから、そういう訳にはいかないから……!」

「理事長が何故、絵里先輩を認めなかったか、本当は分かっていたんでしょう!? だけど、それを認めたら生徒会長の絢瀬絵里は――」

 

 とうとう立ち上がった絵里は思穂を睨み付けた。それは今まで見たことが無いほどの、強い怒りだった。

 

「貴方に私の何が分かるの!? 常に自分を通し続ける貴方に!!」

「分かりませんよ! だから私はぶつかりに来ました! もう嫌われても良い、希先輩から見放されても良い、だけど私は大好きな人達の泣いている所だけは見たくないから! 何度だって出しゃばりますよ! そしてハッキリ言います! 穂乃果ちゃん達は、絵里先輩を必要としています!!」

「言ったはずよ! 私は貴方を見ているとイライラするの! それを聞いて、どうして貴方は……!」

「それこそ言いました! 私は絵里先輩が好きです! そして私は今、自分の言いたいことを言いました!」

 

 足音が、聞こえてくる。それだけで誰か分かり、そして自分の役目が終わったことを悟る。自分ごときがこれ以上表に出過ぎるのだけは、いけない。あともう少し。絵里のやるせなさを全て受け切った思穂は両手を広げ――彼女達を迎えた。

 

「だから後は――彼女達の話を聞いてください」

 

 言い残し、思穂は走った。彼女達が扉を開けるのとほぼ同じタイミングで、思穂は別の扉から教室を飛び出した。

 

(絵里先輩、その“手”はきっと絵里先輩をしっかり掴んでくれますよ?)

 

 教室内から穂乃果の声が聞こえてきた。それは思穂が、そして希が待ち望んでいた瞬間でもあった。何とも回りくどかった。だが、それは誰かが勝手にそう思っていただけで、実はただの一直線の道だったのかもしれない。

 最初は平行線だった。しかし、それは徐々に角度を変え、今日と言うこの日にようやく合流を遂げた。

 ――μ's。それはギリシャ神話に出てくる九柱の女神達。そのグループが本当の意味を発揮するにはあと“二人”が必要だった。

 

(そして希先輩。誰にもバレないようにしたかったら、筆跡を変えなきゃですよ?)

 

 以前口に出そうとして、止められた言葉。……生徒会業務を手伝っていたおかげでその筆跡には覚えがあった。そして、もう隠す必要が無くなったのだ、と思穂はそう直感していた。

 女神達の名付け親とそして頑固で真面目な人間があの場には二人。そこから導き出されることとは――たった一つの、分かりやすい答え。

 

「よっし! 忙しくなるぞー!!」

 

 ――その日を以て高坂穂乃果達と、絢瀬絵里そして東條希の道が繋がった。


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