ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「来たぜ、我が心の故郷ぉ!!」
μ'sのメンバーが増えた翌日。その日は土曜日であり、μ'sの練習も午前中で終わったので、午後からの思穂は久しぶりの完全フリータイムであった。
そうしてやってきたのは聖地秋葉原。今日はお財布に軍資金をたんまり入れてきた。となれば、やることは一つである。
「え~と……今日の買い物は~と」
びっしりと書き込まれた買い物リストに目を通しつつ、購入ルートを頭の中で構築していく思穂。こと自分の趣味に関しては思考速度が普段の倍以上になる思穂は素早くルート構築を完了し、歩き出す。
右を見ても、左を見ても、この秋葉原は常に人に満ち溢れている。そのどれもに生気を感じ、命の輝きを感じる。そんな秋葉原が、思穂は大好きだった。
思穂が最後に秋葉原に来たのはμ's結成前にもなる。練習等で中々自由な時間が取れなかった思穂にとって、今日という日は待ちに待ち焦がれていた日である。
「お。このラノベ、前から気になってたんだよなぁ」
左手で触れた異能を消す力を持つ不幸体質の少年が、ある日ベランダで干されていた巫女と出会う、という実にボーイ・ミーツ・ガールなストーリーである。バトルあり友情ありお色気ありの直球ど真ん中な作品なので、思穂は前々から買おうかどうか悩んでいた。
しかし、今日書店でその作品と出会えたというのは何かの運命だろう。そう感じた思穂の行動は早かった。
「買ってしまった……衝動的に、全巻……」
見事に予定外の出費だった。肩を落とすのも少しだけで、思穂はすぐに購入リストにペンを走らせる。
「これは欲しい、これはまた次、これも欲しい、あ、これは考えてみればそんなに欲しくないかも」
歩きながら、思穂は購入予定の取捨選択を行っていた。当然予算より多めの金額をお守りとして持ってきてはいたので、それを使えば問題なく買い物は出来るが、それは思穂から言わせれば二流の行為だった。
今が良くても、それは後々響いてくるのは火を見るより明らか。未来を見据え、思穂は心を鬼にし、自分にひたすら要不要を問いかけていた。
「よぅし。こんなもんかなー」
所要時間五分。前はもっと未練があったりして悩んでいたが、既に心は鋼の如く。度重なる“修練”の果て、切り捨てる覚悟を身につけた思穂の作業はもはや機械的と言って差支えなかった。
「……ん?」
少し開けた場所に何やら人が集まっていた。イベントか、そう考えた思穂の行動は早かった。バンドのゲリラライブか、それともチェックしていなかった声優のイベントか、色んな可能性を頭の中で浮かんでは消えを繰り返していると、いつの間にか思穂はその集まりの端へ辿りついていた。
「さぁさぁ! 彼女の記録を越えられる者はもう居ないかな!?」
司会のお姉さんがマイク片手に元気いっぱいイベント進行していた。その司会の話を聞くと、どうやらこれは歌自慢のイベントらしい。単純な歌の上手さの他に、振り付けも得点になるようだ。
ステージの横では三人の審査員が席に着いていた。ステージの上に立っているポニーテールの元気そうな女の子が現時点での優勝候補なのだろう。
「このままだったら優勝も賞品も彼女のモノになっちゃうぞ~!」
「まあ、どうせ何かのゲームソフトの詰め合わせでしょー?」
そう思い、思穂は優勝賞品が置いてある机へと目をやった。そこに並べられていた物を見て、思穂は息を呑む。商工会でも絡んでいたのか、賞品はこの秋葉原で使える三千円分の商品券であった。
「はいっ!! 挑戦者ここにアリ!!」
脊髄反射で思穂はステージの前に駆け出し、手を挙げていた。仕方が無かった。この商品券があれば、買えるものがあと五個くらい復活するのだから。
