だが、それは必要な事である。
西欧連合国軍第4機械化歩兵中隊――通称、バルド隊はあの作戦において、人員の九割を損失。
軍上層部は、当時のバルド隊隊長に全責任を押し付け、彼を不名誉除隊に追い込む。
結果しか見ないデスクワーク連中の常套手段。
権力など、悪い方向でしか使われないのだ。
とはいえ、残された唯一の生き残りたる俺が、再編された第4機械化歩兵中隊に残されたのは、一部の利口な高官の温情か。
ソイツには、感謝しないといけないな。
――AC.3021 July.7
あれから一年が過ぎた。
「……ったく、トレーニング中に呼び出しかよ」
俺は悪態を吐きながら、司令室に向かっている。
数分前、シュミレーション中に無線として指令が割り込んできたのだ。
砲声やギアの駆動音といった価値あるBGMに溢れかえるのが戦場であり、情報量はかなり多い。
その中で戦場とは、或いは作戦とは全く無関係な音が流れ込むのは不快極まりなく、新兵の一部に毛細血管が破裂した奴がいた気がする。……ソイツはただ忍耐力と集中力が足りないだけだが。
などと考えるうちに司令室に着く。
「ヴェイ・フォールディ中尉だな。司令が御待ちだ、入れ」
「了解」
衛兵に促されて、入室。
執務机にふんぞり返る、中年太りの禿げた男の正面で敬礼。
「ヴェイ・フォールディ中尉、招集に応じて参りました」
「御苦労様。貴官も忙しいだろう。……要件を手短に伝える。貴官のパートナーが決定した。……入りたまえ」
男の言葉と共に、元気な少女の声。
ワンテンポ遅れて、背の低い黒髪の少女が入ってくる。
「彼女が貴官の新しいパートナーだ」
「
少女――天樹の元気な自己紹介を聞いた俺は司令に向き直った。
「……司令。これは何かの冗談ですよね?」
「冗談ではない。彼女は今年度の新兵だ。第4機械化歩兵中隊には彼女の他、4名が配属される。……説明は以上だ。補充兵のリストは貴官の個人端末に転送してある。後は各自やっておくように」
「…………了解」
敬礼。
退室。
(納得がいかねぇ……)
エリックの後任が新兵の少女だと?
ふざけやがって!
徴兵対象に女児まで追加したのか、上の野郎共?
だが、思いとは裏腹に脚は動くものらしい。
いつの間にか管理棟を出ており、第4機械化歩兵中隊の格納庫を目指して歩いていた。
「中尉、どうしたんですか?」
「……平時は階級で呼ばなくていい」
背中がむず痒くなる。
「分かりました。では、フォルさんと呼びますね」
「……フォル?…………あぁ、フォールディの略か」
初めて呼ばれたぜ、そんなあだ名。
まぁ、なんだっていい。問題は戦場で使えるか、使えないかという基準だけ。
平時は治安を乱しでもしなけれりゃ、問題無い。
「……天樹一等兵、MAの操縦時間はどの程度だ?」
「う~ん……大体72時間だったと思います。後、別に名字か名前の呼び捨てで構いませんよ?」
と、天樹は答えたが、後半部分は半ば聞き流していた。
(72時間?……運が悪かったのか)
Match Armor――多目的装甲は操縦が比較的容易であり、実技訓練時間は18時間だったはずだ。
それを除外しても、かなりの時間がある。それなりに実戦を積んじまったらしいな。
「そういうフォルさんはどのくらいなんですか?」
「覚えていない」
操縦時間なんてもんは中堅以降はどうでもよくなってくる。そんな簡単な指標のみで、熟練者だと決めつけられて殉職する臆病者が増えるだけだ。
……とはいえ、正確な操縦時間は機体管制システムや中央の情報管理部に記録されてるだろうが。
「そういう話はまた今度だな。……着いたぜ」
俺はそう言って、格納庫前で整列していた四人の男女の元に向かう。
「お前ら、第4機械化歩兵中隊の新兵だな?」
「「「「Ja」」」」
綺麗に揃った挨拶だな。
「俺は第4機械化歩兵中隊、第2小隊隊長のヴェイ・フォールディ中尉だ。では、右端の奴から姓名と得意とするポジションを言ってくれ」
そう言うと、右端、金髪クルーカットの無個性な少年が口を開く。
