ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「――リーダーには誰がふさわしいか。……私が部長に就いた時点で考え直すべきだったのよ」
取材の翌日の放課後。練習は中止され、代わりに緊急会議がアイドル研究部室で開かれていた。議題はもちろん、『誰がリーダーにふさわしいか』である。
思穂の不安は見事に的中し、かつ昨日穂乃果と凛が希から言われた一言、『どうして穂乃果ちゃんがμ'sのリーダーなん?』が更にそれを後押しした。
「私は穂乃果ちゃんで良いと思うけど……」
ことりの意見が一番自然である。そもそもμ'sというグループを作ったのは穂乃果以外の何物でもない。言い出しっぺの法則、という訳ではないがそれでも言ったものが責任もってやるのが筋とも言えよう。
しかし、にこはそれをバッサリと切り捨てる。
「駄目よ。今回の取材でハッキリしたでしょ。この子はリーダーには向いてないの」
「……それはそうね」
「お、真姫ちゃん。割と同意な感じ?」
「ええ。何で穂乃果先輩がリーダーなのか疑問に思ってましたんで」
だが思穂に驚きはなかった。態度から察するに、割と穂乃果に不満を持ってそうなイメージはあったように見えていたから。だが、穂乃果にショックの色はまるで見えない。一応自覚はしていると言えばしているのかもしれない。
今回の件の、思穂のスタンスは“傍観”一択である。思穂は穂乃果のフォローをするつもりはなかった。今までなあなあでやってきただけに、この機会に不満諸々全て吐き出した上で納得する答えを見つけた出した方が良いからだ。
「そうとなったら早くリーダーを決めた方が良いわね。PV撮影もあるし」
「リーダーが変わるってことはセンターも当然変わりますよねー」
「思穂の言う通りよ。次のPVは新リーダーがセンター」
「でも……誰が?」
花陽の言葉でにこは立ち上がり、近くのホワイトボードを回転させた。そこには『リーダーとは!』という題名で、三行の文章が書かれていた。
「リーダーとは! 熱い情熱を持って、皆を引っ張っていけること! そして――」
にこのリーダー論を思穂なりに纏めた結果が、つまりはこういうことである。『熱い情熱の持ち主で、皆を包み込めるぐらい器が大きく、メンバーから尊敬される人間』ということだ。週刊少年漫画で活躍しそうな主人公だな、というのが真っ先に抱いた感想である。
「つまり! この条件を全て満たすメンバーは!」
「海未先輩かにゃ?」
そこに行き着いた凛の感性は全く間違っていない。世間一般ではカッコいい系女子として通っている海未こそリーダーとしての適正があるだろう。……そして、あえて思穂はにこの方を見ないようにしていた。絡まれれば厄介すぎる。
「私が!?」
「おお! 海未ちゃん向いてるかもリーダー!」
「……それで良いのですか? リーダーの座が奪われようとしているんですよ?」
「それが? μ'sを皆でやっていくのは一緒でしょ?」
「でも! センターじゃなくなるかもですよ!?」
ことアイドルに掛けては一家言持つ花陽の喰い付きと言ったらすごかった。それに加え、センターと言う重要ポジションの話ともなれば熱くなるのも必然と言えよう。
穂乃果は穂乃果で別にセンターにこだわりはないようで、皆を驚かせる。だが、思穂はそうは問屋が卸さないことを理解していた。少し棒読み気味になりながら、思穂は場を収めに掛かる。
「穂乃果ちゃんもあまりリーダーにはこだわってないようだし、ここは海未ちゃんで確定ということで次へ――」
「ま、待ってください思穂! その……む、無理です……私」
思穂の予感はピタリと当たってしまった。リーダーということは必然的に前へ出る回数も増えるということだ。μ's一の恥ずかしがり屋と言っても過言では無い海未が、それを引き受けることなど、絶対に有り得ない。
ならば、と花陽が視線をことりの方へ移した。
「なら、ことり先輩?」
だが、その意見は凛によってすぐに勢いを失うこととなった。
「副リーダーって感じだねー?」
「なら思穂ちゃんは?」
穂乃果の意見で全員の視線が一気に思穂へと注がれることとなった。突然の事態に思穂は目を丸くするだけ。
「……私、マネージャーもどきだけど?」
「に、にこ先輩の言っていた条件に割と当てはまる……かも」
意外なことに、花陽の意見に真姫が後押しをした。
「……言動さえどうにかすれば、割とマトモかもね。海未先輩を説得するか、思穂先輩が引き受けるかの二択だと思うわね」
部長経験もあるから、やろうと思えばやれるのは間違いない。しかし、思穂はそれだけは受け入れる訳にはいかなかった。それに、と思穂は立っているにこの方を指さす。