ここまで来て、事前申し込みが必要だったかと一瞬不安になるが、主催者側にしてみれば、それは特上のスパイスとなったようだ。喜んで、思穂の飛び入り参加を歓迎した。
ステージ上に上げられ、司会のお姉さんからマイクを受け取った思穂は観客へ身体を向けた。
(おおう……これが穂乃果ちゃん達が見た景色)
誰かの前で何かを披露する、人の多少はあれど、それは間違いなく穂乃果達が経験したことで。……動揺したのは一瞬。それからの思穂は完全に賞品を狙う獣と化していた。
司会に歌う曲を告げ、音源が入った音楽プレーヤーを手渡した思穂は格好つけにマイクを空中で一回転させる。
「片桐思穂です!」
観客の皆は掛かった曲に皆ざわついた。
本当ならば、ここでμ'sの曲でも掛け、噂を集めなければならないのだろう。だが、思穂はその気は一切なかった。自分が、μ'sの曲を披露するなどおこがましい。
なので、思穂は前からにこに見せられ続けていた曲を披露することにした。
「山よ! 銀河よ! 観客たちよっ! 私の歌を聴けぇっ! 『Private wars』!!」
何を隠そう、それは超有名スクールアイドル『A-RISE』の曲だった。μ's以外で思穂が即席でやれる曲はこの曲ぐらいしか無かった。それもそのはず。何度も見せられれば覚えるのは世の理である――。
「――イェイ! ありがとうございます!」
踊り切った思穂に対し、客はシンとしていた。司会までもが声を失っていた。その事が、思穂を酷く不安にさせた。
(……あれ? 何かルール違反!?)
確かに何食わぬ顔で、堂々とルール違反をしていたらこうなるのも必然だろう。そう思っていた思穂は、次の瞬間、それが勘違いだったということに気づかされた。
「ほわっちゃ!?」
爆発でもしたかのように送られる拍手の数。優勝候補の女の子ですら惜しみない拍手を送っていた。人数の関係でセンターである『綺羅ツバサ』のパートしか出来なかったので、厳しい評価になると覚悟していただけに、この反応は純粋に嬉しかった。
思穂は改めて、観客へ手を振った。
「皆、ありがとうございましたぁ!!」
早々と結果が出された後、司会が更なる挑戦者を募った。だが、思穂の結果を見て、手を挙げる者は誰一人としていない。主催者側も既に片桐思穂の名前で賞品に名前を書き始めている。観客も主催者側の結論は既に決まっていたのだ。彼女の結果を上回れるのは、それこそ本家しか存在しないのだから――。
「思わぬ収入! これはもう、私に物を買えっていう神様からのプレゼントだよね!?」
そんな観客と主催者側の気持ちを察していなかった思穂は実にほくほく顔であった。開催時間がもう終わりに近づいたから決まったのだろう、思穂はそうとしか思っていなかったのである。
思穂の次の目的地はお気に入りの音楽ショップであった。ずっと前からチェックしていた声優グループの新曲の入荷日が今日なのだ。
「いや~早々に切り捨てておいて言うのも何だけど、あって良かったぁ~……」
手に取り、早速貰った商品券を使った思穂はリュックにCDと他の目当てのCD達を仕舞った。買い物に来るときの思穂は常に登山用の大きなリュックを背負っていた。雨が降ろうが風が吹こうが中身を守れ、大量の物を入れられるその信頼性は右に出るモノはない。実際、何度も悪天候の中、思穂はこうして秋葉原に遠征をしに来たことがある。中身は無事だが、本体が風邪を引くということは最早様式美。
しかし今日は天気予報で晴れだというのは確認済みである。思いっきり買い物を楽しめる。
「ん?」
店のモニターに先ほど思穂が歌ったA-RISEのPVが流されていた。画面の中の三人はいつ見ても、ダンスと歌が高水準で見るもの全てを圧倒する。だが、思穂は手放しでそれに見惚れてはいなかった。
「やっぱりμ'sの方が、何かこう……魂を感じられたなぁ……」
どうしてもμ'sのファーストライブと比べてしまう思穂は、A-RISEからそれほど何も感じられないことに気づいてしまった。上手だ、μ'sの遥か上を行く。それは揺るぎようのない事実。それ故に、思穂はμ'sが唯一勝りうるであろう要素も感じ取っていた。
「――あら、それは聞き捨てならないわね?」
「ん?」
突然の声に慌てず、思穂はゆっくりと声のする方へ顔を向けた。向けて、もう一度店のモニターへと視線をやった。交互にモニターと“彼女”を見比べた思穂は頬を軽くつねった。痛い。だが、これで思穂が幻を見ているわけでは無いことの証明にもなった。
「……あ、ども」
「初めまして、片桐思穂さん」
目の前に立っていたのは、そっくりさんでもなんでもない、“本物”の
◆ ◆ ◆
思穂は今、人生最大の緊張を迎えていた。と言うより、女子高生なら誰もが緊張すること間違いないだろう。何故なら――。
「どうぞ、くつろいで。ここはUTXのカフェスペースになっているの」
「本当ですか!? UTXすごいですね! あ、このミルクティー美味しいー! ドリンクバーだからって嘗めてたけど、これはしてやられましたよー!」
グイッとミルクティーを飲み干し、空のコップを置いた思穂はまるでどこかのオヤジである。海未が見たら“はしたない”と言われること間違いないが、今の思穂にはそんな余裕はなかった。
何故なら今、思穂はUTX学院、あろうことに個室であの有名スクールアイドルA-RISEの三人と向かい合っているからだ。その姿たるやまるで面接に応じる新入社員候補。
「ふふ、君は面白いな」
そう言って、ツバサの左に座っていた
「面白いですかねぇ~……? あっ。あんじゅさんも私と同じミルクティーですか? 美味しいですよね!」
思穂がそう言うと、
「そうねぇ、私もここのミルクティー好きよ」
甘いっ――! あんじゅの生声を聴いた思穂はその甘さ全開な声に蕩けそうになっていた。ことりや花陽とはまた違うベクトルの甘さに思穂はクラクラする。
「かぁーっ! 良いですねぇ! この声で毎朝起きたいですよ! ……ところで、ツバサさんやツバサさん」
「何かしら?」
「何で私の名前知ってたんですか?」
するとツバサが自分のスマートフォンを差し出し、何かの動画を再生しだす。流された動画を見て、思穂は思わず声を上げてしまった。
「ほわっちゃ!? さっきのイベント!?」
それは紛れもなく先ほど行われていたイベントで、思穂が思いっきり歌っている最中のものであった。その刹那、何故個室に連れ込まれたのか理解した思穂は三人へ土下座気味に頭をテーブルに付けていた。
「すいっませんでしたぁ!! どうか命だけはぁ!!」
「へっ? ……顔を上げて、片桐さん」
「そうだ。我々は別に、君をどうにかしようという気は全くない」
恐る恐る顔を上げた思穂は三人の顔を見て、とりあえず嘘では無いことに安堵した。こんな所で行方不明の人物にだけは、絶対なりたくない。
「な、なら何で私連れ込まれたんですか? A-RISEの皆さんとは顔を合わせたことも無い、ただの音ノ木坂学院の生徒ですよ?」
すると動画を一時停止したツバサが言った。
「いいえ、私は貴方の事を知っていたわよ?」
「ツバサさんが? 何で?」
「貴方、前に新聞に載っていたでしょ? それで名前を憶えてたのよ」
「新聞……?」
「天才少女現る! って見出しの記事だったかしら? ほら、中一、二、三と全国模試満点だったっていう」
「あ、ああっ! 思い出した!」
完全に忘れていた思穂である。それもそのはずで、思穂にとって、その時はただのアニメ禁止令を回避するための手段だったのだから。そもそも全国模試なんて、母親に『趣味に没頭するのは良いけど、ちゃんと勉強しなさいよ?』と言われた思穂が、母親へ目に見える結果を示すため、とりあえず受けたものに過ぎなかったのである。
中学三年生の時、結果が返ってきたのとほぼ同時、新聞記者がやってきたのは本当に驚いた。新聞記者に話した内容と言えば当然サブカルチャーの深さを熱弁したのだが、結果は『これからも勉強頑張って行きます』という物凄く差し障りの無い文章であった。
……もちろん、それ以外は超最低限の点数を取り続けていた。
「というか、良く覚えてますね。確か一社しか来なかった超マイナー記事じゃないですか」
「ええ、本当に偶然だったわ。それで、今日通りかかったら、丁度イベントがあって、貴方が私達の曲を歌っていたんだからほんと、運命の悪戯よね?」
「そうですねぇ……。あれ? 益々何で呼ばれたか分からない」
「ねえ。さっき貴方、CDショップでμ'sって言っていたわよね? どういう関係?」
それで思穂はピンと来た。ツバサの聞きたい事が分かったところで、思穂はとりあえず嘘を吐く必要も無いので、正直に答えた。
「マネージャーです。正確に言えばもどきですが」
「あら? てっきり私はμ'sのメンバーだと思っていたのに」
「いやあ、ご期待に添えず申し訳ありません。ていうか何で私がメンバーだと思ったんですか?」
「貴方のダンスがすごかったからよ」
思穂は今、思いきり頭にハテナマークを浮かべていた。正直、褒められるポイントが思いつかなかった。
すると英玲奈が口を開いた。
「歌唱力、ダンスのキレ、そしてステージ度胸。その全てが並み居るスクールアイドルを凌駕していた」
「私達並、いや然るべき練習をすればそれ以上ってところかしらぁ?」
更に続くあんじゅの言葉に、思穂はぶんぶんと手を振っていた。
「いやいや! あれ商品券をゲットするためにやっただけですから!」
賞品をゲットするためのみに、思穂は全力で事を成しただけである。そこまで高尚な評価を貰えるほど、思穂は潔癖な理由でステージを披露したわけでは無い。
「と言うより、結構スルーしていましたが、皆さんμ'sのこと知っているんですか!?」
「ええ。動画でファーストライブ、見させてもらったわ」
妙にμ'sの単語が飛び出ると思っていたが、ようやく納得出来た思穂である。やはりA-RISEが声を掛けてきた理由はμ'sにあったようだ。
「……率直な感想をお聞きしたいですね」
「有望だと、とんでもないのが出て来たと、素直にそう思ったわ」
ファーストライブの手応えは確かにあったようだ。そして思穂は確信できた。やはりμ'sはA-RISEへと届きうる存在になるだろうということを。
「そして貴方。今日のイベントを見て、また脅威を感じてしまったわ。……ねえ聞かせて? 何故裏方に徹しているのかしら?」
ツバサのその質問には即答出来た。
「穂乃果ちゃん達――μ'sメンバーは“輝き”を持っている。それ以外の理由はありません。そして、私ごときに入る余地は一ミリたりとも有り得ません」
「“輝き”……それは、私達に並び立つモノなのかしら?」
その質問にも、即答出来た。
「――当然ですよ。μ'sは絶対にA-RISEを越えられる。いえ、越えますよ」
思穂の物言いにツバサを始め、流石のA-RISEメンバーも驚きを隠しきれなかった。途端、会話を盗み聞きしていたUTX生がざわつくのを耳にするが、そんなモノ、知ったことでは無い。
「綺羅ツバサさん、優木あんじゅさん、統堂英玲奈さん」
そして、思穂は三人を指さし、高々に宣言した。
「私“達”μ'sは必ず貴方達と同じステージまで上り詰めます。その時はよろしくお願いします。あ、ミルクティーご馳走様でした」
そう言い残し、思穂はカフェスペースを後にする。内心、心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。しかし、言うことはしっかり言ったつもりだ。
だが、やはり周りの視線は強烈で。実際、UTXを出るまで、いつ生徒に背中を刺されるかという恐怖に陥っていたのはまた別の話である――。