「Ja.コニー・ノリンコ一等兵です。得意ポジションは…………索敵です」
索敵か。……悪くない。
「アリサ・ケルテック一等兵だ。強襲と奇襲が得意」
続くのは、茶髪を乱雑に纏めた、男勝りの勝ち気そうな少女。コイツは強襲か。すぐにくたばりそうだな。
「リタ・トーラス。階級……一等兵。狙撃は……得意」
次いで、無表情な銀髪の少女。傍目には精巧なビスクドールにしか見えない。……が、狙撃が得意か。納得だ。
「エーデル・マウザー、二等兵。得意なのは強襲!」
最後は、これまた手入れのなってねぇ金髪の少年。よく選別されなかったものだ。早々にくたばらねぇといいが。
「後、俺の横にいるのが、天樹 楼一等兵。以上が第4機械化歩兵中隊、第2小隊の面子だ。ウチの隊長は基本的に信頼の置けない奴とは組まん主義らしく、暫くは俺がお前らの直属の上官になる。質問はあるか?」
暫く待つが、件の4名は直立不動のまま。
「……質問無しか。よし、早速だがトレーニングだ。格納庫内のMAに搭乗後、シュミレータを起動しろ」
「「「了解」」」
「了解です」
「……Ja」
格納庫に入っていく新兵達を見送り、俺も後を追う。
整然と並ぶウッドランドの無骨な多目的装甲。
西欧連合国制式採用のSEI MT10A3《ノート》。
一番奥に鎮座する機体に乗り込み、ハッチ閉鎖。
首に提げていたゴーグル状のHMDを懸け、システム起動。
続けてシュミレーターを起動しようし――喧しく鳴り響くサイレン。
「チッ……」
舌打ち。
お呼びがかかりやがった。
『……バルド2、出撃だ。……準備を進めろ』
同時に聴こえる、バルド1――中隊長――からの命令。
「了解。……バルド2より第2小隊各機へ。武装した上で、表に出ろ!出撃だっ!!」
『『『『了解』』』』
『Ja』
指示が通った事を確認し、35㎜突撃砲と150㎜散弾砲を保持。格納庫から出る。
『遅いぞ、バルド2』
既に待機する大型輸送機。
当然、
「悪いな。新兵達がモタついている」
『……お守りは大変だな』
「同情するなら、私語を捨てろ。……まぁ、真面目にやってる奴なんざ、ほぼいねぇのは分かってるがな」
『お前もな』
そこで、輸送機パイロットと俺は話を止める。重々しい振動と駆動音が聴こえたからだ。
格納庫入り口をサブカメラで確認。仕様の異なる、数種の《ノート》。……準備が終わったか。
「総員、輸送機に乗り込め」
新兵達を輸送機の腹へ押し込む。
全員が搭乗したところで、俺も乗り込み、ハッチ閉鎖。
『時間がねぇ。……飛ばすぜ?』
が、確認と離陸は同時。……余程切羽詰まってやがる。
強烈なGが俺達を襲い、シートに叩き付けられる身体。
新兵達の呻きが聴こえる。……早く慣れてもらわんとな。
(……で、戦況は……)
作戦区域、グレートブリテン島南部。
現在確認された敵は主力戦車一個小隊に、《アサルト・フィッシュ》一個小隊か。
ソイツらに対して、主力戦車二個小隊が応戦中。俺達と第5機械化歩兵中隊は増援ってとこだな。
(…………まぁ、新兵達のトレーニングには丁度良いな)
これで死ぬようなら、訓練監督をブン殴らなければならないが、おそらくは大丈夫だろう。
「さて。コールサインは覚えているな?」
『『『『『Ja』』』』』
「いい返事だ。……では、作戦を説明する」
一旦、言葉を句切る。
「既に確認したかも知れないが、戦場はグレートブリテン島南部。敵勢力が主力戦車一個小隊と多目的装甲一個小隊。何れもが、U.S.O.勢力だな。……先行している友軍の戦車部隊前方、敵勢力後方に俺達は降下。挟撃の形を取る。各自、多目的装甲を優先的に狙え。それ以外は誤射しなければ、文句は言わん」
『大雑把過ぎねぇか、隊長さん?』
この声……ケルテック一等兵――バルド10か。
彼女の疑問は正当なもの。……だが、重要な事を忘れている。
「お前らがどの程度使えるか分からん以上、下手に作戦も組めねぇんだ」
『了解だ。取り敢えず、色と形に見覚えのねぇ奴を吹っ飛ばせばいいんだろ?』