「いやーそれ言うなら、にこ先輩が適任だと思うんですけどね」
「っ! と、当然でしょ! 思穂の言う通りよ、やっぱりにここそがリーダーにふさわしいのよ!」
憎まれ口を叩いているが、その顔は本気で嬉しそうにしていた。推薦を受けた瞬間、顔がパァッと輝いたのはできる事なら写真に撮って収めたいレベルであった。
だが、いまいち納得できないようで、不毛な話し合いが再開された。とうとう我慢の限界を超えたにこが“ある事”を提案する――。
◆ ◆ ◆
「分かったわよ! なら歌とダンスで決着を付けようじゃない! 一番歌とダンスが上手い者がセンター。どう? 文句が無い良い方法でしょ?」
決戦の舞台は近くのカラオケ屋であった。割と広い部屋でしかも安いこの店は知る人ぞ知る有名店だ。手早くセッティングを完了したにこがマイク片手にセンター決めの戦いの火蓋を切って落とす。
「……あの、何で私も連れて来られたんですか?」
「思穂、あんたには見届け人をやってもらうわよ。誰がセンターにふさわしいか、しかとその目に焼き付けなさい!」
「思穂ちゃん思穂ちゃん、あとで私と一緒に歌わない?」
「あ、良いねことりちゃん。歌おう歌おう! 久しぶりに来たなーカラオケ」
そんな和気あいあいとした空間の中、にこだけが物凄くあくどい顔になっていたことだけは見ないフリをしようと心の中で決めた思穂である。大方、高得点が出やすい曲のチョイスでもしていたのだろう。
穂乃果がトップバッターでカラオケは始まった。彼女のはつらつとした歌声は聞く者全てに元気を与え、明日への活力へと変換してくれる。思穂はいつまでも聞いていたい気持ちになったが、そこはカラオケ。四分を過ぎた辺りで終わってしまった。
「やった! 九十二点だ!」
流石と言えば良いのだろうか、トップバッターの緊張に負けず九十点台を叩き出す辺り、高坂穂乃果である。次は凛が歌うようで穂乃果からマイクを受け取った。
「次は凛だにゃ~!」
その後、花陽と真姫が歌い、にこからことり、海未へと順番が回っていった。皆九十点台以上を叩き出すというかなりレベルの高い戦いとなっており、真姫に至っては九十八点という超得点だった。歌が上手いと言うのは前から知っていたが、それが如実に表れている結果だろう。
海未の結果は……九十三点。やはり皆、真姫に鍛えられているだけあり、良い歌声だった。
「海未ちゃん、やるねぇ!」
「……緊張しました」
「じゃあ最後は思穂ちゃんだね!」
「え、私も参加?」
穂乃果が差し出したマイクを受け取った思穂は、参加して良いものか悩みながら、これはただのゲームと割り切ることにした。素早く選曲を済ませた思穂は息を整える。
「そういえば思穂先輩の歌って聞いたことないですね」
「あ、確かに凛ちゃん達とカラオケ行ったこと無かったよね」
「楽しみだにゃ~!」
そして音楽が流れ出す。格好つけにマイクを一回転させた思穂は、曲名を告げる。
「私の歌でハートをビンビンに熱くさせてやる! 『アクセルレーショナル』!!」
思穂がお気に入りの歌だった。どこを探しても無い曲だったが、こんな所にあったとは思いもよらなかった。思穂がカラオケに来て良かったと、本気でそう思えた瞬間である。五分にも及ぶ熱唱は、思穂の心を完全に昂ぶらせた。
「――ふっ。また一つ、オーバーランクの更に上へと到達してしまった……!」
実際この歌を歌っているアイドルは『オーバーランク』を自負している。そんなアイドルの片鱗を少しでも再現出来たらと、思穂は暇を見つけては練習をしていたのだ。その成果もあり、大分振り付けと歌が様になってきたのは地味に達成感を感じている要素である。
歌い切った思穂の視界には沈黙し、目を丸くしているμ'sメンバーが。そういえば得点を見ていなかったことに気づいた思穂は後ろを見て、その結果に驚いた。
「あ、九十八点だ」
その瞬間、全員が爆発したように感想を言いだした。
「思穂ちゃんすっごい! 本物のアイドルみたいだったよ!」
「い、今のってあの超有名アイドル『ラオン』さんの曲ですよね!? しかもデビュー初期の曲!」
「……中々やるじゃない」
近くにいた穂乃果や花陽、そして真姫が一番良く聞こえてきた。素直に褒められるのは中々に嬉しいものである。そんな中、にこが悔しげに、だがホッとしたような表情を浮かべていた。
「ま、マネージャーで本当に良かったわ……」
にこの言うとおり、思穂はこの勝負には関わっていない為純粋な遊びである。故に思穂は本気でこなした。
(遊びに真剣になれなくて、何に真剣になれるって言うんだ! って感じだよね!)
