ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「思穂……貴方は本当に思穂なのですか?」
「ど、どうしたの? 藪から棒に」
ファーストライブが終わった翌日の一時限目から四時限目までの思穂を見ていた海未は酷く混乱していた。いつもならば朝から昼まで誰が起こしても起きる事の無かった思穂が、ずっと“起きて”授業を受けていたのだ。その間、一度も目を閉じることはなく、その視線はずっと黒板へ。
以前、目を開けて寝ているという話を聞いていたので、その類かと疑ってみれば、しっかり目は動いている。間違いなく起きていたのだ。突然の豹変に、海未は逆に自分が夢を見ているのかとすら思ってしまった程だ。
「思穂ちゃんがずっと起きていたから、私もびっくりしちゃった。むしろ先生なんて心配そうにしていたよ?」
「そうそう。逆に私が先生にマークされちゃってたんだよ?」
ことりと穂乃果も全く同じ意見だった。あからさまに不思議な表情を浮かべている。
「う~ん……何でだろうね! アレだよ、オリンピックの年にしか目覚めない警官もいるぐらいだし、そういうのじゃない?」
「たまに私、思穂ちゃんの言っていることが分からない時があるよ……」
穂乃果の苦笑を見つつ、思穂はすぐに話題を変えようと考えた。というより、ようやく周りの自分の評価が分かった気がする。
ファーストライブのテストを機に、思穂は方針を転換することにした。今まではやることさえやれば後は全部睡眠の方に回すことに何ら躊躇いはなかった。しかし、昨日の一件で、思穂はそうすることによるデメリットに気づいた。具体的には、穂乃果達に迷惑が掛かってしまう“かも”しれないということだ。
それを防止するために、思穂は以前より先生たちに“突っつかせない”ように振る舞うことに決めた。今までが許容されていたことを鑑みれば、少しだけ真面目にするだけで大分印象が違うはずだ。実際今日の先生たちは皆、思穂の事を不思議そうに見ていた。
(まあ、絶対穂乃果ちゃん達には内緒だけどね)
正直、真面目にしようと思った理由を語ることはないだろうというのが思穂の本音である。何せ恥ずかしい。
「と、とにかく! ファーストライブが終わったからと言って、気を抜いてはいられないよ三人とも!」
そうなのだ。昨日のライブがゴールでは無く、むしろスタート。いや、そもそもまだスタートラインにすら立てていない。
ファーストライブが終わったことで最重要課題が更新された。その課題とは手が届きそうで届かないもの、それは――。
「部が認められるにはあと一人。何が何でも探さなければ部費ももらえないし、学校のバックアップもないから一刻も早く見つけたいところだね」
メンバーである。部の設立規則ではあと一人いなければ正式に部としては認められない。意外にも、穂乃果はそのことに対し、冷静なリアクションを見せた。
「ふっふ~ん。そう思って、もう学校中にメンバー募集のお知らせをしたんだよ!」
「おお、仕事が早いね穂乃果ちゃん。ファーストライブからそんなに時間が無いのに、良くやったね!」
「うん! 今日の朝、海未ちゃんとことりちゃんとで書き換えたんだよ」
「書き換え……? それなら私も手伝ったのにー」
思穂の言葉に、ことりは首を横に振って答えた。
「ううん! 思穂ちゃんも昨日は大変だったし、それにただ書き換えただけだから平気だよ?」
さっきから書き換えたというのがどういうことなのか引っかかる思穂であったが、とりあえず話題を変えられたことに安堵する。
「まあ、あとは地道な勧誘だよね。千里の道も何とやらって言うし」
「うん、私達も頑張って、やってくれそうな人探してみるよ! 早速、一緒にやってくれそうな子を見つけたし!」
それは気になる情報だった。思穂は穂乃果にその子の話を聞きたくなってしまった。
「どういう子なの? なんかティンと来たの?」
「えっとね、小泉花陽ちゃんっていう子なの。眼鏡を掛けて、ちょっとだけ声が小さいけど、とっても綺麗な声なんだ!」
すっごく聞き覚えがある名前に、思穂はつい知らない風に頷いてしまった。同姓同名の別人、というオチでなければ確かに彼女はμ'sに欲しい人材であった。