今度はマウザー二等兵――バルド12だな。口の悪い奴め。
「そうだ。U.S.O.の多目的装甲は曲線的だから間違えんだろう。バルド8、9、11は何かあるか?」
『『特には』』
『私は、隊長の援護でいいでしょうか?』
「あぁ。誤射はしないでくれよ、バルド8」
と、天樹一等兵――バルド8に答えた所で、作戦領域上空に到達。
『こちら、ライヒ中隊。機甲部隊の援護を開始する。バルド隊は早く降下してくれ』
「こちらバルド2。少し待ってくれ」
『急いでくれよ』
交信断絶。戦闘に入ったらしい。
「もうすぐ降下だ。準備しろ」
『『『『『Ja』』』』』
全員が降下準備を始める中、輸送機はハッチ開放。
ランプ――グリーン。
「準備が出来た奴から降下。……作戦開始っ!」
言いながらも、俺は降下する。
視界は蒼――ではなく、灰色。
この辺りは天気が優れないのか。……視界不良には注意が必要だな。
レーダーに目を移す。
やや前方に赤い点が散乱。
作戦通り。
高度は――――600m。
ブースタを下に向け、点火。
落下速度が徐々に低下する。
着地。
ブースタ角度修正。後方へ。
両腕武装の安全装置を解除。
直後、
『バルド10、交戦っ!』
『バルド11、攻撃開始』
味方が攻撃開始。
……こっちも始めようか。
12時方向、距離700。敵機識別――《N-Dat05 アサルト・フィッシュ》
流線型の外観、腕部一体型銃剣付30㎜機関砲が特徴。
外見通り装甲は薄いが、機動性は舐めていいものではない。
が、俺に背を向ける同機体は標準装備らしいミサイルランチャーを装備していない。
機動性重視の方針をとったか?
まぁ、火力が落ちているのだから、多少は楽になるだろう。
ブースタ出力向上。
突貫する。
トリガーに指を懸け、HDM上に表示される青い
敵機に重ね――ロック。
フォイアッ!
数多の35㎜
数秒後に胴体中央を抉り取られた敵機が転倒。
(ざまぁねぇな。……次だ)
一個小隊の多目的装甲は六機。他の機体は――14時方向、1200m先か。
方向転換。
移動開始。
同時に無線起動。
「バルド2からバルド8へ。ポイントS-1914にジャガイモ畑を作れ」
副官へ砲撃指示。
『バルド8、了解。耕作作業、始めますよ~』
という返答ともに無線断絶。
「バルド2から各機へ。ポイントS-1914から退避。霧に飲まれるなよ?」
砲撃注意の数秒後、一定のリズムで爆音が複数回響き、
立ち上る三つの火柱。
後は二機……いや、一機か。
レーダー上の赤点は一つだけだ。
ブースタ出力を上げつつ、
「バルド8、三機の破壊を確認。周辺警戒に移れ。他は周辺警戒と残党狩りだ」
新たな指示を飛ばす。
『『『『『Ja』』』』』
了解の言葉を確認。
無線断絶。
――11時方向、距離800に敵機。……
上等だ。
操縦棍を倒し、ペダルを踏み直す。
機動変更。
突貫からジグザグ機動へ。
過去位置を過ぎていく30㎜砲弾。
(素人が……)
動く敵には未来位置を狙えよ。
突撃砲を応射しつつ、近付く。
が、残り300程度になったところで、敵機は鉄屑と化した。
……これで終わりか。
「バルド2より各機へ。
『『ありません』』
『ねぇぜ』
『損害無し』
『あるわけねぇだろ』
……全員、無傷か。
後は戦車だが、レーダーを見るより先に届く無線。
『ライヒリーダーからバルド2へ。敵戦車小隊の撃破が完了した。そっちはどうだ?』
「こちらも今、終了したところだ」
『そうかい。……じゃ、こっちは先に帰投するぜ。チンタラしてると飯が冷めちまうからな』
「了解した。俺達もする」
と、無線を切った俺達は帰投準備に入る中、立ち昇る火柱を目にした――
――気付いたら、書き上げていました。
というわけでWar Story第一話。
補充兵のファミリーネームでピンと来た人とは、良い酒が飲めそうです。
では、今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました。