ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第十八話 PV撮影!

 中庭で思穂は思っていた。これはお金を払わなければならないことなのではないかと。それもそのはず。思穂は今、女の子の動画撮影をしていたのだから――。

 

「あぁ……良いっすねぇ……良い笑顔ですわぁ……」

 

 ビデオカメラの向こうでは今、緊張した面持ちの高坂穂乃果がいた。その隣では東條希がマイクを持って説明を吹き込んでいる。思穂は思穂で、穂乃果を見ながら恍惚としていた。非常に如何わしい雰囲気が思穂から溢れているが、それに触れる者は誰も居らず、下手に突っつけば酷い目に遭うのが目に見えていたからだ。海未やことり、凛が生暖かい視線を思穂へ送っていた。

 

「穂乃果ちゃん、はいポーズ!」

「え、え~と……こう?」

「これが、音ノ木坂学院に誕生したμ'sのリーダー、高坂穂乃果その人である」

「はいオッケーです、希先輩!」

 

 一旦ビデオを止めた思穂は、希の方へ向き、オーケーサインを出す。そんな二人に、ことりは恐る恐る口を開いた。

 

「思穂ちゃん、これは……?」

 

 思穂はことりの質問に、すぐに簡潔明瞭な答えを返した。今行っていることとはズバリ、生徒会で部活動を紹介するビデオ制作である。その材料を集めるべく、こうして取材をしていたのだ。

 

「思穂ちゃんにはウチの手伝いしてもらってるんよ」

「片桐思穂、撮影ならば一家言持つ女ですからね!」

 

 そして思穂は希の手伝いで、共に各部を回っていた。既にバスケ部や、陸上部などは撮影済みであり、μ'sを撮影するとようやく一区切りがつく。

 小休止もそこそこに、思穂はグインと凛の方へカメラを向けた。

 

「あ、次凛ですかー?」

「そうそう。だから、さ。ちょっとこう……スカートをチラッと上げてくれないかなぁ?」

「……へ?」

 

 思穂のカメラはずっと凛の脚へと集中していた。思穂は希から協力を持ちかけられた時からずっと、この瞬間を待っていた。普通に舐め回すように見ていては、凛を始め周りからドン引かれること間違い無しだが、このビデオ撮影ならば堂々と凛の脚を楽しめる。

 凛が未だにスカートをチラッと上げてくれないことに対し、思穂は更に後押しをする。

 

「ね? こう……健康的な感じで……ね? ええやん? ええやん?」

「な、なんか思穂先輩が怖いにゃあ~!!」

 

 にこが加入して変わったことが一つある。それは一年生組の思穂への呼び方が変わったことだ。“片桐先輩”から“思穂先輩”へ。親密さが上がった呼び方に、始めて呼ばれた時の思穂はテンションがすこぶる高く、つい皆へ抱き着きまわってしまったのは記憶に新しい。

 

「あぁっ! 逃げられてしまった! ならば……」

 

 思いっきり凛に距離を取られてもめげない思穂は次のターゲットへとカメラを向ける。皆から少し離れたところで、『え? 私そういうの興味ないんで』と言いたげな海未へ、思穂はカメラをズームする。

 

「……えっ? ちょ、ちょっと思穂! 何なんですかいきなり!? 失礼ですよ!」

 

 元々恥ずかしがりやな性格の海未が、カメラの前で顔を紅くしながら懸命に取材拒否する姿は鼻血もので。背徳感と嗜虐心が織り交ざった思穂は涎が止まらず、思わず叫んでいた。

 

「おおう! 良いねぇ海未ちゃん! 恥ずかしがっている姿が最っ高だよぉ! 私の精神テンションは今! 高一時代に戻っているよッ!!」

 

 いつまでもカメラを外さず、姿を収め続けている思穂にとうとう海未が堪らず――ゴチンと。

 

「ったぁ!! 酷いよ海未ちゃん! 取材! これは取材なの! だからあられもない姿を撮らせてよぉ!」

「いつの間にか目的がすり替わってるよ思穂ちゃん……」

 

 あえてことりの呟きを聞こえないフリしつつ、思穂は一旦海未からカメラを外しまた穂乃果へ向けながら、言った。

 

「まあまあでも、取材って響き、何かいいよね穂乃果ちゃん?」

「うん! 取材……何てアイドルな響き!」

 

 穂乃果は非常に今、ウキウキしているようだった。確かに取材なんて有名人やテレビ取材くらいしか聞かないので、その気持ちは良く分かる。

 だが、海未はその気持ちが良く分からないようであった。

 