声量はともかく、声質は上の上だ。穂乃果の元気な声、ことりの甘い声、海未の凛々しい声に見事に調和するであろうあの声はぜひともμ'sに欲しいと思っていた。
そして、もう二人。あえて名前には出さなかったが、もう二人、目ぼしい人材がいた。
(……それプラス、凛ちゃんや真姫ちゃんが入ってくれたらすっごく良い感じなんだけどなぁ)
しかしない物ねだりほど惨めなものはない。ふと時計を見ると、思穂はとある場所へ向かうため、席を立つ。
「あ、ごめんね。これから理事長室に行かなきゃだ」
「何の用事なんですか?」
「う~ん……分からないや。とりあえず行ってみてのお楽しみってやつだね」
そう海未に答えるしかなかった。実際、思穂も何で呼び出されるのか分かっていない。そんなモヤモヤを吹き飛ばすため、思穂は理事長室へ歩を進める――。
「失礼しまーす」
「はい、どうぞ」
理事長は相変わらずにこやかに思穂を迎えてくれた。早速本題に移りたかった思穂は、あえておどけてみた。
「えっと、もしかして昨日のテスト結果がとても残念なものになったからそのお知らせですか……?」
「いいえ。あれで駄目なら、この学校の生徒は全員補習を受けなければならないわ」
「まったまたーおばさん持ち上げ上手ですね! 時間を掛ければ誰でも出来ますよ!」
冗談でもおべっかの類でもなかっただけに、理事長は苦笑を隠しきれなかった。昔から片桐思穂は自分の実力を必要以上に発揮しない。
(時間を掛ければ……ね。貴方のその時間の掛け方は異常なのよ、思穂ちゃん?)
何故思穂がこの音ノ木坂学院を選んだのかが、理事長には前から疑問であった。正直、思穂の圧倒的な学力はこの音ノ木坂学院では持て余す。そんな理事長の疑問を見透かしたかのように、思穂は言葉を続けた。
「……でもまあ、安心してください。多分、もうああいうことありませんから」
「あら、とうとう思穂ちゃんも反省したのかしら?」
「ええ、反省しました。だから穂乃果ちゃん達に迷惑が掛からないように、ついでに先生たちからケチ付けられないように振る舞うことに決めました」
「あらあら。もう校内放送で思穂ちゃんの名前を聞くことがなくなっちゃうのね」
「あ、多分たまには呼び出されますよ?」
しかしこれだけ言っておいて、思穂は百八十度態度を変えるつもりはなかった。月火水木金とずっと起きているつもりなど毛頭ない。一週間に一日、二日は……と言った具合だ。
「それぐらいなら許されますよね? いや、許されるべきです!」
「あんまり先生方に迷惑を掛けないようにね?」
「はい! なるべく努力します」
区切りがついたところで、ノック音が聞こえた。一拍置いて、扉が開かれると、良く知る二人が入室してきた。
「お、思穂ちゃん」
「希先輩、それに絵里先輩。こんにちはです!」
絵里は思穂の挨拶に応えることはなく、その視線を理事長へ向け続けていた。その空気を察した思穂は足早に理事長室を後にしようとすると、希に手で遮られた。
「思穂ちゃんも関係ある話だから居てくれる?」
「希……!」
「ええやん。ここで追い出したら何だか陰口みたいになってまうし」
希の言葉に思う所があるのか、絵里も渋々承知したようだ。間を置き、絵里が本題を切り出した。
「スクールアイドルグループが行ったライブの件ですが、生徒は全く集まりませんでした。スクールアイドル活動は、この音ノ木坂学院にとって、マイナスだと思います」
「学校の事情を盾に、活動停止させるとは絵里先輩もあくどいですね~」
絵里は思穂を横目で睨み付けた。その瞳は今日も冷たく思穂を射抜く。
「片桐さん、貴方は口を挟まないで頂戴」
「でも、片桐さんの言う通りよ。学校の事情で生徒の活動を制限するのは……」
「でしたら! 学院存続の為に、生徒会も独自に活動させてください!!」
次の瞬間、絵里の懇願を理事長は切り捨てた。
「それは駄目よ」
この時、思穂は理事長の返答に疑問を抱いた。今の言葉を整理するのなら、絵里も学院を存続させるために生徒会を活動させるという話だ。それも、口ぶりからしてずっと前から提案していたように受け取れる。
穂乃果達が学院をどうにかしたいという気持ち、絵里が学院をどうにかしたいという気持ち。一体何が違うのか……。
(……ん?)