時間も時間だったので、早速次のダンスの得点を決めるべく、カラオケ屋からゲームセンターへと場所を移すことになった。ゲームセンターに入った瞬間、にこは目的の筐体へと走り出す。
「次はダンスよ! 使用するのはこのマシン! アポカリプスモードエキストラ!」
割と高い難易度で有名なこのモードを選ぶあたり、にこも面の皮が厚い。正々堂々という言葉が見事に投げ捨てられていた。
「じゃあちゃっちゃっと始めよっか皆!」
思穂の掛け声で皆が順番決めのじゃんけんを始めた。……音楽ゲームこそセンスが要求される。点数の大小うんぬんより、対応できているかどうかが判断基準となるだろう。
「プレイ経験ゼロの素人がまともな点数を出せる訳がないんだから。ふ……ふふ、ふふふ」
「にこ先輩、声出てますよー」
思穂がジトーッとした視線を送っているにも気づかず、にこはただ悪どい笑みを浮かべるだけ。次の瞬間、ダンスマシンから歓声が上がる。
「何かできちゃったにゃ~!」
「おおー凛ちゃんやるね!」
トップバッターの凛に続くように、穂乃果達もゲームを始めた。割と激しいノリの曲が多く、皆うっすらと汗を掻いていた。その姿の何たるそそることやら。思穂は得点なんかよりもそっちの方に目が釘づけだった。
「あれ? 思穂ちゃんはやらないの?」
「う~ん……まあ、穂乃果ちゃんが言うなら」
実はダンスゲームはやったことがない思穂である。身体を動かすのは家庭用ゲーム機で十分なため、ダンスゲームにはまるで興味が湧かなかった。しかし物は試しである。
「よーし、やっちゃうぞ!」
その後の思穂の結果は『AA』であった。これは凛と同じ結果であり、偶然が生んだ産物。たまたま適当に選んだ曲がやりやすかった。これに尽きる。
μ'sメンバーのみの結果で言うのなら、決着はつかなかった。皆似たり寄ったりの点数でいまいち決め手に欠ける。
そこでにこは最後の勝負を持ち出した。
「歌もダンスも決着が着かなかった以上、最後はオーラで決めるわ!」
「オーラ?」
海未の相槌から、にこのアイドル論が始まった。握り拳まで作って力強く語ったが、大半は得心いっていないようであった。だが、花陽だけは同意をしてくれたようで顔を輝かせる。
「わ、分かります! 何故か放っておけないんです!」
まさに花陽ちゃんだね、とはとてもではないが言えない思穂であった。というより言えばきっと周りからドン引きされること間違いなしである。
「でもそんなものどうやって競うのですか……?」
「そこでこれよ!」
実に手早くにこは、ライブのチラシの束を渡し始めた。チラシはざっと三十枚前後、といったところだ。これを渡すのは割と骨がいる作業だろう。
そんな事を思っていた思穂の手にもチラシが渡された。
「え!? 私も!?」
「あんたはマネージャーでしょ? 勝負には関係なくても、宣伝はしてもらうわよ」
「ぜ、全力で頑張らせて頂きますぅ~……」
散り散りになり、チラシ配りが始まった。さっさと終わらせてチラシ配りにまごつく海未を見るべく、思穂は通りすがりの人へ次々に声を掛けていくことにした。
皆、順調のようだが、にこはキャラを作り過ぎてあからさまに避けられている。それとは真逆で、ことりが自然体で次々に道行く人にチラシを渡していった。
(……ん?)
他のメンバーは気づいていないようだが、ことりのチラシ配りが余りにもスムーズ過ぎる。手馴れすぎている。それよりも気になることがあり、時たま握手を求められている場面が多々見受けられた。
しかし今は気にせず、思穂は再びチラシを配り始める――。
「あ、終わった」
「思穂ちゃんも? 私も丁度終わったよ!」
ことりと思穂がほぼ同じタイミングでチラシを配り終えた。ただ人に声を掛け、笑顔でチラシを渡すだけの簡単なお仕事である。褒められるようなことではないが、それでも思穂は少しばかり照れてしまった。
「にこ先輩はー……あ、すいません」
「何よ思穂! 喧嘩売ってんの!?」
「いえいえいえ。にこ先輩はやっぱりにこ先輩だなぁと」
「喧嘩売ってんじゃなーい!!」
これ以上騒がれる前に、思穂はさっさと行動に移した。ぎゃあぎゃあ騒ぐにこを抱え、一旦部室へ戻ることに。グッズを抱えるために鍛えられた腕力は伊達では無い。
部室を目指しながら思穂は考えていた。一通りやってみたが、皆大体同じような点数であり、その中でもやはり得意不得意がハッキリ分かる結果となった。
ダンスの点数が悪かった花陽は歌が良く、歌の点数が悪かったことりはチラシ配りが良かったときたものだ。正直、これではリーダーの才覚は分からない。
「にこ先輩も流石です。全然練習してないのに同じ点数だなんて」
「あ……当たり前でしょ」
部室に戻った凛がにこへそう言った。だがそれは間違いで、思穂は知っていた。高得点を出しやすい歌のリストアップ、そして熟知しているダンスマシンでの勝負と挙げればキリがない不正の数々。下手に言えばにこのイメージダウンにも繋がるので、思穂は言うつもりは全くないが。
「どうするの? これじゃ決まらないわよ?」
「――ですが」
海未の一言で、皆口を閉ざし、彼女の方へ視線を向けた。すると、海未が結果を記入したメモ帳を皆に見せながら言った。
「一応、思穂の点数も記録していたんですが、成績だけでいうのなら、思穂がトップなんですよね……」
歌の点数が良かった真姫と一緒の点数で、ダンスの成績が良かった凛とも同じ点数、チラシ配りの成績が良かったことりとすら同じ点数だった思穂が、実質のトップであるのは間違いない。
「やっぱり思穂先輩がリーダーの方が……」
「あ、私。それだけは出来ないんだ。ということで穂乃果ちゃん! 結論はどうする!?」
「へっ? 私?」
「そうそう。思ったこと言えば良いんだよ」
そうすると、穂乃果がポツリと“その言葉”を言った。
「じゃあ……無くっても良いんじゃないかな?」
「無くても?」
「うん。リーダー無しでも練習してきて、歌も歌ってきたんだし平気だと思うよ?」
途端に出てくる反対意見。だがそれはリーダーの重要性を理解しているからこそ。だからこそ、センターの話も切っては離せない問題である。
「ならセンターはどうするの?」
「うん、それなんだけどさ。私、考えたんだ。皆で歌うってどうかな?」
皆で順番に歌い、皆で一つのステージを作っていく。ありそうでなかった発想。アイドルと言うものを知っている者からすれば“甘え”とでも言われそうな考えだ。
だからこそ、思穂はそれに賛同することにした。
「良いと思うよ。お手々繋いで皆で一等賞。良いじゃん、私達らしい、μ'sの形だと思うよ! 皆は?」
「まあ、歌は作れなくはないですが」
「そういう曲、無くはないわね」
「今の七人なら出来るよ!」
μ'sの生命線と言える、海未と真姫、そしてことりは前向きな反応だった。凛と花陽ももちろん賛成のようだ。表情がそれを物語っている。とすれば、あとは一人。
「にこ先輩はどうします?」
「……仕方ないわね。ただし、にこのパートはかっこよくしなさいよ?」
「よーし! 早速練習しよう!!」
にこの快諾も得られた穂乃果はもう無敵であった。立ち上がり、気付けばもう部室を飛び出していた。
(やっぱり落ち着く所に落ち着くんだねー)
一人になった部室で思穂は安心したように笑顔を浮かべていた。何者にも囚われず、目の前の目標に一直線で、そんな彼女の周りには常に人がいる。
「――にこ先輩の言った通りの人物、居たじゃないですか」
まだ消されていなかったホワイトボードの文章を見直し、思穂は早速PVの為の準備に取り掛かる。これからやることは山積みだ。効率よく終わらせ、そしてオタクライフを満喫するため、思穂は早速ペンを走らせる――。