「見てくれた人達はμ'sの事を覚えてくれるし……断る理由、無いかも!」

 

 ことりの援護射撃を受け、とうとう海未は反撃する力を失ってしまったようだ。肩をがっくりと落とした。

 

「取材させてくれたら、お礼にカメラ貸してくれるって!」

「凛ちゃんの言うとおり! これでμ'sのPV撮影もできるって考えたら、安いもんだよ!」

 

 凛と思穂の言葉にいまいちピンと来ない穂乃果が首を傾げた。あろうことにことりと海未も疑問符を浮かべているという事態。

 そんな三人へ、思穂は補足説明をした。

 

「ほらμ'sの動画ってまだ三人でライブやった奴しか無いよね? 七人になった新生μ'sのおニューな動画を撮らなきゃ、ファンもつまらないよ!」

「あの動画……結局誰が撮ってくれたのか分からないままだったな」

「そうだよねぇ……一体どこの誰様が撮ってくれたのか分からないよね!」

 

 そう言って思穂は希の方を見るが、皆にバレないようにこっそりとウィンクされてしまった。これが黙っていろ、という無言のメッセージだと分かっていた思穂は、とりあえず話題を逸らすことにした。

 

「あ、それにそろそろ新しい曲もやらなきゃだし!」

「海未ちゃんも同じこと……言ってたよね?」

「おー確かに!」

 

 思穂、ことり、穂乃果の順で畳み掛けられた海未の顔が徐々に引き攣り始めてきた。そうだ、新曲と言うことは当然新しい歌詞と曲が必要だ。色々思うことがあったのか、それともただのヤケクソなのか、しばらくして、とうとう海未も部活紹介に対し、前向きな姿勢を見せ始める。

 

「じゃあ私、他の人に言ってくる!」

「あ、穂乃果ちゃん待って~!」

「凛も行っくにゃ~!」

 

 四人が走って行くのを見送りながら、思穂は隣の希へと視線を向ける。

 

「あぁ……やっぱりうら若き乙女の走っている姿ってなんかこう……そそるものがありますよね」

「思穂ちゃんおっさんやな……」

 

 同意してくれると思っていただけに、希のヒイた感じは少し思穂にグサリと突き刺さった。だが、むしろそれが良いとも思穂は思っていたので、特に後引くことなく、思穂は話題を切り替えられた。

 

「ですが良く絵里先輩、許可出しましたね。そんなもの認める訳には行きません、なんて言いそうなのに」

「あ、今回ウチが全権持ってるんよ。だからオッケーオッケー」

「流石希先輩、そこに痺れる何とやら!」

 

 思穂は相変わらず希のアシストに感謝感激をしていた。思穂もそろそろ新生μ'sのPV撮影を提案しようと思っていた矢先に振り掛かってきたチャンスを無駄にするつもりは毛頭ない。

 外で待っているのも時間を持て余すので、とりあえず思穂は希と一緒にアイドル研究部の部室へと行くことにした――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――まだ若干十六歳、高坂穂乃果のありのままの姿である」

「ありのまま過ぎるよ!!」

 

 アイドル研究部に集まった穂乃果と海未、ことりに凛を加え、一旦ビデオチェックをすることとなった。他のメンバーは後から来るそうだ。

 そして今しがた穂乃果が叫んだ理由としては、ことりがあらかじめ撮影していた動画のせいである。そこには思いっきり居眠りをしている穂乃果の姿があり、たった今先生に怒られた瞬間であった。

 

「ことりちゃん、上手く撮れてたね!」

「ことり先輩、上手でした!」

「ありがとう~。こっそり撮るの、ドキドキしちゃった」

 

 頬に手を当て、顔を赤らめることりは同性の思穂でも胸が高鳴るぐらい色っぽかった。……やっていたことはさておけば。

 ブーブー文句を言う穂乃果を、隣に座っていた海未が思い切り斬り捨てた。

 

「普段だらけているから、こういうことになるんです。思穂、貴方も他人事ではありませんからね」

「あ、あはは。あっ! 次私が撮ったやつねー!」

 

 そうして思穂が皆に見せたのは、弓道場で練習をしている海未の姿である。これだけ見れば、凛々しく練習をしているカッコいい園田海未であったが、後の展開を知っている思穂は笑いを堪えるので精一杯だった。

 静かに矢を放った海未は、姿見へと視線を向ける。自分のフォームを確認するためのものであるが、その姿見へ向け、海未は“ニコリと笑顔を浮かべた”。誰がどう見ても、笑顔の練習をしているのだとはっきり分かる。

 その瞬間、その動画が海未によって隠されてしまった。

 

「プ、プライバシーの侵害です!!」

「いやスクールアイドルとしてはむしろ正しい気が……」

 

 常に可愛く見られるような努力をし続けるのはむしろアイドルの鑑とでもいうべき行動だ。だが、思穂の言葉は海未には届かなかったようだ。急に穂乃果が立ち上がり、バレリーナもどきの回転を見せながら、ことりの鞄へと近づいて行った。

 

「こうなったら~ことりちゃんのプライバシーも!」

 

 鞄を開け、中を覗いた穂乃果が“何か”に気づいた瞬間、ことりがそれをひったくった。いつもおっとりしていることりのイメージとは掛け離れた早業に思穂は思わず目を丸くする。

 

(何て早い……私じゃなきゃ見逃しちゃうね!)

 

 ことりが鞄を後ろに隠し、穂乃果から後ずさる。

 

「ことりちゃん、どうしたの?」

「ナンデモナイノヨ」

 

 早口かつ滑らかな滑舌に、一瞬ロボットが喋ったのかと思う程であった。だが当然それでは納得できない穂乃果が更に追撃する。

 

「で、でも――」

「ナンデモナイノヨナンデモ」

 

 あからさま過ぎる拒否の姿勢に、思わず穂乃果も言葉を失ってしまった。海未ですら、見たことのないことりの姿に、言葉が出ないようだ。

 

「完成したら、各部にちゃんとチェックしてもらうから、何か問題があったらその時に……」

「で、でも! その前に生徒会長が見たら……!」

 

 その状況を少し思穂も思い浮かべてみた。だが、どういうパターンを考えてみても、結局は『困ります』から始まる説教のコンボに繋がる未来しか見えなかった。

 穂乃果も全く同じことを想定していたようで、涙目になっていた。そんな穂乃果に、思わず希も困り顔を浮かべていた。

 

「ま……まあ、その辺はμ'sの皆で頑張ってもらうとして……」

「ええっ! 希先輩、何とかしてくれないんですかぁ!?」

「そうしたいんやけど、ウチが出来るのは誰かを支えてあげる事だけ」

「縁の下の何とやらって奴ですね!」

 

 希のその言葉の意味を、理解しているのは恐らく思穂だけであった。希と目が合うと、口パクで『思穂ちゃんもやけどな』と言われてしまった。自分はまだその域まで達していないため、小さく首を横に振って否定した。

 

「そういえば思穂ちゃんとこの文化研究部ってまだ取材行ってなかったなぁ。準備とかってしてる?」

「私ですか? 私はいつでも準備オッケーです!」

「そういえば思穂先輩の文化研究部って、いつも何してるんですか?」

 

 凛の質問に、思わず思穂は固まってしまった。まさかそんな事を聞かれるとは思わなかっただけに、一瞬反応が遅れた。そして穂乃果もその話題に喰い付いてきた。

 

「私も知りたい! あんまり思穂ちゃんからその話聞くこと無いからさ!」

「え~と……すごくざっくり言うなら……アイドル研究部みたいなこと、かな?」

 

 決して嘘は言っていない。それだけにあんまり皆の前でその話をしたくないのもまた、嘘では無かった。

 

「まあ知っていると思うけど、私の文研部、今部員一人だからさ。あんまり自慢できるような活動はしていないんだよね~」

「確か去年はコミックマーケット? ってイベントで一人で同人誌って本出版したんやっけ?」

「はい希先輩、ストップです!」

 

 その単語を知っている人間が誰一人としていないことに思穂は安堵した。……去年は本当に死に掛けた。小さなことでは作画、大きな所では印刷所との交渉。そんな業務を全て一人でこなし、無事参加できたことは今でも記憶に残っている。

 ……お金を扱うので、学生としてセーフかと問われれば間違いなく九十九割ブラックである。理事長はおろか、生徒会長にすらバレたくない秘密中の秘密だ。

 誓って言うが、決して成人向けの内容では無い。

 

「に、にこ先輩め……」

 

 このことを言ったのはにこしかいないため自然と情報源が特定できた思穂は早速どうやって仕返しするかの算段を立て始める。きっとぽろっと口を滑らせたのだろうが、そんなモノがまかり通ったら世の中が成り立たない。そんなことを考えていたら、急に扉が開け放たれた。

 

「取材が来るって……!! 取材が来るって聞いたんだけど!?」

 

 息を切らせつつ、にこが部室へと入ってきた。にこにとっては正に最悪のタイミングと言えよう。

 思穂がニコリと笑顔を浮かべたのは決して嬉しいからではない。いつもの海未の気持ちが良く分かったような気がした――。


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