希の複雑そうな表情が目に入った。その視線は絵里の背中に注がれている。その希の仕草を見た思穂は、一つの“もしかして”を弾きだした。
(……もしかして理事長が絵里先輩の意見を却下しているのって……)
その結論はすぐに思穂の胸の奥に仕舞われることとなった。理事長が自分のノートパソコンを絵里の前に向けたからだ。
「それに、全然人気がない訳じゃないみたいですよ?」
「あ……穂乃果ちゃん達!?」
画面には動画サイトが映し出されていた。そして今流れている動画は何を隠そう、μ'sのファーストライブの様子だった。もうコメントが三つも付いている。
(でもあの時、穂乃果ちゃん達へカメラを向けている人は一人もいなかった。なら……あの時のお客さん以外にμ'sに関心を持っている人が動画を撮影したってことだよね)
嬉しさは当然あったが、それよりも気になるのはその動画自体だった。
「この前のライブ……誰かが撮ってたんやなぁ」
「そうみたいですねぇ……ものすごーくμ'sに関心がある人が撮ってくれてたんですね。誰かは分からないけど、感謝感激です」
すると、絵里が理事長から背を向けた。
「あら、もう良いのですか?」
「……はい。また、後日……」
苦虫を噛み潰したような、そんな表情を浮かべ、絵里は歩き出した。それに希が続く。
「おば……理事長、私もそろそろ昼休み終わるんで行きますね」
「ええ。午後も頑張ってください」
絵里の行動が益々読めなくなったところで、昼休みは終わりを迎える――。
◆ ◆ ◆
居眠りすることなく今日の授業を終えた思穂は、アイドル研究部の前まで来ていた。少しだけ開けるのを躊躇ったが、今更怖じるつもりもなかった思穂は、勢いよく扉を開け放つ。
「にっこにっこにー!」
「うわあ!!」
瞬間、にこが椅子から崩れ落ちた。一瞬だけ悪いことをしてしまったという罪悪感が湧いたが、部室内を見てすぐにソレは霧散した。
逆ギレに近いが、むしろ思穂が驚きたかった。何せ部屋が真っ暗。付いている明かりはパソコンの画面のみときたものだ。これで血まみれの人形や魔法陣なんかあったら思わず警察を呼んでしまう。
「ちょ、あんたノックしろってあれほど……!」
「まあ、その辺は置いておきましょうよ。何見てるんですか? またアイドル系ですか?」
思穂が画面を覗き込もうとしたらにこが急に慌てだす。
「あ、あんた勝手に人のパソコン……!」
「今更すぎますよ! 何ですか? 人には言えないような画像でも――」
パソコン一杯に映し出されていたのは、ファーストライブの穂乃果達であった。なら、タスクバーに最小化表示されている動画サイトで見ていたであろう動画は恐らくμ'sのライブであろう。
流石の思穂も、これには素早く反応を返せなかった。何だかとてつもなく見てはいけないものを見てしまったような気分だった。
(よーし落ち着け私。きっとアレだよね。ネットゲームか何かの画面だよね。最近のキャラクリエイトってすごいなー。顔も衣装もまるで穂乃果ちゃん達そっくりだもん。これはもうプレイ的なステーションの第四バージョンも真っ青の超技術だね)
思考をフル回転させ、それなりの理由を導き出した思穂は、一度頷き、ゆっくりと回れ右をする。
「じゃ、失礼します!」
「待ちなさい」
自然に立ち去ろうとした刹那、にこにがっしりと腕を掴まれてしまった。振り解こうにも、明らかに逃げたらどうにかされるレベルのヤバい“何か”がにこの周囲を覆っていた。
「……あれ? にこ先輩、何だか腕がすごく痛いんですけど気のせいですかねぇ……?」
「あんた、見たわね?」
何を、とはとてもではないが聞けなかった。これが火曜日に入るドラマならば、この時点で思穂の人生は終了だ。こんな若さでデッドエンドを迎えるのだけは何としても避けなければならない。思穂は慎重に言葉を紡ぐ。
「み、見てないですね~……何か盗撮紛いの写真がたっくさんあっただなんて口が裂けても――」
「やっぱり見てんじゃなーい!」
今日は生きて帰れるのだろうか。それだけが思穂の気がかりであった――。